出題編 ~美作むすめ達のわるだくみ~
01テーブルに広げた観光パンフレットを前に、ぱん、と湯原砂和が明るく手を叩いた。
「よし! 美彩ちゃん、かがみちゃん、書けたよー!」
「ホント!?」
「じゃ、じゃあ……目、開けてもいい?」
湯郷美彩がつむっていた目をぱっと開け、奥津かがみは許可を取ってから両目を覆っていた手を下ろす。向かいにいる砂和の手元には、中身が読めないよう二つ折りにされた紙切れが握られていた。
「これで、三人分の『ヒント』が揃ったね!」
机の中央には、同じような紙切れがもう二つ置いてある。砂和は自分の「ヒント」をそこに加えると、企画名が書かれたスケッチブックを取り出した。
『クイズ! 私たちが選んだ美作の観光名所はどこでしょう?』
きたる「美作三湯ポカポカ旅~美作の温泉むすめと思い出を作ろう~」イベントに向けて、彼女たち――美作三湯の温泉むすめが練りに練った企画である。“指南役”モードに入った砂和が、「では、改めて企画内容の確認です!」と言いながら、スケッチブックをめくる。
「まず、私たちがそれぞれ、自分の地元じゃない『美作スポット』を選びます!」
「で、いくつかのヒントを手がかりに、ググったりSNSで相談してもらったりして、『わたしたちがどこを選んだか』をみんなに考えてもらう!」と、美彩が続ける。
「もちろん、答えは現地で! だよね、砂和ちゃん!」
「うん! これなら美作三湯に興味を持ってもらえるし、現地にも来てもらえる! まさに一石二鳥……!」
そこまで言って、砂和と美彩は顔を見合わせ、ニマーッと笑った。
「「私たち、天才では!?」」
「あ、あはは……」
それは、“わるだくみ”と形容するほかない欲望に満ちた笑顔であった。いきいきと目を輝かせている二人の姉を見て、かがみが苦笑いを浮かべる。
「えっと……。それで、砂和ねえと美彩ねえはどこ選んだの?」
「それを当てる企画じゃーん♪ わたしも二人がどこにしたか知らないし~」
「ふふっ。それじゃあ、みんなの『ヒント』を見てみよっか」
そう言って、砂和は机の上の紙切れを指差した。と、「わたしから!」と勢い勇んで、美彩が自分の紙切れを広げる。
そこには――意外とかわいらしい文字で、こう書かれていた。
【湯郷美彩】が選んだ【湯原】のスポットは……
『訪れると、帰れなくなる場所!!』
「帰れない……!?」「そんなところあったかな?」
かがみが驚き、砂和が首を傾げる。その反応を見て、美彩が鼻高々にほくそ笑んだ。
「そのとーり! 訪れると帰れなくなって、強制的にお泊まりになるところ! そうして、湯原温泉を心ゆくまで楽しんでもらうのだ……!」
「欲望がすごい……」
美彩の勢いに圧されて、砂和が引きつった笑みを浮かべる。ある意味で今回の企画の狙いに忠実な美彩のヒントに、かがみがおずおずと口を開いた。
「ば、漠然としすぎてるような……。美彩ねえ、他にヒントない?」
「えー? しょうがないなあ」
やれやれと肩をすくめて、美彩が自分の紙切れにヒントを書き足した。
『湯原の温泉街からちょっと離れたところにある』
『わたしは最初、地名が読めなかった』
「すごいね美彩ちゃん……! 読めなかったことを自白していくスタイル!」
「ホ、ホントに読めなかったんだから仕方ないじゃん!」
気恥ずかしげに言い返して、美彩は自分のヒントを二つ折りに戻す。そして、机の上から別の二つ折りを手に取ると、かがみに向けて掲げた。
「ね。かがみちゃんが選んだ場所のヒントも見ていい?」
「う、うん」
かがみが自信なさげに頷いたのを見て、美彩は紙を広げた。肩越しに、砂和も覗き込む。
【奥津かがみ】が選んだ【湯郷】のスポットは……
『ふみふみしたいけど、ふみふみできないもの』
「「哲学的!?」」
と、砂和と美彩の声が綺麗にハモった。
「や、やっぱりわかりにくいかな……。一応、他のヒントも書いてあるけど……」
『早起きが必要(湯郷に泊まろう!)』
『自然の神秘』
小さな丸文字で書かれた追加ヒントを見て、「おっ!」と美彩が顔を輝かせる。
「お泊まりだ! 考えることは一緒だねー、かがみちゃん!」
「うん。せっかく美作まで来てくれるなら、やっぱりお泊まりしてほしくて……」
「通じ合ってるとこ悪いけど、『早起きして、ふみふみ』と言われても……」
これが奥津ならば、「朝の足踏み洗濯」が正解だ。だが、今回は湯郷のスポットである。「む、難しい……」とうめいて頭を抱える砂和に、美彩があっけらかんと言う。
「かがみちゃん、物事を擬音で表現する時あるよね。『お水ごくごくしてくる』みたいに」
「となると、今回の『ふみふみ』も動詞だよね」
「う、うん」
「でも、ふみふみはできない……???」
「そ、そうなの……」
「…………」
正解を求めて考え込んでいた砂和は、やがて、考えるのをやめたように顔を上げた。
「……うん! いったん私のヒントからやろっか!」
「諦めた」
「な、なんかごめんね、砂和ねえ……」
妹たちの言葉を聞こえなかったふりをして、砂和は最後に書き上げた自分の紙切れを手に取った。そして、二人に向けて掲げる。
【湯原砂和】が選んだ【奥津】のスポットは……
『仰向けになるけど、眠れなくなる場所』
「温泉に来たのに眠れないって……」「こ、怖いやつ……かな?」
表情をこわばらせて後ずさる美彩とかがみに、砂和は慌てて両手をぶんぶんと振る。
「ち、違う違う! えっと……そうそう、遠足や旅行の前日みたいな感じ! 楽しみすぎて眠れなくなるって意味! 追加ヒントにもちゃんと書いてあるよ!」
『そのまま寝ちゃいたいくらい気持ちいい!』
「眠れないのに……!?」
かがみがごもっともなツッコミを入れる。が、砂和の中では矛盾していないようで、彼女は「そうなの!」と、力強く頷いた。
「どうかな、美彩ちゃん、かがみちゃん。私としてはなかなかいいヒントだと――」
「っていうか砂和ちゃん。未だに眠れないの? 旅行の前の日」
「そこは今関係ないでしょ!?」
三者三様の、一筋縄ではいかないヒントが出揃った。
それぞれの答えを胸に秘めたまま、三姉妹は企画の準備を進めていく。
そして――イベント当日。
たくさんの旅人が訪れた美作で、ついにその謎が明かされる日がやってきた――!
果たして、三人が選んだスポットとは?
謎めいたヒントの真意とは?
全ての答えは、現地にある――。

(回答編につづく)
文:佐藤寿昭

