story おはなし

温泉むすめ伝「昼神夜空の章」

 ああ。どうして夜は終わり、朝が来てしまうのでしょう――。

 九月のある朝。わたし――昼神夜空は、『温泉むすめ師範学校』の教室で数学の授業を受けていました。
 教壇では、先生がすらすらと図形を描いています。黒板に白いチョークで描かれるそれは、まるで夜空に輝く星座の“秋の四辺形”にも見えて、わたしはますます星が恋しくなってしまいました。
 ああ、今夜は昼神温泉でお星さまを眺めたい。なのになのに、わたしと来たら――……。

 あーあ。最近、ゆっくり星空を眺めていないなぁ……。

 日本一の星空の村・長野県阿智村にある昼神温泉に生まれ、満天の星空とともに育ったわたし。
 「この素晴らしい星空をたくさんの人々に見てもらうためなら」とアイドルを始めたものの、毎日勉強にお勤めにと忙しく、プライベートでお星さまを眺める時間は極端に減っていました。

「もっと時間が欲しいなぁ。一人でゆっくり星空を眺める時間が……」

 ぽろっと本音がこぼれた瞬間、

「では、この問題の答えを――昼神!」

 先生の声がして、わたしは反射的に「はいぃっ!」と立ち上がりました。
 みんなが振り返ってわたしを見ています。わたしは急に頬が熱くなるのを感じました……!

「……えっと、答えは……答えは……!」

 どうしよう、どうしよう! 全然聞いていませんでした! 何かヒントは、そう、きっと黒板にヒントが――……。

 あった!!!
 わたしは大きな声で、自信満々に答えました。

「答えは“秋の四辺形”です!

 

♨      ♨      ♨

 

「ああもう、わたしったら! 恥ずかしくて、宇宙の塵となって消えてしまいたい……!」

 放課後。天文部の部室に遊びに来た長良川かがりちゃんに向かって、わたしは今朝の失態を告白していました。

「わはは。夜空は昔っから星が大好きだもんなー」

 かがりちゃんは可愛らしい八重歯をのぞかせて笑っています。こういうときは下手に慰められるより軽く笑い飛ばしてくれるほうが気が楽になるもので、わたしはホッと胸を撫で下ろしました。

「かがりも夜が大好きなのだ。逆に昼間はなー……。ふあぁ……」

 そう言って、かがりちゃんは眠そうに目を擦ります。夜型のかがりちゃんはまだ本調子ではないのでしょう。
 夜型の温泉むすめ同士、かがりちゃんとわたしは昔からの仲良し。今日みたいに天文部の部活がお休みの日は、こうして部室を借り切って、鵜飼いをするかがりちゃんのためにわたしが明日の天気を占ってあげているんです。

「夜型って苦労するよね……。わたしも最近は昼間のあれこれで体力を使い果たしちゃって、ゆっくり星空を眺める時間がないの……」と、わたしは朝から抱えていたモヤモヤを打ち明けました。

「えっ? そうなのかー?」
「うん……。昼神温泉から見る星空が好きでアイドルを始めたのに、自分がそれを見られなくなるなんて、何のためにアイドルやってるのかな。考えてみたら、優勝した時にお願いする願い事だって決まってないし……」

 わたしとしては、これも笑い飛ばしてもらいたいな、と思って漏らした愚痴でした。だって、わたしはただの女の子ではなくて、昼神温泉の神さま・温泉むすめなのですから、自由にお休みをもらえる立場ではないのです。
 だけど――さっきまでの眠そうな様子はどこへやら、かがりちゃんは勢いよく立ち上がって言いました。

「夜空、働きづめはよくないぞーっ! 鵜飼いだって中秋の名月の日は休むのだー!」
「えっ? かがりちゃん……?」
「ほらほら! 今から昼神温泉に行って、ゆっくり星空を眺めるのだー!」
「きゃっ! あ、あの……!」

 かがりちゃんはわたしの腕を引っ張って、強引に部室から連れ出そうとします。
 気持ちは嬉しいけど、かがりちゃんの占いもやってないし、今夜もガイドのお勤めがあるし、ゆっくり星空を眺めるなんて……!
 そんなことをごにょごにょと言っていたわたしの抵抗を、かがりちゃんは一言で吹き飛ばしてくれました。

「いーのだ! 占いもおつとめもお休みなのだ! 夜空が元気になるのが一番なのだー!」

 

♨      ♨      ♨

 

「……。お、お願いしてみるものですね……」

 昼神温泉に到着したわたしは、かがりちゃんに連れられて星空観賞施設に向かい――今夜のナイトツアーのガイド役をお休みできないか尋ねてみたところ、あっさりと許可をいただいてしまいました。

「ほらなー。夜空はもっと正直になったほうがいいのだー」
「うん。そうかも……」
「分かればいーのだ! さあ、それじゃーさっそく星を眺めに行くのだー!」

 夜になったため、かがりちゃんもすっかり元気いっぱいです。嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねて屋外へ向かう彼女を追いかけながら、わたしも笑顔になって言いました。

「うふふ……。うん、行こう……!」

 阿智村には、夜通し星空鑑賞や星空撮影ができる施設があります。お客さんのいる鑑賞エリアにお邪魔して、わたしたちは夜道をやさしく照らす月明かりの中を歩いていきました。

「ほら、夜空ー! 今宵もお月さまがきれいなのだ! かがりはテンションアゲアゲなのだー!」
「あ、待って。久しぶりの星空だから、まだ見上げるのは我慢する……」

 かがりちゃんに導いてもらいながら、わたしはできるだけ足元を見ていそいそと進みます。
 お客さんがいない一角を選んで、地面にレジャーシートを広げ――そして、ぎゅっと目をつむったまま仰向けに寝転びました。
 目を開けば、満天の星空はすぐそこです……!

「すー……、はー……っ。行きます……!」

 深呼吸して胸の高鳴りを抑えつつ、そっと目を開けると――

 ――そこには、今にもこぼれおちてきそうな星々がきらめいていて、自然と声が出ていました。

ふわぁ……。しあわせ……

 ああ、これだ……。わたしは、この瞬間のために生きているんだ……。
 何も考えず、ただ星空を眺めながら――わたしは、何かが欠けていた自分の心が満たされていくのを感じました。

 

♨      ♨      ♨

 

 気付けば、とうに日付が変わっていました。
 隣に誰かが腰を下ろす気配がして我に返ると、かがりちゃんが八重歯を覗かせてわたしに笑いかけています。

「あ……! かがりちゃん、ごめんね! わたし、すっかり夢中になってて……」
「いーのだ! かがりはさっきまでお月さまと踊ってたからなー!」

 そう言って、かがりちゃんもわたしの隣に寝転びます。

「もうすぐ朝だなー。夜空、元気になったのだ?」

 わたしは小さく頷いて、もう一度夜空を見上げました。
 あと数時間もすれば空は白んで、この景色が見られなくなってしまいます。昨日までのモヤモヤはすっかり晴れたけれど、元気いっぱいになってもなお、わたしの頭の中はお星さまのことでいっぱいでした。
「……あーあ。昼間でもお星さまが見えればいいのに……」と、わたしは誰にともなく呟きました。

「っていうか、いっそのことわたしが『温泉むすめ日本一決定戦』で優勝して、『一日中、夜にしてください☆』ってお願いしちゃえば、わたしも嬉しいし、みんなもこの素晴らしい星空に気付いてくれる気がする……!
「お……?」

 何気ないその呟きは、かがりちゃんの耳に届いてしまったようです。
 なんて自分勝手なことを口走ってしまったのでしょう。わたしは慌てて自分の言葉を否定します。

「そ、そうだよね! ずっと夜だと困る人もいるだろうし、神さまがこんなお願いするなんて――」
「――それ、神さまっぽくていいな~!」
「えっ?」

 弁明の言葉を並べるわたしを尻目に、かがりちゃんは意外にも乗り気な様子でした。
 呆気にとられながらも、わたしは彼女の言葉の意味を考えます。わたしの願い事が「神さまっぽい」とは、どういうことでしょう。星空にゆかりの深い存在と言えば、ギリシャ神話の神々ですが……。

 娘のアンドロメダを溺愛するあまり海神ポセイドンの怒りを買って、娘の命を危険にさらした王妃カシオペヤ。
 逃げた恋人を逆恨みして呪いをかけたうえ、一つの国を滅亡にまで追い込んだアポロン――いや、そもそも!
 ヘラという奥さんがいながら、いろんな女性とあんなことやこんなことをしていた最高神ゼウスって一体!?!?

 ………………。

 そっか。神さまと言っても、品行方正な神さまばかりじゃない。いろんな神さまがいていいんだ……!
 わたしはゼウスに背中を押してもらった気持ちになって、笑顔でかがりちゃんに言いました。

そうだよね~☆

 もしかしたら――今この瞬間、この星空の下で、わたしの本当の物語が始まったのかもしれません。
 それがどんな物語になるんだろうって、わたしはいつまでも期待に胸をときめかせていたのです。

Fin.

written by Miyuki Kurosu

※「温泉むすめ図鑑」ショートストーリーの再掲です。

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