温泉むすめショートストーリー 「Adhara 1st LIVE –SEIRIOS- ☆後編☆」
○黒川姫楽(アダーラ)編
修道女「こうして、彼女たちはひとりの少女に救われました」
魔女 「彼女たちの行く道を照らしてくれた、優しくて凛々しい女の子。その名前は……」
修道女・魔女・鍛冶屋の見習い職人・道化師「アダーラ」
道化師「今宵の舞台では、それは、星の力を持つ少女の名前だ」
鍛冶屋の見習い職人「はたして彼女はどうしてそんな強い子になれたのか。
今宵最後の物語は、二つの星のお話。あるいは、プロローグのプロローグです」
アダーラ「それでは皆さん、どうぞご清聴を……」
× × ×
修道女「これは、今は亡き小さな国の物語です」
修道女「とある世界の片隅に、『セイリオス』という小さな国がありました」
修道女「セイリオスは穏やかな国でした。国内にはいくつかの鉱脈があり、そこからは天然の宝石がとれました。国王一家と国民は家族のような関係で結ばれ、小国ながら、人々は豊かな暮らしを送っていたのです」
魔女 「それゆえに、セイリオスは他国から狙われていた」
鍛冶屋の見習い職人「セイリオスには一人のお姫さまがいました」
道化師「姫の名前はシリウス」
鍛冶屋の見習い職人「穏やかな国で多くの人に愛されて育ってきた心優しいお姫さまでした。かといって、こういうお姫さまにありがちな世間知らずではなく、シリウスは次の女王としての自覚も十分でした」
道化師「蝶よ花よと育てられてきた彼女が現実的な自覚を育めた理由、それは……」
道化師「――シリウスは、自分の影武者がいることを知っていたからだ」
× × ×
シリウス『アダーラ、アダーラ。起きて』
アダーラ「ん……んん……(と目を覚まして)……姫さま?」
シリウス『こんばんは。今夜も来ちゃった』
アダーラ「またですか?(呆れながらも嬉しそうに)まったく、仕方のない姫さまですね」
シリウス『さあ、今宵もお話ししましょう。あなたのこと、私のこと――』
× × ×
魔女 「セイリオス王宮の奥深く、隠された部屋に幽閉されている少女がいた」
修道女「彼女の名はアダーラ。シリウスと同じ年頃の少女でした」
魔女 「豊かな国にも影はある。城下町の貧しい家に生まれたアダーラは、シリウス姫に容姿が似ているというそれだけの理由で、姫の影武者として親に売られたのだ」
道化師「影武者の存在は誰にも気取られてはならない。息を潜めて生きていたアダーラの唯一の楽しみは、シリウスがお忍びでやってきて他愛もない話をする夜の時間だった」
修道女「穏やかなシリウスの言葉は、アダーラの心を大いに癒しました」
魔女 「国の影を知るアダーラの言葉は、シリウスの成長を大いに促しました」
アダーラ「月並みな言葉になるけれど、私たちは確かに親友だった」
鍛冶屋の見習い職人「しかし、幸せな日々は長くは続かなかった!」
魔女 「運命の針は突然動き始めた。豊かな資源を狙った大国が、前触れもなくセイリオスに攻め込んだのだ」
修道女「国力の差は明らかでした。苛烈な猛攻に晒されたセイリオス王宮は、一夜にして陥落してしまったのです」
道化師「悲鳴、怒号、血と火薬の匂い。死の予感は、アダーラが隠れる部屋にまで届いた」
アダーラ「アダーラは、自分の運命を悟った」
修道女「この時のために自分がいるのだと思い出したのです」
魔女 「けれど、それでよかった」
鍛冶屋の見習い職人「シリウスのために死ねるのなら、それ以上の幸福はない」
道化師「ついにこの部屋から出るときが来たのだ。アダーラは意を決して立ち上がった」
シリウス『アダーラ!』
修道女「そこへ、シリウスが一人で駆け込んできました」
魔女 「護衛の姿はなかった。だが、アダーラは姫の無事に安堵した」
鍛冶屋の見習い職人「シリウスは震える手で部屋の錠前を落として、こう言った」
シリウス『あなたは今日、此処から出る。生まれ変わるの』
アダーラ「はい、覚悟はできています」
シリウス『さあ、ついてきて』
× × ×
修道女「物音の一つも聞こえない、静かな夜でした」
道化師「アダーラはシリウスに手を引かれて王宮の隠し通路を進んでいった。アダーラは王宮の構造を知らなかったから、姫についていくしかなかった」
鍛冶屋の見習い職人「やがて、二人は王宮の外に出る隠し扉にたどりつきました」
魔女 「シリウスは言った。『アダーラ、ここから森へ出られるわ』」
アダーラ「その言葉を聞いて、アダーラは首を傾げた。
どういう意味だろう。私は、姫さまの身代わりに処刑されるはず……」
修道女「(前のセリフに重ねて)しかし、考える時間はありませんでした」
敵兵士『こっちだ! 足跡があるぞ!』
敵兵士『姫がいるはずだ! 絶対に捕らえろ!』
魔女 「敵意に満ちた声が隠し通路に響いた。近づいてくる足音。死の予感にアダーラが身をすくめた瞬間――彼女の背中が強く押され、隠し扉の外へと押し出された」
修道女「そして……シリウスは、扉の向こうで鍵を閉めてしまったのです」
アダーラ「姫、さま……?
……姫さま! 何をお考えなのですか! ここを開けてください!」
アダーラ「姫さま、姫さまっ!!」
シリウス『アダーラ』
アダーラ「っ!」
シリウス『この国は一度滅びる。もう、その運命は変えられないわ』
シリウス『だけど、この国の民は必ずもう一度立ち上がる』
シリウス『だから、アダーラ。
あなたには、私の身代わりではない、新たな使命を与えます』
シリウス『どうか私の代わりに、この地に輝きを取り戻して』
アダーラ「(悲痛に)なにを言っているのですか! いけません! 姫さまーーっ!!」
シリウス『大好きよ。私の大切なお友達。さようなら』
鍛冶屋の見習い職人「そう言うと、彼女は自ら兵士たちの前に名乗り出て」
道化師「シリウス姫は、処刑されたのだった」
× × ×
アダーラ「そうして、平和だったセイリオス国は滅びた」
アダーラ「なのに、私は姫を守るという使命を果たせず、無様に生きている。
隠し扉の外、暗い森の中を歩きながら私は泣いた。自分を呪った。
やがて涙も声も枯れ果てたころ、私は森を抜けた。そこは小高い崖のような場所になっていて、眼下には、懐かしい城下町の光景があった」
アダーラ「外の街並みを見るのは久しぶりだった。城下町は戦いの傷跡でめちゃくちゃになってしまっていて、私の絶望に追い打ちをかけるようだった」
アダーラ「ふと、うちひしがれた私の耳に、声が聞こえてきた」
国民『おい、そっち持ってくれ!』
国民『行くぞ! せーのっ!』
アダーラ「人々の声だった。私は顔を上げて、目を見開いた」
アダーラ「城下町の人々は、早くも復興へ向けて立ち上がっていたのだ」
アダーラ「そして……宵闇の空には、どの星よりも明るい星がその光景を見守っていた」
シリウス『だから、アダーラ。あなたには、私の身代わりではない、新たな使命を与えます』
シリウス『どうか私の代わりに、この地に輝きを取り戻して』
アダーラ「シリウスは信じていたのだ。人々が立ち上がることを」
アダーラ「シリウスは信じているのだ。私が生まれ変わることを」
アダーラ「――承りました。姫さま」
アダーラ「彼女の望みは、私の使命として心に宿った。
かの地にもう一度輝きを取り戻すため、私は生まれ変わる。
それが、私のなすべき使命なのだから――」
アダーラ「さあ、燃え尽きましょう」
アダーラ「覚醒―sinfonia―」