温泉むすめ伝「有馬輪花の章」
「じゃあ、次の質問。輪花ちゃんにとって、『ファッション』ってなに?」
「はあ。ファッション、ですか……」
東京のカフェの一角で、有馬輪花は「面接」を受けていた。明るい店内はドラマのセットのようにオシャレで、目の前の「面接官」はファッション誌のカメラ(ウー)マンである。
「あたしにとってファッションは……義務、ですかね」
そんな非現実的な状況に置かれながら、しかし、輪花は冷静だった。
「義務? というと?」
「知ってのとおり、あたしは有馬温泉の温泉むすめです。あたしを通して有馬温泉を知る人がいる以上、身だしなみに気を遣うのは最低限の義務かな、って」
「ふーん……」と、カメラマンの女性は唸った。「立派だね、まだ高校一年生なのに」
「ありがとうございます」
「それじゃ、さっそく初仕事を始めよっか。休日のカフェでの一枚って感じで」
女性がカメラを構えるのに応じて、輪花は立ち上がった。ふと店内を見ると、少し離れたテーブルで二人組の少女がこちらに注目している。
「……むう……」
二人組の片方、最愛の妹のほうを向いて、輪花は珍しくふくれっ面をする。
輪花の妹・有馬楓花。彼女こそが輪花をこの場に引っ張り出した主犯である。先ほどから輪花が妙に醒めているのは、そもそもこの面接自体が寝耳に水の出来事だったからだ。
これは――今から二年前(・・・)に起こった、とある出来事の回顧録である。
♨ ♨ ♨
「輪花センパーーイ!! 大ニュース!! 大ニュースっすよ!!」
「……朝っぱらからうるさいわね……」
有馬輪花は、そのキツい性格に反して年下に懐かれることが多い。
『温泉むすめ師範学校』。その高等部の下駄箱で輪花を待ち構えていたのは中等部二年の南知多まゆのだった。彼女は朝からハイテンションで、肩まである髪を揺らして輪花に駆け寄ってくる。輪花にとってまゆのの髪型はショートボブの印象だったが、今年度から伸ばしてみることにしたらしい。
「とりま聞いてくださいって! これっすよ、これ!」
そう言うと、まゆのは一冊の雑誌を取り出した。輪花もよく読んでいるハイティーン向けのファッション誌である。
「ここの読者投稿コーナーに……ほらっ! 輪花センパイがいるっすよ!」
「は?」
と、輪花は眉間にシワを寄せた。
「いやぁ、センパイったら水くさいじゃないっすかぁ。こーゆーのに投稿してんなら言ってくれればいいのに……うわっ」
「ちょっと貸しなさい!」
輪花はまゆのから雑誌を奪い取った。全く身に覚えがないのに、確かに自分の写真が投稿されている。欄外には『有馬輪花ちゃん(学生・15歳)』という実名に加え、「妹さんの憧れのお姉ちゃんだそうです!」という一言が付されていた。
「ま、まさか……!」
先日、普段はそういうことをしない妹に写真を撮られたのを思い出す。輪花は大わらわでスマホを取り出し、神戸の中学校に通っている「妹」に電話をかけようとして――
「……うわ、向こうから来た!」
ほぼ同時に楓花から電話がかかってきたのを見て、いよいよ犯人を確信した。
♨ ♨ ♨
「へー。じゃあ、輪花ちゃんは自分で投稿してくれたわけじゃないんだね」
「そうなんです。オシャレは好きですけど、東京で活動するつもりはそんなに……」
そして、この状況である。
輪花はカメラマンの女性とともに東京・原宿の古着屋に移動し、身の上話をしながら服を選んでいた。ちらりと横を見やると、衣装棚に隠れて楓花とまゆのが様子を伺っている。
読モになってみないか。
楓花からかかってきた電話は、編集部からのオファーを伝えるものだった。
「あたしは有馬温泉の温泉むすめなので、読モをやるにしても地元のPRになるような場所で活動したいんです。温泉街とか、せめて神戸とか」
「温泉むすめってアレでしょ? プロモデルの奥飛騨五十鈴ちゃんと同じ神さま」
「そうですね」と輪花は頷く。五十鈴とは話したこともないが、オシャレ情報にアンテナを張っていたらその名前を聞くのは珍しいことでない。
「あの子みたいに、モデル活動とあわせて地元のPRができれば理想的なんですけど」
ロケ地の指定など、新人のくせに生意気なことを――と思われたかもしれない。
だが、そう思われて面接に落ちても輪花は一向に構わなかった。楓花には申し訳ないが――輪花には無断投稿した楓花の意図が分からないものの、それが100%の善意によるものであることは疑わなかった――やはり、温泉むすめとして地元でのお勤めを優先すべきだというのが輪花の考えだった。
「……輪花ちゃん、チュールスカート履いてみない?」
「えっ?」
輪花がそんなことを考えていると、女性は衣装ラックからふわっとした白いスカートを取り出した。
ガーリーな一枚である。パンツルック志向の輪花の好みからは外れた服だったが、彼女は仕事でここにいることを忘れてはいなかった。輪花は顎の下に手を当ててスカートを眺めると、「大人っぽいコーデにしてもいいですか?」と女性に尋ねる。
「もちろん。やってみて」
「モノトーンにしたいから、トップスは黒かボーダーで……」と、輪花は手早くふたつほど衣服を見繕う。「どっちがいいと思います?」と尋ねると、女性もいくつか小物を差し出してきた。「輪花ちゃん、差し色は金や赤が好きでしょ」「分かります? そのスカートなら金がいいかな……。あ、そのブレスレットかわいい」「じゃ、トップスは黒?」「それだと大人っぽすぎませんか?」「試着してみる?」「はい」――。
そんな会話を交わしながら、輪花はコーデを模索していく。
落ちても構わないからといって、手を抜くつもりはなかった。適当な仕事をしては自分に目をかけてくれた人々に対して失礼だし、何より自分が好きなファッションを裏切りたくなかった。
輪花はたっぷり二時間はかけて色々なアイテムをとっかえひっかえし、時には女性とのファッション談義を楽しみながらコーデを練り上げていき――
「おー! それだっ!」「……ですね!」
――納得のいくスタイルができあがるころには、すっかりその仕事に夢中になっていた。
♨ ♨ ♨
「輪花センパイ、おつおつー♪」
仕事を終えた輪花を出迎えたのはまゆのひとりだった。輪花は首を傾げる。
「あら? ふうちゃんは?」
「楓花センパイなら、楽しそうな輪花センパイを見て満足そうにどっか行ったっすよ」
「ええー……」と、輪花は溜息をついた。せっかくだから楓花と東京観光でもして帰ろうと考えていたのに、つくづく自由な妹である。
「で、で! どーだったんすか読モの仕事! マジで今回きりにするんすか?」
まゆのがグイグイと顔を寄せてくる。輪花は「近い近い!」と彼女を押しのけ、スマホを取り出して今日の写真を表示した。「記念に」と一足早くデータでもらったのだ。
今までは手にも取らなかったチュールスカートを、写真に写った自分が着こなしている。
「……楽しかった、気がする」
「おっ。これは……!」
「うん。まあ、もう一回くらいならやってもいいわ!」
「出た――――ッ!! 輪花センパイのツンデレ攻撃――――ッ!!」
有馬輪花は、その性格ゆえに年下に懐かれることが多い。
Fin.
written by Toshiaki Sato