温泉むすめショートストーリー 第15話【復刻】
□北海道・湯の川温泉。聖羅のマッサージ店。夕方――。
那菜子「はぁ~、今日もくたくただべさ……。明日も朝早いし、聖羅ちゃんのマッサージで全身ほぐしてもらって早く帰って寝ようっと……」
――ピンポーン♪
那菜子「聖羅ちゃ~ん、那菜子だよ~」
聖 羅「は~い♪」
――ガチャッ。
聖 羅「いらっしゃいませ。ご予約ありがとうございます、那菜子さん♪」
那菜子「こんばんは~♪ ……あれ? そこにいるのは……」
夜 空「那菜子さん、お久しぶりです」
那菜子「夜空ちゃん!? 久しぶりっちゃね~! 夜空ちゃんも聖羅ちゃんのお店に通ってたんだべか?」
夜 空「はい。ご存知のように、わたし占いをたしなんでまして……。占うときに全神経を集中するせいか、首や肩が凝りやすいんです。それで、よく聖羅さんにマッサージしてもらってるんですよ」
那菜子「そうだったんだべか~! 夜空ちゃんの占い、よく当たるって温泉むすめたちの間でも評判だもんね。人気者は辛いっちゃね~」
夜 空「いえいえ、わたしが人気者だなんてそんな! 広大な宇宙に比べたら、わたしなんてちっぽけな存在ですから……」
那菜子「またまた~、夜空ちゃんってば謙遜しちゃって~。
……あれ。そういえば、わたしまだ夜空ちゃんに占ってもらったことなかったかも。夜空ちゃん、わたしのこと占ってもらえるべか?」
夜 空「もちろんです! 何を占いましょう? 恋の悩み、仕事の悩み、お金の悩み、なんでもござれですよ」
那菜子「ふむむ……。悩むべさ……」
聖 羅「こらこら、お二人とも。占いはあとにして、まずは那菜子さんのマッサージをさせていただいてもよろしいですか?」
那菜子「はっ! わたしってば、つい占いの話に夢中になって……」
夜 空「わ、わたしも占いの話になると、大事なことをつい忘れてしまって……」
聖 羅「いえいえ。では那菜子さん、こちらのベッドにうつ伏せになってください。夜空さんにはカモミールティーをお出ししますから、どうぞゆっくりしていってくださいね」
夜 空「ありがとうございます。いただきます」
那菜子「聖羅ちゃん、マッサージよろしくだべさ~!」
♨ ♨ ♨
聖 羅「それでは早速始めさせていただきますね。まずお背中から。大きく撫でて……」
那菜子「ほうっ……!」
聖 羅「かなり張っていますね……。那菜子さん、最近お忙しいですか?」
那菜子「うん……。今、たなばたさんの準備でバタバタしてて……」
夜 空「たなばたさん?」
那菜子「あ~、仙台七夕まつりのことだべさ……」
聖 羅「仙台七夕まつりというと、市内中心部や商店街に大きな七夕飾りを取り付ける夏の風物詩……。東北三大まつりの一つですね」
那菜子「そうそう……。伊達政宗公の時代から続く伝統行事で、毎年、地元商店街のみんなで七夕飾りを作ってて……。来月のたなばたさんに向けて、この時期はてんてこまいなんだべさ」
聖 羅「あらあら、それは大変ですね……」
那菜子「明日も早起きなんだよねぇ……。でも、やりがいはあるべさ」
聖 羅「無理はなさらないでくださいね。ではこれからツボを刺激していきます」
――ぎゅっ。ぎゅっ。
那菜子「ほぉぉぉぉぅ……!」
聖 羅「ずいぶん凝ってますね……。痛すぎたりはしないですか?」
那菜子「大丈夫……。痛いけど気持ちいいべさ……」
夜 空「那菜子さん、とっても気持ちよさそうです」
那菜子「ふへへ……。やっぱり聖羅ちゃんのマッサージは最高だべ……」
聖 羅「それは何よりです。では、このまま続けますね」
――ぎゅっ。ぎゅっ。
那菜子「ふぃ~……」
夜 空「七夕かぁ……。七夕といえば、わたしはやはり織姫と彦星の物語に思いを馳せてしまいます。機織りが上手な織姫と、真面目な牛飼いの彦星。天の川を挟んで引き離された二人は、年に一度だけ会うことができる。とてもロマンチックな愛の物語……」
那菜子「愛の物語か~……」
聖 羅「――それ、わかります」
那菜子「んにゃ? 聖羅ちゃん……?」
夜 空「えっ? 聖羅さんも……!?」
聖 羅「互いに愛し合いながらも、離れ離れの二人……。切ないけれど素敵ですよね。私、夜空に輝く『夏の大三角』を眺めていると、なんだかこう……胸がギュッと……!」
――ぎゅうううっ!!!
那菜子「あだだだだだだだっ!!」
聖 羅「あっ! し、失礼しました!
私、夜景を眺めるのが好きなもので……。つい力が入ってしまいました」
那菜子「へぇ~……」
夜 空「あのっ、そのお話! もしかして聖羅さんも星がお好きなんですか!?」
聖 羅「ええ。湯の川温泉……函館といえば夜景です。
函館山からのぞむ夜景を見ていると、自分は本当に素敵な場所にいるんだな、と再確認できますよ。人間が作った街の光と、何光年も先から届いた星の光が織りなす大スケールの絶景です!」
夜 空「……!」
聖 羅「函館は街の光が明るいので、満天の星空とはいきませんが……。それでも先ほどお話しした『夏の大三角』なんかはとてもきれいに見えますよ」
夜 空「わかります……。天の川を挟んで輝く、織姫と彦星。こと座のベガと、わし座のアルタイル。その二つを結ぶはくちょう座のデネブ。それが夏の大三角形……。あの愛の物語について語り合える星見仲間がこんな近くにいたなんて、わたしったら今まで何をしていたんでしょう……!」
聖 羅「うふふ。夜空さんは本当に星が大好きなのですね」
那菜子「…………」(じーっ)
聖 羅「あら? 那菜子さん、どうしました?」
夜 空「あ! ごめんなさい! わたしまた自分の話に夢中になって……」
那菜子「あっ、ううん、ちがうの! ただ二人を見てたら、たまには星を見るのもいいなあって……」
夜 空「えっ……」
那菜子「最近バタバタしてて、たなばたさんを楽しむ余裕もなくなってたけど……。考えてみたら七夕って、願いごとを短冊に書いてお願いする行事なんだよねえ。なんかわたし、たまにはその……『夏の三角形』? とやらを見ながら、お星さまにお願いごとするのもいいかな~なんて思ってきたべさ!」
夜 空「那菜子さん……!」
聖 羅「那菜子さん、それをいうなら『夏の大三角』ですよ♪」
那菜子「えっ? あはっ、そうだったべか~!」
聖 羅「でもそれ、いいですね。私もしてみたいです」
夜 空「聖羅さん……!」
那菜子「だべ? そしたらみんなで願いごと考えよう! ……っていってもわたし今幸せだから、願いごとなんてパッと思いつかないんだけど……」
聖 羅「あら……。私もです。Adharaのみなさんが幸せでありますように、とは思うのですが……自分の願いごととなると、何も浮かばないものですね」
那菜子「あははっ! そういうとこ、聖羅ちゃんらしいべさ~」
聖 羅「そうですか? なんだか気恥ずかしいです」
夜 空「――行きましょう!」
二 人「「えっ?」」
夜 空「お二人のお気持ちはよーくわかりました……。
今夜わたしがみなさんを昼神温泉の星空観賞スポットへご案内します!」
聖 羅「わぁ……。素敵です♪」
那菜子「本当にいいんだべか!? わーい! 夜空ちゃん、よろしくだべさ~!」
夜 空「はい。わたしにお任せください!」
□長野県・昼神温泉。山頂。夜――。
夜 空(…………♪)
那菜子(…………)
聖 羅(…………)
夜 空(……はあ……。今日も昼神温泉から見上げる星空はきれいですね……)
二 人((確かにきれい……時間を忘れそう……………………でも!!))
二 人((さすがに三時間は長い!!))
夜 空(…………♪)
聖 羅(どうしましょう……。うっとりしていて「帰ろう」って言うタイミングを逃してしまいました……)
那菜子(どうしよう……。明日も朝早いし、そろそろ帰らないと……。でも夜空ちゃん楽しそうだし……)
夜 空(…………♪)
那菜子・聖羅((お星さま……! 「そろそろ帰ろう」って言い出す勇気をください!))
著:黒須美由記