温泉むすめショートストーリー 「Adhara 1st LIVE –SEIRIOS- ☆前編☆」
★プロローグ
姫楽「ようこそ、私たち家族の屋敷へ」
姫楽「しー……っ。静かに」
聖羅「ここは、現実と虚構の狭間にある場所」
和 「そして、現実と虚構の物語を紡ぐ場所」
朋依「今宵の演目は、あたしたち自身の物語」
桃萌「あるいは……ここではない、別の世界の物語でさぁ」
姫楽「さあ、そこに立って。そして、厳かに耳を傾けなさい。
――舞台が、始まるわ」
★湯の川聖羅(修道女)編
修道女「ある教会に、他人思いの修道女がいました」
修道女「修道女には不思議な力がありました。彼女が手で触れると、どんな病気もいつの間にか治ってしまうのです。それは夢のような力でしたが、ひとつの代償がありました。
その力を得る代わりに、修道女の姿が誰からも見えなくなってしまったのです」
修道女「教会で祈っていても、誰も彼女がそこにいることに気付きませんでした。人々の病気を治しても、誰も彼女に感謝しませんでした。そんな報われない状況でも、彼女はいつもにこにこと笑っていました。彼女の姿は、まるで自分はそうすることでしか生きていてはいけないのだと思い込んでいるようでした」
修道女「なぜなら……彼女は、自分のことが嫌いだったのです」
× × ×
修道女「ある夜のこと。教会に、ひとりの旅人がやってきました」
修道女「一晩の宿を借りに来たのでしょう。旅人の少女は教会に誰もいないことを確認してほっと一息つきました。どうやら、彼女にも修道女の姿は見えていないようです」
修道女「星のように美しい少女でした。修道女が彼女の横顔に見惚れていると、旅人の少女はふとこちらを見ました」
アダーラ「……誰かそこにいるの?」
修道女「まるで場所が分かっているかのように見つめられて、修道女はドキリとしました。まさか……自分のことが見える人がいるはずがない。修道女の戸惑いをよそに、旅人の少女は優しく続けます」
アダーラ「そこにいるのね。……動かないで。いま、あなたに光をあげるわ」
修道女「そう言うと……旅人の少女の全身から、まばゆいばかりの星の光が溢れました」
修道女「その光は優しく修道女を包み込み、彼女の足元に影を作りました。光によって影が生まれ、影によって、彼女の体に実体ができました」
修道女「やがて、今度こそ本当に、旅人の少女は修道女の目を見て言いました」
アダーラ「はじめまして、シスターさん」
修道女「……! 私……姿が見えるようになったのですか!? あなたはいったい……」
アダーラ「私はアダーラ。星の力を持つ者よ」
修道女「星の力……!?」
修道女「アダーラと名乗った少女がわずかに顔を歪めたのを、修道女は見逃しませんでした。よく見ると、アダーラの肌に火傷の痕が残っているのです。
修道女はすぐに火傷の原因を察しました。大いなる力には代償が伴うことを、彼女はよく知っているからです」
修道女「ああ、ひどい火傷……! 星の力なんて、ひとりの人間の体が耐えられるわけがありません。いま治しますから、どうか無茶をなさらないでください」
アダーラ「それは聞けないわ。この輝きを多くの人に届けることが私に課せられた使命なの」
修道女「しかし! そのままでは、いずれ自分で自分を滅ぼしてしまいます……!」
アダーラ「それを言うならあなただって同じじゃない」
修道女「アダーラはそう言ってくすりと笑いました。
その笑顔を見てしまうと、修道女は何も言えませんでした。その笑顔は、自分と同じ、決して報われないことが分かっている者の笑顔だったからです」
アダーラ「あなたと私は同じ使命を背負った存在。ひとりぼっちではないことが分かっただけで、私は救われたのよ」
修道女「……分かりました。ならばせめて、私にあなたのお供をさせてください」
修道女「そうして、旅人と修道女は同じ道を歩き始めました。アダーラの傷を修道女が癒し、修道女の影をアダーラが照らす。二人の道のりは険しいものでしたが、決して孤独な旅路ではなかったと言います」
★白骨朋依(道化師)編
道化師「ある広場に、個性のない道化師がいた」
道化師「彼女は平凡で、これといった芸もないのに、生まれのせいで人前に立たなければならなかった。彼女は人々に笑顔をもたらしてきた偉大な道化師の血筋で、周囲の人々は当然のように彼女にも突き抜けた個性を求めたのだ」
道化師「そんな彼女が選んだ見世物は、仮面を被ることだった。
滑稽な仮面や間抜けな仮面を被って極端な芸をすれば、人々の期待に応えることができた。文字通りの『道化師』。彼女は他人を笑わせるのではなく、他人に笑われる道を選んだのだった」
道化師「しかし、付け焼き刃の芸は長続きしない。彼女の見世物はすぐに飽きられ、彼女は、そのたびに次の仮面を新調しては食いつないでいた」
道化師「そして、彼女はそんな自分のことが嫌いだった」
× × ×
道化師「そんなある日のこと、星のように美しい少女が彼女の前で立ち止まった」
道化師「『アダーラ』と名乗った少女。その日、道化師の見世物を見るために足を止めたのは彼女だけだった。道化師はまたしても飽きられたのだ」
道化師「それでも道化師がアダーラのために芸を披露すると、彼女は言った」
アダーラ「(くすりと笑って)素敵な仮面ね」
道化師「はあ?」
アダーラ「また来るわ。それじゃあ」
道化師「芸ではなく仮面を褒められても嬉しくない。道化師は少女に芸を披露したことを後悔しながら店じまいし、新しい仮面を買い求めに行った」
道化師「その仮面も人々に飽きられたころ、再びアダーラがやってきた。明くる日も、また明くる日も、道化師の仮面が人々に飽きられるたびにアダーラはやってきた。彼女があまりにしつこいものだから、そのうち道化師は嫌になって怒鳴った」
道化師「もううんざりだ! あんたの前で芸はしないからな!」
アダーラ「えっ、どうして?」
道化師「どうしてって……あんたはあたしが飽きられるのを笑いに来てるんだろ!」
アダーラ「……。それは違うわ」
道化師「道化師の足元をちらりと見て、星の少女は微笑んだ」
アダーラ「私は、偽物が本物になる瞬間を見に来ているのよ」
道化師「……道化師が自分の足元を見ると、そこには今まで捨ててきた仮面の山があった」
道化師「最初の仮面は、笑われるために買った。
二つ目の仮面は、飽きられるのが怖くて買った。
道化師が考えるとおり、ひとつひとつの仮面は偽物だった。
けれど。
被り続けた仮面の山は、いつしか本物の何かに変わりつつあった」
アダーラ「道化師さん、私と旅に出ましょう。あなたと一緒なら、たくさんの人を笑わせることができるわ」
道化師「私(あたし)は、それを教えてくれた人についていくと決めたんだ」