温泉むすめショートストーリー 第9話【復刻】
□温泉むすめ師範学校・部室棟前
――ダダダダダダダダッ!
レッスン着の白浜帆南美と指宿絵璃菜が走ってくる。
帆南美「――ゴール! よっしゃー! 今日もうちの勝ちや!」
絵璃菜「あーもう! また負けたーっ!
帆南美ずるいぞ! 帆南美が自分で『よーいどん!』って言うんだから、帆南美の方が早いに決まってるだろ!」
帆南美「にっしっし! 勝負はそこから始まってるんやで!
さーて、他の三人は……おっ、来た来た」
心 雪「はあ、ふう……! 帆南美ちゃんも絵璃菜ちゃんも元気だねえ……。
レッスン終わったあとに部室までダッシュするなんてムリムリ無理の助だよぉ……!」
雅 奈「うふふ。心雪さん、帆南美さんは思いつきで何でも勝負事にしてしまいますから。
毎回付き合わなくてもいいのですよ~」
帆南美「なんやその小学生男子を見るような目つきは!
初夏ぁ! 雅奈がまたいじめるーっ! 初夏―っ……って、あれ? おらんな」
心 雪「おトイレかねぇ」
雅 奈「汗をかいたレッスン着のままだと風邪を引いてしまいますから、先に部室で着替えていましょうか」
絵璃菜「おーし! 着替えて温泉行くぞーっ!」
帆南美「うちが勝ったから今日も白浜温泉やな!」
絵璃菜「温泉入れるならどこでもいいぞ! 着っ替え♪ 着っ替え♪」
――ガチャ。
――バサバサバサバサッ!!
絵璃菜が『奇術研究部』と書かれた部室のドアを開けると、中から白いハトが飛び出してきた!
絵璃菜「おわーっ!?!? なんだなんだ!?」
初 夏「じゃじゃーん! みんなおかえりーっ!」
帆南美「『おかえりーっ!』じゃないわ! いつの間に中おったん!?」
絵璃菜「びっくりしたぞ! びっくりしたぞ!」
初 夏「部室に着くまでがレッスンだからね! レッスンを最後まで楽しんでもらおうと思って、ダッシュで戻ってきたんだよ!」
心 雪「おー、それは初耳アワーだよぉ。『家に帰るまでが遠足』的なやつかねぇ」
初 夏「だいたいそんな感じ!」
雅 奈「……あら? ということは、一番に部室に着いていたのは……」
絵璃菜「初夏だな! 今日は熱海の温泉だーっ!」
帆南美「えーっ!? そんな卑怯な!」
♨ ♨ ♨
□奇術研究部・部室内
心 雪「はー……、暑い暑い。銀山はまだ雪だらけなのに、東京はあったかくなってきたねぇ。汗だくだくだよぉ」
雅 奈「みなさん、脱いだ練習着はカゴに入れておいてくださいね」
初 夏「はいはーい! 雅奈ちゃん、いつもお洗濯ありがとね!」(ぷしゅー
帆南美「……んん!?」
初 夏「ん? どうしたの、帆南美ちゃん」(ぷしゅー
帆南美「なんかシトラスのいい匂いが……初夏、制汗スプレー変えたん?」
初 夏「お、そうなんだよー。こないだ買いに行ったらうちの子たちが気に入ったの!」
心 雪「うちの子?」
雅 奈「といえば、先ほどマジックのお手伝いをしていたハトさんですわね」
初 夏「そう! 大丸と河原丸と佐治郎と清左衛門と風呂水丸と平左衛門と野中丸!」
心 雪「そっかぁ。ハトが苦手な匂いだと、せっかく隠してたのにびっくらこいて飛び出しちゃったりしそうだもんねぇ」
初 夏「うんうん! 一流のエンターテイナーたる者、小道具にも気を配らないとね!」
帆南美「いや、今はアイドルやからなうちら。念のためツッコんどくけども」
絵璃菜「……」
雅 奈「絵璃菜さん? どうしました?」
絵璃菜「……せーかんスプレー? ってなんだ?」
初夏・帆南美・雅奈・心雪「えっ!?」
絵璃菜「えっ?」
心 雪「で、デオドラントだよぉ。知らない?」
絵璃菜「でお……なんだ? 熱帯魚の名前か?」
雅 奈「汗や匂いを抑える成分が入ったスプレーですわ。汗ふきシートなどと一緒に使って、最後の仕上げにぷしゅーっと」
絵璃菜「???」
帆南美「う、うわぁーっ! コイツ『タオルじゃダメなのか?』って顔しとる!
おぞましい女子力や……くわばらくわばら……!」
絵璃菜「だって、レッスンのあとはすぐに温泉入るだろー? それでいいじゃん!」
初 夏「まあねー。でも、うら若き乙女としてはこの部屋から温泉に行くまでのちょっとの道のりも気になるわけですよ」
絵璃菜「そういうもんかー」
初 夏「そういうもんだよー」
帆南美「いやいや、なに大団円みたいな雰囲気に持ってこうとしとんねん!
いいか絵璃菜、お前はもうアイドルなんや! うちが体臭チェックしてやる!」
絵璃菜「おー、いいぞ! どんとこい!」
帆南美「くんくん……くんくん……」
帆南美「…………」
心 雪「ど、どうかなぁ?」
帆南美「め……」
心 雪「め?」
帆南美「……めっちゃ爽やかな匂いする……。なんか……夏のお日さまのような……」
初 夏「うそーっ!? あたしも失礼っ! ……くんくん……うわー! ホントだ!」
絵璃菜「よく分かんないけど、多分そうめん流しと砂蒸し風呂のおかげだぞ!」
雅 奈「なるほど。絵璃菜さんは普段からよく動いていますし、砂蒸し風呂の効果もあって毛穴がきれいなんですわね。羨ましいですわ~……」
帆南美「なんか自分は大丈夫か気になってきたわ……。絵璃菜、ちょっと嗅いでみ?」
絵璃菜「いいぞ! ……くんくん……」
帆南美「……どや?」
絵璃菜「うん! ミルクみたいな匂いがする!」
帆南美「誰がガキや!」
絵璃菜「そ、そこまでは言ってないぞ……」
初 夏「あはははっ! 帆南美ちゃんもよく走るからね! お肌ぷにぷにだよ!」
帆南美「赤ちゃんか!
つうか、その理屈で行くと動かんやつほど危ないってことやろ? つまり……」
心 雪「……ぎくっ」
帆南美「山奥のぉー、銀山でぇー、毎日勉強とアニメな日々を送っているーぅ、どこかの誰かさんはぁー? ヤバいんとちゃうかー?」
心 雪「だ、誰のことだろうねぇ……? 私には分からんちん……」
絵璃菜「お前だーーーーっ!」
帆南美「わはははーーーーっ! 嗅がせろーーーーっ!」
心 雪「きゃーーーーっ!? 助けておくれーーーーっ!」
初 夏「おおっとピンチ! 心雪ちゃん、パス!」
――ぱしっ。
初夏は制汗スプレーを心雪に投げ渡した。
心 雪「きゃーーーーっ! きゃーーーーっ!」
――プシューッ、プシューッ!
絵璃菜「うおあ!?」
初 夏「あ、あれあれっ!? 使い方違うよ心雪ちゃん!」
帆南美「ちょ、心雪、こっちに向けてスプレーすんのは……げほっ! ごほっ!
虫か!? うちらは虫なんか!?」
――プシューッ、プシューッ!
初 夏「あうあう……。すっごい使ってる……! ちょっとお高いやつなのに……!」
雅 奈「初夏さん、あとで新しいものをプレゼントしますわ~」
初 夏「えっ、いいの?」
雅 奈「はい~。初夏さんの手品にはいつも楽しませてもらってますから♪」
初 夏「お、おかあさん……! ありがとう!」
♨ ♨ ♨
□熱海温泉・外湯
帆南美「で、結果心雪もたいして匂わんというね」
心 雪「う~……。そういう問題じゃないんだよぉ……」
雅 奈「まあ~、私たちは毎日温泉に入っているわけですから~? そぉんな気にする必要ないのですわよ~?」
絵璃菜「うわっ、雅奈がまたわけもなく酔ってるぞ! いつお酒飲んだんだ……?」
雅 奈「先ほど……初夏さんに『ありがとう』と言っていただけたのが嬉しくて、ちょっとだけぇ~♪」
帆南美「一番不健康そうなヤツがここにおったわ……」
雅 奈「ねえねえ初夏さん~。どぉしてデオドラントの香りを変えようと思ったの~?」
初 夏「えっ? 結衣奈ちゃんとドラッグストアに行って……はっ!?」
雅奈・帆南美・心雪「じーっ……♪」
初 夏(こ、この視線は……!)
心 雪「いやぁ、女の子が自分の香りにこだわるタイミングなんてそんなにないよねぇ」
帆南美「せやなぁ……。なにかあったんやろなぁ……」(にやにや
雅 奈「ふんふーん♪ 『友達よりも近くて~♪ 兄弟みたく確かなもの~♪』」
絵璃菜「ん? 急に歌ってどうしたんだ?」
初 夏(や、やっぱり「ある答え」を期待されてる! 心雪ちゃんはアニメの見すぎで、帆南美ちゃんはわざとやってて、雅奈ちゃんは酔ってるだけで、絵璃菜ちゃんだけは意味が分かってないけど!)
帆南美・心雪・雅奈・絵璃菜「『ぼーくーたーちーはー』?」
初 夏「……!」
初 夏(い、いやいや! 『最近、女子も楽しめる温泉地にどんどん変わっていく熱海に負けないように女子力をあげようと思って』って真面目に答えればいいだけなんだけど……でも、でも……!)
初 夏(あ、あたしの中のエンターテイナーの血が、勝手にぃ~っ!)
初 夏「こ……」
雅 奈「こ~?」
初 夏「恋と名付けたものをしてしまいましたぁーっ!」
帆南美・心雪・雅奈「ありがとうございま~す♪」
絵璃菜「えっ!? 初夏マジか!?」
(おわり)
著:佐藤寿昭