<連載>『温泉むすめ』と共に歩む 第三回 ~ 有馬温泉観光協会 専務理事 弓削次郎さん ~
『温泉むすめ』プロジェクトの始まりの地といっても過言ではない温泉地。それこそが有馬温泉です。『温泉むすめと共に歩む』第三回では、有馬温泉でプロジェクトリーダーを務める(一社)有馬温泉観光協会専務理事の弓削次郎さんにお話を伺いました。
※このインタビューは2020年9月に実施したものです。
◆温泉むすめと歩んだ3年間
――さかのぼること3年前、他の温泉地での前例がない中、有馬温泉ではどのようにして『温泉むすめ』と出会ったのでしょうか?
弓削 :もともとは龍泉閣の當谷逸郎さんに教えてもらったのが始まりでした。聞いた話をもとに調べてみると、他の温泉地は総じて1キャラなのに対し、有馬温泉だけは2キャラいたんですよね。
有馬温泉には金泉と銀泉があって、それぞれが『有馬輪花』と『有馬楓花』というキャラクターになっていました。それを知って、エンバウンドの橋本さんに連絡したのが『温泉むすめ』と有馬温泉の出会いでした。
――その出会いから今に至るまで、『温泉むすめ』への捉え方には何か変化はありましたか?
弓削 :もともと『温泉むすめ』を取り入れるときから、かなり見切り発車的な部分があったんです。有馬温泉においても、観光協会などに最初から認めてもらっていたわけではありませんでした。こういったキャラクターコンテンツを使った施策では、お客さんはイベントにだけ単発で来て、イベントにだけお金を落としていく……。そんなイメージを持っていましたから。
ですが、『温泉むすめ』のファンの方たちはイベントとは関係のないところでも応援してくれたり、泊まりに来てくれたりします。そういった結果が出てきたので、徐々に街からも認められるようになりました。
――有馬温泉では、すき焼きを食べながらのイベントを行ったり、『温泉むすめ』のラッピングトライクが貸し出されていたり。取り組み自体が新しい『温泉むすめ』プロジェクトの中でも、さらに先進的な挑戦を続けていらっしゃいますよね。
弓削 :有馬温泉には多くの人を一か所に集められるスペースがありません。だからこそそれを逆に生かして、他の所では考えつかなかったようなことをやっていきたいです。皆さんの想像を飛び越えて『そうくるか!』という声や反応をもらえると、やってよかったなと思います。それを考え続けるのは、本当にしんどいですけどね(笑)
――有馬温泉での取り組みが始まってから、はや3年が経とうとしています。温泉むすめを活用する温泉地も全国に広がってきて、この変化はどのように思われますか?
弓削 :やっぱり、広がっているのはすごく嬉しいですね。実は最初は、ここまで広まるとは思ってなかったんです。けれどエンバウンドさんをはじめとして各地の温泉地さんなど、努力をした人がたくさんいたおかげでここまで来たのだろうと思います。
――いろいろな温泉地に広がったからこそ、新しい取り組み方も多く見受けられるようになってきました。
弓削 :最近では若い人たちが集結して一斉に、という温泉地も出てきました。ですが、それを真似したくてもできない温泉地もあります。有馬温泉にできないことがあったり、有馬温泉だからできることもあったり。温泉地によって事情は異なりますので、それぞれの温泉地にあった取り組み方が大切なのだと思います。
◆『温泉むすめ』のキャストと温泉地との関係
――有馬姉妹は神戸市公認キャラクターに就任していたり、キャラクターボイスを担当する本宮佳奈さんと桑原由気さんは有馬温泉特別観光大使を務めていたり。『温泉むすめ』において、キャラクターと声優の関係はどのように捉えているのでしょうか?
弓削 :あえて分けて考える必要はないと思っています。私自身、キャラクターに対しても愛情を持っていますし、声優のおふたりに対しても他のタレントさんより一歩深く応援をしています。
これはお客さんの側でも同じで、キャラクターが好きな方もいれば、声優さんが好きな方もいらっしゃいます。いずれにせよ、いろいろな方に対して有馬温泉としてのアプローチができているのかな、と思います。そういった全体としての『温泉むすめ』なのではないでしょうか。
――本宮佳奈さんと桑原由気さんを起用した有馬温泉のポスターも作成されました。温泉地においてはキャラクターでの活用が多い『温泉むすめ』の、新たな可能性を見たように思います。
弓削 :広報を行うにあたって『温泉むすめ』のキャラクターだと、見てくれる人はある程度限られてきます。そこで、リアルな存在として若い女性の方が散策しているポスターにすることで、偏らずに幅広い世代の方に見てもらえるのではないかという狙いがありました。
いざやってみたらファンの方からの反応も良かったですし、声優のおふたりも写真撮影をとても楽しんでやってくださったと聞きました。やってよかったなと思います。
――おふたりと有馬温泉の話題はTwitterなどをはじめ、『温泉むすめ』とは直接の関わりがないところでも見かけます。
弓削 :温泉むすめ以外の観光大使の方々は名前だけになっているケースも多いですが、本宮佳奈さんと桑原由気さんは、有馬温泉のために協力できることはないかと真剣に考えてくれています。たとえば『あつまれ どうぶつの森』というゲームで、有馬温泉を再現してくれたことがありました。ここに金銭は発生していませんし、つくって欲しいとお願いもしていないのにです。
他の温泉地さんを見ていてもそうですが、『温泉むすめ』の声優さんは、温泉地を推してくださる方が多い印象です。温泉地としても私としても、そういった気持ちに応えて、恩返しをしていきたいと思っています。
◆人の集まる場所としての温泉
――『温泉むすめ』が起点となって、いろいろな温泉地同士のつながりが生まれていると聞きました。
弓削 :これまで深い関係になかった温泉地の方ともお知り合いになりましたし、仲良くもさせてもらっています。同じ兵庫県に位置していることもあり、湯村温泉の朝野拓磨さんとはプライベートでの交流も生まれました。
――定山渓温泉・秋保温泉・有馬温泉で行われたキャンペーンなど、距離を飛び越えた施策にもつながっていますよね。
弓削 :やるからには単に自分たちの温泉地でトークショーやイベントを行うだけではなく、いろいろなところと協力していきたいです。やっぱり多くの人と関わっていく上で、それぞれが幸せになって欲しいですから。そして、この温泉地の輪の中にはファンの方もいます。
――お客さんとしておもてなしをすることに変わりはないけれど、ただの『お客さん』ではなくなりつつあるのでしょうか?
弓削 :温泉地を応援してくれたり、気にかけてくれたりと、その形はさまざまですが、ファンの方には、不思議な想いのようなものがあると思っています。
新型コロナウイルスで、有馬温泉にまったく人がいなかったとき、最初に来てくれたのは『温泉むすめ』のファンの方たちでした。それこそ緊急事態宣言が解除された直後も、近くに住んでいるからと様子を見に、顔を出してくれたんです。涙が出るほど嬉しかったです。
――温泉地をひとつの場として、ファンが集まり、いろいろな交流につながっているのですね。
弓削 :有馬温泉だったり、他の温泉地だったりに『温泉むすめ』はいます。けれど、それ以外のことも見ていってもらう。見ていってくれる。『温泉むすめ』は総じて背中を押してくれるコンテンツなのかもしれません。
――それは温泉地側と、ファンの側と、両者の間に尊重しあう気持ちがないと継続は難しいように思います。
弓削 :ファンの方も、キャストの方も、他の温泉地の方もそうですね。『温泉むすめ』に関わる人はみんないい人が多いのだと思います。だから積み重ねとして街でも認めてもらえるし、広がっていくのではないでしょうか。
◆広告塔としての『温泉むすめ』
――日本のアニメコンテンツは、世界でも人気を持ち始めていますよね。
弓削 :今や日本のアニメは世界への影響力を持った、日本の武器になっています。『温泉むすめ』を取り組む上ではどこの温泉地も、少なからずインバウンドのお客さんを意識していた部分はあると思います。
――『温泉むすめ』プロジェクトは政府観光局が推進する「Your Japan 2020」キャンペーン(コロナウイルス感染拡大の影響で開催自体が延期になった全国を対象としたスタンプラリー事業)にも選出され、訪日外国人観光客に対して日本の魅力を伝える存在となっています。インバウンドに向けた『温泉むすめ』とはどのような位置づけになるのでしょうか?
弓削 :まずインバウンドのお客さんを呼ぶためには、なにより海外の方に日本を選んでもらう必要があります。そうでなければそもそも日本に観光客が来ません。そしてその次には、温泉に入りたいと思ってもらう必要があります。行き先の選択肢に温泉がなければ、温泉地に来てくれません。
ここで温泉地という選択肢を持ってもらうために、温泉地が一緒のコンテンツを盛り上げて形づくる。それが『温泉むすめ』なんだと思います。
――まず温泉に来てもらうために『温泉むすめ』が案内役になるのですね。
弓削 :『温泉むすめ』は日本の温泉文化を伝えていく手段なんです。日本の伝統的なモノとアニメや漫画。これらには接点がなさそうで、実は意外とあるんです。『温泉むすめ』を通じてわかってもらえることは多い気がします。そうして温泉を知ってもらって、行き先の選択肢に入ったならば、そこから先は各温泉地の勝負になります。
――とはいえいかんせん、インバウンドの回復はもうしばらく先のようにも思われます。
弓削 :そうですね。当分はインバウンドのお客様は期待できないと考えておくべきでしょう。しかし温泉地を選んでもらうまでの過程は、国内の観光客にも当てはまるんです。
『温泉むすめ』のファンの方たちに触発されて、フットワーク良く動いてくれる方がもっと多くなっていくといいな、と思います。
有馬温泉の一番いい季節は秋ですが、それは10月と11月頃ごろにあたります。この時期は学校がありますから、お子さんのいるご家庭は動きづらいですし、会社に行かなければならない方には平日の旅行は難しいです。これが今後、もっとフラットにアクティブになっていって欲しいですね。
――いずれは『温泉むすめ』の外側へと影響が広がっていくといいですね
弓削 :『温泉むすめ』に関わるすべての人に、温泉地の広告塔になって広めてもらう。『温泉むすめ』を通して温泉地を知ってもらって、その先が勝負なんです。だからこそ温泉地側としては『唯一無二の旅行になったな』と思ってもらえるような出迎え方をしていきたいと思っています。
取材&文 野口大智