story おはなし

温泉むすめ伝「かみのやま庵の章」

「ちゃっちゃっちゃ~のおっちゃっちゃ! あったか紅茶をひと口のめば、体はポカポカ、心もポカポカ♪」

 

 カップにお湯を注ぎながら、ついつい口ずさんじゃう『かせどり』のリズム。こうやって淹れると、普通のティーバッグの紅茶もなんだか美味しくなる気がするんだよねぇ。

 ……あっ! 初めましてこんにちは、かみのやま庵です。今日は絶好のキャンプ日和というわけでですね、友達の蔵王巴ちゃんとかみのやま温泉の近くにあるキャンプ場へやってきました。

 林の中のフリーサイトにタープを張って、ふたりでのんびりデイキャンプ。辺りに他のキャンパーはいなくて、ほぼ貸し切り状態なのがとってもいい感じ! このキャンプ場は山形蔵王の麓に広がる高原地帯にあって、標高が高いから初夏の今でもちょっぴり涼しめなんだけど、それもまたキャンプの醍醐味。焚火がぬくもりをくれるんだ~。

 

「あったかいわね~、アンちゃん!」

 

 焚火に手をかざしながら巴ちゃんが言った。ゆらめく火に照らされる巴ちゃんはとっても綺麗でお姫様みたい。

 

「さぁさぁ、紅茶でもどうぞ、お嬢さん。ひっひっひ……」

 

 お姫様と言えば悪い魔女だよね! というわけで悪魔女のマネをしながらお茶を渡すと、巴ちゃんはほんわり笑ってくれた。

 

「うふふ。ありがと、かわいい魔女さん」

「も~、怖がってよぅ!」

 

私がちっちゃいせいなのかなんなのか、巴ちゃんは私のことを妹っぽく思ってるふしがある。一応同い年なんだよ? キャンプをするときは私がお世話する事多いのに、解せぬ!

巴ちゃんとは子供の頃からの友達で、こうやって一緒にキャンプをすることも多いんだ。今日は最近考えたキャンプご飯の試食に付き合ってもらうつもりだったんだけど――。

 

「「ふぃ~~~」」

「涼しいお外で飲むあったか~い紅茶は、天国の味だね~」

「ほんとうに。幸せを絵にかいたような時間ねぇ」

 

 目的そっちのけでだらっとしちゃうのは日常茶飯事。まぁいいよね。これぞ私達の素敵なキャンプライフ……。

 

「お嬢様ぁぁぁ~~~!」

 

 いきなり聞こえてきた叫び声。この呼び方はと思って声の方に目を凝らすと、長い黒髪を揺らして駆けてきたのは思った通りの人物――山の神皐月ちゃんだった。

 

「どうしたの? 皐月ちゃん、そんなに慌てて」

「どうしたの? じゃない、アン! ふたりで出かけるなら一報をといつも言ってるだろう!」

 

 皐月ちゃんは巴ちゃんの執事を買って出ている子で、凄く面倒見がいい。温泉むすめ日本一決定戦に向けて一緒にアイドルユニットを組んでしまうほどだ。

と、いうか。私としては面倒見がよすぎてちょ~っぴり心配性なきもするんだよねぇ。今日だってここでキャンプするって話してないのに、どうやって突き止めて来るんだろ??

 

「だいじょぶだいじょぶ。ふたりでぼ~っとしてただけだから」

「……お前の大丈夫は大丈夫じゃない。私は忘れてないぞ、お前がお嬢様を連れ出して、なぜかお嬢様がアフロになって帰ってきた日のことを」

「アン、シラナイ。アン、ワルクナイ」

「ロボのマネをしてもダメだ。あんまりふざけてると――ピカピカにするぞ?」

「ぴえっ!」

 

 ギラリと光った皐月ちゃんの目に体が竦む。ピカピカだけはいけない、ピカピカだけは……この皐月ちゃん、私を追い詰めるのが天下一品に上手なのです。

あまりの恐ろしさにプルプル震えていると、そこにやってきたのは女神の助け舟だった。

 

「ピカピカはおやめなさい、皐月?」

「あうう、どもえぢゃぁぁぁ~~~ん!!」

 

 巴ちゃんの優しさに涙が止まりません! その優しさは、このキャンプ地に広がる雄大な初夏の青空の如し!

 

「し、しかしですね、お嬢様! こいつは少し厳しいくらいがちょうどいい――」

「本当に心配しなくて大丈夫。危ない事など何もしないわ」

「……わかりました。お嬢様がそう言うのでしたら」

「そうよ~。だって今日はタピタピするだけなのだから」

「タピタピ……?」

 

 皐月ちゃんがぐりんっと首を巡らせて私を睨む。その眼光の鋭さに、なんというか、とんでもなく嫌な予感……。

 

「ア~~~~ン~~~!! お嬢様に変な言葉を教えるなとあれほど言ってるだろう!」

 

 唸るような声で迫る皐月ちゃんに、『むぎゅ~~~っ』といきなりほっぺをつままれた。

「うああああ~~~いひゃい~~~~!」

 

 悲鳴などお構いなしにぐにぐに私のほっぺたをこね回す皐月ちゃん。助けを求めて巴ちゃんを見ると、何でか頬に手を当ててうっとりしてる。

 

「ふふ。アンちゃんのほっぺは皐月がいつもマッサージしてるからもちもちよねぇ」

「お嬢様、これはマッサージではありません。お仕置きです。一度お嬢様からもきちんと言っていただいた方が」

 

 皐月ちゃんの手が離れると、入れ替わるようにして巴ちゃんが私のほっぺをつんつんつつき出した。

 

「もちもち、もちもち♪」

「巴ちゃん、楽しい……?」

「ええ。皐月がこねたアンちゃんおもち。ふにふにでずっと触ってたいわ~」

 

 ピカピカは止めてくれるのに、ぐにぐには止めてくれないんだね……まぁ巴ちゃんに楽しんでもらえてるならよかったです……うう……。

 

「で、アン。今日は一体お嬢様を何に巻き込もうとしていたんだ」

 

 皐月ちゃんが腕を組んで私を見下ろす。その様は執事というよりももはやSPの風格です。平たく言うとコワイ。でも私、負けない! だって何にも悪い事なんかしてないし!

 

「べ、別に巻き込もうなんて思ってないもん! 面白い食べ合わせを発見したから、巴ちゃんにも食べてみてほしいな~って思って!」

「変なものを食べさせる気じゃなかったんだろうな?」

「む、それは聞き捨てならないですね皐月ちゃん。この美食倶楽部部長、かみのやま庵の作ったご飯が一度でもまずかったことがありますか?」

「わりとある」

「…………それもまた食べ合わせ研究の宿命!!」

 

 皐月ちゃんの冷めた視線を跳ね返す為にむんと一発気合を入れて、私は食材が入っているビニールの方へ駆けた。

 

「んっふっふ、そんなこと言ってられるのもいまのうちですよ? 今日のキャンプご飯は爽やかなお天気にぴったりの、スペシャルで特別な一品なんだから!」

 

 ビニールに手を突っ込んで目当ての食材を握り締める。この意外な食材に皐月ちゃんもびっくり仰天間違いなし!

 

「上質なキャッサバ澱粉をひとつひとつ丹念な手作業で作り上げた最高級品! 数多の美食家たちをうならせた幻の『黒い宝石』の姿、とくと見よ!!」

 

 勢いよく鞄から取り出して、私は手にした『それ』を天高く掲げた。さあさあ巴ちゃんに皐月ちゃん! この食材の神々しさに震えるがよいぞ~!!

 

「タピオカ~~~!!!」

 

 おおーーー! というふたりの驚きの声が私を包み込む。その新鮮な反応が、新たな食べ合わせを研究する最高のモチベーションとなるのだ…………って、あれ? 無反応??

 ふたりを見てみると、なぜか皐月ちゃんは眉間にしわを寄せて、巴ちゃんも不思議そうに首をかしげてる。

 

「アン。非常に言いにくいんだが……」

 

 こめかみを叩きながら皐月ちゃんが言った。

 

「それは玉こんにゃくだ」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「えーーーーーーーーーー!!?」

 

 手にした袋はものの見事に玉こんにゃくだった。

 

「ほんとだ~~~~~~~!!! タピオカと玉こんにゃく間違えたああああ! なんで! なんでぇぇ!?」

「はぁ……無計画なお前のことだ、お嬢様にふるまう予定の料理を急に変えでもしたんだろう。というか、タピオカなんか使って何を作るつもりだったんだ?」

「タピオカアヒージョ!!!」

「またけったいなものを……」

「けったいじゃないもん! おいしいんだもん!!」

 

 タピオカアヒージョの美味しさを今すぐ証明してみせたい……んだけど、手にした食材が玉こんにゃくじゃどうしようもない。うぎぎぎ……この悔しさ、悲しみ、どこにどう持っていけば! 今ほど自分のうっかりさ加減が憎いと思った事はな~~い!!

――と、その時だった。

 

「玉こんにゃくとタピオカって似てるわねえ」

 

まじまじと玉こんにゃくの袋を見つめていた巴ちゃんがポツリと零した。

 

「似てる……」

 

巴ちゃんの言葉に、私の中の食べ合わせ回路が唸りを上げだす。

 

「タピオカと玉こんにゃく、似てる!?」

「ええ。玉こんにゃくもタピオカも、ぷにぷにっとしてて、ま~るくて、かわいいわねぇ。アンちゃんのほっぺみたい」

 

 なんと……なんと豊かな発想力! 感動に打ち震えた私は巴ちゃんに駆け寄って、その手をぎゅーっと握り締めた。

 

「巴ちゃん……巴ちゃんはやっぱり私のお姫様で女神様だよ!」

 

 ぽかんとした巴ちゃんと皐月ちゃんを背に、私は携帯コンロに鍋をセットし、調理の準備を始めた。

 

「イチかバチかっ!!!」

 

 ビニールから次々と食材を取り出していく。にんにく、鷹の爪とともにオリーブオイルを温め、あらかじめ下ごしらえをしておいた野菜を入れて、さらに加熱。薄緑のオイルがクツクツと音を立て始めると、食べごろはもうすぐだ。

 

「いい香りね。ねぇ、皐月?」

「はあ、それは確かにそうなんですが……」

 

 ふたりが見つめる中、最後の仕上げに玉こんにゃくを投入です!

 

「ええっ!?」

「あらぁ~!」

 

 驚く巴ちゃんと皐月ちゃんに、私は完成したお鍋を披露した。

 

「完成! 玉こんにゃくアヒージョだよ~!」

「これは……美味いのか……?」

「でも彩りは綺麗よ、皐月」

 

 ブロッコリー、玉ねぎ、赤と黄色のパプリカにじゃがいも。薄緑のオイルに浮かぶ野菜たちの中に、つるつるに輝く玉こんにゃくは宝石のように見える。

 興味津々といったふうの巴ちゃんに、私は竹串に刺した玉こんにゃくを差し出した。

 

「巴ちゃん、あ~ん」

 

「あ~ん」と、ためらいなく頬張った巴ちゃんは好物の玉こんにゃくをじっくりと味わうと、その顔がぱっと花開くようにほころんだ。

 

「美味しいわぁ!」

「ほんと!?」

 

 私の言葉に、巴ちゃんは興奮したふうにすり寄って来る。

 

「アンちゃん、アンちゃん! わたくし、もうひと口食べたいわ~」

「巴ちゃんはかわいい子だねぇ、まったくもう! ほら、あ~ん!」

「ありがとう、アンちゃん。あ~ん」

 

 思いつきも思いつき、とんでもないアドリブ料理だったけどうまくいってよかった。まさか玉こんにゃくとアヒージョの相性が抜群とは思わなかったけれど、それもこれも巴ちゃんのおかげ。

 タピオカアヒージョではないけれど、この玉こんにゃくアヒージョの美味しさを証明できれば、私が巴ちゃんを面倒に巻き込もうなんて少しも思ってないとわかってくれるはずだよね。

 

「皐月ちゃんも、あ~ん!」

 

 私が玉こんにゃくを刺した竹串を差し出すと、皐月ちゃんはちょっと顔をしかめつつも口に入れてくれた。もぐもぐと噛み締めると――なんとまぁ、可愛い笑顔を浮かべてくれる。

 

「……美味い」

「やったー!」

「美味い……がしかし。アン、お前」

 

 勝利の余韻に浸る私に向かって、皐月ちゃんのドスの訊いた声が降り注ぐ。

 見上げると、なぜか皐月ちゃんは怒りも露に眉をひくつかせていた。

 

「お嬢様に得体の知れない料理の毒見をさせるなんて許せん! まずは私に食べさせるべきだろう!?」

 

 叫ぶや否や、皐月ちゃんは鞄から掃除道具セットを地面いっぱいに広げだす。

 雑巾、箒、スポンジ、たわしといった標準的な道具から、熊手や高枝切りばさみなどどこにしまってたのかわからない大型の道具までありとあらゆるものがそろっている。私の体に閃光となって駆け抜ける恐怖。これは……これは!

 

「ピカピカですか~~!? ご、誤解だよ!!? 毒見させるつもりなんて、私全然――」

「問答無用! その汚れきった性根ごと磨き上げやる!!」

「はわわわわ」

 

 こうなった皐月ちゃんから逃れる術はない。皐月ちゃんの怒りが限界まで達した時、人はピカピカにされる運命にあるのだ。

 私は覚悟を決め、近くに置いてあった愛用のスキレットを手に取った。

 

「なんだ。そのちっぽけなスキレットでこの私と戦おうとでもいうのか? 全く反省の色が見えないな」

「違うよ、皐月ちゃん」

「何……?」

 

 私は地面に膝をつき、無抵抗を示す為スキレットを抱きしめる。

 

「どうせピカピカにされるなら、キャンプ道具も一緒にお願いします!」

「バカにしてるのかお前はぁぁぁ!!!」

 

 皐月ちゃんは、たわしを手に取って私に飛びかかってきた。怒涛の勢いで始まったピカピカの詳細は割愛させてください。なぜって、それは口に出すのも恐ろしい程にえげつない行為なのですから……。

 

「アヒィ~~~!」

「なんだその悲鳴は! アヒージョか? アヒージョに掛けてるのか!? まだまだ余裕があるみたいだなぁ!!!」

 

 私が遠のく意識のなかで最後に耳にしたのは、巴ちゃんの女神のように優しい声だった。

 

「うふふ。アンちゃんと皐月は本当に仲良しさんね~」

 

Fin.

written by Ryo Yamazaki

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