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温泉むすめショートストーリー 第10話【復刻】

□長崎県雲仙市・とある教会の前――。

楓 花「ツチノコ♪ ツチノコ♪」

伊乃里「まっ、待ってください、楓花さ~ん!」

楓 花「あ! 伊乃里ちゃん♪ どうしたのー?」

伊乃里「はぁはぁ……ど、どうしたのって、楓花さんが突然いなくなってしまったから追いかけてきたのではないですかぁ……。お祈りをしている途中だったのに……」

楓 花「お祈り?」

伊乃里「はい。今日も無事に帰ってこられるように、と。神さまは私たちのことをいつも見守ってくださっていますから……」

楓 花「えっと、ふうかたちも神さまだから……。あ、今日は来れなかったお姉ちゃんが見守ってくれてるってことかな、かな?」

伊乃里「ふぇぇっ!? そ、そういうことではなくて~……」

 

伊乃里(はぁ……輪花さんに「ふうちゃんのツチノコ探しに付き添ってほしい」と言われて、お役に立てるならとお引き受けしましたが、いきなり前途多難です……。

で、でも! 今日は撮影で忙しい輪花さんに代わって、私が楓花さんの保護者なのだから……!)

 

伊乃里「いいですか、楓花さん! これから白雲の池に向かいますが、ツチノコを見つけても決して私のそばを離れてはいけませんよ?」

楓 花「うんっ! ふうかね、白雲の池でツチノコと泳ぐ夢見たの! だから今日はぜーったいツチノコに会えると思うんだー♪ 伊乃里ちゃん、ふうかとツチノコ、一緒に泳いだらどっちが早いかな? かな?」

伊乃里「ふぇっ!? え~っと、それは……」

楓 花「ツチノコ♪ ツチノコ♪」

伊乃里「うぅ……。わ、私なんかが付き添いで本当に大丈夫なのでしょうか……?」

 

???「おい! そこの君ぃ~!」

 

伊乃里「ひっ!?」

???「何してる~!? まさかその女の子、誘拐したんじゃないだろ~ね~!?」

伊乃里「ひゃあああん! 違いますぅぅぅっ!」

黒 恵「あっはっは! ひっかかった、ひっかかった!」

伊乃里「ふぇぇっ!? く、黒恵さん!」

黒 恵「いっひっひ~。伊乃里ちゃんは相変わらずリアクションがいいね~!」

伊乃里「どど、どうして雲仙に? 何かあったのですか?」

黒 恵「何って、お酒の買い出しだよ。お酒のあるところに黒恵ありってね~! ほれ、今日は焼酎じゃなくて日本酒『雲仙の輝』~! 試しに飲んでみる?」

伊乃里「こ、こんな昼間からですか!? 私たちはこれからツチノコを――」

楓 花「はーい! ふうか飲んでみるー♪」

伊乃里「楓花さん!?」

黒 恵「おっ、いいね♪ 楓花ちゃんとは仲良くなれそうだ。それじゃ、早速おちょこに……」

伊乃里「いっ、いけません! そんなことをしたら私っ……! あなたを阿鼻叫喚地獄に叩き落とさなければなりませんっ……!」

黒 恵「ひぇっ……! め、目がマジだ! じょ、冗談だよ~」

楓 花「えー? ふうかお酒飲めるよ?」

伊乃里「そ、それでしたら楓花さん、代わりに雲仙のご当地サイダー『雲仙レモネード』はいかがですか? さっぱりとした味で、とってもおいしいんですよ!」

楓 花「うーん……。サイダーはもちろん嬉しいけど、お酒も飲みたいな♪」

伊乃里「ぴぃっ!? で、ではお酒はツチノコが見つかったらお祝いに飲みましょう!」

楓 花「んー……。分かった! ツチノコ♪ ツチノコ♪」

 

伊乃里(ほっ。これでやっと白雲の池に行けそうです……!)

 

黒 恵「ところでさっきからツチノコ、ツチノコって、ツチノコがどうかしたの?」

楓 花「うん♪ ふうかね、これから伊乃里ちゃんとツチノコ探しに行くんだー♪」

黒 恵「ツチノコを? 探しに~?」(トクトク

伊乃里「はい。今日は輪花さんに頼まれて、私が楓花さんのツチノコ探しに付き添うことになったんです」

黒 恵「ぐびぐび……ぷはぁ~っ。いいねぇ、それ! 私も行くぅ~!」 

伊乃里「ふぇぇっ!?」

黒 恵「だって~、マムシとかスッポンのお酒は飲んだことあるけど、ツチノコのお酒はさすがに飲んだことないし!」

伊乃里「ツ、ツチノコをお酒に!? そんなこと楓花さんが許すはずないと思いますけど……」

楓 花「うーん……」

伊乃里「ほら、難しい顔してます! 楓花さん、ビシッと言ってもいいんですよ」

楓 花「……早い者勝ちでいいんじゃないかな、かな?」

伊乃里「って、いいんですかぁ!?」

楓 花「でも、ふうかが捕まえたらツチノコはおうちに連れて帰るね♪」

黒 恵「いいよぉ~! どっちが先にツチノコを捕まえるか競争らぁ~!」

二 人「ツチノコ♪ ツチノコ♪」

伊乃里「ふぇぇ……」

 

伊乃里(やっぱり前途多難です……! 主よ、これは私に与えられた試練なのでしょうか……?)

 

□雲仙市・白雲の池――。

 

――パシャッ。パシャッ。

――パシャッ。パシャッ。

 

黒 恵「ふひひ。伊乃里ちゃんが漕ぐオールの音はかわいいねぇ~。ひっく」

楓 花「伊乃里ちゃん、あっちへお願いします!」

伊乃里「はぁはぁ……はいっ……!」

楓 花「あっ、ごめんね。夢で見たのはこっちかも!」

伊乃里「ふぅふぅ……お気になさらず……!」

楓 花「えっと……あっちも見てみたいんだけど、大丈夫かな、かな?」

伊乃里「ほっほっ……お任せください……!」

楓 花「むー……」(きょろきょろ

伊乃里「ふ、楓花さん……いましたか、ツチノコ?」

楓 花「うーん……。今のところはいないみたい」

伊乃里「そ、そうですかぁ……。ぐすっ……」

黒 恵「ぐびぐび……。いやぁ~、伊乃里ちゃんはホ~ント働きもんらね~!」

伊乃里「く、黒恵さん。先程から少し飲みすぎではないですか……?」

黒 恵「らってさぁ~、このお酒、美味しくってさぁ~」

伊乃里「もう、ろれつが回っていないではありませんか……」

黒 恵「らいじょぶ、らいじょぶ~。わらし~飲めば飲むほど、すんごくなるからぁ~! きっと今ならツチノコなんてすぐにぃ~……あれ?」

楓 花「黒恵ちゃん? どうしたのー?」

黒 恵「……いた。ツチノコいた」

伊乃里「ふぇぇっ!? どっ、どこですか!?」

黒 恵「あそこ。泳いでる」

楓 花「わぁーっ♪ ほんとだ!」

黒 恵「いよぉ~し! 伊乃里ちゃん、オール2本とも借りるよぉ~! ツチノコ酒はわらしのもんらぁ~!」

伊乃里「ふえぇ!? こ、このツチノコ探しは楓花さんのためのもので……で、でも黒恵さんも楽しそうだし……えっと、えーーっと……。

    じゃ、じゃあオール1本だけお貸ししますぅ! もう1本は私が!」

黒 恵「あっはっは! なんじゃそら! そいじゃ1本でいくよぉ~! うりゃ~!」

 

――バシャバシャバシャバシャ!

 

伊乃里「ひゃあっ!? まっ、待ってください。こちらも漕がないと……!」

楓 花「あはは! ぐるぐる回るだけで全然進んでないねー!」

黒 恵「薩摩おごじょの底力みせてやるぅ~! どりゃあああ~!!」

伊乃里「ふえええぇぇ……!」

 

♨          ♨          ♨

 

楓 花「んー……?」

黒 恵「これが……」

伊乃里「ツチノコ……!?」

黒 恵「って、水を吸ってお腹がふくれただけのクマのぬいぐるみじゃ~ん!」

伊乃里「泳いでいるように見えたのは、私たちのボートに押されていただけだったのですね……ぐすん」

黒 恵「ツチノコ酒が飲めると思ったのにぃ~!」

楓 花「……」

伊乃里「楓花さん……?」

 

伊乃里(楓花さんったら、ぬいぐるみをじっと見つめて……ツチノコじゃなかったことが余程ショックだったのですね……よぉし!)

 

伊乃里「どうか気を落とさないでください。次はきっと――」

楓 花「クマさん、冷たかったよね……」

伊乃里「え?」

楓 花「そうだ! ふうかが温泉であっためてあげるね♪」

伊乃里「あ……!」

 

伊乃里(わ、私ったらツチノコのことばかりで、ぬいぐるみのことなんて考えもしなかったというのに……!)

 

伊乃里「ふぇぇん……楓花さん、あなたという人は……!」

楓 花「えっ、えっ? 伊乃里ちゃん、どうしたの?」

伊乃里「ぐすっ……。だって、だってぇ……!」

黒 恵「ふふ……伊乃里ちゃんはいつも一生懸命だねぇ♪ それが伊乃里ちゃんのい~とこだと思うよぉ♪」

伊乃里「黒恵さん……」

黒 恵「そいじゃ、岸まで飛ばすから、二人ともしっかり掴まっててねぇ~!」

伊乃里「ふぇ?」

黒 恵「ちぇすと~~っ!!」

楓 花「ちぇすとー♪」

伊乃里「ふぇぇぇん! 主よ、どうか私をお守りくださいぃ~!!」

著:黒須美由記

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