story おはなし

温泉むすめショートストーリー 第1話【復刻】

□箱根神社・境内――。

 

彩 耶「……よし、境内の掃除はこれで終わりかな。

    早朝の箱根神社は人もいないし、落ち着いた雰囲気で気持ちいいなぁ……」

結衣奈「まったくですなー……」

彩 耶「うわっ!? どちらさま――って、結衣奈か」

結衣奈「彩耶ちゃん、おはよーっ! 巫女さんのおつとめご苦労さま!」

彩 耶「あー、びっくりした……。

    今日はどうしたの? こんな朝早くに箱根神社まで」

結衣奈「巫女姿の彩耶ちゃんに用があって来たの!」

彩 耶「巫女姿……今の私の格好のこと?」

結衣奈「そう! 実は、草津温泉の友達に彩耶ちゃんの大ファンの女の子がいてね」

彩 耶「はあ」

結衣奈「その子に『彩耶ちゃんは箱根神社で巫女のおつとめもしてるんだよ!』って教えたらね、『巫女姿の彩耶ちゃんの写真がほしい!』ってお願いされちゃったの」

彩 耶「……」

結衣奈「というわけで、巫女服彩耶ちゃんの写真を撮りに来ましたーっ!」

彩 耶「だめ!」

結衣奈「うん、ありがとー……って、あれっ!? だめ!?」

彩 耶「だーめ」

結衣奈「えーっ!? なんで!?」

彩 耶「あのねぇ……結衣奈、いい? 私たちはアイドルなんだよ。お金を出して私たちの写真を買ってくれる人がいるの。なのにタダで写真をあげちゃったら、買ってくれた人に不公平だと思わない?」

結衣奈「うっ……!」

彩 耶「それに、この格好は神さまに仕えるための正装なんだから。コスプレみたいなノリで写真を撮るのは違うんじゃないかな」

結衣奈「うぐっ……!」

彩 耶「だから、今回は……」

結衣奈「……しゅーん……」

彩 耶(思いっきり凹んでる……)

結衣奈「……しゅーん……」

彩 耶「……もう約束しちゃったの?」

結衣奈「うん……」

彩 耶「はあ……。仕方ないな。今回だけだよ」

結衣奈「ホント!? やったー! 彩耶ちゃん好きーっ!」

彩 耶「はあ……。まったくもう……」

 

♨    ♨    ♨

 

結衣奈「はーい。じゃあ撮るね!」

彩 耶「こんな感じで立ってればいいの?

    ……改めてカメラを向けられると恥ずかしいな……」

結衣奈「そうだなー……もうちょっと竹箒を胸元に寄せてみて!」

彩 耶「竹箒を? こうかな?」

結衣奈「おっ、いいね! 慎ましやか!」(パシャ!)

彩 耶「慎ましやかって」

結衣奈「清楚で可憐! いつものスポーツ少女な雰囲気と違って奥ゆかしい感じがすごくいいよ!」(パシャ! パシャ!)

彩 耶「な、なにそれ? ますます恥ずかしくなってきた……」

結衣奈「その表情もいい! 伏し目がちにはにかむ巫女さん! かわいい!」(パシャ!)

彩 耶「う、うう……」

結衣奈「彩耶ちゃんってスラッとしてるから巫女服似合うよねー。腰の位置も高いし!

    わたしが着るとちんちくりんに見えちゃうのに!」

彩 耶「そんなことないって。結衣奈もきっと似合うよ」

結衣奈「いやいや! 彩耶ちゃんに比べると全然だよ!

    いよっ、SPRiNGSイチ巫女服が似合う温泉むすめ!」(パシャ! パシャ!)

彩 耶「~~~~っ! 結衣奈、さっきから褒めすぎ! 撮影終わるからね!」

結衣奈「ええーっ、もう!? あと一枚! あと一枚だけ撮らせてーっ!」

彩 耶「今度こそだーめっ!」

 

♨    ♨    ♨

 

彩 耶「はあ……。なんかどっと疲れた……」

結衣奈「えへへ。彩耶ちゃん、協力してくれてありがとう!

    温泉まんじゅう食べる?」

彩 耶「食べる……」

結衣奈「よしきた! はい、あーん!」

彩 耶「あーん。……もぐもぐ……」

結衣奈「ふふふ。いい写真が撮れたなあ……!

    ほら、この写真とかすごいご利益ありそう! わたしの部屋に飾ろうかなー」

彩 耶「タダで写真撮られた上にご利益まで!? それは欲張りすぎ!」

結衣奈「あははっ、確かにそうだね。

    そういえば、箱根神社のご利益ってなんだっけ?」

彩 耶「んー……開運の神社だからなんでもありだよ。

    でも、特に有名なのは縁結びかな。正確には九頭龍神社のご利益だけど」

結衣奈「縁結び! 乙女の大願ですな!」

彩 耶「だね。最近は若い女の子の参拝客がすごく多いよ」

結衣奈「ちなみにその女の子たち、彩耶ちゃんとの縁結び目当てってことは……」

彩 耶「ありません」

結衣奈「ちぇーっ。

    彩耶ちゃんってカッコカワイイし、本気になっちゃう子もいると思うけどなー」

彩 耶「うわ! また出た!」

結衣奈「え? なにが?」

彩 耶「結衣奈の褒め殺し攻撃! 写真撮ってるときからずっと!」

結衣奈「攻撃扱い!? 素直な感想を言ってるだけだって!」

彩 耶「だからこそ余計にタチ悪いよ! 結衣奈こそ誰かを勘違いさせてる気がする!」

結衣奈「わたしが? あははっ、それはないって!」

彩 耶「それはどうかな……?」

結衣奈「さ、彩耶ちゃん……?」

彩 耶「じゃあ、ここでさっきの言葉を思い出してみようか」

結衣奈「さっきの言葉?」

彩 耶「私が写真撮影にオッケーしたとき……結衣奈、なんて言った?」

結衣奈「彩耶ちゃんがオッケーしてくれたとき?

    えーっと……あ!」

彩 耶「はい、せーの」

結衣奈「『彩耶ちゃん好きーっ!』」

彩 耶「それだーっ!」

結衣奈「わあっ!? なになに!?」

彩 耶「その無邪気な『好き』は罪だよ結衣奈! そう言われて勘違いした人は数知れずだと思う」

結衣奈「勘違いって、どういう意味で?」

彩 耶「恋愛的な意味で」

結衣奈「ええっ!? な、ないないない! わたしでそんな勘違いする人いないよ!」

彩 耶「絶対いるよ」

結衣奈「いないって!」

彩 耶「いーる」

結衣奈「いないよ! たとえば誰なのさ?」

彩 耶「そりゃ、む……」

結衣奈「む?」

彩 耶「……無名の誰かとか」

結衣奈「誰やねん!」

彩 耶(……『昔の私とか』って言ったら調子に乗りそうだし、やめとこ……)

 

♨    ♨    ♨

 

彩 耶「とにかく、あんまり気安く『好き』って言ってると、本当に好きな人ができた時に逃がしちゃうよ。ご縁というのはそういうものです」

結衣奈「わっ、急に巫女さんっぽくなった」

彩 耶「失敬な。巫女さんっぽいじゃなくて、本物の巫女さんだよ」

結衣奈「本当に好きな人かー……。今のところ全然イメージできないけど、縁結びで有名な箱根神社の巫女さんがそう言うなら、努力してみようかな」

彩 耶「うん。応援する」

結衣奈「でも、『好き』って言葉は無意識に出てきちゃうんだよね。くせになっちゃってて」

彩 耶「それなら逆に、『好き』より上の――特別な言葉を用意しておくのもありかも」

結衣奈「特別な言葉?」

彩 耶「うん。大事な人にしか言わない言葉。『大好き』でも『愛してる』でもいいから」

結衣奈「なるほど! それなら反射的に言っちゃうこともないね!」

彩 耶「でしょ?」

結衣奈「特別な言葉かぁ……。『愛してる』って言う自分はあんまり想像できないし……」

彩 耶「『大好き』は?」

結衣奈「……ちょくちょく言っちゃってる気がする」

彩 耶「本当に罪な女だね……」

結衣奈「あはは……。

    ――あ! 『好きです』はどう?」

彩 耶「『好きです』?」

結衣奈「そう! あえて敬語にするの!」

彩 耶「なるほど。敬語って意識して使う言葉だし、いいんじゃない?」

結衣奈「やったー! じゃあこれで決まり!

    ポロッとこぼれる『好きー♪』じゃなくて、自分の意思ではっきりと『好きです』って言う……。なんか告白っぽくてロマンチックかも!」

彩 耶「そうそう、そういうこと。結衣奈が分かってくれて嬉しいよ」

結衣奈「というわけで早速――彩耶ちゃんっ!」

彩 耶「ん?」

結衣奈「好きでーす♪」

彩 耶「へあっ!?」

結衣奈「SPRiNGSのみんなは大好きだけど、やっぱり幼なじみの彩耶ちゃんと那菜ちゃんは特別だもんね! 『好きです』第一号は彩耶ちゃんと那菜ちゃんで決まりだよ!」

彩 耶「ゆ、結衣奈……!!」

結衣奈「ん、なに?」

彩 耶「ぜ……」

結衣奈「ぜ?」

彩 耶「ぜんぜんっ!! 分かってなーーーーいっ!!」

著:佐藤寿昭

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