story おはなし

温泉むすめショートストーリー 「AKATSUKI結成」

○モノローグ

彗「暁。それは夜明けを告げる光。その光は世界を照らし、人々を目覚めに導く」

環綺「暁。それはダ・カーポの合図。その光は昨日の私を焼き尽くし、今日の私を再生する」

日向「暁。それは太陽からの一番星。その光は誰よりも早く、何よりも赤く輝いて、世界の色を変えていく」

環綺「あの日見た暁の光を、私たちは忘れない」

彗「過去を振り返るのは私たちらしくない。けれど、今日は少しだけ語ろう」

日向「これは、あたしたちの始まりの物語」

 

○温泉むすめ師範学校・体育館

彗M(語り)「四月。

 私――玉造彗は、幼い頃から親しんできた日本舞踊を、体験入部に来た新入生の前で披露していた。

 私たち温泉むすめが通う『温泉むすめ師範学校』には様々な部活があり、私が代表を務める日本舞踊部もその一つである」

 

彗M「指先まで神経を張り巡らせて、一挙手一投足に意味を籠める。日本舞踊は、動きが遅いからこそ誤魔化しがきかない。

 本番で完璧な演舞を見せるには、日頃から練習を積み重ねるしかないのだ」

 

○同・舞台裏

後輩A「彗さま、演舞お見事でした! 今日もお美しかったです~!」

彗「お疲れさま。新入生の様子はどう?」

後輩A「最高ですよー! 入部希望者殺到中です! 今年も『玉造彗さまファンクラブ』は安泰ですね!」

彗「(呆れて)……ファンクラブではなくて、日本舞踊部でしょう」

後輩A「いえいえ、うちの部員は彗さまに憧れてる子ばかりなんですから!

 きっと今年の新入生だって……(気付いて)あ、ほら、早速!」

 

ナレ「見ると、気弱そうな少女がおずおずと私(or彗?)の様子を伺っていた。

真新しい制服。高等部から師範学校に編入してきた一年生だろう」

 

新入生B「は、はじめまして……」

彗「はじめまして。入部希望かしら」

新入生B「えっと……さっきの演舞で先輩の扇子がすごくきれいで……。でも、わたし日本舞踊ってやったことなくて……それで……」

彗「……悪いけれど、自信がないなら入部はやめておいたほうがいいわ。舞台に立つというのは孤独なものよ」

新入生B「あ……。そうですよね……」

彗「(ふむ、と鼻を鳴らして)そうね……。これ、あげるわ」

新入生B「え? これ、彗さんの扇子……」

彗「ここに質問に来る勇気があるのだから、もう一歩踏み出してみなさい。待ってるわね」

新入生B「は、はいっ! あの、ありがとうございま(す!)ひゃっ!?」

後輩A「(割り込んで)はいはいはいはい! 新入部員さま一名ごあんなーい!」

 

○師範学校・グラウンド

ナレ「彗がグラウンドに出ると、うららかな春の日差しが彼女の頬を暖めた。ここでも新入生を勧誘する運動部の声が響いている。

 グラウンドを横目に彼女が帰路につこうとしていると――その光景を横目に歩いていると行く手に、ふと、よく見知った同級生が佇んでいるのが目に入った」

  環綺、『Never ending dream』(=以下『Ned』)を鼻歌で歌っている(まだ歌詞は決まっていない)。

環綺「~♪」

彗「環綺」

環綺「(気付いていた)やっほー、彗ちゃん」

彗「何をしているの?」

環綺「(くすっと笑って)誰かさんが新入生を口説くのを見てた。さすが温泉むすめ界のヒーローだなーって♪」

彗「……帰るわ」

環綺「あん♪ ちょっと待ってよ」

 

ナレ「別府環綺。彗の昔馴染みで、この春に高等部三年生になった同級生でもある。

 彼女たちはかれこれ干支が一周するくらいの付き合いになるものの――彗にとって、環綺はいまだにつかみ所のない存在だ」何を考えているのか分からないことも多い」

 

環綺「聞いてよ彗ちゃん。さっきまでスクナヒコさまに呼び出されてて大変だったんだから」

彗「はあ……」

環綺「ねえ、何の話だったと思う?」

彗「知らないわよ……。雑談がしたいなら他を当たって」

環綺「えー、つれなーい」

彗「本当に帰るわ。それじゃあ……」

環綺「(遮って)『温泉むすめ日本一決定戦』」

彗「(ぴくりと反応して)!」

環綺「の、話だったんだけど。それでも興味ない?」

彗「……。詳しく聞かせなさい」

環綺「温泉むすめ日本一決定戦。私たちの上司、スクナヒコさまが突然言い出した企画」

彗「けれど、具体的にどう日本一を決めるのかは何も決まっていなかったでしょう。

 ……まさか、種目が決まったのかしら」

 

ナレ「『温泉むすめ日本一決定戦』。

それは、温泉むすめを統括する天上神・スクナヒコ様が開催を予告したイベントのことだ。

もっとも、無計画なあの方らしく、具体的なことはなに一つ決まっていなかったはずだが――」

 

彗「まさか、種目が決まったのかしら」

 

環綺「内々に教えてもらったの。聞いてびっくり、『アイドル』だって」

彗「アイドル?」

環綺「うん。あの歌って踊るアイドル」

彗「(困ったように)そう……。

私とは縁のないジャンルだけど、決まったのならやるしかないわね」

環綺「あ、やっぱりやるんだ。

彗ちゃんがアイドル……あははっ! 全然イメージ湧かないなー」

彗「皆を導く存在であることは、日本最古の温泉地、玉造の温泉むすめである私の義務よ。やらないという選択肢はないわ」

環綺「ほらー。そういう言い方も、アイドルっていうよりヒーローだよ?」

彗「(流して)……。あなたはどうするの?」

環綺「私? んー……。いい人がいれば一緒にやってもいいけど」

彗「一緒に……グループ参加ということ?」

環綺「そうなんだけど、私に釣り合う人なんてそういないしなー。

 それなら裏方に回ってみんなに曲を作ってあげた方がマシかな。スクナヒコさまにもお願いされちゃったし」

彗「ああ、それで呼び出されたのね」

環綺「ん」

彗「いいんじゃない? 環綺の曲なら温泉地を盛り上げる企画に相応しいと思うわ」

環綺「それはどうも。昔から何かと彗ちゃんに試聴してもらったおかげかな。

 ……(と、少し溜めて)。

 まあ……その恩もあるし、彗ちゃんとなら一緒にやってもいいけど」

彗「あなたと?」

環綺「うん。どうかな?」

彗「そうね……。

(真剣に)グループを組むからには、温泉むすめ全員の模範となるような存在にならなければならないわ。……環綺、その覚悟はある?」

環綺「あー、そういうのはいいかな……」

彗「そう?」

環綺「(むりやり話題変えて)あーそうそう。それで新曲書いたんだけど、いつもみたいに試聴してもらっていい?」

彗「……ええ」

環綺「じゃ、早速(お願い)――」

N「私がイヤホンを受け取ろうとした時、グラウンドで大きな歓声が上がった」

環綺「? なんだろう?」

彗「あそこ。人だかりができてるわ」

環綺「えっ、体験入部でしょ? うちには大した部活もないのに、何を盛り上がってるんだろ」

彗「……ハンドボール部のようね」

環綺「んー……、気になる。ちょっと覗いてみよっか」

彗「そうね。試聴はあとで」

環綺「はいはーい♪」

 

○同・グラウンド(ハンドボールコート)

日向「よっ、ほっ、やあっ! あはは、遅い遅い! そんなんじゃまた決めちゃうよ! そりゃっ!」

日向「よっしゃ! 十点目―っ!」

  同じく体験入部中の一年でチームメイトの同級生C、日向に駆け寄る。

同級生C「ひ、日向ちゃん! やりすぎやりすぎ! 相手は先輩チームだよ!」

日向「え、今のディフェンスで!? あたし初心者だよ?」

同級生C「しーっ! だから、そういうこと言っちゃだめ!」

日向「大丈夫だって! 先輩たちもまだ本気出してないはずだし、楽しいのはここから(だよ)……」

顧問D「鬼怒川―っ! 交代!」

日向「えっ!? 先生、なんで!?」

顧問D「試合になんないんだよ!

 お前、色んなとこの体験入部荒らし回ってるだろ! 噂になってるぞ!」

日向「荒らしてなんかないよ! 入部したいのにどこもあたしについてこれないだけ! 

女バスでしょ、柔道でしょ、サッカーでしょ、陸上でしょ……」

顧問D「それを荒らしてるって言うんだよ! うちの部員が自信なくすから交代!」

日向「ええーっ! ねえ、あなたからもなんとか言ってよ!」

同級生C「(引き笑い)はは……日向ちゃん、先生の言うことは聞いた方がいいよ」

日向「あなたまでそんなこと言うの!?

 じゃあ先輩たちは? やられっぱなしじゃ終われないでしょ!?」

先輩たち(配役なし)「……」

日向「……っ! 分かった、分かりました! じゃあね!」

 

♨          ♨          ♨

 

環綺「あらら……。あの子かわいそ~」

彗「あの体操着、高等部の一年生かしら。環綺、見覚えある?」

環綺「ううん。うちには高等部から編入してきた子じゃないかな」

彗「(ふむ、と息)……。あの才能、もったいないわね」

 

○師範学校・校舎裏

日向「つまんない! つまんない! つまんない! つまんないっ!」

日向「……はあーあ!」

 

N「グラウンドからはハンドボール部が楽しそうに試合する声が聞こえてくる。

 あたしは怒るのも虚しくなって、校舎裏でごろんと寝転がった」

 

日向「楽しくやりたいだけなのになー……」

 

日向M「昔から体を使う競技では一度も負けたことがなかった。

ま、いわゆる『天才』ってやつで、色んな人が褒めてくれるけど……、何をやっても勝てちゃうというのは、それはそれで退屈だ」

 

日向「この学校ならちょっとはマシになると思ってたのになー。温泉むすめ師範学校もこんなもんか……」

彗の声「――それは聞き捨てならないわね」

日向「ん?」

彗「周りの人間に不満があるのなら、自分が先頭に立って導くべきよ。愚痴を言うだけなら誰にでもできるわ」

日向「……どちらさま?」

彗「高等部三年、玉造彗。こっちは別府環綺」

環綺「こんにちは~♪」

日向「ふーん。で、なんか用? 今、あたしすっごく機嫌悪いんだけど」

彗「では、要件だけを伝えるわ。あなた――私とアイドルをやりなさい」

環綺「えっ?」

日向「はあ?」

環綺「ちょっと彗ちゃん。初対面の子にそれはないんじゃ(ない?)」

彗「(遮って)環綺、少し下がってて」

環綺「(面白くない)む……」

彗「(日向に)近々、アイドルを種目にして『温泉むすめ日本一決定戦』が開かれる。

あなたには大会をリードしていくべき才能と、義務があるわ」

環綺「……またそういう言い方……」

彗「どうかしら、鬼怒川日向」

日向「パス」

彗「理由は?」

日向「日本一って言われても全然響かない。一番なら取り飽きてるしね」

彗「なるほど……。つまり、今のあなたでは日本一の温泉むすめになれないことを示せばいいのね」

日向「……へえ。あなた面白いね!」

 

N「おっ、この人ちょっと面白いかも。とあたしは思った。

単純なあたしはそれだけで機嫌がなおってしまって、ぴょんと飛び起きる」

 

日向「じゃ、勝負しよう! そっちが勝ったらアイドルやってもいいよ!

 勝負の内容は……そうだなー、アイドルだし、ダンスでどう?」

彗「ダンス? なぜ? アイドルに必要な資質はそれだけではないわ」

日向「あなたの立ち姿、踊りやってる人って感じだから。そっちの得意分野で勝負してあげるってこと!」

彗「……なるほど」

日向「どうする? やる?」

彗「やるわ」

日向「オッケー! せいぜい頑張ってね。そっちの人もやるの?」

環綺「私?」

彗「ああ、彼女は関係ないわ」

環綺「(食い気味に)いや。そういうことならダンスの課題曲は私が選ぼうかな」

日向「へ? 曲?」

彗「環綺……?」

環綺「うふふ、よろしく~。じゃあ、踊れる場所に移動しましょう♪」

彗「え、ええ……」

 

○師範学校・屋上

ナレ「環綺が二人を連れてきたのは、温泉むすめ師範学校の屋上だった。

 ルールは単純な一曲勝負。環綺が作った曲にそれぞれがアドリブで振り付けを考えて踊るだけ。勝敗はその優劣で決める」

 

彗「(静かに、深く、一回だけ深呼吸)」

日向「お、それ何? 準備運動?」

環綺「彗ちゃんのルーティーンだね。踊る前はいつもそうやって集中力を高めるの」

日向「ふーん……」

環綺「さて、スマホのスピーカーだけど、曲の用意は終わったよ。ふたりとも、準備はいい?」

彗「ええ」

日向「うん!」

環綺「じゃ、頑張ってね。――ミュージック・スタート!」

  『Hang out!』(instrumental)が流れ始める。

  イントロ途中で、先に日向が反応。

日向「へー。いい曲だね! じゃあ、あたしから行くよ!」

 

環綺N「そう言って、鬼怒川日向がステップを踏み始めた――その瞬間に勝負は決したようなものだった。

『ああ、これは勝てない』と私は察する。

曲への反射神経が違う。身体のバネが違う。持って生まれたリズム感が違う。

 軽やかなステップと、伸びやかな上半身の動き。音楽に本能で反応しているのだ」

 

環綺「(呆然と)……すごーい……」

彗「(忌々しげに)……ちっ。想像以上ね」

日向「へいへーい! それで本気?」

 

環綺N「いつの間にか彗ちゃんも踊り始めていたけれど、あの彗ちゃんのダンスがまるで印象に残らない。

 こんな惨めな彗ちゃんは初めて見たと思うくらい、二人の間には大きな差があって、私は、咄嗟に――」

 

日向「あれっ? なに?」

環綺「(誤魔化して)あー、ごめん! スマホ落としちゃった!」

日向「えーっ、なにやってんの!? スマホ大丈夫? 壊れてない?」

環綺「うん。ホントごめんね」

日向「ならいいけど……。ただ、こっちが大丈夫じゃないみたいね」

彗「(軽く息を乱して)はあ、はあ……」

日向「ま、ここまでかな。歯応えはなかったけど、曲はよかったよ! じゃね!」

彗「(まだ息を整えつつ)……あなた、わざと止めたわね……」

環綺「あ、それ聞いちゃう?」

彗「余計なことを……!」

環綺「……ふふ。ごめんね、彗ちゃん」

 

○師範学校・音楽室

かなり長く流す(時間経過表現も兼ね)。

  環綺、『Ned』の作曲をしている。

環綺「(独り言)うーん……。アイドルっぽくないなあ。こんな曲提出したらスクナヒコさまに叱られちゃう」

環綺「(独り言)てか、結局彗ちゃんにこの曲試聴してもらってないし……」

 

環綺NM「学校の音楽室で作曲を進めながら、私はひとり愚痴を吐いていた。

彗ちゃんがあの子に負けてから一週間。

あの日以来、彗ちゃんは一度も学校に来ていない」

 

環綺「彗ちゃん、負けず嫌いだからなー……悪いことしちゃったかな」

日向の声「やっほー、環綺ちゃん!」

環綺「きゃっ! びっくりした……。

 (キャラ作って)鬼怒川日向……ちゃん」

日向「日向でいいよ!

環綺ちゃん、ここで作曲してるんだね!

今の曲なに? 新曲? ちょっと失礼!」

日向「(身体揺らして)~♪」

日向「んー、ナイス! これもいい!」

環綺「あら、ありがとう♪」

日向「こないだの曲もすっごくよかったよ!

 踊ってて楽しかったし、この一週間ずっと頭の中であの曲が流れてるの!

 環綺ちゃん、もしかして天才?」

環綺「(グイグイ来られて、面倒くさそうに)あはは……。それで、何か用かな?」

日向「あ、そうだった! さっき、あたしの机にこんな手紙が置いてあってね」

環綺「これは……彗ちゃんの字?」

日向「うん。明日リベンジしたいって」

環綺「え、もう?」

日向「そうなんだよ。一週間でどうにかなる実力差には思えないんだけど」

環綺「断るの?」

日向「いや、もっかい環綺ちゃんの曲で踊りたいし、受けるよ! また選曲係してくれるよね?」

環綺「うん、いいけど……」

日向「やったー! ねえ、今度は彗ちゃんが踊りやすい曲にしてあげてね!」

環綺「えー? ハンデってこと?」

日向「違う違う。しらばっくれちゃってー」

日向「環綺ちゃん、この前はわざと彗ちゃんが苦手なリズムの曲を選んだでしょ?」

環綺「(図星で)え?」

日向「あの人のダンスを見れば分かるよー。

 慣れてる踊り方とは違う動きをしなくちゃいけなくてぎこちなかったし! あれじゃ何度やってもダメだって!」

環綺「それは……偶然じゃないかな? なんとなく選んだ曲がたまたま……」

日向「(遮って)あはは! それはない!

あんないい曲を作る人がなんとなくで選曲するわけないって!

何があったか知らないけどさ、仲直りしなきゃダメだよー?」

環綺「(やや長めに沈黙して)……」

日向「♪(環綺をじっと見てるイメージ)」

環綺「(大きく溜息をついて観念)はあ……。

 彗ちゃんもそのくらいストレートに褒めてくれればいいのに……」

日向「? なんて?」

環綺「なんでもない。私が勝手に彗ちゃんにムカついてただけだから心配しないで」

日向「ふーん……。環綺ちゃんみたいな天才でも凡人の彗ちゃんにムカつくことがあるんだね」

環綺「え、凡人?」

日向「うん」

環綺「彗ちゃんが?」

日向「違うの?」

環綺「彗ちゃんが凡人……。

(じわじわと)……ふふ、ふふふ……!」

日向「?」

環綺「(気持ちよく笑って)あははははっ! 

 彗ちゃんのことを凡人って言う子は初めて見た! あはははっ!」

日向「え、あたし何か面白いこと言った?」

環綺「(前の笑いから続いて)分かった。明日は公平な曲を選んであげる。

その代わり、日向にはあのヒーローさんをボコボコにやっつけてもらいたいな♪」

日向「……? よく分かんないけど、あたしは環綺ちゃんの曲を楽しみにしてるね!」

環綺「了解♪ で、明日はどこに行けばいいの?」

日向「んーと、確か手紙に……なんじゃこりゃ? 『ひおとこひうり神社』?」

環綺「なにって? ちょっと貸して。

 (読んで)……。

……あー……。ここは……」

日向「?」

環綺「彗ちゃんってホント……。

これじゃまるで、日向が私を誘うのが分かってたみたいじゃない」

日向「? どゆこと?」

環綺「火男火売(ほのおほのめ)神社。

 これ――別府温泉にある神社なのよね」

 

○別府・鶴見岳山頂(火男火売神社上宮)

日の出前、朝五時半ごろ。

日向「へー、ここが別府の鶴見岳……山頂に神社があるんだね!」

日向「わあ……いい景色!

 環綺ちゃん、下に見えるのが別府温泉だよね? すっごい湯けむり立ってる!」

環綺「(あくび)ふわぁ……。

 元気だねー、日向。まだ朝の五時半だよ」

日向「あたし高いとこ好きなんだよね!

 しかも貸し切りなんて最高だよ!」

日向「……ねー、彗ちゃん」

彗「……ここなら邪魔は入らないわ。今度は最後まで踊り通しましょう」

日向「うん。そっちがついてこれればね」

彗「努力するわ」

環綺「えっと、ルールは前回と同じね。

私が作った曲を、各々の振り付けで踊る。もちろん、この前とは別の曲で」

彗「それでいいわ」

環綺「……彗ちゃん、本当に前と同じルールでいいの? アドリブ勝負だと勝ち目ないと思うけど……」

彗「あら、そんなに心配かしら」

環綺「心配というか、確認かな」

彗「(笑って)ふふ。大丈夫よ環綺。……今回はアドリブではないから」

環綺「えっ?」

日向「何してるの? 早くやろうよ!」

彗「ええ。環綺、曲は?」

環綺「あ、うん。もう決めてきたよ。

 かなり昔に作ったやつだけど、アイドルのダンスには向いてると思う。

 二人とも、準備はいい?」

日向「いつでもいいよ!」

彗「(フッと鼻で笑って)……」

環綺「じゃあ、行くよ。――ミュージック・スタート!」

日向「ほうほう……(と、耳を傾け)。

……うん! 大体分かった! またあたしから行くよ!」

 

環綺N「そう言って、日向は楽しそうに踊り始めた。

瞬く間に曲調に対応し、細かいステップを刻み始める。

先日の曲とはテイストを大きく変えてみたけれど、彼女のリズム感の前には無意味なようだった」

 

日向「あははっ! やっぱりいいなー、環綺ちゃんの曲!」

 

環綺N「私の曲を踊りたいから勝負を受けるというのは本音だったらしく、日向はほとんど彗ちゃんを気にせず踊っている。

 彗ちゃんはどんな顔してるかな、と思って私がそちらを見ると……ちょうどその時、彗ちゃんがぽつりと呟いた」

 

彗「……この曲、懐かしいわね」

環綺「えっ?」

彗「(静かに、深く、一回だけ深呼吸)」

 

環綺N「集中力を高めるルーティーン。

彗ちゃんは目を閉じ、深く深呼吸して――すらりと扇子を抜いた」

 

彗「私も楽しませてもらうわ」

 

環綺N「そして、彼女は悠然と踊り始める」

 

日向「扇子って……。

小道具使ったって、本人の動きが悪くちゃ意味ない(よ)……って、あれっ?」

環綺「(驚いて)あらら……!」

日向「え、えっ? うっそぉ……!」

 

環綺N「日向から戸惑いの声があがる。私も自分の目を疑うしかなかった」

日向N「彗ちゃんはこの前とは別人だった。

速い曲にはまるで合っていなかったのに、今日は余裕でついてきている」

環綺N「たった一週間。

この短い期間で、彼女はアイドルのダンスを身体に叩き込んできたのだ」

 

日向「ちょっ、マジ……?」

 

環綺N「今のところ互角だ。でも」

日向N「時間が経つにつれ、積み重ねてきたものの差が表れる」

環綺N「身につけてきた基本の差、重ねてきた努力の差、今日に向けた準備の差」

日向N「『勝てない』――。と、あたしは人生で初めて思った」

環綺N「その瞬間、日向のリズムが崩れる」

日向N「崩れたリズムはもう戻らない」

環綺N「勝てない。結局、私も彗ちゃんに」

日向N「勝てない。勝てない、勝てない、負ける、負ける、負け(る)――」

 

彗「日向、指先を意識しなさい!」

日向「……えっ?」

彗「心の乱れは指先に出る! 集中っ!」

日向「え、あ、うんっ!

 えっと……。指先、集中……!」

彗「そう。全身に神経を張り巡らせなさい。

あなたのアドリブは素晴らしい。けれど、その踊り方ではいつまでも曲に合わせる側のままよ。

 自分を知り、理論を知りなさい。そして、曲を支配する側になりなさい!」

日向「曲を……支配する……?」

彗「あなたにはその才能がある! さあ、そのまま集中して踊りきるわよ!」

日向「――うん! 了解!」

 

♨          ♨          ♨

 

  『アビバノンノン!』と曲が終わる。

  彗、日向、息を切らしている。

彗「(しばらく肩で息をして)」

日向「(同じく肩で息をして)」

彗「……環綺、勝負は?」

環綺「えっ? あー、うん。もうどっちでもいいんじゃない?」

彗「は? ……きゃっ!?」

日向「彗ちゃん! 指先を意識するにはどういう練習すればいいの? 日舞やればいいの? なんかコツある? 教えてよ!」

彗「ひ、日向、近い」

環綺「ヒーローさんは日向とアイドルやりたいから勝負したんでしょ? その答えは出たと思うけど」

日向「うんうん! あたし彗ちゃんと一緒にアイドルやるよ!」

彗「それは、私が勝ったらという話で……」

日向「固いこと言わないの!」

彗「でも」

日向「(ぐいっと)よろしく、彗ちゃん!」

彗「……(と、少し困っていたが、やがて)。

(ふう、と笑って)……ええ。よろしく」

環綺「(疎外感で)……」

日向「いやー、師範学校来て良かった! 彗ちゃんも環綺ちゃんもすごいね!

 あ、そうそう! 環綺ちゃんも一緒に……

 あれっ? どこ行くの?」

環綺「帰る」

日向「え!? 一緒にやってくれないの?」

環綺「だって、私は日向みたいに彗ちゃんに誘われてないし」

日向「……彗ちゃん!」

彗「……。誘ってほしかったの?」

環綺「っ!(と思わず舌打ちして)そういうこと聞く? 普通」

彗「それならそう言いなさい。機会を待っているだけでは何も手に入れられないわ」

環綺「うるさいなあ!」

彗「環綺……?」

環綺「なんで? なんでそういう言い方しかできないの? そんな言葉じゃ彗ちゃんがどう思ってるか全然分かんないじゃん!」

彗「……」

環綺「誰のためとかじゃなくて、彗ちゃんは私が欲しいの、欲しくないの? どっち?」

日向「(気まずい)あー……」

彗「……」

環綺「……」

彗「…………ふう(と、深く息を吐いて)。

 環綺。

 この一週間、私はこれまで試聴したあなたの曲を全て思い出して、振り付けを考えてきたの。

だから今回の勝負、私にとってはアドリブではなかったのよ」

環綺「思い出したって……。無理でしょ。

 何曲あると思ってるの?」

彗「甘く見ないで。あなたが聴かせてくれたメロディは全て覚えてるわ」

環綺「(息で)……!」

彗「環綺、あなたの曲が欲しい。私と一緒にやってくれないかしら」

環綺「……」

環綺「……うん」

日向「やった! 環綺ちゃんもよろしく……って、あれ? 泣いてる?」

環綺「……泣いてない」

日向「えー。泣いてるよね?」

環綺「泣いてません。日向、黙ろっか?」

日向「ひっ! こわー……!

 ねえ、彗ちゃん聞いてよ! 環綺ちゃん、彗ちゃんのことボコボコにしてってあたしにモゴモゴモゴ!?」

環綺「はーい♪ 余計なこと言わなーい♪」

彗「(くすりと笑って)二人とも、そこまでにしておきなさい。

 ほら――別府湾に朝日が昇るわ」

 

○モノローグ

環綺「あの日、私たちは誓い合った」

日向「個人でもグループでも、常に最強の存在であり続けること」

彗「そして、『アイドル』という未知の領域に挑む温泉むすめたちを導く太陽として、頂点に君臨し続けること」

日向「自らの手で新しい時代を作る。それがあたしたちの使命なんだと!」

環綺「あの日――三人で見た暁の光を、私は忘れない。聴いてください。『Hang out!!』」

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