story おはなし

温泉むすめショートストーリー 第2話【復刻】

19□由布院温泉・夜――。

 

奏 「……ふぅ~~っ。夜のジョギング終わりデース」

奏 「にしても、もう22時を回ってるのにクソ暑くて汗だくデース……。さっさと家に帰ってひとっ風呂いただきますかね!」

奏 「ただいまデース!

   ――おや? あそこでウロウロしてるのは……」

 

美月「……うーん……」

 

奏 (美月氏? こんな時間にどうしたんデスかね?)

美月「奏ちゃんから返信が来ない……既読もつかない……!

   も、もしや……! 引きこもりのわたしに愛想を尽かして……!」

奏 (あ、ジョギングしててスマホ見てなかったデース。どれどれ……?)

 

美月『いい「ネタ」を仕入れました。今から行っていいですか?』

 

奏 (……ふむ。この言い方は――「例の件」デスか)

美月「や、やっぱり当日いきなりはまずかったかな……。ここは一旦出直して……」

奏 「――美月氏~っ! グーテン・アーベント!」

美月「ひいっ!?

   ……って、奏ちゃん! その薄着な格好は……」

奏 「ジョギングを兼ねて夜の由布院散歩デース。美月氏は『例の件』デスか?」

美月「あ、そうそう!! そうでござる!!」(ガバッ!)

奏 「うおぁっ!?」

美月「実はあるゲームをしてたら最高のネタを見つけたんです!! それを一刻も早く奏ちゃんに話したいと思っていてもたってもいられず由布院まで来たんです!! あのね、最近流行ってる某ゲームに新しいブキが実装されて、なんとその名前が――」

奏 「ちょ、ストップストップ! まくし立ててくんなデース!」

美月「はっ!? ご、ごめん……!」

奏 「ほら、とにかく上がれデース。汗だくだから続きは大浴場で聞きマスね!」

 

□奏の住む旅館・女湯大浴場。

 

奏 「はぁ~~っ……。生き返るデース……」

美月「……やっぱり夏は温泉に限るでござるなー……」

奏 「で、美月氏。例の件ってことは――『新しいドイツ語のネタ』デスか?」

美月「あ、そうです。

   またしてもかっこいいドイツ語を見つけたので、ぜひ奏ちゃんと語ろうと思って。

   ……め、迷惑だったかな……?」

奏 「なーに言ってんデスか! そもそも、なぜかドイツ語に詳しい美月氏をつかまえて『いい感じのドイツ語を教えてほしい』ってお願いしたのはバーデンの方デス!

   むしろダンケシェーンって感じデスよ!」

美月「……ほっ。それならよかった……」

奏 「前に教えてもらった数の数え方も役立ってマスよ!

  『いち、に、さん』じゃなくて『アインス、ツヴァイ、ドライ』って数を数えるだけでバーデンのドイツ生まれキャラが引き立ちマスからね!」

美月「あ、あはは……。自分でキャラって言ったね……」

奏 「むしろ、美月氏はどうしてドイツ語に詳しいんデスか?」

美月「べ、別に詳しいというほどではないでござる! 喋れるわけじゃないし!

   アニメやゲームでドイツ語っぽい単語をいっぱい知ってるってだけ!」

奏 「アニメで!?」

美月「うん。日本のアニメってドイツ語っぽい単語がよく使われるみたいで……。

   恐らく響きが格好いいからかと」

奏 「へー。

   じゃあ、今日教えてくれるドイツ語も格好いいやつデスか?」

美月「うん!

   その名も――『クーゲルシュライバー』!」

奏 「クーゲル……シュライバー……!?」

美月「そう! クーゲルシュライバー!」

奏 「――クーゲルシュライバー!

   確かに……心の奥底の中学二年生が疼く響きデスね……!」

美月「うん! 『喰らえ――クーゲルシュライバーーッ!!』ってやりたいでござる!」

奏 「おお、必殺技っぽい!」

美月「ですです!」

奏 「それで、日本語だとどんな意味なんデスか? クーゲルシュライバー」

美月「ボールペンです!」

奏 「……は?」

美月「『クーゲル』が『ボール』、『シュライバー』が『書くもの』という意味で……ボールペンだそうです!」

奏 「え、ええー……。日用品すぎる……。

   もっと難しくてオシャレな専門用語だと思ったのに……」

美月「いやいや、それがいいのでござる!

名前のかっこよさと日用品っていう地味さのギャップ萌え! 文房具を武器に戦うアニメのオープニング映像が浮かんでくるようですぞ! 監督は絶対あの人で――」

奏 (あっ、またまくし立てモードに入ったデース。

   ……興奮しすぎて上半身が温泉から出ちゃってマスね)

奏 (それにしても美月氏、実に女の子らしいスタイルで羨ましいデース。

   特に胸のあたりなんて、まさにボール――)

奏 (――あ! これデース!)

奏 「美月氏、美月氏!」

美月「声優さんはこんなラインナップで――って、はい?」

奏 「喰らえ――クーゲルシュライバァーーッ!!」

 

 ――ふにょん。

 

美月「ぎゃあああぁぁぁっ!?!? む、胸を揉む技ではないと思われ!!」

奏 「問答無用! これがバーデンのクーゲルシュライバーデース!」

美月「どういう解釈したらそうなるの!?」

奏 「この隠れてない隠れ巨乳はまさしくボール! ボールといえばクーゲルデース! クーゲルがアインツ、クーゲルがツヴァイ……。

   ツヴァイ・クーゲルンをシュライバーしてやるデース!!」

美月「ひえええぇぇぇっ!? 全然理屈が分かんないでござる!」

 

♨    ♨    ♨

 

美月「ふえぇ……。えらい目に遭った……」

奏 「はっはっは! バーデンはなんかスッキリしたデース!

   ……おっと、気付けばこんな時間デスね。日付変わりそうデース」

美月「あ、ホントだ。いつも大体このくらいの時間になるよね」

奏 「美月氏が由布院に来るのっていっつも夜デスからねえ。で、ドイツ語の話をしたらさっさと帰ってくという。

   もしかして美月氏、昼間に由布院に来たことないんじゃねーデスか?」

美月「あ……。そういえばそうかも」

奏 「ってことは、他の温泉地とは一味違う由布院の街並みや、街を見守る由布岳の雄姿も……」

美月「見たことないですね……」

奏 「やっぱり! それはいかんデース!

   今度はドイツ語抜きで遊びに来てくださいよ! 昼間に!」

美月「ど、ドイツ語抜きで……!?」

奏 「ヤー。ヒマなときにふらっと来てくれれば、由布院を案内してあげるデース」

美月「ヒマなときにふらっと!?

そ、そういう感じでお邪魔するのは、わたしにはハードルが高くて……」

奏 「えっ? 今日みたいな感じで全然オッケーデスよ?」

美月「き、今日は『ドイツ語を教える』っていう名目があったから勢いで来れたんだけど……。何の理由もなくふらっと遊びに行くとなると、連絡する前に色々考えちゃって……」

奏 「はあ」

美月「わ、わたし、ちゃんとした理由がないと人に会いに行けないタイプで……はい。

   だってきっと、め、迷惑に」

奏 「――クーゲルシュライバー!」

 

 ――ふにょん。

 

美月「ひゃぁっ!? なんで今!?」

奏 「ったく、こんな立派なモノを持ってるくせに気は弱いんデスから……!

   友達に遠慮してんじゃねーデース!」

美月「と、友達……?」

奏 「ヤー。

   ゲームしててテンション上がったから語り合いに来たり、『クーゲルシュライバー!』とか言いながらくっだらねーことしたり……。

   これが友達以外のなんだってんデスか!」

美月「奏ちゃん……」

奏 「ったく……。そんなつまんねーことで気に病んでんじゃねーデース」

美月「と、友達……。友達かあ……ふ、ふへへ」

奏 「そう! 友達の間に遠慮はナシ!」

美月「つ、つまり……。ということは『クーゲルシュライバー返し』も……?」

奏 「バッチ来いデース!

   ま、バーデンのクーゲルをシュライバーしてもなーんも面白くねーと思いマスけど」

美月「そんなことないよ!!」(ガバッ!)

奏 「おわっ!?」

美月「ふふふ……! そんなことないでござるよ……!」

奏 「美月氏……? なんか手つきがガチすぎませんかね……」

美月「では、遠慮なく行くでござる! クーゲルシュライバーーッ!!」

奏 「ひっ……ひゃあああぁぁぁっ!?!?」

著:佐藤寿昭

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