story おはなし

温泉むすめショートストーリー 第6話【復刻】

■東京・大手町――。

大手町梨稟「さ、着いたわ。ここが丸ビルよ! どう? お洒落なセンター街って感じするでしょ?」

別府環綺「すごーい。色んなお店が入ってるのね(何度も来てるけど……)。梨稟ちゃん、案内ありがとう♪」

梨稟「地元なんだから当然よ。むしろ本番はここから――ね、有馬輪花……さん」

有馬輪花「……無理にさん付けしなくていいわよ」

梨稟「輪花、さんの今日のミッションは、このあたしのソロデビューのお祝いにふさわしいファッションアイテムをここで見繕うこと! 人気読モのセンス、見せてもらうわ!」

輪花「はあ……」

梨稟「……ちょっと、なんかテンション低くない?」

環綺「ほんとほんと。輪花ちゃん、せっかく後輩がアイドルデビューするんだから、もっと喜んであげないと♪」

輪花「ええ。まあ、それはおめでとうって感じなんだけど……そもそも、あなた誰?」

梨稟「は……はあ!? あたしのこと知らないの!?」

輪花「あ、言葉が悪かったわね。もちろん全く知らないってわけじゃないわよ。東京は大手町温泉の温泉むすめ、大手町梨稟。師範学校中等部一年生」

梨稟「な、なんだ。ちゃんと知ってるんじゃない……よかった……」

輪花「でも、高等部と中等部で接点ないし、なにより初対面だし。ファッションで中途半端な仕事はしたくないから、やるならあなたのことをもっと知ってからの方がいいわ」

梨稟「ええー……!? た、環綺さん、話が違うんだけど!」

輪花「そうよ環綺。ファッション関係の話ならちゃんとそう言ってくれないと困るわ」

環綺「(はあ……。二人とも面倒なんだから……)実はね、梨稟ちゃんの方は輪花ちゃんのことよく知ってるみたいなの。梨稟ちゃん、大手町の温泉むすめだから東京のトレンドに敏感でしょ? 昔から読モで活躍してる輪花ちゃんに憧れてるんだって♪」

梨稟「あ、こら! それは言わないでってお願いしたのに!」

環綺「(言わないと話が進まないでしょ)だから、輪花ちゃんと一緒にウインドウショッピングするだけでも梨稟ちゃんのお祝いになると思うんだけど……だめかな?」

輪花「……ふーん……」

梨稟「う、うう……」

輪花「……ま、まあ、そこまで言うなら付き合うわ。梨稟、行くわよ」

梨稟「え、あ! やった……じゃなくて、待ちなさい!」

環綺「(ふう……。チョロくて助かった)」

 

輪花「梨稟、これはどう?」

環綺「へー。もこもこのハイネックニット? 上品かわいいってやつかな?」

梨稟「カラーもトレンドだし、東京っぽくていいんじゃないかしら。じゃ、お祝いはそれで……」

輪花「……。違うか……」

梨稟「ってこら! あたしに聞いてたんじゃなかったの!?」

環綺「うふふ。輪花ちゃん、なんだかんだで真剣に選んでくれてるね。梨稟ちゃん、せっかくだし『あのこと』も聞いてみたら?」

輪花「あのこと?」

梨稟「ち、違う! なんでもない! もー、環綺さんすぐ喋るんだから!」

環綺「うふふ」

輪花「遠慮しなくていいわよ。なに?」

梨稟「う……。ほ、本当に大したことじゃないっていうか……。輪花、さんって、読モ活動の中心地は東京じゃない? 神戸のときもあるけど」

輪花「ええ、そうね」

環綺「楓花ちゃんが勝手に申し込んだオーディションに受かったのよね♪」

輪花「環綺、さっきから茶々多い。……それがどうしたの?」

梨稟「どうして東京なのかなって思ってたの。ほら、スクナヒコさまがアイドル宣言する前は温泉むすめって地元で活動してる子がほとんどだったし」

輪花「ああ、そういう話ね。……あ。こっちのバッグはどう?」

環綺「あら。去年から流行ってるレトロコーデね」

梨稟「いいじゃない! 去年からトレンド追ってました感も出るし! じゃあこれ……」

輪花「……違うか……」

梨稟「だから自己完結しないでってば!」

環綺「(ふーむ……?)」

輪花「……よし。ちょっと店変えるわよ」

 

店員「いらっしゃいませー」

梨稟「わ……。ここ、和風小物ブティック?」

輪花「そ。普段は滅多に来ないけど」

環綺「こんなお店があったんだね~(あとで使わせてもらおう)」

梨稟「……そわそわ……」

輪花「で、さっきの話だけど」

梨稟「えっ? あ、うん」

輪花「なんで地元じゃなくて東京で活動してたのかって話よね。まあ、温泉むすめは基本的に地元大好きだし、地元の温泉地で旅館のお手伝いをしたり、来てくれたお客さんへおもてなしをしたりする子が確かに多いんだけど……温泉地を盛り上げる方法は他にもあるわ。ね、環綺?」

環綺「えー、何だろう?」

輪花「分かんないフリしない」

環綺「(ちぇっ……)合ってるか自信ないけど……どんどん外に出て、そこに温泉地があることを知ってもらう活動かな?(AKATSUKIが圧倒的な存在になろうとしてるのはそのためだし。慧ちゃんと日向も同じ考えかは分からないけど)」

輪花「そ。地元がどんなにいいところでも、『そこに温泉があること』を知ってもらわないと話が始まらない。あなたなら分かるでしょ、梨稟」

梨稟「う、うん……。よく『大手町に温泉あるの!?』って驚かれるから。でも、有馬温泉は有名でしょ? そんなことしなくてもいいのに」

輪花「どうかしら。『知らない』と『知ってる』の間にも大きな差があるけど、『知ってる』と『行きたい』の間にもすごく大きな距離があるものよ。あたしが東京で活動してきたのは、有馬温泉に『行きたい』と思ってくれる人を一人でも増やすため。それと……」

梨稟「それと?」

輪花「……向き不向き、ね」

梨稟「は? 向き不向き?」

輪花「温泉地のためって言っても、自分が楽しめないとお客さんに伝わらないから。地元の人と協力して温泉を盛り上げたり、お客さんに細やかなおもてなしをしたり……そういうのに向いてる子もいれば、そうじゃない子もいるってこと」

環綺「(……)」

輪花「で、あたしは一人でどんどん外に出てく方が向いてたのよね。勝手な見立てだけど――梨稟、あんたもそっちのタイプだと思うわ。はい、これ」

梨稟「これは……」

環綺「和柄のバッグ……というか、巾着?(絶妙にダサい……)」

梨稟「わあ……! かわいい!」

環綺「(……って、今度はお気に召したみたいね。トレンドがどうとかじゃなくて、自分の感想言ってるし)」

梨稟「ああ、この雑にリバーシブルな感じとか最高……って、はっ!?ちょ、違う違う! あたしはもっとトレンドに合ったアイテムがほしいの!」

輪花「素直じゃないわね……じゃあやめる?」

梨稟「うぐ……! ほ、欲し……いや、あたしは東京の温泉むすめとしてお洒落の最先端を……!」

環綺「(そろそろ終わってもらおっと)でもそれ、袋の口がおっきくて――これから東京の外に飛び出していく梨稟ちゃんが色んなものを中に詰め込めるようにっていう願いが感じられていいと思うな」

梨稟「え? そ、そういう意味だったの?」

環綺「ね-、輪花ちゃん♪」

輪花「……まあ」

梨稟「そっかあ……。それなら仕方ないかな、うん。……うん! 買ってくるわ!」

輪花「あら、あたしが出すわよ。お祝いでしょ?」

梨稟「結構よ! お祝いはあたしがもっとビッグになるまで延期するわ!店員さん、すいませーん!」

輪花「あ! もう……」

環綺「ふふ。輪花ちゃん、色々ありがとね。あの様子だと、強力なライバルを作っちゃったかな?(二位争い頑張ってね)」

輪花「別に……このくらいならお安い御用よ。それに、あの子はもうちょっと自分の気持ちに素直にならないとダメね」

環綺「(輪花ちゃんがそれ言う?)輪花ちゃんがそれ言う? ……あっ」

輪花「……環綺?」

環綺「……てへ♪」

輪花「『てへ♪』じゃないわよ!」

著:佐藤寿昭

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