「誕生!LUSH STAR☆」第1話 歩くエンターテイナー、熱海初夏! -後編-
第1話「歩くエンターテイナー、熱海初夏!- 前編 - 」はこちら
お社渡りで熱海までひとっ飛びしたあたしたちは、それでもまだ走った。今にも先生に追いつかれるような気がして、あたしは心雪ちゃんと手を繋いだまま夢中で走り続けた。
そして――相模湾が見えたところでようやく一息ついて、二人で熱海サンビーチに向かった。
熱海サンビーチは、熱海駅から15分ほど歩いたところにある、熱海を代表するビーチだ。相模湾に面した長さ400メートルの白い砂浜にはヤシの木が立ち並び、周りにはホテルがたくさんあって、まるで南国リゾート地のような雰囲気――まあ、あたしからしたら「南国のリゾート地が」「熱海サンビーチみたいな」雰囲気なんだけど――である。夏になるとたくさんの海水浴客で賑わうこのビーチも、春休み中の今はまったりとしたもので、犬の散歩をしている人や手を繋いで歩くカップルが思い思いの時間を過ごしている。
「へぇ~、ここがあの有名な熱海……。そっかぁ、こっちはもうすっかり春なんだねぇ……」
黒潮の暖かな風を浴びて、心雪ちゃんが呟く。
年間を通して温暖な気候に恵まれている熱海は、春休み中のこの季節にはすっかり暖かくなっている。反対に、心雪ちゃんの住む山形県の銀山温泉は豪雪地帯だそうで……、三月になっても雪が残っているんだそうだ。
「はぁ……。本当にもうすぐ新学期なんだねぇ……」
そう言って、心雪ちゃんはうつむく。あたしと先生のドタバタ劇に巻き込まれたにもかかわらず、彼女はいまだに新学期の方が気がかりのようだ。
よーし。今度こそとっておきの手品の出番だね!
あたしは右手でハンカチを取り出して言った。
「ねぇねぇ、心雪ちゃん。こっち見て!」
「えっ?」
「今はスッカラカンのあたしの左手ですが、こうしてハンカチをかけて魔法の呪文を唱えると……イデヨ! ミラクルウイカ・チャッキリヨー!!」
勢いよくハンカチを取り払う。
何もなかったあたしの手のひらに折り紙の鳩が現れたのを見て、心雪ちゃんはわあーっと声を上げた。
「さすが奇術研究部だねぇ」
そう言って、心雪ちゃんは拍手してくれたけど――ここで終わらないのが熱海初夏ショーなのだ!
「おやおや? 折り紙の鳩さんが、心雪ちゃんに何かを伝えたいみたいだよ?」
「何か……?」
あたしは「はい、どーぞ♪」と、折り紙の鳩を乗せた左手を差し出す。
心雪ちゃんはおそるおそるその鳩を手に取って、折り紙のクチバシに耳を寄せたり、鳩の顔をまじまじと眺めたりした。そうしているうちに、彼女は「あれ? 中になんか書いてある……」と気付いて、鳩の折り目を丁寧に開いていった。
「なんだろう? ドキドキするねぇ……」
あたしも一緒になってドキドキする。そこに書いてあるのは、あたしのお手製おみくじの結果――。
「……ぷっ。あはははっ。大吉だってぇ!」
それを見た心雪ちゃんは、ぱあーって笑顔になってくれたんだ。
それからあたしたちはしゃべって、しゃべり倒して、笑い転げ――太陽がすっかり沈んだあとに、鳥居の前で別れた。
「それじゃあドロンするねぇ」と言って鳥居をくぐった時の心雪ちゃんは、自然体で笑ってくれていた。こっちもつられて笑っちゃうくらいに!
「さーて、あたしたちも帰ろうか……って、大丸!?」
一息ついたあたしの頭上から、家の方角へ向かって大丸がぱっと飛び立つ。
まったくもう。せっかちな鳩なんだから!
「こらあー! まてーーーっ!」
大地を踏みしめ走り出す。熱海のやさしい風があたしの横を駆け抜けていく。
誰かをわあーってびっくりさせて、ぱあーって笑顔にさせる。そんなことが出来た日は、こんなにも嬉しい!
走れ走れ! 小さなあたし!
まだ小さくて、三号玉かもしれないけど。
走って走って、もっともっと大きくなって。二尺玉くらいになって。
いつか素敵なショーをする、そんなチャンスを手に入れたら――その時は!
「どっかーーーーーん!!!!!」
著:黒須美由記