<連載>『温泉むすめ』と共に歩む 第八回 ~ 磐梯熱海温泉観光協会 岩田未来さんと取り組みを支える遠藤英樹さん ~
温泉むすめを語るうえで、ことさら話題に上がることが多い福島県。そのほぼ中央にある郡山市にあり、ゆっくりと、しかし着実に取り組みを進めているのが磐梯熱海温泉です。今回はそんな磐梯熱海温泉観光協会の岩田 未来(いわた みく)さんと、磐梯熱海温泉での取り組みの舞台裏を支える遠藤 英樹(えんどう ひでき)さんにお話を伺いました。
◆適度な距離感が作る緩やかな輪
――日本全国、様々な取り組み方があるなかで、磐梯熱海温泉ではどのように温泉むすめの取り組みは始まったのでしょうか。
事務局のほうで主導してなにか大々的にイベントをやろうというわけではなく、エンバウンドさんが無償で提供されている「スターターキット」から文字通りスタートしました。観光協会に萩ちゃんのパネルが来たのは2019年の夏ごろでしたね。
――そのころにはすでに先駆けとなる温泉地も出てきていたかと思います。
もちろん、他の温泉地さんの取り組みなども参考にはしていました。とはいえ、他の温泉地さんの事例は踏まえつつも、開始当初から一貫して、あせらずマイペースで続けています。各施設さんそれぞれに本業としての事業計画や予算もある中で行なっていることでもありますから。
――ゆっくりと広がっていくなかで、なにか転機のようなタイミングはありましたか?
やはり2020年3月に実施した『磐梯熱海萩スタンプラリー』だと思います。それをきっかけにファンの方も大勢来ていただきましたし、磐梯熱海のみなさんにも温泉むすめの存在と力を知ってもらえました。
――磐梯熱海萩スタンプラリーの様子を振り返ってみて、いかがですか?
スタンプラリー期間中は寒くて悪天候の日も多かったのですが、そのような中、ずぶ濡れになりながらも各施設を回ってくださったファンの方たちがとても印象的で熱量を感じました。その時のことは今でも忘れることが出来ません。
――実際に足を運んでくれるファンの皆さんというリアルな姿が見えてきたのですね。
それまでは、温泉むすめとはなんぞや、という感覚の方も多かったと思います。しかしスタンプラリーをやったことで、こんなにも足を運んでくれるんだ、という実感を持ってもらえるようになったと思います。
ファンのみなさんの交流の場として有名な「ギャラリーカフェ杢」さんも、このスタンプラリーをきっかけとして積極的に取り組んでいただけるようになりました。スタンプラリー終了後も多くのぽかさんにお越しいただいて、お互いに交流を持つうちに、杢さんの旦那さんと女将さんの温かい人柄も手伝ってか、今では磐梯熱海温泉での「聖地」のようになっていますね。
旅館さんが自主的に取り組んで盛り上げている、理想的なあり方だと思っています。
――2021年2月に配信された『Mekke市(めっけいち)』にも、多くの旅館さんが参加されていました。
磐梯熱海温泉の旅館全19軒のなかから、『Mekke市(めっけいち)』を開催することに対するマイナス意見はありませんでした。あのように同じタイミングで一堂に会して、旅館紹介をするのは実はなかなか無くて。
YouTubeを見ている方のコメントも、旅館紹介の時に多くなっていましたし、旅館の皆さんも大変喜んでいました。
――今となっては磐梯熱海温泉での温泉むすめプロジェクトへの参加施設は、旅館さんに限らず、かなりの数になります。皆さんが一つにまとまっている秘訣はありますか?
実は磐梯熱海には、飯坂温泉さんや塩原温泉さんのように、プロジェクトを組んだり、実行委員会のようなものがあるわけではありません。事務局からその都度、情報発信はしていますが、最終的には各施設さんがおのおのの判断と距離感で取り組んでいるんです。
――各施設さんの自主性にそって、緩やかな輪が形成されているということでしょうか。
ここ、磐梯熱海が温泉地として培ってきたブランド力を崩したくないという考えももちろんありますので、『温泉むすめ』だけにスポットを当てるのではなく、今まで大切にしてきた資源と温泉むすめが、自然な感じで溶け込めればいいなと思っています。
ですから、それ一辺倒になるのではなく、それぞれの考えで、各施設さんにとって最適な関わり方をすること、ほどよい距離を保ちながら取り組むことが磐梯熱海温泉での秘訣かなと思います。なにより、萩ちゃんのクールなイメージもありますし(笑)。
――最近はいろいろな顔を見せてくれるようになりましたが、やはり萩ちゃんはクールな女の子なのですね。
やっぱり、基本的には見た目通りのイメージの女の子ですね。
珈琲貴族先生の作風を支持してくれるファンの方も多いですし、萩ちゃんだけでなく、先生の世界観やコンセプトを崩さないようにも心がけています。
――温泉むすめ随一の美少女オーラを持つのが萩ちゃんの特徴ですしね。
他の温泉地は明るく派手目のキャラクターが多い中で、萩ちゃんの落ち着いたイメージは逆に強みであると思っています。周りがキラキラしているのに、クールで。
クラスで後ろの席に座っていそうですよね。
――イケイケドンドンではない、と。
そうですね(笑)。自分からガンガン行くことはしませんが、内面には強いものを持っている…まるで磐梯熱海温泉のようです(笑)。萩ちゃんは本当にそれをよく表してくれています。
◆温泉地の外を巻き込んだ交流
――萩ちゃんの観光ポスターは、立ち絵のイラストをただ写真に合成しただけではないですよね。
はい。書き下ろしの背景を使用しています。実はポスターの背景をイラストにしたのも、どうやったらコンセプトを崩さないで萩ちゃんを使えるだろうか、と考えた結果なんです。
Twitterでいろいろと調べていた時に、いいタッチのイラストを描く方をたまたま発見しまして。一般の方だったのですが、これは萩ちゃんのイラストに合う!と思ってすぐにDMを送ってスカウトしたのを今も覚えています。
――Twitterといえば、萩ちゃんのイラストレーターである珈琲貴族さんとも、直接の交流が生まれていると伺いました。
最初のころは、珈琲貴族先生がTwitterでつぶやかれたコーヒーの話題に、『酪農カフェオレもおいしいですよ』なんてネタを挟みつつ、リツイートなんかをこちらが一方的にしていました。
それがあるとき、『今度行きます!』と言ってくださって。自分たちの温泉地にキャラクターの生みの親としてリスペクトしていた方からの返信でしたから、すごく嬉しかったですね。私たちの愛が伝わったのかなと思っています(笑)。
――最近ではサイン入りのペンスタンドが送られてきたそうですね。
そうなんです。もともとはファンの方から、珈琲貴族先生コラボのボールペンをいただいて。調べてみたらペンスタンドもあるらしいと分かって、購入するつもりで何の気なしにツイートしてみたんですね。それがある日、見覚えのある名前の方から荷物が届いて…中身を見てビックリしてしまいました。
――交流の手段として、Twitterはいい窓口になっているのですね。
はい。窓口という意味では『Mekke市(めっけいち)』で司会を担当してくださった、地域おこし協力隊の菅井 恵美(すがい えみ)さんへのオファーもTwitterのDM経由でした。
――どのような経緯でご出演が決まったのでしょうか。
菅井さんはYouTubeでの情報発信もされている方で、もともと連絡を取ってみようとは思っていたんです。とはいえ何か企画をやろうにも、郡山市所属の地域おこし協力隊なので、郡山市の許可が必要です。ですが、温泉むすめ自体が地域おこしのコンテンツである、という親和性もあり、トントン拍子に実現に至りました。
――菅井さんは司会進行の腕もさることながら、萩ちゃんと一緒にお散歩するロケの内容もお見事でしたね。
磐梯熱海ってどこにいけばいいの?面白いの?というのを、菅井さんが萩ちゃんと一緒に楽しそうに回ってくれることで、PRできたのかな、と思います。
――少し話はそれるのですが、最近の『お散歩萩ちゃん』すごく難しくないですか?
ここまでやるつもりはなかったのですが、「簡単じゃん」と言われるのに対して次第にヒートアップして今に至っています(笑)
最近の投稿は特に細かいですが、ファンの皆さんも、拡大してよく見てくださっているみたいです。
――ファンの方との交流も含めて、磐梯熱海温泉はTwitterをかなり丁寧に活用されている印象を受けます。
もともと観光協会としてはInstagramやFacebookが中心でした。Twitterは温泉むすめをきっかけに活用し始めたこともあり、今ではすっかり萩ちゃん専用になっています(笑)。
情報発信もできるし、ファンの方もそれぞれ情報を発信してくれています。なので、むしろ現地の人間だけというよりも、ファンの方が盛り上げてくれたというイメージが強いですね。
例えばご奉納とかですと、奉納品をいただいてツイートするまでが私たちの使命だと思っています!
――観光協会には立派な日本地図が貼られていますね。
すでに三回くらいバージョンアップしている日本地図ですが、この『システム』を発案したのは磐梯熱海温泉だと自負しております。特許、取っちゃたほうがいいですかね(笑)
――すでに三回もバージョンアップされているのですね。
はい。ですので、ファンの皆さんにはここまで大きくなったことへの感謝を伝えたいですね。とはいえ、これでもまだ埋まっていない県もありまして。コンプリートまでまだまだですので、絶賛受付中です。缶バッチのご奉納が多いのですが、アクリルキーホルダーとかもお待ちしてます(笑)。
◆非接触で非対面なデジタルサイネージの萩ちゃん
――温泉むすめが案内するデジタルサイネージの設置は、全国に先駆けて磐梯熱海温泉オリジナルの取り組みかと思いますが、発案者はどなただったのでしょうか。
磐梯熱海温泉での萩ちゃんの盛り上がりを常々アピールした甲斐もあって、萩ちゃんを使って磐梯熱海温泉のPRをできないか、と郡山市からご提案をいただきました。その後、協議した結果、今のような形になりました。郡山市の観光課さんがご担当なのですが、皆さん理解のある方ばかりで非常に助かりました。助言も的確で、萩ちゃんのことを知り尽くしていましたね(笑)。
――磐梯熱海温泉は、温泉むすめ一辺倒になりすぎない、と先ほどおっしゃっていたかと思います。デジタルサイネージを萩ちゃんが担当するというのは大きな決断だったのではないでしょうか。
いえいえ、簡単な決断でした。萩ちゃんの世界観を持ってすれば当然の結果だと思っています。もしアニメコンテンツの方向性でキラキラしすぎていたら、偏ったPRになってしまうという懸念も出ていたかもしれません。ですが萩ちゃんのイメージや世界観が落ち着いていること。なにより、ポスターで作ったイメージの後押しが強かったですね。
――これまでの取り組みが結実する形で企画が動き出す中、なぜデジタルサイネージだったのでしょうか。
観光課と協議を進めていく中で、コロナ禍という事もあり「新しい生活様式」に対応した観光案内システムの構築を目指した結果、JR東日本さんのご協力をいただくこともでき、デジタルサイネージに決まりました。先ほどもお話ししましたが、観光課のみなさんの協力も半端なかったです(笑)。
ちなみに、観光協会の事務所からは壁を挟んだ駅の券売機近くに設置してあるのですが、仕事をしていると萩ちゃんの声が聞こえてくるんです。そうすると、あ、萩ちゃんもお仕事してくれてるんだな、誰かが萩ちゃんとお話しているんだな、というのが分かって嬉しくなります。
――非接触・非対面という話題が出ましたが、このコロナ禍において、磐梯熱海温泉を訪れも大丈夫ですか?
もちろんです。それに、ぽかさんたちが各自で対策を取ったうえで、足を運んでくれていることは大変嬉しく思っています。みなさん、とても気を使ってくださって、しっかりと対策をされたうえでいらしてますから、ベリーベリーウェルカムです。
ぽかさんたちはいろいろなところに行かれる方も多いですし、自分たちでしっかりと対策されているのかなと思います。
◆変わりゆくことと変わらないこと
インタビューの終盤、たまたま訪れた『紅葉館きらくや』の小濱 学(こはま まなぶ)さんも交えて、最後に伺いました。
――磐梯熱海温泉の未来像として、どのような姿をイメージされていらっしゃいますか?
色々な人が街を歩いていているような温泉地になってくれると嬉しいですね。観光客の方のアンケートでも「街が寂しい」といった意見をときどき見かけます。
チェックインから夜ご飯までの間、街ブラをする時間で、「どこか遊べるところない?」というお客さまからの質問にもちょっと困ってしまいますね。
とはいえ、このことは一旅館だけでできることではありません。みんなで力を合わせていく必要があると思っています。
――少しずつ変化をしていく中で、「変わってしまう」ものもあるのかなと思います。
そうですね。もちろん、時代のニーズに合わせて変わらなければいけないところと、温泉地として変えてはいけないところがあると思っています。前者は個人のお客さんの満足度を高めるという点。後者は昔ながらの静かで安らぐ温泉地という点でしょうか。
このバランスをいかにとっていくかを考え続けていかないといけません。
――確かに、『スポーツ温泉宣言』など、磐梯熱海温泉には多くの魅力がありますよね。
温泉があって、駅も近くて、福島県のほぼ中心として集まりやすい場所でもある。そして多くのスポーツ施設が集まっている場所。という土地はなかなか珍しいと自負しています。
そういった打ち出し方も、今後、もっと考えていかないと、とは思っています。
――温泉むすめも、温泉地としてバランスをとることの一環ということでしょうか。
はい。いい意味で、のめりこみすぎず、『萩ちゃんありき』ではなく、『萩ちゃんを介して』コミュニケーションが生まれています。
様々な方と磐梯熱海温泉と。萩ちゃんはそれらを繋いでくれる『縁結びの神様』でもあるんです。
取材&文 野口大智