温泉むすめショートストーリー 「真犯人は誰だ⁉ 小田急ロマンスカーお弁当消失事件!~後編~」
○ロマンスカー車内・デッキ
彩耶N「二〇一九年三月三十日、土曜日。
私、箱根彩耶は、地元である箱根湯本で行われるライブのため、新宿発の小田急ロマンスカーに乗っていた。
念願だった箱根でのライブ。しかし、その車内で事件は起こった……。鈍川まなみのお弁当が、何者かによって食べられてしまったのだ!
容疑者として浮上したのは、鳥羽亜矢海、原鶴美鵺、山代八咫の三人。
なぜか、自分こそが犯人であると主張する彼女たち。
一体、真犯人は誰なのか?
密室。消えたお弁当の中身。三人の容疑者。謎は深まるばかり……。
私は彼女たちを一人ずつ呼び出し、話を聞くことにした……」
○ロマンスカー車内・デッキ
まなみ「ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン……」
まなみ「……コンコン」
彩耶「どうぞお入りください」
まなみ「は、はい。ガチャ。
失礼します、彩耶さん……」
彩耶「では、これからお話を聞かせてもらいます。まずお名前を教えてください」
まなみ「鈍川まなみです。愛媛県・鈍川温泉の温泉むすめです……」
彩耶「鈍川まなみさん。さっそくお尋ねしますが、中身を食べられてしまったのは、あなたのお弁当で間違いありませんね?」
まなみ「は、はい……」
彩耶「……ふう……(と、深く溜息)」
まなみ「彩耶さん、あの、そのことなんですけど……」
彩耶「(被せて)まなみ……ごめんっ!」
まなみ「えっ!?」
彩耶「私が余計なことしたせいでこんなことになっちゃって……。本当なら今頃、みんなで楽しくお弁当を食べながら、ライブに向けて一致団結してたはずなのに……」
まなみ「(気まずい)みんなで楽しく……」
彩耶「うん……おかずを交換したりして」
まなみ「(気まずい)おかずを交換……」
彩耶「私の段取りさえしっかりしてればこんなことにはならなかったのに……だから、ごめん!」
まなみ「さ、彩耶さんは悪くありません! 顔を上げてください……!あのっ、お弁当のことなんですが……実は……!」
(電話の着信音)プルルル! プルルル!
まなみ「きゃっ!? で、電話……?」
彩耶「あれ、亜矢海からだ。ちょっとごめんね。 ……もしもし、どうしたの? ……えっ、かけ間違い? そっか、分かった。(まなみに)ごめん、なんだっけ?」
まなみ「あ、いえ……」
彩耶「それにしても妙だね。どうしてみんな『自分がまなみのお弁当を食べた犯人だ』なんて言い出したんだろう?」
まなみ「それは……私も気になります」
彩耶「犯人なら、普通は食べたことを隠そうとするよね……。
うーん……みんなはいま何してるの?」
まなみ「みなさん、座席にあった『るるぶ』を読んでいました。黙々と……」
彩耶「黙々と……。気まずいのかなあ……。このままじゃよくないよね。ライブを成功させるためにも、真実をはっきりさせないと!」
まなみ「このままじゃよくない……そうですよね。
(意を決して)あのっ、彩耶さん! 大事なお話が……」
(電話の着信音)プルルル! プルルル!
まなみ「きゃっ!? また電話……?」
彩耶「……? 今度は美鵺からだ。
……もしもし、美鵺? うん。えっ、るるぶの電子版をインストールしようとしたら
間違えて電話した? えー……はいはい、じゃあね。……ふう。美鵺にしては珍しい」
まなみ「そ、そうですね……」
彩耶「それで、なんだっけ。あ、そうそう。状況を整理したいから、朝起きてから集合するまでのことを聞かせてもらえる?」
まなみ「あ、はい……。私、低血圧なので朝は弱いんですが、今朝は頑張って五時半に起床しました。そしてお弁当を作って……七時に東京に着きました」
彩耶「七時? 今日は九時集合だったのに、ずいぶん早いね。なんで二時間も早く東京に来たの?」
まなみ「ええと、多摩川沿いをサイクリングしてみたかったからです……」
彩耶「へえ……。まなみ、サイクリング好きだもんね。どうだった?」
まなみ「それはもう最高でした……。いつもは瀬戸内海を眺めながらしまなみ海道を走っていますが、多摩川を眺めながらというのも、いいものですね。みなさんにも是非おすすめしたいです。
あっ……彩耶さんもどうですか? サイクリング、始めてみませんか? 今ならおすすめの今治タオルをプレゼントします」
彩耶「いやっ、その話は時間がないのでまた今度! ……それから、どうしたの?」
まなみ「(残念で)あっ、はい……。そのあと、八時すぎに新宿駅に到着しました。少し時間があったので、西口からすぐの広場でゆっくりしていたんです」
彩耶「ふむふむ。ここまでの間には、まなみの目を盗んでお弁当を食べる隙はなさそうだね」
まなみ「あのっ、それでですね、その広場で……」
(電話の着信音)プルルル! プルルル!
まなみ「ちょっ……もう!」
彩耶「ご、ごめん! 今度は……八咫ちゃんだ。……もしもし? えっ、うん、八咫ちゃんが『くーちゃん』って名前のカラスを連れてきたのは知ってるけど……ええっ!? そのくーちゃんがまなみの今治タオルを気に入ってすっごいついばんでる!? た、大変だまなみ!」
まなみ「今治タオル……! 今治タオルは私の魂なんですが……でも、えっと、お伝えしたいことが……!」
彩耶「後で聞くから大丈夫! 今は行って! 今治タオルを救ってあげて!」
まなみ「……! わ、分かりました……! あとで必ずお話しします!」
彩耶M「そう言って、鈍川まなみは急ぎ座席に戻っていった。謎が謎を呼び、トラブルがトラブルを呼ぶ今回の事件。この事件には、何か大きな裏がある気がする。それでも、箱根でのイベントは必ず成功させなくちゃならない!そんな強い思いを胸に抱いて、私は一人目の容疑者を呼び出した……」
○亜矢海パート
亜矢海「ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン……」
亜矢海「――コンコン!」
彩耶「どうぞお入りください」
亜矢海「ガチャ。失礼しますー!」
彩耶「では取り調べを始めます。まずはお名前を聞かせてもらえますか?」
亜矢海「はーい! 三重県・鳥羽温泉の温泉むすめ・鳥羽亜矢海ですー!」
彩耶「鳥羽亜矢海さんですね。るるぶはいかがでしたか?」
亜矢海「るるぶ?」
彩耶「箱根のるるぶを読んでいたそうじゃないですか。行ってみたい場所とかありました?」
亜矢海「あー、ありましたよ! 80ページに載っていた箱根園の水族館に行ってみたいですー!」
彩耶「水族館……そっか、亜矢海は海が大好きだもんね」
亜矢海「はいっ! 写真にあった『温泉アザラシ』は絶対に見てみたいです!」
彩耶「(やや被せ)ああ、温泉アザラシ!」
亜矢海「鳥羽のイルカショーの参考になるかもしれないし、なによりかわいいに決まってますし! 明日連れてってください!」
彩耶「行こう行こう! すっごくかわいくて……はっ!?」
彩耶「(咳払い)……。えー、そのためには今回の事件を解決しなければなりません。亜矢海、あなたは自分がまなみのお弁当を食べた犯人だと言ってましたよね?」
亜矢海「あ、はい! そうです! わたしがまなみさんのお弁当を食べました!」
彩耶「いつ食べたんですか? ロマンスカーに乗る前?」
亜矢海「えーっと、乗る前です! わたし、彩耶さんたちが切符の払い戻しに行っていあいだに荷物番してたじゃないですか! そのスキにササーッといただいちゃいました!」
彩耶「あー、あのときか……。でも、どうして自分のじゃなくてまなみのお弁当を食べたんですか?」
亜矢海「まなみさんのお弁当がとっても美味しそうだったからですよー!」
彩耶「うーん……。だからって他人のお弁当を食べるかなあ……」
亜矢海「スキを見せたら食われる! それが海の掟です!」
彩耶「殺伐とした世界観だね!?ま、まあいいです。それではお尋ねしますが、まなみのお弁当の中身は何だったんですか?」
亜矢海「な、中身ですか?」
彩耶「はい。亜矢海が犯人なら、お弁当に何が入っていたのか答えられるはずだよね」
亜矢海「そ、それは、えーっと……」
彩耶「さあ、答えてください!」
亜矢海「えっと……。えっとえっとえっとー…………(ポツリと)みかん」
彩耶「はい?」
亜矢海「みかんでした! やっぱり愛媛といえばみかんですからねー!」
彩耶「たしかに鈍川温泉のある愛媛県は日本有数のみかんの産地ですが……。お弁当の
メインディッシュがみかん……?ちなみにそれは、みかんがまるごと入ってたんですか?」
亜矢海「お弁当の中に。輪切りのみかんが」
彩耶「輪切りのみかんが」
亜矢海「白いごはんの上に。梅干しっぽい感じで」
彩耶「梅干しっぽい感じで!? みかんですよね!? みかんに殺菌効果なんてありましたっけ!?」
亜矢海「あるある! ありますよきっと!」
彩耶「ほ、本当かなー……。ちなみに、みかんの品種は何でしたか?」
亜矢海「品種?」
彩耶「愛媛県で育てられているみかんの品種は主なものだけでも十七品種はあるといいます。例えば温州みかん、はれひめ、天草、オリジナル品種の紅まどんな……」
亜矢海「それそれ、それです! わたしが食べたのは紅まどんなですー!」
彩耶「紅まどんな、ですか……。なるほど。でも亜矢海、よく紅まどんなって分かったね。みかんの味だけで品種まで特定できるなんて……」
亜矢海「(必死に)み、みかんの皮に書いてありました!」
彩耶「みかんの皮に!?」
亜矢海「小さく『紅まどんな、紅まどんな、紅まどんな』……」
彩耶「怖い怖い! 食べたら呪われそう!」
亜矢海「えー? 大丈夫ですよ!わたしはご覧のとおり元気いっぱいです! ライブも頑張っちゃいますよー!」
彩耶「う、うん、それはもちろん。では最後に、今朝起きてから集合するまでのことをお聞かせください」
亜矢海「はーい。わたしは朝四時に起きて、地元の漁師さんたちと漁に出かけました。そのお魚でお弁当を作って、八時半に新宿に着きましたー!」
彩耶「集合時間までは何をしていたんですか?」
亜矢海「西口をぶらぶらしてました! そしたら噴水のある広場を見つけて……」
亜矢海「あー……」
彩耶「どうしたの? 急に黙ったりして」
亜矢海「いえいえ、そのあと駅で迷っちゃって大変だったなーって、あははは! あ! そろそろ時間ですよね! 次のかた呼んできますー!」
亜矢海「ガチャ、バタン! タタタタ……(走って出ていく)」
彩耶「ちょっ、亜矢海!? ……行っちゃった。なんだったんだろう」
彩耶N「『紅まどんなの輪切りみかん弁当』を食べたという、鳥羽亜矢海。彼女が真犯人なのだろうか? あるいは嘘をついているのだろうか。嘘だとしたら、なぜそんな嘘をつくのか……?
悩む私の前に次の容疑者が現れた……」
○美鵺パート
美鵺「ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン……」
美鵺「――コンコン」
彩耶「どうぞ」
美鵺「ガチャ。失礼するわね」
彩耶「ようこそ。まずはお名前を聞かせてもらえますか?」
美鵺「福岡県・原鶴温泉、原鶴美鵺」
彩耶「原鶴美鵺さん。箱根のるるぶはいかがでした? 行ってみたい場所とかありましたか?」
美鵺「あたしは手芸が趣味だから、箱根クラフトハウスかな。ちょうどリニューアル中で、どんどんキレイになってるらしいじゃない」
彩耶「クラフトハウスかー。強羅温泉だし、かんなを呼んでもいいかもね」
美鵺「強羅かんなちゃんね。いいアイデアだけど……」
彩耶「? どうしたの?」
美鵺「いや、初対面だから。あたし、初対面の子にはキツい印象を持たれがちだから、大丈夫かなって思ったの」
彩耶「あはは。大丈夫だよ」
美鵺「だといいけど……あんまりライブにも誘われないし……。でも、だからこそ今回は誘ってくれて感謝してるのよ。鶴の恩返しじゃないけど、全力で頑張るわ」
彩耶「こちらこそ来てくれてありがとう。……というか、この流れで美鵺が犯人だって言われてもピンとこないんだけど……」
美鵺「あら、それとこれとは話が別。まなみのお弁当を食べたのは、このあたしよ」
彩耶「ほ、ほんとに?」
美鵺「ええ。どんな取り調べでも大丈夫よ。さあ彩耶、何でも聞きなさい」
彩耶「じゃ、じゃあ、えっと……(戸惑いながら取調官モードに戻って)いつお弁当を食べたんですか?」
美鵺「新宿駅で迷子になった亜矢海をみんなで探してたときね。あたしが荷物番だったから」
彩耶「まあ確かに、その時間帯のアリバイはないですね……。でも、だからって勝手に食べますかね?」
美鵺「勝手にというか……。正確に言うと、あたし、あれがまなみのお弁当だったことに後で気付いたの」
彩耶「というと?」
美鵺「一人で荷物番してたとき、彩耶の保温バッグを何気なく開けてね。そしたら中にお弁当箱が二つ入ってて」
彩耶「ほうほう」
美鵺「片方は寄木細工のお弁当箱だったから彩耶のだって分かったの。けど、もう一つのお弁当は誰のかしらと思って手に取ってみたら、ふといい香りが漂ってきて……」
彩耶「具体的で真実味がある描写ですね。それで?」
美鵺「気付いたら、食べちゃってたのよねえ……」
彩耶「ええー……。急に雜じゃない?」
美鵺「そ、そんなことないわ。あたしは鵜飼いの鵜。おいしそうなごはんを見つけたら本能で食いつくのよ」
彩耶「無理がある……」
美鵺「ほら、そこは鵜呑みにしてもらって」
彩耶「うまいこと言って……。まあいいや、ではお尋ねしますけど、お弁当の中身は何だったんですか?」
美鵺「な、中身?」
彩耶「はい。美鵺が犯人なら、お弁当に何が入っていたのか答えられるはずだよね」
美鵺「うっ……」
彩耶「さあ、美鵺容疑者! 答えてください!」
美鵺「ええと、鵜飼いだから鮎……じゃなくて鯛! 鯛めしよ! 愛媛は真鯛の生産量が日本一だし!」
彩耶「ほう、鯛めし……。いかがでしたか? お味のほうは」
美鵺「肉厚の真鯛が食べ応え抜群だったわ。あれは……『松山鯛めし』ね」
美鵺「松山鯛めし?」
美鵺「愛媛の鯛めしには二種類あるのよ。鯛をまるごと一匹ごはんと一緒に炊き込むのが『松山鯛めし』で、お刺身を使うのが『宇和島鯛めし』」
彩耶「へー……。よくご存じですね」
美鵺「福岡から愛媛まではフェリーで一本。お隣さんみたいなものだし、愛媛には趣味の陶芸で参考になる砥部焼もあるからね。よく遊びに行くわ」
彩耶「ふむ……。では最後に一応、今朝起きてから集合するまでのことをお聞かせください」
美鵺「今朝は六時に起きたわ。そのあと日課の鵜の世話をして、温泉に入ってからサッとお弁当を作って……八時にはもう新宿駅にいたはずよ」
彩耶「八時? 集合時間まで一時間ありますよね。それまで何をしていたんですか?」
美鵺「手芸用品を見たかったんだけど、どこも開店前だったのよ」
彩耶「あー」
美鵺「で、仕方なく西口を散策していたら、噴水のある広場を見つけて。ベンチに腰掛けて休憩してたんだけど……あっ」
美鵺「(咳払いして)……」
彩耶「あれっ、どうしたの?」
美鵺「な、なんでもないわ! やだ、袖がほつれてるから直さないと!それじゃ失礼するわね。ついでに次の人を呼んでくるわ!」
美鵺「ガチャ、バタン! タタタタタ……(走って出ていく)」
彩耶「えっ、美鵺!? ……また行っちゃった……」
彩耶N「『松山鯛めし』を食べたという原鶴美鵺。彼女こそ真犯人なのだろうか? あるいは彼女も嘘をついているのだろうか。もし嘘だとしたら、なぜ嘘をつくのか……? 私の悩みは増すばかりである。
そんな私の前に、最後の容疑者が現れた……」
○八咫パート
八咫「ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン……」
八咫「(カラスの鳴き声)カア、カア!」
八咫「(カラスが飛び去る音)バサバサバサバサ……!」
八咫「(おどろおどろしいBGM)デンドンデンドンデンドンデンドン……!」
八咫「――コン、コン」
彩耶「ど、どうぞ」
八咫「(古扉が軋んで開閉する音)ガチャ、キイイィィィ……、バタァン!」
彩耶「ひぃ!?」
八咫「ああ、ついにこのときが来てしまった……。この私、山代八咫が魔女裁判にかけられるXデーが……!」
彩耶「(独り言で)どういう設定なんだろう……。
(八咫に)えーっと、まずはお名前を聞かせてもらえますか?」
八咫「石川県・山代温泉の温泉むすめ、山代八咫よ。いつも一人でカラスと戯れていることから、地元の子どもには『魔女』と呼ばれているわ」
彩耶「子どもから呼ばれちゃってるのかあ……。え、えーと……山代八咫さんですね。箱根のるるぶはいかがでした? 行ってみたい場所はありましたか?」
八咫「箱根のそばを食べたいわね」
彩耶「あ、おそばはいいよね。どうして?」
八咫「山あいの温泉地に行ったら、私は必ずそばを食べるようにしているの。そばって温泉地の名産品になっていることが多いでしょう? なぜだか分かるかしら」
彩耶「それは知ってる。山ではそばくらいしか育たないからだよね」
八咫「その通り。山は土地がやせているし、広い畑を作れるような平地もない。ゆえにそういう環境でも育つそばを育てるほかに選択肢がなかった」
彩耶「で、日本の温泉は山の中に湧くことが多いから……」
八咫「自然と、温泉地の食事といえばそば、という文化が形成されたのね。……そう、はじまりは『それしかない』という消極的な理由だった。けれど、技術の進歩と温泉地の人々の努力によって、今やそばは本当においしい、名実ともに温泉地の名物となっている……。温泉地でそばを食べるとき、私たちは悠久たる人類の歴史を食べているのよ」
彩耶「お、おお……! 最後の方はよく分かんなかったけど、なんかすごいね……!」
八咫「あ、それと湯葉も気になるわね。あれもクリエイティブな一品だわ」
彩耶「ん、あれ? 箱根で食べたいものの話に戻った?」
八咫「そばと湯葉……。響きが似ているから一緒に食べてみようかしら。あっ、響きといえば『箱根ガラスの森美術館』のガラス……。ここにカラスを連れていったらどうなるかしら……フフ……」
彩耶「れ、連想のスピードについていけない……! これが天才の思考回路か……!でも、すごく楽しみにしてくれてるのは伝わったよ」
八咫「それは何より。だから、こんな瑣末なトラブルは早く解決してしまいましょう」
彩耶「だね。(と、取調べモードに戻って)……山代八咫さん。あなたは自分が犯人だ
と言っていましたよね?」
八咫「ええ。鈍川まなみのお弁当を食べたのは、この私よ」
彩耶「お弁当はいつ食べたのですか?」
八咫「乗車直前に。お弁当を入れたバッグを最後に預かっていたのは私だもの。チャンスはいくらでもあったわ」
彩耶「ですが、だからといって他人のお弁当を勝手に食べたりしないと思うのですが、そこはどうですか?」
八咫「それは常識人の価値観でしょう?」
彩耶「は?」
八咫「つまり、天才の私には当てはまらないということよ」
彩耶「は、はあ……。ではお尋ねしますが、まなみのお弁当の中身はなんでしたか?」
八咫「なっ……中身、ですって?」
彩耶「はい。あなたが犯人なら、お弁当に何が入っていたのか、答えられるはずですよね」
八咫「ぐっ……」
彩耶「さあ、答えてください!」
八咫「そっ、それは……焼き鳥! 焼き鳥だったわ!」
彩耶「ほう、焼き鳥?」
八咫「行ったことはないけれど、鈍川温泉のある今治市は焼き鳥が名物だったわよね」
彩耶「うん。まなみがそう言ってた」
八咫「(当たった!と)でしょう? いや、さすが名物というだけあるわ。鶏肉を串に刺す、その刺し方からして芸術的。炭火でじっくり焼かれた肉の香りを嗅いでいたらつい手が伸びてしまった、というわけよ」
彩耶「串、ね……なるほど。分かりました。最後に、朝起きてから集合するまでのことを教えてください」
八咫「フッ……。私の朝は、朝餉のための器選びから始まるの。というのも……」
彩耶「(遮って)その話長いですか?」
八咫「……。器は料理にとっての着物という話をしたかったのよ!」
彩耶「短くまとめていただいてありがとうございます。それで、そのあとは?」
八咫「新宿駅に着いたあと、くーちゃん……あ、くーちゃんはこのカラスのことね、と一緒に、西口側の広場で瞑想に耽っていたわ。そうしたら、ちょうどそこに……」
八咫「(咳払いして)……」
彩耶「あれっ、どうしたの?」
八咫「戯言が過ぎたわ。忘れてちょうだい。さあ、行きましょうくーちゃん」
彩耶「あれっ!? まだ話は終わって……」
八咫「(古扉が軋んで開閉する音)ガチャ、キイイィィィ……、バタァン!」
彩耶「……。広場……?」
彩耶N「謎が謎を呼ぶ今回の事件。結局、容疑者たちは自分こそが犯人だという主張を撤回しなかった。
しかし、皆さんは気付いただろうか。三人のうち二人は、愛媛県の名物について致命的なミスを犯しているのだ……!
まなみのお弁当の中身が『紅まどんなの輪切りみかん弁当』だったという、鳥羽亜矢海。
『松山鯛めし』だったという、原鶴美鵺。
『串焼き鳥』だったという、山代八咫。
そう、真犯人は――彼女だ!」
○小田原・イベント会場控え室
彩耶M「小田急ロマンスカー車内で起こった鈍川まなみのお弁当消失事件……。
容疑者三人の取り調べを終えた私は、ある確信を胸に抱いて控え室に全員を集めた」
彩耶「みなさん、ようこそお集まりいただきました。ライブ前のこのタイミングで集まってもらったのは他でもない……まなみのお弁当を食べた犯人が分かったからです」
亜矢海・美鵺・八咫「本当(ですかー)?(などと相槌打って)」
まなみ「あの、彩耶さん。そのことなんですが……!」
彩耶「まあまあ」
彩耶「まずは私の推理を聞いてよ。これでも結構自信あるから」
まなみ「……。わ、分かりました……。覚悟しておきます……!」
亜矢海「はいはーい! 彩耶さん、わたしが犯人ですよね、ねっ!?」
彩耶「ふむ……。では、まずは亜矢海の証言を検証してみようか。鳥羽亜矢海さん。あなたは『紅まどんなの輪切りみかん弁当』を食べたと言っていましたね?」
亜矢海「はい! そうです!」
彩耶「ダウトーっ!」
亜矢海「ええーっ!?」
彩耶「『幻のフルーツ』と言われる愛媛の紅まどんな。実はこのみかん、十二月にしか出荷されないんです! つまり、この時期に紅まどんながお弁当に入っていることはありえなぁーい‼」
亜矢海「な、なんだってーっ!?」
彩耶「だいたい、白いごはんの上に輪切りのみかんっておかしいでしょ! ねえ、まなみ!」
まなみ「いえ、愛媛では給食に『みかんごはん』が出るので特におかしくは……」
一同「ええっ!?(などと驚きの声)」
美鵺「み、みかんごはん……? 一体どんな味なのかしら……」
亜矢海「でも、ちょっとでも当たってたならラッキーですー! いぇい!」
彩耶「(咳払いして)と、とにかく! そういうわけで亜矢海は除外!」
亜矢海「はーい!」
八咫「フフ、亜矢海は嘘が下手なのね」
彩耶「いや、あなたもですよ。八咫ちゃん」
八咫「えっ?」
彩耶「あなたは今治名物の焼き鳥を食べたと言いましたね。改めてお尋ねしますが、どんな焼き鳥でした?」
八咫「? 焼き鳥でしょう? 串に刺さっていて、炭火でじっくり焼かれた……」
彩耶「ダウトーっ!」
八咫「ええっ!?」
彩耶「今治の焼き鳥は串に刺さない! しかも鉄板で焼くんです!」
八咫「なんですってーっ!?」
彩耶「ね、まなみ」
まなみ「はい……。今治の人はせっかちですから、炭火でじっくり焼いていると待ちきれないんです」
八咫「ぬ、ぬかったわ……。間違いなく正解だと思ったのに……!」
亜矢海「あれーっ? それなら八咫ちゃんも犯人じゃないってことですよね? ということは……」
彩耶「そう。愛媛に二種類存在する鯛めし。一方の『宇和島鯛めし』が南の地域で食べられているのに対して、今回食べたという『松山鯛めし』こそ、鈍川などの地域で愛されている鯛めしなのです……。それを見事に言い当てた温泉むすめこそが犯人。つまり……。真犯人は――あなただ! 原鶴美鵺!」
亜矢海・八咫「おお(ほう)!」
美鵺「……」
まなみ「美鵺さん……?」
美鵺「ふふ。さすがは彩耶ね。その通り。まなみのお弁当を食べたのは、このあたしよ!」
まなみ「(会話の後ろで)いや、あの……」
彩耶「よかった、合ってた……」
八咫「フッ……。これにて一件落着ね」
亜矢海「だね!」
まなみ「(会話の後ろで)あのー……」
美鵺「さあ、これで事件は解決したわね! みんな、ライブに向けて最後の練習を」
まなみ「(遮って)あのーっ!」
一同「……ん?」
彩耶「まなみ、どうしたの?」
まなみ「彩耶さん、こういう言い方は心苦しいんですが……あの、全然違います……」
彩耶「えっ」
まなみ「実は、真犯人は――!」
亜矢海・美鵺・八咫「わー! わー!(などとまなみの発言をかき消そうとして)」
まなみ「えっ、ちょ……み、みなさん!」
まなみ「ふう……」
美鵺「まなみ……」
まなみ「どうしてみなさんが犯人だと名乗り出たのか分かりませんでしたが……。今ので分かりました。みなさん、私のことをかばってくださってたんですね……」
亜矢海・美鵺・八咫「(気まずい)……」
彩耶「かばう? もしかして……」
まなみ「……はい。真犯人は私です。それと、お弁当の中身は鯛めしではなく、鈍川温泉のソウルフード、焼豚玉子飯です……」
彩耶「え!? ま、まなみが犯人!? ってことは……」
美鵺「……犯人というか、ただの早弁ね」
彩耶「ええー……?」
まなみ「なかなか言い出せずにすみません。実は私……多摩川のサイクリングを終えたあと、お腹が空いてしまって……。このままだとイベントで全力を出せないと思い、こっそり早弁してしまったんです」
八咫「新宿駅西口の近くにある広場でね」
まなみ「はい……。やはり見られてましたか……」
彩耶「広場って……ああ! みんなも言ってたとこ?」
亜矢海「はいっ! わたしも遠くからまなみさんを見かけましたー! 何を食べてるかまでは分かりませんでしたけど!」
美鵺「どうやら、あたしたち三人はそれぞれ別の場所からまなみを見てたみたいね」
まなみ「うう……なんか恥ずかしいな……」
美鵺「そうよね。だから何食わぬ顔で集合したのに、彩耶ったら急に『おかず交換しよう!』って言い出すじゃない?」
亜矢海「『あ、このままだとまなみさんだけ気まずくなっちゃうなー』『でも、ライブに向けて張り切ってる彩耶さんの気持ちも大事にしたいなー』って思って」
八咫「つい犯人として名乗り出たってわけ。案外楽しい余興になったんじゃない?」
彩耶「(気が抜けて)はあ~~~~……。なんだ、そういうことだったのか……」
まなみ「すみません、彩耶さん……」
彩耶「いやいや。こっちこそごめん。なんか一人で空回りしてたみたい」
美鵺「そうね。彩耶は張り切りすぎ。地元のイベントだからって、何もかも自分でやる必要はないのよ」
彩耶「う……。相変わらず手厳しい……」
亜矢海「でもこれ、みんなが同じことを考えてたってことじゃないですかー?」
美鵺「ふふ。そうね」
まなみ「? というと?」
美鵺「もともと彩耶が張り切っていたのは、このイベントを成功させるためでしょ?」
亜矢海「まなみさんが早弁したのも、全力でライブをするためだし!」
八咫「この私が……いえ、私たちがとっさにまなみを庇ったのも……、彩耶。あなたの想いを無駄にしたくなかったからよ」
彩耶「みんな……。うん、そうだね!」
まなみ「みなさん、ありがとうございます……!」
彩耶「あっ。そういえば、まなみには聞いてなかったね」
まなみ「?」
彩耶「まなみ、箱根に来たら何したい?」
まなみ「ああ……。実は私、すごく楽しみにしてたことがあるんです」
一同「お、なになに?(などと相槌)」
まなみ「このあとのライブで……思いっきりタオルを回すことです!」
彩耶「あはは! なるほどね! それじゃあ、想いも一つになったところで……みんな、準備はいい!?」
一同「ええ!(はい!)」
彩耶「よーし! さあ、みんな! 盛り上がって行こうっ!」
一同「おーっ!」