story おはなし

温泉むすめ伝「乳頭和の章」



 バスの車内から聞こえてきた声に、湯の川聖羅はぴくりと反応した。

「そういえば、乳頭温泉の温泉むすめってAdharaの和ちゃんだよね」

「あー、知ってる。きのこが好きな可愛い子でしょ?」

 最後列の座席からそっと顔を出して前方を見る。二人掛けのシートに座って話している森ガール風の女性たちが、今の声の主のようだった。

「そうそう! このまま湯めぐりしてればどこかで会えるかな?」

「そうだねー。温泉むすめって休みの日は地元で働いてることが多いらしいし、ワンチャンあるんじゃない?」

「このバスに乗ってたりしてね」

 そう言いながら、通路側にいる方の女性が腰を浮かせて車内を見回し始める。

 その視線が、一瞬――聖羅の隣に座っている噂の少女・乳頭和に注がれた気がした。

「んー……?」

 目を細めてうなる女性の様子を見て、さすがに見つかった、と聖羅は思った。和は反射的に上半身を丸めて身を隠したが、その動きはかえって目立つ。こちらを見る女性の視線は和の座席周辺から動かなかった。

 だが。

 女性は小さく首を傾げると、興味をなくしたようにふいっと自分の席に座り直した。

「まあ、いるわけないか」

「見つけたら声かけてみようね! で、次はどこ行く?」

 それきり彼女たちの話はここ乳頭温泉郷の立ち寄り入浴の話題に移った。恥ずかしがり屋の和に気を遣ってわざと気付かないふりをした――というわけではなさそうで、森ガールたちは口も滑らかにとりとめのない話を繰り広げると、次の立ち寄り湯があるバス停で降りていった。

「あっ……ぶねぇ~~~~っ!! 今の女の人、ばっちり和ちゃんの席を見てやしたぜ!!」

 その瞬間、前方の座席にいたこんぴら桃萌が小走りで聖羅と和のもとにやってきた。冷静に思い返せば彼女たちに和が見つかったところで問題はないのだが、サスペンス映画のワンシーンのような状況に興奮したらしく、桃萌の顔は紅潮している。

「私も見つかったと思いました」と、聖羅は苦笑して言った。「あの人、和さんと目が合いましたよね?」

「合った……けど、気付かれなかった……ね」

 和はそう言って頷き、複雑そうな笑顔で聖羅たちを見た。

 今年度のはじめに和と知り合ってから三ヶ月。同じ“Adhara”のメンバーとして彼女と過ごしていると、その存在感の希薄さに驚かされることがたびたびあった。生来の「秘境感」とでも言うべき体質か、友人である聖羅や桃萌でさえも近くにいる和に気付かないときすらある。

「お話しして……みたかった……ような……。気付かれなくて……ホッとした……ような……」

「まあ、今日はせっかくのお休みなんですから、気付かれずに済んでよかったんじゃねえですかい?」

 明るく笑って、桃萌は聖羅の隣の席にぴょいと座った。『四国こんぴら歌舞伎』で有名な琴平町の温泉むすめなだけあって、彼女の口調はどこか芝居めいている。

「ももたちにしても、『和ちゃんの休日を見てみたい』って目的で乳頭温泉郷に遊びに来てるんですから、できるだけ普段通りに過ごしてもらえるとありがたいでさぁ!」

「うん……。わかった」

 桃萌の言葉に励まされたように、和はこくりと頷いた。『温泉むすめ師範学校』では同じクラスということもあり、彼女たちはAdharaのメンバー内でも特別に仲が良い。

「それで、ももたちはどのバス停で降りるんですかね?」

「……?」

「このバス、『湯めぐり号』というからには温泉に向かっているんでしょう? 楽しみでさぁ!」

 間に挟まった聖羅のふとももに両手を置いて身を乗り出し、桃萌は目を輝かせて和に尋ねた。

 聖羅たちが乗っているバス『湯めぐり号』は、乳頭山のふもとに点在する七つの温泉施設を巡回するシャトルバスである。どの立ち寄り湯にも特徴的な魅力があることから、和がどこの温泉に連れて行ってくれるのかを聖羅も楽しみにしていたのだが――期待のまなざしを受けた和は申し訳なさそうに眉根を下げて、こう言った。

「えっと……、その……。降りない、よ……?」

「「……え?」」

   ♨        ♨   

 「鶴の湯」というバス停から出発した『湯めぐり号』は、温泉郷各所の旅館をめぐりながら「孫六」という折り返し地点へ向かい、再び「鶴の湯」へと折り返す。これが、『湯めぐり号』夏期の運行ダイヤである。梅雨明けの乳頭山は透明感のある青葉をたたえるブナ林が見頃となっていて、車窓からの眺めも美しい。

 それでも――往復一時間半の間、どこを目指すでもなくバスに乗り続けるのは戸惑いの方が勝る経験だった。

「あ~……。今のとこも最高だったな……」

「日帰り入浴なのにみんな親切だねぇ。このペースなら全部の温泉回れるかな?」

 そのうえ、湯めぐり満喫中の乗客たちから入れ替わり立ち替わりに温泉の感想が聞こえてくれば、たまらずバスを飛び出して手近な立ち寄り湯に飛び込みたくなってしまう。いつしか聖羅は、バスの運行表を広げて終点の「鶴の湯」までの残り時間を計り始めていた。

「うう~ぬぬぬ……! お尻が痛い! 温泉入りたい~っ!」

 桃萌は隣で悶えている。お子様体型の彼女は聖羅や和よりも尻が薄い。

「ごめん……ね……」

 謝りながらも和は席を立つ様子を見せなかった。「普段通りに過ごしてほしい」という依頼を守っているのだろう。

 聖羅は「気にしないでください」と和に笑いかけて、気になっていたことを尋ねた。

「ですが、一体なんのためにこんなことを? お散歩代わりでしょうか?」

「……ううん……」

 和はふるふると首を横に振って、言った。

「これ、私の……お勤めなの」

「お勤め?」

 和が呟いた意外な単語に、桃萌も尻をさするのを止めて彼女を見た。

 「お勤め」とは「神さまとして温泉むすめがなすべき仕事」のことだ。その仕事の大部分を占めるのは――有り体に言ってしまえば――放課後や休日を利用した、地元の温泉地に対するボランティア活動である。

 だが、観光案内所でのガイドや仲居としてのおもてなしならともかく、「温泉郷内のバスに乗り続けるお勤め」など聖羅は聞いたこともなかった。それも、存在感を消した状態で。

「……あれ? 和ちゃん、それは?」

 そのとき、和が何かを膝に乗せていることに、桃萌が気付いた。

 聖羅も和の手元を見る。彼女は右手にボールペンを持ち、膝の上にはメモ帳を広げていた。

「め、メモをしていたんですか……!? いつの間に……」

「はじめから……だよ?」

 聖羅が目を丸くすると、和はおかしそうに笑った。

 思い返せば――森ガールとのニアミス事件に始まり、ブナの森の景色を楽しんだり、温泉への渇望に悩まされたり、最後は運行表ばかり見たり――と、肝心の和の所作には気を配っていなかった。「和の休日の過ごし方を知りたい」と言っておきながら。

「メモって、一体なにを!?」と、桃萌が和の手元を覗き込む。聖羅もつられてメモの文字に目を落とした。

 そこには――これまで耳にしてきた乗客の言葉が記されていた。

 乳頭温泉の泉質を褒める言葉、旅館のおもてなしを褒める言葉、自然を、食事を褒める言葉。乗客たちが入れ替わり立ち替わりにこぼした様々な褒め言葉を、和は書き残していた。メモはジャンルや旅館ごとに丁寧に分類され、中には接客を担当した従業員の氏名が明記されているものもある。

「これをみんなに渡すのが……私のお勤めなの……」

「「おお、素敵……!」」

 聖羅と桃萌は揃って感嘆の声をこぼした。

 他人に気付かれにくい和の体質を活かした、彼女にしかできない「お勤め」だった。関係者が近くにいないからこそ聞くことができる、限りなく本音に近い言葉を拾って、届ける。温泉郷じゅうをめぐる『湯めぐり号』の最後列の座席は、その仕事におあつらえ向きの場所だ。

「あ、そうだ……」

 聖羅たちが感心していると、和は思い出したようにメモを書き始めた。

「まだ書き漏らしがあるんですか?」と、聖羅はメモを覗き込む。

 バスの揺れもものともせずに書き連ねられていく綺麗な文字を読んで、聖羅と桃萌は顔を見合わせた。

 彼女が最後に付け足したのは、隣にいる「乗客」の言葉。

『湯めぐり号にずっと乗っていると、温泉に行きたくてたまらなくなるみたいです』

 カチッとペンの先をしまって、和は穏やかにくすりと微笑んだ。

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