story おはなし

温泉むすめ伝「玉川百合亜の章」

「わぁ~! 素敵です! これがあの玉川温泉の地獄谷なんですね……!」

 

 雲仙伊乃里はそう言って、手に持っていた岩盤浴用のゴザをぎゅっと抱きしめた。

 『十和田八幡平国立公園』の中にある玉川温泉の地獄谷では様々な火山現象を見学することができる。強烈な硫黄臭に、いたるところで噴きあがる水蒸気。湯けむりがもうもうと上がり、岩肌むき出しの殺伐とした光景はまさに“地獄”だが――雲仙温泉に生まれ、幼い頃から『雲仙地獄』に慣れ親しんだ伊乃里にとっては、見ているだけで心が安らぐ“天国”のような場所であった。

 

「ようこそ玉川温泉へ~♪ まずは天然の岩盤浴よ~♪ たっぷり汗をかくから~覚悟してねぇ~♪」

 

 隣で案内役の玉川百合亜が言う。百合亜は歌うことが大好きで、会話する時は常にミュージカル調だ。もっとも、伊乃里はそんな彼女の口調には慣れっこなのか、笑顔で「はい!」と答えると、岩盤地帯に目を向けた。

 たくさんの人々が岩場にゴザを敷き、地熱を利用した天然の岩盤浴を楽しんでいる。屋内で岩盤浴ができるテントもあるが、あえて青空の下で岩盤浴をする、というのが今日の目的だった。

 

「うふふ。みなさん気持ちよさそうです。これなら疲れも……どんな悩みだって一気に吹き飛んじゃいますね!」

 

 と、伊乃里が微笑んだその時だった。

 

あ~~~~~~~~~~♪

「ふぇっ!?」

 

 突然、百合亜が叫ぶ。あまりの声量に伊乃里の心臓は縮み上がった。

 

「悩みと言えば~♪ 伊乃里さんに~聞きたいことがあったんだわ~♪

 あのね~♪ わたし『お悩み相談室』をやろうと思ってるんだけど~どうかしらぁ~♪」

「お、お悩み相談室ぅ!?」

「この前~小耳に挟んだの~♪ 隣のクラスの~榊原伊都さんが~♪ 『恋愛相談室』をやってるってぇ~♪」

「はあ、それは私も聞いたことがあります。どんな相談にも的確に答えてくれるから人気だって……」

「それで思ったの~♪ わたしの歌で~悩んでいる人たちの心を癒してあげる~『お悩み相談室』はどうかって~♪

伊乃里さ~ん、どう思う~?」

「ふぇ? どうって――」

 

 やってみたらいいじゃないですか、と続けようとして、伊乃里は言葉に詰まってしまった。百合亜は裏表のない優しい先輩で、歌を愛する同志でもある。そんな彼女の背中を押してやりたいのに、なぜか言葉が出てこない。

「ええと、あのぅ……」と、伊乃里が言葉を探していると――ふいに百合亜が言った。

 

「あら~♪ あの子、大丈夫かしらぁ~♪」

 

 そう言って、彼女は早足で歩き出す。

 伊乃里が慌てて追いかけていくと、百合亜は一人で岩盤浴をしている少女のそばにしゃがんだ。綺麗な黒髪を短く切りそろえた少女は汗でびっしょりになっていて、ふっくらとした頬をいかにも苦しそうに紅潮させている。

 

「お嬢さん~♪ あなた~脱水の初期症状がみられるわ~♪ 早く処置しないとぉ~♪」

 

 百合亜が声をかけると、少女はうっすら目を開け、かすれた声で答えた。

 

「お……おかまい……なく……。自分は……修行中……です……ので……」

「いいえ~♪ 修行じゃないわ~♪ あなたがしているのは~天然の岩盤浴よぉ~♪」

「いえ……修行……です……。1時間……経ちました……から……あと……いちじ……かん……」

「ふえぇっ!? ま、まさか2時間も岩盤浴をするおつもりなのですか!? おお、主よ……!」

 

 伊乃里は我慢強い少女が救われるよう神に祈りを捧げたが――百合亜は違っていた。

 

「そうなのね~♪ でもここの岩盤浴は~長くても40分までよ~♪ さあ~休憩をとりましょうねぇ~♪」

 

 彼女は少女を無理やり立たせ、体を支えて歩き出したのである。柔らかな歌声とは裏腹に有無を言わさぬその行動力に意表を突かれて、伊乃里は呆然とその場に取り残されてしまうのだった――。

 

♨      ♨      ♨

 

「百合亜どの、伊乃里どの。改めまして、この度は本当にありがとうございました!」

「しゅ、修子さん、やめてください。私たち、もうお友達じゃないですか」

「そうよ~♪ またいつでも~玉川温泉に帰ってきてね~♪ 玉川温泉は~“湯治のふるさと”なんだから~♪」

 

 百合亜に言われて、修子が苦笑いをする。

 

「ええ、また来たいです。玉川温泉といえば、日本一の強酸性の泉質を誇る温泉地。しかも岩盤浴もあるとなれば、ぴりぴりのお湯と大地の熱に耐える修行にうってつけですからね!」

「ダ、ダメです! さっき脱水しかけたばかりじゃないですか! どうしてそんなに修行したがるんですか!?」

「塩江温泉はあの弘法大師も修行をした温泉地! 修行こそが自分のライフワークなのです!」

「うっ……! な、なんていい笑顔……!」

 

 伊乃里は修子の向上心に感服しながらも、彼女の苦しそうな顔を思い出して心配になった。いくら修行といえど、体を壊してしまっては元も子もない。どうか自分の体を大切にしてほしい――と、伊乃里が言いかけた時だった。

 

「その高みを目指す心構え~……素晴らしいわ~♪ あなたならきっとできるはずよぉ~♪」

 

 突如、百合亜がそんなことを言い出したのだ。

「ふぇっ!?」とギョッとする伊乃里をよそに、百合亜は修子に手を差し伸べ、優しく微笑む。

 

「今日はだめでも~明日があるわ~♪ 明日のあなたは~新しいあなたぁ~♪」

「明日の自分は……新しい自分……?」

「そうよ~♪ さあ~♪ わたしと一緒に~さらなる高みを目指しましょう~♪」

「さらなる高みを……目指す……!!」

 

 伊乃里は修子を止めようとするが、彼女はすっかり百合亜の歌声に魅入られてやる気になっている。しまいには、修子は百合亜の手を取って、二人でミュージカルさながらに歌い出してしまった。

 

「はい~♪ 自分~ますます修行を頑張ります~♪ さらなる高みを目指すために~♪」

「あら~♪ 修子さん~♪ 歌がお上手ねぇ~♪」

「実は~地元の温泉施設の歌劇団で~歌っていたことがあるんです~♪」

「まあ~♪ きっとあなたは~アイドルになる運命だったのね~♪ わたしと一緒に~世界を歌で癒しましょう~♪」

「す、ストップです~っ!!」

 

 伊乃里はたまらず二人の間に割って入ると、精一杯の鬼の形相で百合亜に迫った。

 

「百合亜さん! さっき岩盤浴は40分までって言ってたじゃないですか! そんなふうに修子さんを修行に駆り立てるようなことを言って、修子さんがまた無茶したらどうするんですか!?」

「あら~♪ 大丈夫よ~♪ わたしがそばで見てるものぉ~♪」

「そういう問題じゃないです! もっと修子さんのお話を聞いて、他の解決方法を――……あっ!」

 

 伊乃里ははたと気が付いた。これこそが百合亜の「お悩み相談室」の背中を押してやれない理由だったのだ。

 確かに百合亜の歌にはどんな悩みも吹き飛ばす力がある。しかし、「吹き飛ばす」のは解決ではない。問題から目を背け、先延ばしにしてしまうことすらある。彼女はあくまで心を癒やす「ヒーラー」なのだ――。

 伊乃里は「悩んだ」。百合亜を想う気持ちと、彼女を止めないといけないという気持ち。二つの気持ちに挟まれて頭を抱えていたその時、救いの手が差し伸べられた。――百合亜である。

 

「さあ~♪ 伊乃里さんも一緒に~歌いましょう~♪」

「ふぇ……?」

「お腹の底から~♪ さん、はい♪ ラ~、ラ~ララ~、ラ~ララ~♪」

 

 伊乃里の体に、百合亜の歌声が反響する。

 その歌声は、彼女の華奢な外見からは想像できないほどパワフルだ。凄まじい声量に圧倒されてうっとりと目をつぶると、雲仙地獄から湧き出る熱水のように熱い彼女の思いが体の奥までビリビリ伝わってくる。

 

「ああ……。まるで雲仙地獄にいるみたい……。なんだか心が落ち着いて、とっても気持ちがいいですぅ……」

「それはよかったわ~♪ さあ~♪ 伊乃里さんも一緒に~世界を歌で癒しましょう~♪」

 

 伊乃里はゆっくり目を開くと、釜茹でにされたかのごとく頬を赤く染めて言った。

 

はぁ~い♪ 雲仙伊乃里、世界を歌で癒しま~~~す♪

 

 この人と一緒ならいつまでも歌っていたい――。

 そう思いながら百合亜の手を取る伊乃里の悩みもまた、どこかへ吹き飛んでいるのだった。

 

著:黒須美由記

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