温泉むすめショートストーリー 第19話【復刻】
□大分県・三隈川に浮かぶ屋形船の船上――。
絢芽「いいってことよ。だいたい川の真ん中まで来たから、しばらくゆっくりするか。
どうだ? 初めての屋形船は」
透子「え、えっと……。こんな風にお部屋みたいになってるとは思いませんでした。こたつもあって暖かいし、川の上にいるのを忘れちゃいそう……」
絢芽「そっか。透子が気に入ってくれたならよかったよ」
透子「でも、いいんですか? わたしの相談事のために、わざわざご実家の屋形船を貸し切ってくださるなんて……」
絢芽「気にすんなって! せっかく日田に来たんだから、楽しんでけよ」
透子「は、はい……!」
絢芽「よし。んじゃスパッと訊くけど、透子の悩みってなんなんだ? 学校で見かけた時は随分思いつめてたみたいだけど」
透子「……」(ドキドキ
絢芽「ん? どうした?」
透子「あっ、ごめんなさい! ふたりきりで相談なんてしたことなくて……」
絢芽「あはは、全部受け止めてやっから安心しな。ほら、どんとこい どんと!」
透子「はい……。えっと、ですね……。わたし、騙されやすくて」
絢芽「騙されやすい?」
透子「カッコいい言葉をかけられたり、意識の高い物言いをされるとすぐに信じちゃうんです……。
実は先日も『裸一貫で臨む、究極の断捨離』というビジネス書に影響されてしまい……。身の回りの物を全部捨てようとして、家族に止められました」
絢芽「なつかしいな断捨離! 一度くらいなら効果あるんじゃないか?」
透子「いえ、むかし流行ったときにも影響されたので、今回で五度目です……」
絢芽「重症だな!?」
透子「簡単に影響されないように気をつけたいとは思っているんですが、まったく改善しなくて……。やっぱり性格って変えられないんでしょうか……」
絢芽「そうだな。生まれ持った『タチ』ってのはあると思うよ」
透子「ですよね……」
絢芽「――でも『心』は変えられるぜ」
透子「……え?」
透子(『心』は……変えられる……?)
絢芽「お前は『他人の言葉に影響された』と思ってるのかもしれないが、そうじゃない。
心を強く持って、自分で自分を奮い立たせるんだ」
透子「心を、強く……!」
透子(なんだろう。絢芽さんが言うととても胸にしみこむ……!)
透子「絢芽さんっ! お、お話の続きを……!」
絢芽「言葉どおりだよ。『変わりたい』って『想い』がくじけそうになったら、自分で自分を応援してやるのさ」
透子「自分で自分を……。孤独な闘いなんですね……」
絢芽「大丈夫。あたしも手伝うよ」
透子「――――!!」
絢芽「ずっと強いままでいられるやつなんていないんだよ、透子。自分ひとりじゃどうしようもない時だってある。そういう時は、人に頼っていいんだ」
透子「頼る……絢芽さんを……!」
絢芽「ああ!」
透子(なんて力強い言葉……! なんか、できる気がしてきた!)
透子「絢芽さん……わたし頑張ります! 心を強く持って、人の言葉に騙されやすくて影響されやすい自分を変えてみせます!」
絢芽「よっしゃ! その意気だ!」
透子(絢芽さんの言葉、刻みつけないと……! 心を強く持つイメージ……!)
絢芽「ははっ。いい感じに目つきが変わってきたな。
――っと、こっちのほうもそろそろ頃合いか」
透子(なるんだ! 誰にも騙されない、影響されない、カッコいいわたしに……!!
もし自分に負けそうになっても、今度こそ大丈夫! だってその時は――)
絢芽(イメージ)『あたしがお前を助けてやるぜ、透子!』
透子(――絢芽さんがいてくれるんだもん!)
透子「えへへ、絢芽さん……!」
絢芽「透子――おーい、透子ってば!」
透子「あっ! はい、なんでしょう!?」
絢芽「外見てみな」
透子「え、外……?
―――――わぁ!」
絢芽「どうだ、最高だろ? 屋形船から見る三隈川の夕焼けは!」
透子「は、はい、すっごく綺麗です……!!」
絢芽「この夕日を見せてやりたかったんだ。やっぱり自然ってのはすげーよな」
透子「そうですね……。なんだかわたしの悩み事がちっぽけに思えてきます……」
絢芽「そういう意味じゃねぇよ」
透子「えっ?」
絢芽「自分を変えようと一生懸命な透子も、あの夕日と同じくらい綺麗だぜ」
透子「――はうっ!」
透子(わ、わたしには、絢芽さんがまぶしいです……!!)
絢芽「透子、もうひとりで悩むなよ? いつでもあたしが相談に乗ってやるからさ」
透子「は、はい! ぜひお願いしま――」
――グラッ!
透子「わわっ!」
絢芽「おっと」
――ガシッ!
絢芽「随分揺れたな。大丈夫か?」
透子「は、はい――ハッ!」
透子(あ、絢芽さんに、抱きとめてもらっちゃってる!?!? うぅ、本当に優しいし、カッコいいし……わたし、決めた。この人に一生ついていくんだ……)
透子「あの、絢芽さん……今日はありがとうございました。おかげで新しい自分になれる気がしてきました!」
絢芽「そうか、ならよかったよ!」
透子「なにかお返しができればいいんですけど……」
絢芽「いいっていいって! それよりこれから遊びにいこうぜ! せっかくだから、もっと話したいしな」
透子「わたしなんかでよければぜひ!」
絢芽「っしゃー! 夜の街に繰り出すぞ!」
透子「はい! わたし、夜の街も初めてで楽しみ――」
透子(……ん? 夜の街?)
絢芽「おっし、そうと決まれば早速行こうぜ、透子!」
透子「……」
透子(き、急にあやしいワードが飛び出してきたけど……。
で、でも、絢芽さんなら大丈夫だよね……!)
透子「あの、絢芽さん。夜の街って具体的にはどこへ……?」
絢芽「そうだな……。とりあえず行きつけのサ店入って、そこで決めるか」
透子(サ店……。喫茶店のことかな? それなら安心――)
絢芽「そうだ! 透子に紹介したいダチがいるから、そいつらも呼んでいいか? すげーいい連中だから、きっと親身になってくれるぜ!」
透子「――え!?」
透子(わたしに紹介したい、すっごくいい人たち……! 喫茶店でその人たちに囲まれるってこと……!? まさか、まさか……!!)
絢芽「あ、もちろん金の心配はしなくて大丈夫だよ。今日はあたしのオゴリだ!」
透子(しょ、初回無料だーーーーっ!! やっぱりあやしいセミナーの勧誘っ!!)
透子「す、すみませんっ!」(ガバッ!
絢芽「へ?」
透子「急用を思い出したので帰ります! 今日はありがとうございましたっ!」
――ダダダッ!
絢芽「えっ、おい!? 帰るってお前、ここ船の上だぞ!」
透子「平気です! 泳いで帰りますから!」
絢芽「冬の川はヤバいって!」(ガシッ
透子「絢芽さん、信じてたのにっ……! その優しさとかっこよさは、全部わたしを騙すための演技だったんですね! セミナーはイヤぁーーっ!!」
絢芽「落ち着け! ほら、あたしがついてるから!」
透子「またその言葉! も、もう信じません~~~~っ!!」
〈おしまい〉
written by Ryo Yamazaki