温泉むすめショートストーリー 第12話【復刻】
□大分市、Jリーグイベント試合後――。
奏 「とあーーーーっ!」
星知「ひゃっ!? か、奏さん……突然叫んでどうしたのですか?」
奏 「イベントが終わってもバーデンのサッカー熱は冷めやらねーデース! とあーっ!」
星知「な、なるほど。それで未だに大分トリニータのユニフォームを着ているのですね」
奏 「ヤー! どーデスか? 似合ってマスか?」
星知「ええ。やや丈長で、ショートパンツがすっぽり隠れているのがかわいらしいですね」
奏 「ダンケダンケ! いやー、スタジアムの雰囲気は最高だったし、サッカーイベントにハマっちまいそうデース! とあーっ! とあーっ!」
星知(ああ……「とあーっ」というのはシュートをする時のかけ声のようですね。
「とあーっ」……、「tor」……はっ!?)
星知「ゴール!」
奏 「えっ?」
星知「"tor"はドイツ語で『ゴール』という意味ですよね?」
奏 「えっ、えーと……」
星知「なるほど。最初から奏さんは"tor"と叫んでいたのですね……。私としたことが、全く気付きませんでした。さすが自称ドイツ生まれの奏さん……。サッカー大国が身近なだけあって、サッカーのことには精通しているというわけですか。尊敬します」
奏 「あー……尊敬……」
奏 (……実際はただのかけ声だったんデスが……)
奏 「……はーっはっはっはーっ! そのとおりデース!」
星知「やはりそうですか! 実は、私も今日の試合のために勉強しなければと思いまして、近ごろはサッカーの本を読みふけっていたのです。そして今日、スタジアムで試合を観戦してますます興味が湧きました。サッカーについて色々と教えていただいてもよろしいですか?」
奏 「も、もちろんデース! んーと……それじゃ、スポーツバーとかどーデスか? ユニフォームのまま入れマスからね」
星知「スポーツバー……! 賑やかな場所は苦手ですが、これもまた経験ですね。ぜひ連れていってください」
奏 「オッケーオッケー! それじゃ、レッツゴーデース! とあーっ!」
□大分市・スポーツバー。
美彩「ずーーるーーいーーっ!!」
星知「み、美彩さん落ち着いて……。あまり飲みすぎると体に毒ですよ」
美彩「知るかーっ! お姉さんは深く抗議するーっ! カルーアミルクおかわり!」
奏 「えー……。トイレに行ってきたら何デスかこの状況は……。
なぜここに湯郷美彩さんが?」
星知「あ、奏さん。それが、たまたまこのお店にいたのを見つけてしまって……」
美彩「あーーっ! 奏ちゃんユニフォーム着てる! もらったの? もらったんだね!?
ますますずるいーーっ!!」
奏 「ずるい?」
星知「はい……。どうも美彩さんは今日のイベントに呼んでもらいたかったようです」
美彩「だってJリーグだよ!? 温泉むすめイチのサッカーむすめである美彩お姉さんを呼ばないなんてありえないでしょ!?」
奏 「あー、そういうことデスか」
星知「あら、美彩さんもサッカーがお好きなんですか?」
美彩「好き!」(ガバッ!
星知「ひえっ……」
美彩「やるのも見るのも好き! 私の地元の湯郷にはなでしこリーグのチーム『岡山湯郷Belle』もあるし! 男子サッカーもファジがあるし! だから呼んでよぉ……!」
星知「と言われましても、今回は九州のクラブ同士の試合ということで私たちが呼ばれたのですから、岡山の美彩さんに声がかからないのは妥当なことかと……」
奏 「てか、なんで美彩さんが大分のスポーツバーにいるんデスか? ……まさか」
美彩「……直前で声かからないかなーって思って、試合見てた」
奏 「どんだけ参加したかったんデスか……」
美彩「参加と言えば、トリニータの攻撃ってゴールキーパーも参加するんだよね……。11人全員が攻撃の組み立てに参加するの、まさに最新のサッカーって感じ!」
奏 「しかもちゃっかり楽しんでマスね!?」
美彩「うう……。このサッカー愛、どこで発散すればいいの……!? マスター! カルーアミルクおかわり!」
星知「ああ、またおかわりして……。イベントの代わりになるかどうかは分かりませんが、それなら奏さんとサッカー談義をしてみてはどうでしょうか?」
奏 「げっ」
美彩「ふぇ? 奏ちゃんもサッカー好きなの?」
星知「はい! 私も先ほど知ったのですが、奏さんは自称ドイツ生まれなだけあって、サッカーへの造詣が深いようです。私たちがこの店に来たのも、奏さんからサッカーのお話を聞くためなのですよ」
奏 「あー……。そ、そんな話もあったデスねー……」
美彩「そっかぁ。じゃ、サッカーの話しようよ! そしたら私も立ち直れるかも!」
星知「はい、私も勉強させてもらいますね」
美彩「ありがと! じゃ奏ちゃん、早速話そ!」
奏 「あー……、えーっと」
奏 (やべーデース……。いつもの癖で知ったかぶったら なんか大ごとに……!
星知さんだけならともかく、サッカー好きの美彩さんの前で「通」のフリをするのはとても無理……ハッ!?)
奏 「フフ……。フフフフフ……」
美彩「えっ、なんか急に笑い出したんだけど」
星知「か、奏さん?」
奏 (そういえば、イベントで使うつもりで調べておいた情報があったデース……。
『にわか』じゃなくて『古参』のトリニータサポーターだと思われるための必殺の一言! それは……)
奏 「フフ……。実はバーデンは『トリニータがルヴァンカップで優勝した時からのトリニータサポーター』なんデスよー!」
美彩「……は?」
星知「ルヴァンカップ?」
奏 「Jリーグの大会デース! トリニータは2008年に日本一になってるんデスよ!」
星知「2008年ですか! すごい! 筋金入りのファンなのですね」
奏 「前からずーっとトリニータには注目してたんデスよねー! バーデンの目の付け所におののくがいいデース! ハーッハッハー!」
美彩「あのー……、奏ちゃん」
奏 「なんデスか?」
美彩「それ、本当にルヴァンカップだった?」
奏 「? そーデスよ! ルヴァンカップ、今も続いてるじゃないデスか!」
美彩「ほんとのほんとに? 記憶違いとかじゃなくて?」
奏 「バーデンの記憶は完璧デース!」
美彩「おかしいなあ……。ルヴァンカップって、2008年は『ナビスコカップ』って名前だったはずだけと……」
奏 「えっ」
星知「あ、本当ですね。今調べたら、2016年に大会の名前が変わったようです」
奏 「ええっ!? そ、そうだったんデスか!? それは調査と違……あっ」
星知「か、奏さん……? もしかして、もしかしてですけど、知ったかぶり……?」
奏 「ひぃ! や、やめてーっ! バーデンをそんな目で見んなデース!」
星知「……いいですか、奏さん。自分は通であると自称する者より、自分には知識がないと素直に認める者のほうが少しだけ優れている、とソクラテスは唱えました。これを『無知の知』と言いましてですね、知らないことを知らないと言えるのは立派なことなのですよ 」
奏 「ハイ……、ハイ。ごめんなさいでした ……」
星知「とはいえ、私が早とちりしたせいでもありますね。 美彩さん、すみません。サッカー談義は難しいかもしれません」
奏 「うう……。美彩さん、にわかですみませんデース……」
美彩「あはは! ドンマイドンマイ! にわかもサイコー!」
奏 「へっ?」
美彩「だってさー、私たちが自分の温泉をPRしたいのと同じくらいにさ、コラボに呼んでくれた人たちはサッカーに興味持ってもらいたいわけじゃん? それこそ奏ちゃんみたいな感じでも全然ウェルカムだよ! 企画大成功!」
奏 「おお……!」
星知「確かに、私もこの企画がなければサッカーの試合を見る機会はありませんでしたが……。しかし、なにも古参ぶる必要は……」
奏 「イエーイ! 今日からバーデンはトリニータサポデース!」
美彩「いえーい!」
星知「すごい手のひら返しですね……」
美彩「あーあ、やっぱりいいなあ、サッカーイベント! サッカー好きな人には温泉を紹介して、温泉好きな人にはサッカーを紹介する! これぞ『好き』をつなげていく仕事 だよ! もー、私もホントに行きたかったーっ!
マスター、カルーアミルクおかわり!」
星知「含蓄のあることを言っているのに、いじけているせいで様になりませんね……。
というか、このお店のカルーアミルクはそんなにおいしいのでしょうか」
奏 「フッ……。大分の食べ物はなんでもおいしいデース!
大分のコーヒー豆で作ったカルーアと大分産の牛乳を混ぜて作るカルーアミルクがおいしくないわけねーデス!」
星知「は? 大分の……コーヒー……豆……?」
奏 「ヤー! きっと、こう、キレイな水と栄養豊富な土壌で育った的なやつデース!」
星知「あの、カルーアはメキシコ産のコーヒー豆しか使っていないはずですが……」
奏 「へっ?」
星知「ベラクルス州で採れるアラビカこそがカルーアの肝なのです……奏さん」
奏 「え、えーっと……。ひょっとして、星知さんってコーヒーに詳しかったり……」
星知「バリスタの資格を持っています」
奏 「あー……」
星知「……」
奏 「いやー、これは、あれデスね。なんでしたっけ……『ムチムチ』?」
星知「無知の知です!」
著:佐藤寿昭