story おはなし

温泉むすめショートストーリー 第21話【復刻】

□温泉むすめ師範学校・校長室――。

 

  ――ガチャ、バタン。

 

スクナヒコ「ただいま~っと」(スタスタ

スクナヒコ「はあ~、いい湯じゃった。日曜だし、午後は部屋でのんびりするかのう」(スタスタ

スクナヒコ「…………」(ピタッ

スクナヒコ「……凛心。そこにおるのか?」

 

凛 心「……げっ」

 

スクナヒコ「なんじゃ、カーテンの陰になぞ隠れよって。そりゃあ“温泉スパイ”は世を忍ぶ仕事じゃが、おぬしの雇い主はわしじゃ。気楽にせい」

凛 心「はあ……。意外と注意力もあるんですね」

スクナヒコ「凛心?」

凛 心「いえ、なんでもないです♪ ちょぉっとお力を試させていただいただけで」

スクナヒコ「む、不遜なヤツじゃのう……」

凛 心「今日は“例の件”の調査が終わったので報告に来ました。そちらにレポートを置いておいたので、あとでご一読いただければ」

スクナヒコ「おお。確か、新しく温泉事業に参入する業者について調べさせておったな」

凛 心「はい。その件です」

スクナヒコ「どうじゃった?」

凛 心「そうですねぇ。まったくのゼロから温泉旅館を立ちあげるということで不安もありましたが、大丈夫だと思いますよ。各地の温泉にも積極的に取材に行って、温泉むすめの取り扱い方についても学ぼうとしているようです」

スクナヒコ「ふむ、それは何より。ご苦労じゃったな」

凛 心「いえいえ。全国の温泉や温泉むすめを見守るのが私たちの仕事ですから」

スクナヒコ「結構、結構。

 だが、綾瀬たちはどうした? 三人チームで調査を頼んだはずじゃけど」

凛 心「ああ、彼女たちは先に帰しました。あとはこうして報告するだけでしたから」

スクナヒコ「そうか。じゃ、おぬしも下がってよいぞ。わしは寝る!」

凛 心「はい、失礼します」

 

  ――ガチャ、バタン。

 

凛 心「……さて、と」

 

 

□温泉むすめ師範学校図書館・地下の隠し書庫――。

 

凛 心(……温泉むすめ師範学校の片隅には、立派な「図書館」がある)

 

凛 心(校舎から独立している、地上三階建ての建物。その館内には、温泉に関する様々な書籍が所狭しと並んでいる。そのため、この図書館は読書好きの温泉むすめたちの憩いの場として愛されているほか、一般の利用者にも重用されている)

 

凛 心(だが、彼らは知らない)

 

凛 心(その図書館の地下に、門外不出の資料を保管する「隠し書庫」があることに――)

 

凛 心「…………」(きょろきょろ

 

凛 心「……よし、潜入成功。誰もいませんね」

凛 心(光)「当たり前だよ! 本来、ここに入れるのはスクナヒコさまの許可をもらったときだけ。不法侵入はいけないことだよ!」

凛 心「あ、こら。光のあなたは出てこないでください」

凛 心(闇)「ククク……。心の臓が高鳴っているぞ宿主よ。光と闇の我々が顔を出すのは貴様の感情が揺らいだとき。この状況に興奮するのは分かるがな」

凛 心「闇のあなたも出てこないでください!」

凛 心(光・闇)「はーい……」

凛 心「ふう、引っ込みましたか。好きで多重人格になったわけじゃないのに、面倒なことこの上ありません……」

 

凛 心「……さて、気を取り直して“調査”を始めましょう。

スクナヒコさまについて書かれている古文書や、温泉むすめの“起源”が分かるような史料があれば、片っ端からスキャンして取り込まないと……!」

 

凛 心(そうして、私が資料棚の一角に手を伸ばした――そのとき。

フッと、部屋の照明が消えた)

 

凛 心「!?」

綾 瀬「……おかしいわねぇ。なんで電気が点いてたのかしら」

凛 心(この声は……!)

綾 瀬「侵入者だったりして。まさかねぇ」

凛 心(やっぱり綾瀬さん! もう、先に帰ったんじゃないんですか!)

綾 瀬「うーん、一応調べて回ろうかしら。どうしようかしら」

凛 心(でも、私のことには気付いてない……。このまま息を潜めてやり過ごせば……)

 

???「――凛心さん、発見」

 

凛 心「えっ……むぐっ!?」

凛 心(な、なに!? 何かを口から注ぎ込まれて……!!)

???「さ、そのままお飲みなさい。少ぉし強いだけの、体には害のないお酒です」

凛 心「ごく、ごく……。ぷはぁっ!」

???「……綾瀬さん、もう芝居は結構ですよ」

綾 瀬「あ、そう?

ごめんねぇ、凛心ちゃん。逃げ回られて資料に傷がついたら一大事だし、不意打ちさせてもらっちゃった♪」

凛 心「はらひれはれほれ……?」

綾 瀬「……って、もう意識が朦朧としてるみたいね」

???「では、ここから出ましょうか」

綾 瀬「ええ」

 

凛 心(……薄れゆく意識の片隅で、私は、私を見下ろす二人の「同僚」を見上げる)

 

凛 心(一人は私の気を引く芝居をした登別綾瀬。そして、もう一人は――)

 

かすみ「ふふ。おやすみなさい、凛心さん」

 

凛 心「……越後、湯沢……かすみ……!」

 

 

□温泉むすめ師範学校高等部校舎・保健室――。

 

凛 心「――はっ!?」

綾 瀬「あ、起きた」

かすみ「おはようございます、凛心さん」

凛 心「綾瀬さん、かすみさん! ここは……って痛い! 頭が! クラクラ!」

かすみ「高等部の保健室ですわ。さあ、これをどうぞ」

凛 心「え……、これは? 丸薬ですか?」

かすみ「ええ」

凛 心「あ、怪しすぎます……。飲みたくない……!」

かすみ「あら、そう構えないでください。

新潟ではおなじみのお薬です。二日酔いに効きますので、遠慮なさらず」

凛 心「は、はあ。どうも……。

 ――って、そうでした! 先に帰ったはずのあなたたちがどうしてここに!?」

綾 瀬「どうしてって、そりゃあねえ……」

凛 心「まさか、スクナヒコさまに命じられて私の監視を……!?」

綾 瀬「いや、スクナヒコさまは関係ないわよ。私たちが勝手に気になったの」

かすみ「『調査報告は自分一人でするから、二人は先に帰っていい』と……。

 そのように申し出てくださったのは有り難いのですが、あいにく、私たちは他人の好意を言葉どおりには受け取れない体質ですので、これは何かあるなと」

綾 瀬「職業病よねぇ……。“温泉スパイ”の」

凛 心「あ、あはは……! お互い苦労しますね……!」

 

凛 心(……よかった。スクナヒコさまに気付かれたわけではないようですね……)

 

綾 瀬「それで、あんなところで何してたの?」

かすみ「あのフロアは許可がないと入れないはずですが」

 

凛 心(……それなら、まだ大丈夫。あとは、この二人を適当にあしらうだけです)

凛 心(さあ、今こそあなたたちの出番ですよ!)

 

凛 心「…………」

綾 瀬「凛心ちゃん?」

凛 心(光)「うっ……、ぐすっ……!」

綾瀬・かすみ「!」

凛 心(光)「ごめんなさい、ごめんなさい! いけないと分かってたのに、ボク……!」

かすみ「これは……光の人格ですか」

綾 瀬「ああ……。凛心ちゃんって多重人格だったわね。なんて都合のいいときに……」

凛 心(闇)「宿主は“呼ばれた”のだ。かの地に秘匿されている文書の力によって」

綾 瀬「こっちは闇の人格ね」

かすみ「コロコロと人格が入れ替わるなど、面妖な……」

凛 心(闇)「貴様らにも聞こえないか? 書庫の深淵から呼びかける、妖しき声が……」

綾 瀬「……いえ、こんな“寝言”なら聞こえたけど」

凛 心(闇)「む? それは……ボイスレコーダー?」

綾 瀬「はい、再生っと」

 

♨          ♨           ♨

 

かすみ「……凛心さん、リラックスできたようですね」

凛 心「ん……。すぅ、すぅ……」

かすみ「では、お訊きします。あなたは何のために“温泉スパイ”になったのですか?」

凛 心「むにゃ……。私の野望は……スクナヒコさまを超える神となって……温泉むすめを統べる存在になること……。スパイになったのは……スクナヒコさまに近づき、その弱点を知るため……」

かすみ「ふふ、素直に答えられましたね。いい子ですわ……」

凛 心「あはっ、ほめられましたぁ……♪」

 

♨          ♨           ♨

 

凛 心「――うおおーーーーい!?!? なんですかその音声は!?」

綾 瀬「あ、戻った」

かすみ「いえ、先ほど凛心さんが酔って眠っている間にちょっと」

凛 心「『ちょっと』!? ちょっとでやっていいヤツではないと思うんですけど!?

 人権の……なんとか条約? に引っかからないんですかそれ!?」

かすみ「人権? 私たちは神ですが」

凛 心「え、怖っ!? 神が相手なら何やってもいいっていう意味ですかそれ!?」

綾 瀬「別に自白剤とかは使ってないわ。凛心ちゃんが酔っ払って話してくれただけ♪」

凛 心「く……! そういう建前なんですね……!」

綾 瀬「――それにしても、まさかスクナヒコさまを超えようとしてるなんてねぇ」

かすみ「神殺しですか。大それたことを考える方もいたものですね」

凛 心「うぐ……! べ、別に暗殺するわけじゃありませんよ! 正当に、然るべき方法でスクナヒコさまより格の高い神になる――その方法を探しているところなんです!」

綾 瀬「なんのために?」

凛 心「だっておかしくないですか!? この世の温泉は現世に生きる人々や動物たちのものです! それを、あんな軽薄な天上神が司っているなんて!」

かすみ「ほう」

凛 心「神と人間の共存はもっと健全な形であるべきだと思うんです! 私がスクナヒコさまを超えた暁には、現世への介入は最小限に留めますよ!」

綾 瀬「ふむふむ」

かすみ「……綾瀬さん、どう思いますか?」

綾 瀬「まあ、一つの考え方としてはアリじゃない? 面白いと思う」

かすみ「ふふっ、そうですね。二重スパイのような形になるのが気がかりですが……」

綾 瀬「そこは私たちで見張りましょう。むしろ、目の届く場所に置いておきたいわ」

かすみ「ええ」

凛 心「! では、このことはスクナヒコさまには……!」

綾 瀬「そうねぇ。黙っていてあげてもいいけど……」

かすみ「もう一つだけ、質問に答えていただきましょう」

凛 心「は、はい! 答えますとも! なんでしょう?」

綾 瀬「どうして凛心ちゃんが温泉むすめを統べる存在になる必要があるの? その理屈なら、温泉むすめはみんな対等な存在の方がいい気がするけど」

凛 心「……? そんな質問でいいんですか?」

綾 瀬「えっ?」

凛 心「簡単な答えですよ。それはですね――」

 

凛 心「――水上温泉こそ、最高の温泉地だからです!」

 

綾瀬・かすみ「……は?」

凛 心「18もの温泉! 雄大な自然! 最高の食! 数多の観光スポット! 抜群のアクセス! そしてこの私――超絶美少女・水上凛心の存在!

 そんな完璧な地の温泉むすめこそ、全ての温泉むすめの代表にふさわしい……!」

綾 瀬「…………」

かすみ「…………」

凛 心「綾瀬さんとかすみさんも今のうちに私の下についた方が……って、ちょっ! どこへ行くんですか!?」

綾 瀬「なんかイラッとしたから、やっぱりスクナヒコさまに言っちゃおうかなって」

凛 心「なぜ!? 質問には答えましたよ!!」

かすみ「……すごいですわね。自分の発言がどれだけ不遜なのか自覚していない」

綾 瀬「自分が一番だってことを全く疑ってないのねぇ……」

凛 心「ま、待ってください! スクナヒコさまには言わないで! まだその時ではないんです! 綾瀬さん! かすみさぁーん!」

(おわり)

著:佐藤寿昭

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