story おはなし

温泉むすめ伝「河口湖多佳美」の章

 鮮やかな青空のもと、紗のような薄雲をまとった富士山が新録の裾野をどこまでも広げていた。
 河口湖・富士山パノラマロープウェイ。その頂上にある展望広場から雄大な景色を眺めているのは河口湖多佳美修善寺透子である。河口湖を地元とする多佳美は慣れた様子で富士山に一礼し、強く念じるように呟いた。

「霊峰、富士よ……温泉むすめ日本一決定戦の勝利の栄光、何卒この河口湖多佳美にもたらし給え!」

 スクナヒコ発案の『温泉むすめ日本一決定戦』は、「一番」にこだわる多佳美の心を射ぬき、参加を決意させた。
 何事も一番を目指す。多佳美のその姿勢は本物である。一切の妥協はせず、やれることはすべてやる。この展望広場から行う富士山への願掛けもその一環で、特に重要な勝負事のときには絶対に外せない必勝の儀式であった。

「さあ、願掛けは済みましたわ。透子さん、後は河口湖温泉自慢のお湯にたっぷり浸かって英気を養いましょう!」

 多佳美は透子を振り返った。
 隣の透子は、なぜか富士山に向かって両手をかざし、スクワットのごとく中腰で尻を突き出していた。

「わー! 楽しみです、多佳美さんのお家の温泉!」
「いや……え? なんですの、その妙なポーズは」
「ふふー、これはですね、富士山から効果的に力を貰えるポーズです! 最近雑誌で読んだんですよ!!」

 聞いたことがない。
 多佳美を気にするふうもなく、へっぴり腰の透子はぷるぷると歓喜に尻を打ち震わせている。

「ふおー! なんか力が湧いてきた気がしますよ! これが富士山パワー!!」
「まぁ、それであなたの気持ちが上向きになるのなら結構ですけど……では我が家の温泉に――」
「その前に納豆を食べましょう。そうすることで効果が更にアップ!」
「……納豆?」

 聞き違いかとも思ったが、耳の良さでも温泉むすめ一番を自負する多佳美である、その線は薄い。
 不審に思って透子を見ていると、どうやら彼女は多佳美が興味を持ってくれたと勘違いしたらしい――透子は体を起こして鞄から納豆を取り出し、恐ろしいほどの早口でまくし立て始めた。

「多佳美さん、ご存じありません!? 今、“富士山+納豆”が自己肯定感を高めてくれると話題なんです! “特殊なポーズ”で富士山を見ながら納豆のスーパー成分ナットウキナーゼを摂取すると自己肯定感が爆増する効果があると米特殊機関によって証明されたんですよ! あ、ちなみにその米特殊機関で開発されたナットウキナーゼ200%増の納豆ならさらに効果倍増と聞いて注文しようしたんですが間に合わなかったので市販の納豆で代用を――」
「没収ッッ!!!」

 多佳美は電光石火で納豆を奪い取った。彼女は剥ぎ取り技術も温泉むすめ一番である。

「ああっ!? わたしの納豆!?」
「さすがに放っておけませんわ! あなた、どうしてそんなわけのわからないことを鵜呑みにしてますの!?」
「え、え……? わけわからないって?」
「だから、“特殊なポーズ”もナットウキナーゼも全て嘘! 騙されてるって言ってるんですのよ!!」

 ずいっと顔を寄せ、多佳美ははっきりと言い切った。だが、透子はおずおずと雑誌を取り出し、弱々しく呟く。

「で、ですけどぉ……。『全米で話題沸騰!』って、この雑誌の裏表紙に書いてあってぇ……」
「この展望台のどこにも納豆を持ってるアメリカ人はいないでしょう! 何度騙されれば気が済むんですの!?」
「あう……!?」

 多佳美の指摘に透子は絶句した。そして、雑誌もろとも力なくその場に崩れ落ちる。

「うぅ……。また騙されてたなんて、そんな……!!」
「まったく……! なんでもかんでも鵜呑みにしているようではいつか命まで落としてしまいますわよ!?」
「い、命!? それは……その、大げさなんじゃ……」

 戸惑うように視線を泳がせる透子を見て、多佳美は小さく溜息をついた。彼女はロープウェイのふもと――日差しを受けてまばゆくきらめく河口湖を指差すと、諭すように透子に語りかける。

「河口湖にはとある有名な昔話があります。その名も『カチカチ山』」
「カチカチ山って、あの……?」
「ええ。タヌキに騙された優しいお婆さんがばばあ汁にされてしまい、その凶悪なタヌキですらウサギの巧みな話術によって懲らしめられてしまうという、嘘つき達の奇跡の競演がもたらした血で血を洗うこの世の地獄絵図……」

 多佳美が眼光鋭く睨むと、透子がぎくりと息をのんだ。

「――透子さん! あなたはそのお婆さんです!」
「ガーン!」
「そしてタヌキでもあります!! 顔もどことなくタヌキ顔ですし!!」
「ガガーーン!! 気にしてるのに!!」
「今みたいに何でも信じて生きていたら、気づかぬうちに透子汁にされてしまいますわ! 耳障りのいい言葉に騙されないよう、身近な相手ですら疑うくらい気を引き締めておいでなさい!!」
「身近な相手ですら疑うくらい、気を引き締める……!」

 昔話は教訓譚とはよく言ったものである。『カチカチ山』を引き合いに出したことで、透子の目つきが変わった。

「…………わかりました!」

 透子は力強く頷き、きらきらと瞳を光らせて多佳美を見やり――

「多佳美さん、わたし、これからは気を付け……」

 ――そう言いかけて、急に言葉を飲んだ。

「あ、あれ? 身近な相手も……うた……がう……?」

 なぜかみるみる青ざめだした透子が多佳美を凝視する。瞳の輝きはすでに失われてしまった。
 何事かと思い、多佳美は透子に近寄ろうとする。と、透子はびくりと身を強張らせたかと思うと、信じられない速さで展望広場の隅へ逃げ、言った。

「ま、まさか……! 多佳美さん、あまりにも騙されやすいわたしが煩わしくなって、な、な、亡き者にしようとしているんですか……!? 今の話はカチカチ山のように仕留めてやるという……殺害予告……?」
「は……はあ!? わたくしのことは疑わなくて結構です! わたくしはあなたの為を思って……」
「こ、今度は“耳障りのいい言葉”……! やっぱりそうなんですねぇぇ……!」
「なんでそうなるんですの!?」

 多佳美が唖然としていると、どこからともなくカチカチという音が聞こえだした――カチカチカチカチ。

「こここの、おお音はカチカチ山のっ……!? ああああ、なんかか背中もああ熱い気がするるるる……!!」
「カチカチ言ってるのはあなたの歯ですし、背中が熱いのは日光が当たっているせいですわ!」
「こここれから行く温泉というのも、カチカチ山の泥船のように、わわわたしをしし沈めて、仕留める気だ……!」
「ええい、もう付き合っていられませんわ! 透子さん! とっとと我が家へ参りますわよ!!」

 展望台の片隅で震える透子の襟首をむんずとつかみ、多佳美は彼女を引きずってロープウェイへと歩き出した。

「ひ、ひぃぃ~~~……! あ、あの、泥船は! 泥船は堪忍してください~~~~っ!!」

 人の目を覚ますもの、それは言葉よりも温泉である。それも日本一の河口湖温泉の湯なら効果はてきめんなのだ。

 

♨      ♨      ♨

 

「…………恥ずかしすぎます。このままお湯に溶けて消えてしまいたい……」
「それこそ泥船のタヌキですけど、よろしいんですの?」
「いやです……」

 ふたりは多佳美が住み込んでいる旅館の露天風呂に浸かっていた。ここまでの道中、いつ多佳美に「透子汁」にされるかとブルブル震え続けていた透子だったが、思惑通り、温泉で冷静さを取り戻したらしい。
 我に返った透子はあからさまに意気消沈している。あれほど妄想をまき散らし、醜態を晒せば無理もない。
 多佳美は彼女に悪気がないことは分かっている。だからこそ、自然に口を突いたのはフォローの言葉だった。

「……ちなみに“タヌキ顔”というのは、かわいらしいという意味も込めてあるのであしからず」
「え?」

 気恥ずかしいからこれ以上この話は広げない。多佳美は誤魔化すように空を見上げる。

「まったく。あなたの妄想癖というか、想像力というか、流石に感心しますわ」
「す、すみません……ふふっ」

 多佳美が笑うと、つられて透子も笑いだした。少女達の笑い声が青空に溶けていく。
 多佳美と透子。ちぐはぐでドタバタのふたりだが、友情は確かにそこにあるのであった――――。

「わたし、だまされやすさなら一番かも、ですね」

 ――――が。

「……一番? このわたくしを差し置いて、ですか……!?」

 “禁断のワード”を耳にして、多佳美の目の色が変わった。

「えっ!? た、多佳美さん……!?」

 透子が怯むのもお構いなしに、多佳美は逃がさんとばかりに彼女の肩を掴んで拘束する。

「この河口湖多佳美! 騙されやすさにおいても一番を譲る気はありませんわ!
 さあ、透子さん! 耳の穴をかっぽじってよく聞きなさい! わたくしの珠玉の騙されエピソードを!!」

 一番と言われては負けるわけにはいかない。たとえそれが友であろうとも。それこそが河口湖多佳美なのである。

Fin.

written by Ryo Yamazaki

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