story おはなし

温泉むすめショートストーリー 「真犯人は誰だ⁉ 小田急ロマンスカーお弁当消失事件!~前編~」

彩 耶「よかった。待ち合わせ一番乗りだ」

 

 新宿駅・小田急線西口地上改札前。

みんなとの待ち合わせ場所に着いた私――箱根彩耶はほっと胸をなで下ろした。

 

 今日は私の地元・箱根湯本でライブがある。そんな日の朝に新宿駅に来たのは、私と一緒にライブに参加してくれる四人の温泉むすめとの待ち合わせのためだ。私たち温泉むすめは全国の鳥居と鳥居の間をある程度自由にワープできるから、別に現地集合でもよかったんだけど……今回は私のわがままで小田急ロマンスカーでの移動にさせてもらった。その方が旅情を感じられて温泉むすめらしいし、ライブ前のアイスブレイクになるかな、と思ったからだ。

 

彩 耶「今日は地元でライブなんだし、私が率先して盛り上げていかないとね!」

まなみ「彩耶さん、おはようございます……。気合入っていますね」

 

 私が独り言で意気込んでいると、気だるげな声の女の子に呼びかけられた。

 鈍川まなみ。今日のライブに参加してくれる四人のうちの一人で、少しだけ朝に弱い温泉むすめである。

 

彩 耶「まなみ、おはよう。眠そうだね……」

まなみ「すみません、血糖値がちょっと……。そういう彩耶さんは大荷物ですね」

 

 まなみは私の足元に置いてある大きな銀色のバッグを見て言った。

 

まなみ「これは……保温バッグですか?」

彩 耶「うん。まなみ、お弁当持ってきたでしょ?」

まなみ「は、はい……。『新宿駅で買うと迷いかねないから自前で持ってきた方がいい』と彩耶さんからの事前連絡にあったもので」

彩 耶「それならよかった。冷めないようにこの中に入れておいてよ。全員分入るから」

まなみ「えっ……。あ、ええと……」

彩 耶「どうしたの?」

 

 まなみは気まずそうに目を泳がせている。

 私は不思議に思ってまなみが肩にかけているスポーツバッグを見た。そのファスナーがわずかに開いていて、奥にお弁当らしき包みが見える。

 そして、そのお弁当は――すでに保温バッグに入っていたのだ!

 

まなみ「彩耶さん? どこを見て……あっ!」

彩 耶「ごっ、ごめん! 余計なお世話だったね!」

まなみ「そ、そんなことないです! えーっと……はい! 使わせてもらいます!」

 

 私が焦っていると、まなみは自分の保温バッグからそそくさと弁当箱を取り出して、私が持ってきた方の保温バッグに入れてくれた。

 

彩 耶「あー……。ありがとう、まなみ……」

 

 うわあ、いきなりアイスブレイクに失敗しちゃったぞ、と私はヘコんだ。

 今日は結衣奈もいないし、私が中心になってみんなを引っ張っていかなくちゃならないのに……。出だしからこの調子で大丈夫かな?

 

♨          ♨          ♨

 

彩 耶「だ、大丈夫じゃなかった……」

 

 小田急ロマンスカー・車内。私は予約したシートによろよろと腰を下ろした。

 結局、あのあともトラブル続き。ロマンスカーに乗る頃には私はくたくただった。

 

亜矢海「彩耶さん、お疲れさまですー! 肩揉みましょうか?」

彩 耶「ありがとう、亜矢海……。はあ、私の段取りが悪かったなあ……」

亜矢海「なーに言ってるんですか! こうして時間どおりのロマンスカーに乗れてるんだから問題なしですよ! ハッピーハッピー!」

彩 耶「そう言ってくれると救われるよ……」

 

 私の隣に座っているのは鳥羽亜矢海。ダイビングや水泳が大好きな温泉むすめで、プールが使えない冬のロードトレーニングに付き合っているうちに仲良くなった子だ。とにかく元気でポジティブところは結衣奈を彷彿とさせる。

 

 もっとも、私たちを襲ったトラブルその①は彼女が原因だった。

 簡単に言うと、亜矢海は新宿駅で迷子になってしまったのだ。私も新宿駅に詳しいわけではないから電話をもらっても亜矢海がどこにいるのか分からなくて焦ったけど、その時点で集まっていた四人のうち一人に荷物番をしてもらって、残りの三人が総出で探しに行くことでなんとか見つけ出すことができた。

 

 ちなみに、その時荷物番をしてくれたのが――、

 

美 鵺「彩耶。はい、これ」

彩 耶「美鵺? このメモはまさか……」

美 鵺「次はドタバタしないために、新宿駅に集合する時の注意点をまとめたものよ」

彩 耶「うぐっ! い、いま言わなくても……」

 

 原鶴美鵺。私の向かいの席に座っている温泉むすめだ。

 

 同級生ということもあって、彼女――美鵺とは元々仲がいい。真面目すぎるところとかは私や泉海とそっくりで、個性が強い温泉むすめたちにビシッと注意できる貴重な存在なのだけど、唯一の欠点として……その注意の仕方があまりうまくない。

 

 そんな美鵺が招いてしまったトラブルも、彼女の真面目な性格に起因するものだった。

 ロマンスカーは指定席ということもあって、切符は主催者である私が用意するものだと決めつけていたのだけど、美鵺は各自で用意するものと勘違いしていたのだ。私が五人分の切符を、美鵺が自分の分の切符を事前に用意したことで、切符が一枚余ってしまった。その払い戻し手続きで長蛇の列の窓口に並んだのが、トラブルその②。

 

 どちらも私の段取りがしっかりしていれば防げたトラブルだから、かなり責任を感じている。いまから挽回しなければ!

 

彩 耶「そうだ! バタバタしてて忘れてたけど、みんなお弁当はこのバッグに入れて……って、あれっ?」

亜矢海「どうしましたー?」

彩 耶「お弁当入れた銀色の保温バッグどこやったっけ。まなみ……は、トイレか」

美 鵺「ええ。お手洗いには持っていかないと思うわ」

彩 耶「だよね。じゃあどこだろう。えーっと……」

八 咫「これのことかしら」

 

そう言って保温バッグを差し出してくれたのは、今日のライブがきっかけで知り合った温泉むすめ・山代八咫ちゃんだった。

 彼女の性格は……なんというか、一匹狼の芸術肌だ。ロマンスカーの席割りでも、向かい合って座れるのが最大四人までと分かると、彼女は率先して一人席を選んでくれた。

 

八 咫「徒然草の百九段を連想させるシチュエーションだったから預かっておいたのよ」

亜矢海「つれづれ……???」

八 咫「フッ……。私の言葉は理解しようとしなくて結構よ」

彩 耶「あはは……。とりあえずありがとう、八咫ちゃ……」

 

 ――バサバサッ!

 

 私がバッグを受け取ろうとした瞬間――中から一羽のカラスが飛び出してきた!

カラスは私たちを一瞥すると、静かに羽ばたいて八咫ちゃんの肩に留まる。それは、八咫ちゃんが飼っているカラスの「くーちゃん」だった。

 

八 咫「あら、くーちゃん。もうお昼寝はいいの?」

彩 耶「お昼寝!? お弁当のバッグで!?」

 

 トラブル③だ……と私は思ったけれど、八咫ちゃんは不敵に髪をかき上げて笑う。

 

八 咫「フフ。貴女の懸念は理解できるわ。けれど、くーちゃんはそこらの人間より清潔だから大丈夫よ。毎日温泉に入ってるもの」

彩 耶「う、うん。とはいえ、いくらなんでも……」

亜矢海「へー、お利口なんだね! お友達のイルカくんたちも毎日は入らないかなー」

美 鵺「あたしが世話している鵜も水浴びばかりね。しつけの方法を教わりたいわ」

彩 耶「……あれっ? 私がおかしいのかな?」

 

 突如として会話から置いてけぼりにされて少しだけ戸惑ったけど、みんなに共通の話題が見つかったのはいいことかもしれない。これをきっかけにライブ前のアイスブレイクに持ち込もう! と思い直して、私はなにげなくこう言った。

 

彩 耶「ねえみんな、どうせならお昼食べながら話さない?」

美鵺・亜矢海・八咫「……えっ?」

 

 その瞬間、みんなの雰囲気が変わったような気がした。

 

美 鵺「そ、それは悪くないけど……。お弁当は各自で食べるものだと思ってたわ」

亜矢海「そ、そう! わたしもそう思ってましたー! そうしませんか?」

八 咫「……。いずれにせよ私は独りで食べるわ」

彩 耶「えっ? みんなでおかず交換会とかできれば楽しいかなと思ったんだけど……。

ほら、まなみのお弁当も預かってるし」

 

 みんなの反応に首を傾げながら、私は保温バッグの中にあるまなみの弁当箱を手に取る。

 それが、事件の始まりの合図だった。

 

彩 耶「あれっ? なんか軽いような……」

亜矢海「か、軽い、ですかー?」

彩 耶「うん。蓋はしっかり閉じてるし、くーちゃんが何かしたってことはなさそうだけど。でもこの軽さはまさか……。ごめん、まなみ!」

 

 この場にいないまなみに謝って、私は弁当箱を開けてみた。

 すると――恐れていたとおり、弁当箱の中身が空になっていたのだ!

 

彩 耶「ええーーーーっ!?」

 

 まなみのお弁当がなくなっている!? いつの間に!?

 念のため自分の弁当箱も開けてみる。そちらには何事もないようだ。

 

彩 耶「な、なんで!?」

まなみ「……みなさん? 総立ちでどうしました?」

彩 耶「まなみ、大変だ! ちょうどいま、みんなでお弁当交換会でもやろうって話してたんだけど!」

まなみ「は、はあ。お弁当交換会……。そんな予定ありましたっけ……?」

彩 耶「それどころじゃなくて! ほら、これ!」

 

 私は戻ってきたまなみを手招きすると、彼女の前に空の弁当箱を差し出す。

 

まなみ「……えっ!?」

彩 耶「まなみのお弁当の中身がなくなってて……! ずっとこのバッグに入れておいたはずなのに……!」

まなみ「こ、これは……!」

 

 まなみは呆然とした様子で立ち尽くしてしまった。

 私も半ばパニック状態だった。だって、まなみが私の保温バッグにお弁当を入れたのは私が余計なお節介をしたせい。つまり、この事件が起きたのは私の責任なのだ。

私が頭を真っ白にして右往左往していると――突然、亜矢海が私に飛びついてきた。

 

亜矢海「ごめんなさーーーーいっ! わたしが食べちゃいましたーーーーっ!!」

 

まなみ「……えっ!?」

彩 耶「あ、亜矢海!? どういうこと!?」

 

 まさかの申し出に私とまなみが目を見合わせる。しかし、事態はそれで収まらなかった。

 

美 鵺「いいえ。まなみのお弁当を食べたのはあたしよ」

 

彩 耶「はあ!?」

まなみ「み、美鵺さんまで……!?」

 

八 咫「フッ。面白い状況ね。もっとも、真犯人はこの山代八咫なのだけれど」

 

まなみ「えええっ……!?」

 

 亜矢海。美鵺。八咫ちゃん。

 なんと、三人全員が「自分がまなみのお弁当を食べた」と言い出したのだ!

 

彩 耶「な、なにこの状況!?」

 

 私は弱り切ってしまった。仮に――そもそも勝手に他人のお弁当を食べるような子たちじゃないけど、百万歩譲って――、仮に三人の中に犯人がいるとして、「自分が犯人です」と名乗り出るようなことをするだろうか?

 

まなみ「さ、彩耶さん……。これは一体……?」

彩 耶「まなみ……!」

 

 まなみの不安げな表情を見て、私はハッと我に返る。

そうだ。この状況に一番困っているのは被害者のまなみなのだ。今回は私がみんなを引っ張るって決めたんだから、私がこの謎を解明しなければならない!

 

彩 耶「……よし。みんな聞いて! いまから事情聴取をします!」

 

小田急ロマンスカー・お弁当消失事件――。

 絶対、この事件を解決してみせる!

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