温泉むすめショートストーリー 第7話【復刻】
□温泉むすめ師範学校・図書室――。
登別綾瀬「ふう。これで次の調査の資料集めは終わりね。今夜の出張先は……あら?」
秋保那菜子「…………!」
万座千斗星「…………♪」
綾 瀬「那菜ちゃんと千斗星ちゃん? 珍しい組み合わせね。……ちょっと立ち聞きさせてもらおうかしら」
千斗星「なるほど~。ぼぉーっとできる温泉をお探しなのですね」
那菜子「うん。地元の友達がぼぉーっとできる旅行先を探してるみたいで。だから秋保温泉以外の温泉地について調べにきたんだべ」
千斗星「師範学校の図書室は旅行先の調べ物にはぴったりですよね~♪ あらゆる温泉地のガイドブックがありますし」
那菜子「そうっちゃね~。そういう千斗星ちゃんはどうして図書室に?」
千斗星「わたくしは冬の星座の本を借りに来たのです。天体観測が趣味なもので~」
那菜子「そっか。これからお星さまがきれいに見える季節っちゃね!」
千斗星「仰るとおりです! スキーも楽しめますし、一年で一番好きな季節ですわ♪」
那菜子「分かるべさ~♪」
千斗星「分かっていただけますか~♪」
綾 瀬「ぜ、全然話が進まないわね……。さすがあの二人……」
那菜子「そういえば、万座温泉のお風呂はどうだべか? ぼぉーっとできそうなら紹介するリストに付け足しとくべ」
千斗星「よろしいのですか? では、たとえば石庭露天風呂というものがありまして」
那菜子「ふむふむ。石庭露天風呂……」
綾 瀬「……石庭露天風呂? それって……」
千斗星「24時間営業ですし、さまざまな湯温の浴槽がありますから、自分に合った湯温を選べばのぼせることなくずうーっとぼおーっとできますわ♪」
那菜子「ずうーっとぼぉーっと……いい響きだべさ!」
千斗星「天体観測という意味でも、標高1800メートルにある万座温泉は空気が澄んでいて星空が美しく見える代わりに、これからの季節はとっても寒いのです。ですが、露天風呂に入りながら星空を楽しめば寒さとは無縁ですわ♪ ずうーっとぼぉーっとお星さまです♪」
那菜子「ずうーっとぼぉーっとお星さま……! いい響きっちゃね~!じゃあそこを紹介リストに……」
綾 瀬「――ちょーっと待った!」
千斗星・那菜子「「きゃっ!?」」
綾 瀬「……あ。つい飛び出しちゃったわ」
那菜子「あ、綾瀬ちゃん!? いつからそこに?」
綾 瀬「ふふ、いま来たばかりよ。それより那菜ちゃん、今の千斗星ちゃんの話には大事な情報が抜けてるわ」
那菜子「大事な情報? なんだべか?」
綾 瀬「その露天風呂――混浴よ」
那菜子「……ふえっ?」
千斗星「はい~。日本でもっとも有名な混浴露天風呂のひとつですわ♪」
那菜子「えっ、ええーーーーっ!? こ、混浴でぼぉーっとするんだべか?」
千斗星「そうですよ。カップルさんやご夫婦、ご家族が一緒にぼぉーっとできる露天風呂として人気なのです~。もちろん入浴のときは湯浴み着を着ますし、みなさまマナーのいい方ばかりなのでとても穏やかですわ♪」
那菜子「な、なるほど……? そう言われると行ってみたいような、怖いような……」
綾 瀬「うふふ。今度一緒に行きましょっか?」
那菜子「ほんと? 綾瀬ちゃんとなら安心……いや、逆に危険かな……?」
綾 瀬「……どういう意味かしら……。まあ、混浴ってことをちゃんと伝えれば紹介してもいいと思うわよ」
千斗星「他にも男女別の雲海露天風呂などもありますよ~♪」
那菜子「あ、そっちも一緒に紹介するベ!」
那菜子「えっと、他には……」
千斗星「そういえば、黒川温泉の姫楽さんがよく洞窟風呂でぼぉーっとされていると言っていましたわね。そちらはいかがですか~?」
綾 瀬「あの子の場合はぼぉーっとするというより精神集中のためじゃない?」
那菜子「洞窟風呂……確かに修行とかに使いそうな響きっちゃね。えーっと、黒川温泉のガイドブックは……って、ここも混浴って書いてある!」
千斗星「あら、そうでしたか♪」
綾 瀬「千斗星ちゃん、混浴好きねえ……」
那菜子「こ、混浴ばかり紹介したら友達に『那菜子さまってもしかしてあれなんですか? 見せたがりなんですか? 浴場で欲情ですか?』って心配されちゃうべさ……!」
千斗星「まあ、うふふ……。那菜子さんは妄想力豊かですのね♪」
那菜子「妄想って言われたっ!?」
綾 瀬「大丈夫よ。黒川温泉の洞窟風呂は混浴だけじゃなくて女性用の浴場もあるから」
那菜子「えっ?」
千斗星「あら、そうなのですね」
那菜子「ほっ……。それなら安心して紹介できるっちゃね」
綾 瀬「広さも混浴と同じくらいだったと思うわ。ガイドブックには書いてないけど」
千斗星「そういうところは現地を訪れないと分からないですものね」
那菜子「旅行あるあるだべな。ガイドブックの写真を見て『このお風呂お洒落だべ!』って思って行ってみたら、実は男子浴場の写真だったりして……」
千斗星「そうですわね~♪ たとえば万座のお隣にある草津温泉の西の河原露天風呂とか」
綾 瀬「あそこは男性用の方が広くて写真映えするのよね。女性用も十分広いけど」
那菜子「ガイドブックの意外な弱点っちゃね……!」
綾 瀬「そうねえ……。確かに『※これは男性用風呂の写真です』ってしっかり書いてあれば一番よね。でも、写真を見るだけでなんとなく見分ける方法はあるわよ」
那菜子「ホントだべか?」
綾 瀬「たとえば露天風呂の写真は男性用が多いわね。女性用の露天風呂は目隠しのための塀とかをしつらえないといけないから、写真で開放感を出しづらいのよ」
千斗星「ほおほお。言われてみれば~」
綾 瀬「その代わり、お洒落な内湯の写真はたいてい女性用ね。それこそ秋保温泉とか」
那菜子「た、確かに……! さすが綾瀬ちゃんだべ!」
綾 瀬「あ、でも期待しすぎないでね。的中率は……70%くらいかしら。そもそもほとんどの旅館は泊まっていけば男女入れ替え式で両方の浴場に入れるし」
千斗星「日帰り入浴もいいけれど、たまには泊まっていきなさぁいということですわね♪」
那菜子「お泊まりかあ……。わたしも本当はお泊まりしたいんだけど、お小遣いが……」
千斗星「高校生のお財布には厳しいですわね~……」
那菜子「綾瀬ちゃんのお財布は大丈夫なんだべか? 色んな温泉に行ってるみたいだけど……」
綾 瀬「私の場合は調査を兼ねてるから、スクナヒコさまの経費でお宿に泊まれるのよ」
那菜子「け、経費……!」
千斗星「人のお金で温泉……! 夢のような旅行ですわ……!」
綾 瀬「千斗星ちゃん、言い方なんとかならないかしら?」
千斗星「綾瀬さん、その知識を活かしてぜひわたくしにもおすすめの旅行先を教えてほしいですわ♪」
那菜子「うん。ぼぉーっとできる温泉、どこか知らないべか?」
綾 瀬「ぼぉーっとできる温泉ね……」
綾 瀬「ぼぉーっと……、ぼぉーっと……」
綾 瀬「……」
那菜子「……あ、綾瀬ちゃん?」
綾 瀬「最近、ぼぉーっとしてないわねぇ……」
那菜子「綾瀬ちゃん!?」
綾 瀬「経費で温泉地に泊まれるといってもその分働かなくちゃいけないし……。経費節約のために一度の出張で出来るだけ多くのお風呂に入らないといけないから、一回の入浴時間は短くしないと湯あたりしちゃうし……。同じ街でも昼と夜で別の顔を見せるから温泉街を何回も回って写真撮らないといけないし……」
那菜子「あわわわ……! な、なんか地雷踏んじゃったみたいだべ……!」
千斗星「え、ええと……、そうですわ! 綾瀬さん、明日は勤労感謝の日ですから。その日くらいお仕事はお休みなのではないでしょうか? ぜひ万座温泉でぼぉーっとする一日を……」
綾 瀬「明日も……調査なのよね……」
千斗星「…………」
那菜子「…………」
綾 瀬「うわっ……私の休日、なさすぎ……?」
(おわり)
著:佐藤寿昭