温泉むすめ伝「有馬楓花の章」
三人の少女たちの足元で、ツチノコ(?)があくびをしていた。
ずんぐりした胴体に細いしっぽ。背中には虎のような縞模様があり、地面にべったり貼り付いている。いま目の前にいるのは、確かに伝承上のツチノコの特徴を持った生き物だった。
――ふさふさの体毛が生えていて、かわいらしい耳がついていることを除けば。
「猫よね……」「猫であるな……」
土肥間由とあしずり星(あかり)は顔を見合わせてがっくりと肩を落とした。
「この子、ネットにアップされてた写真と背中の模様が同じだわ。つまり、今回のツチノコ情報はガセネタだったってことね」と、間由がスマホの画面を見ながら結論づける。
「むう……。はるばる登山をしてきたのに無念であったな、楓花……って、楓花?」
それを受けて、星が今回の冒険の“幹事”を慰めるように言った――のだが、名前を呼ばれた当の本人はなぜか嬉しそうに笑っていた。
「間由ちゃん、星ちゃん! あそこに何かあるかな、かな!」
そう言って、“幹事”有馬楓花は暗がりになっている大岩の陰を指差す。知ってか知らずか、足元の猫も彼女と同じ空間を見ているようだった。
登山ルートから大きく外れた、人の立ち入らぬ森の中。
その片隅に――小さな小さなお社がぽつねんと建っていた。
UMA(特にツチノコ)探しは楓花のライフワークである。「お社渡り」で鳥居と鳥居の間を自由自在にワープし、ひとけのない場所であろうとお構いなしにUMAを探し求める彼女の噂は、一部の温泉むすめたちの注目を集めていた。
「うわあ、すごい! 古銭がたくさん入ってる!」
その一人、土肥間由はお社を見るやいなや賽銭箱を漁り始めた。
「古い硬貨なのに保存状態もいいし、ばっちり換金できそう……。これだけあれば、今回の捜索は赤字にならなくてすむわね!」
「待て待て待てッ! 賽銭泥棒をするな! それは神に捧げられたお金だぞ!?」
もう一人の同行者・あしずり星が間由をたしなめる。しかし、間由は「何言ってんの?」と笑い、ドヤ顔で言った。
「――私たちが神よ!」
「そうだけども!!」
星はそれ以上の反論を諦めたようで、短く溜息をついて楓花の隣に腰を下ろした。楓花の足元でまどろんでいた猫が「にゃあ」と星にも甘えるように身を寄せる。
「まったく、無警戒な奴だ……。人が寄りつかぬ場所に建っているということは、呪われし “特異点”である可能性もあるのだぞ」
「大丈夫だよ~。お賽銭が入ってるんでしょ?」と、楓花は猫を撫でながら尋ねた。
「古銭だけだな。短く見積もっても五十年は前に投じられたものだ」
冷静を装っているものの、中二病の星は「打ち捨てられたお社」というシチュエーションに興奮しているらしい。眼帯に覆われていない“右目”が輝いている。
「こんな場所に導かれるとは、我々は想像以上に未確認生物(UMA)に近づいているのかもしれん。あの女(間由)は懸賞金に換金することしか考えていないようだが、“彼奴(きゃつ)ら”と邂逅した暁には必ずや生け捕りにし、実験漬けにしてやろう……ククク」
「ツチノコさんと一緒に実験したいの? 楽しそうだね!」
「なぜそうなる!?」
星はガクッと崩れ落ちた。驚いた猫が楓花の膝に飛び乗る。
「あっ。す、すまん」と、星は猫に謝ってから続けた。「お……おほん。して楓花、貴様はツチノコを見つけてどうしたいのだ?」
「んー……。ふうかは特にないかな、かな!」
「なに? 特にない?」
星は思わずオウム返した。ツチノコ探しに最も熱心な当人の言葉とは思えない。
「どういうことだ……?」と、彼女は右目で楓花を見据える。「その答えを聞いたからにはなおさら問い直さねばならん。楓花――貴様は“なぜ”ツチノコを探している?」
「おお……」
真剣な星の表情を前にして、楓花はなぜか感嘆の声をあげた。そして、彼女は「うーむ」とかわいらしくうなりながら空を見上げ、かと思うと顎の下に手を添えて俯き、何度も首をひねって考え込んだ。「どうやって伝えればいいかな……」と呟いているあたり、彼女自身もうまく言語化できていない部分なのだろう。
「……んーと、『オオカミ少年』のお話って知ってる?」
「あ、ああ。もちろん」
こういうときの楓花の言葉は本当に難解である。星は姿勢を正して身構えた。
「『狼が来た』とウソをついて村人をからかっていた少年の寓話だな」
「うん。そのお話で、少年くんはどうして何度もウソをついたんだと思う?」
「む……?」
予想外の質問だった。「それは……構ってもらいたかった……のか?」と星が答えると、楓花は肯定するでも否定するでもなく、にこりと微笑む。
「ふうかはね、UMAの目撃情報ってオオカミ少年の声と同じだと思ってるんだ」
「……ふむ?」
「本当かウソかはどっちでもよくて、そういう“声”が“そこにある”ってことの理由が気になるの。構ってもらいたかっただけかもしれないし、本当にツチノコさんがいたのかもしれない。どっちか分からないなら、ふうかは行って確かめたいんだ」
そう言うと、楓花は膝の上にいた猫を抱えて持ち上げた。
「今回のツチノコさん情報も、ここで寂しそうにしてるネコさんを見つけてもらうために、お社にいる地縛霊さんがインターネットに流したんじゃないかな、かな?」
無抵抗に抱えられた猫は、「ね?」という楓花の問いかけに「にゃあ」と鳴いて答えた。まるで言葉が通じているようだったが、星には細かいニュアンスは分からない。
「……狼少年……猫……???」
星はなんとか楓花の言葉を消化しようと試み――しかし、やがて音を上げて叫んだ。
「……すまん、楓花! 我には貴様がなにを言っているのかさっぱり分からん!」
「あはは、ごめんね」
「しかし、狼少年の心境だの、地縛霊がツチノコ情報を流すだの……。貴様の想像力が果てしないことは理解したぞ。少し分けてもらいたいくらい――」
「なになに、何の話?」
星が感心していると、上機嫌な間由がひょこっと顔を出した。
「何かを分けるって聞こえたけど……お賽銭の分け前かしら? あげないわよ」
「違うわ!」
間由の財布がパンパンに膨れあがっている。ありったけの古銭を詰め込んだのだろう。
ロマンとは真逆の位置にいる女である。星は「シャーッ!」と猫のように威嚇して間由に説教を始め――
「お前も楓花の想像力を見習え! 金にしか興味がない貴様と違ってこいつは――ん?」
「星ちゃん、星ちゃん」
――楓花に白衣の袖をちょいちょいと引かれて、言葉を止めた。
「褒めてくれるのは嬉しいけど……ふうかね、想像したわけじゃないよ?」
「……む? 違うのか?」
「違うよー。ネコさんのお話はね、そこにいる人から聞いたんだよ~♪」
そう言って、楓花は間由の肩のあたりを指差した。
「そこに……」
「いる、人……?」
ギ、ギ、ギと首を動かして、星と間由はその空間を見た。
誰もいない。
が、誰かがいるような気がする。なんか、間由の肩に手を置いている気がする。
「……そういえば」と、星は呟いた。「ネットには写真がアップされていた……。“誰”が撮った? 五十年以上も人が寄りつかなかった場所で……!」
「ちょ、ちょっと待って! じゃあ、五十年前のお賽銭が妙に綺麗だったのも……!」
「うん! 持ち帰ってくれた人に憑いていくつもりなんだって!」
「「ぎゃーっ!?!?」」
その後、間由と星は賽銭を寸分違わず同じ位置に返し、楓花も手伝ってお社をぴかぴかに磨き上げたが――それはまた別の話である。
Fin.
written by Toshiaki Sato