story おはなし

【温泉むすめ伝】松之山棚美の章

清楚でエレガントなシルバーか、はたまた華麗でラグジュアリーなゴールドか――さあ棚美、あなたはどっち?

「うぅ~~ん……。どっちにしようかしら……」

 ここに来てから何度となく繰り返した問いに、私は溜息をついた。
 東京、百貨店の化粧品売り場。いま、私の手にはシルバーとゴールド、2つのアイシャドウがある。

「やっぱりシルバー……。いや、でもこのゴールドもラメの粒子が大きくて綺麗だし……」

 人の肌は大きく分けて、黄みがかったイエローベースと、青みがかったブルーベースがある。
 例えばこの私、松之山棚美はブルーベース。ブルーベースの人は寒色系やパステルカラー、モノトーンがよく似合う。つまり、自分用ならシルバー一択なんだけど……。なぜだか今日はゴールドを選んだ方がいいような気がして、どちらを買うか決められずにいた――と、その時。

「シルバーがいいわね。棚美の白い肌によく映えると思うわ」

 ふいに背後から声がして、私は振り返った。

「まあ……! 伊都さんじゃないですか」
「やっほ、奇遇ね。買い物が終わったら声かけようと思ってたのに、いつまでもそこに突っ立ったまま動かないんだもの。待ちきれなくて声かけちゃったわよ。で、買うの? 買わないの?」

 私の心を見透かすようにそう言う榊原伊都さんは、学年こそ違えど良き友人だ。彼女とは地元の話はもちろん、互いに大好きなメイクやネイル――時には恋の話だってする。
 私は「そうですわね……」ともう一度考えてみたけど、やっぱり決められず、結局どちらも買わずに店を出た。
 伊都さんとふたり、コスメブランドが並ぶフロアを歩く。ネイルアートが趣味の伊都さんは、期間限定のネイルカラーを買いに来たらしい。彼女は嬉しそうにそう話すと、私が両手に提げている大きな紙袋を見て呆れた顔をした。

「棚美は……今年もたくさん買ったみたいね」
「ええ。クリスマスコフレはこの時期しか買えませんもの」

 クリスマスコフレとは、クリスマスシーズンに向けて各コスメブランドが限定発売するコスメセットのことだ。
 コフレはフランス語で“宝石箱”という意味で、宝石箱に見立てた綺麗な箱やポーチにアイシャドウやリップなどの可愛いコスメが詰まっている。都会の喧騒が苦手な私だけど、この時期だけは人ごみもなんのその、予約したクリスマスコフレを受け取るために販売開始日に東京へ駆けつけるのだった。

「ね、せっかく会えたわけだし、一緒にお茶でもしない?」

 伊都さんが艶やかな髪をかき上げながら言う。私は微笑んだ。

「いいですわね。でも、その前にちょっと寄りたいところがあるんですけど、いいですか?」
「もちろんよ」

 にっこりと頷いてくれた伊都さんを連れて、私は歩き出した――。

 

♨      ♨      ♨

 

 私が買い物を終えて伊都さんを馴染みの喫茶店に連れていったのは、それから三時間後のことだった。

「棚美ぃ~……。三時間もかかるってどういうことよ……!?」
「だから最初に言ったじゃないですか、ちょっと寄りたいところがあるって」
「うっ……。言ったわよ、確かに言ったけどさ~……」

 伊都さんが子どもみたいに口をとがらせて言う。いつも涼しげな彼女らしからぬ仕草につい笑ってしまった私は、何気なくその顔を見て――大変なことに気が付いた。伊都さんのマスカラが落ちてパンダ目になっている!!

「伊都さん、大変ですわ! パンダ目になってます! 今すぐメイク直しをいたしましょう!!」
「あら、本当? マスカラ新しいのに変えたばっかなんだけど、合ってなかったのかしら」

 私は首を傾げる伊都さんをよそに、愛用している黒のバッグからメイク道具一式を取り出した。まだ湯気の立っているコーヒーを脇に寄せ、テーブルの真ん中に鏡を置く。ちらりとマスターを見ると笑顔で頷いてくれたのでホッとした。マスターは私のことをよく知っていて、応援してくれている。

「それじゃ、ベースメイクから直していきますわね」

 まだ十一月とはいえ、冷たい空気はお肌を乾燥させてしまう。私は乾燥して崩れかけたファンデーションをティッシュで押さえてから、美容液をなじませたパフで落とした。それから再びファンデーションをのせる。伊都さんが使っているものに近い色のファンデーションを優しく、丁寧に。そうすると――うん、綺麗になった。

「次はアイメイクを直しますわ。少し上を向いていてください」
「えっと、こうかしら?」
「はい、そのまま……」

 と呟きながら、私は乳液を染み込ませた綿棒で、伊都さんの下まぶたに付いたマスカラを落としていった。綺麗になったらもう一度アイラインを引き、マスカラを塗り直す。最後にビューラーで持ち上げるのは、まつ毛の中央から先だけにする。根本から持ち上げると、華やかで可愛いけど少し子どもっぽくもなってしまうから。涼しげな顔をした美人タイプの伊都さんにはこのくらいがちょうどいい。

「――うん、これでいいでしょう。完成しましたわ。いかがですか?」

 鏡越しに伊都さんに尋ねると、彼女は感嘆の声を上げた。

「すごい……。仕上がりはもちろんだけど、何より手際が良いわ。さすが師範学校のメイクアップアーティストね」
「ふふ。ありがとうございます。リップメイクはコーヒーを飲み終わったら直しますわね」

 私がメイク道具を片付け始めていると、ふいに伊都さんが言った。

「ねえ。棚美はいつからそんなにメイクが好きになったの?」

 思いがけない質問に私は首を傾げ、少し考えてから答えた。

「きっかけは――松之山温泉ですわね」
「えっ? 温泉?」
「はい。あれは私がまだ初等部に通っていた頃のことでした。義母から、松之山温泉のお湯は一千万年以上前に地中に閉じ込められた『化石海水』が湧き出たものだと聞いたんです。だから松之山温泉は天然保湿成分がたっぷりで、その薬効の高さから“日本三大薬湯”のひとつに数えられているのだと」
「ああ、日本ではすごく珍しい温泉なのよね」
「ええ。私は松之山温泉に生まれた自分が誇らしかった。そんなある日、温泉で作った化粧水が地元で売られていることを知ったんです。試しに使ってみたら、それがすごく良くて。化粧水に始まり乳液、美容液……気付いたらメイクも好きになってました。朝から晩までメイクのことを考えて……。私はそれで満足だったんですけど……」
「満足だった……?」

 私は自分の言葉にハッとした。確かにそう。無意識だけど、満足“だった”と過去形で私は言った。なぜそう言ってしまったのかは分かってる――先日言われたことが耳から離れないからだ。

「……私、メイクが好きだから今まで裏方としてやってきたんですけど、この前地元の女の子たちに“棚美さまは歌ったり踊ったりしたくないんですか?”って聞かれて……」
「アイドルのことね」
「伊都さんも他のみなさんも、アイドルとして表舞台に立つことで地元の温泉地をPRしてらっしゃるでしょう? だから私も裏方に満足せず、自らをゴールドのアイシャドウで飾り立てて表に出るべきでは、と……」

 思い切って打ち明けると、伊都さんは納得した様子で言った。

「なるほどね。それでさっきも表情が暗かったのかしら。大好きな物を眺めてるはずなのに……」
「えっ? 私、そんな顔してました……?」

 私が目を丸くすると、伊都さんは柔らかく頷いた。
 もしかして、あの時から心配してくれていたのかしら? 数々の恋愛相談を受けているだけあって洞察力がすごいわ、と感心していると、伊都さんがスマホを差し出してくる。

「メイクアップアーティストを続けるべきか、アイドルになるか――その答えなら、ここにあるんじゃない?」

 そう言われてスマホの画面を覗き込んだ私は、「あら、匠美ちゃん」と呟いた。
 画面に映っているのは、飛騨高山温泉の温泉むすめ、高山匠美ちゃんのSNSだった。数日前、いつもと違う自分になりたいと言う匠美ちゃんにメイクをしてあげた日の投稿だ。目尻にキャットラインを引いて真紅のリップを塗った小悪魔的な匠美ちゃんの写真に、「松之山棚美ちゃんにメイクしてもらったよ!」という文章が添えられている。
 匠美ちゃんを褒めるコメントに交じって、“私も棚美さまにメイクしてもらいたいです!”、“調べてみたら松之山温泉って美肌の湯なんだね! 松之山温泉の化粧水ほしい!”などと、私に関係するコメントもあった。

 じんわりと心が温まっていくのを感じる。

 そっか。私がメイクアップアーティストをすることで、松之山温泉を知ってくれた人がいる。興味を持ってくれた人がいる。私がしてきたことは、松之山温泉にとっても無駄じゃなかったんだ――。

「……私、メイクが好きですわ。今までも、これからも――ずっと」

 私が呟くと、伊都さんは「そう。それじゃ、この件は解決ね」と言った。口調こそ淡々としているけど、カップを手に取る伊都さんは安堵の表情を浮かべているようにも見える。私はこの人の、こういうところが好きだ。

 私もカップを手に取り言った。

「ところで伊都さん、ここを出たらちょっと寄りたいところがあるんですが、いいですか?」
「えっ、まだ!?」

 思わずコーヒーをこぼしそうになる伊都さんを見て、私は微笑む。
 コーヒーを飲んだら、あのお店に行こう。いつもの私らしく、シルバーのアイシャドウを買いに。

著:黒須美由記

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