story おはなし

温泉むすめ伝「上諏訪雫音の章」

「なあお前ら、血液型性格診断って信じるか?」

 諏訪湖畔にあるカフェの席で飲み物を待っている私に、白骨朋依さんが何気なく尋ねた。

「信じないよ、そんなの」

 と、私――上諏訪雫音は即答する。

 テラス席から一望する諏訪湖は雄大で、湖というより海にすら見える。朋依さんは久しぶりに遊びに来たのだから、この景色について何か感想を言ってくれてもいいのに――よりによって血液型の話か。

 血液型性格診断なんてものは雑談のネタに困った人のためだけにある俗説だ。人間(私たちは温泉むすめだけど)の性格をたった四種類に分類できるというのは、あまりにも単純化しすぎだと私は思う。

「えー、信じないのかよ。それじゃ話が広がらないだろうが」と、朋依さんが口を尖らせる。

「さすがA型の姉貴! 普段はAB型っぽく斜に構えてるくせに、根がマジメなんだよな~」

 のほほんとした口調で私たちの会話に割り込んできたのは、妹の綿音だ。

 隣に座っている彼女は「こういう話にはテキトーに乗っとけばいいんだよ~」とか言いながら頬を突っついてくる。さりげなく私の性格を「A型」だの「AB型」だのと表現しているあたり、綿音はこの話を続けたいらしい。

 案の定、朋依さんは綿音の垂らした釣り針に食いついた。

「ははっ。言われてみれば几帳面な雫音はA型っぽいよな。で、綿音はその真逆」

「そーそー。細かいことは気にしない。いわゆるB型だね~」と、綿音が答える。

「おっ、マジ? やっぱりか! お前は絶対B型だと思ったわー!」と、朋依さんのテンションが上がった。

「でしょ~? あはははっ!」

 話が盛り上がるのは結構だが、綿音の相槌が適当すぎる。私はさすがにツッコミを入れた。

「いや、綿音もA型だけど」

「A型かよ!?」

 と、朋依さんがズッコケた。

「『自分B型です』みたいな今の口ぶりは何だったんだよ! 完全にそうだと思ったじゃねーか!」

「あはは~。ごめんごめん!」

 悪びれる様子もない綿音の態度に、私と朋依さんは揃って溜息をついた。

 綿音は誰の前でもこんな調子で、私もたびたび振り回されている。機械弄りみたいな細かい作業が趣味なくせに、対人関係や自分のことになると途端に大ざっぱになるのだ。時計の修理が得意なくせに時間は守らないし、雑談が好きなくせに相手の話を聞かず、そのせいで話をどんどん脱線させてしまう。

「あ、そうだ。朋依さん、Adharaのライブの演出で懐中時計とか使わない? いいのが入ったんだよね~」

「あん? か、懐中時計?」

 ほら始まった。唐突な話題転換に朋依さんが困惑している。

「いや、今は血液型の話だよね」

 と、私は話を戻した。ここは私が取り仕切ることにしよう。

「朋依さんは信じてるの? 血液型診断」

「そうだなー。信じてるか信じてないかで言えば、半々くらい。雑談のタネみたいなもんだよ」

「雑談なら他の話題でもいいよね。なんで血液型の話なの? なにかきっかけでもあった?」

「ちょっ、めっちゃ聞いてくんなお前」

 私が疑問をぶつけると、朋依さんは軽く仰け反りながら目を泳がせた。

「えーと、なんだっけな。……あ、そうそう! Adharaでもその話で盛り上がったんだよ」

「ふむ」

 と、私は頷く。“Adhara”というのは、朋依さんが所属しているアイドルユニットの名前だ。

「うちらは『Adharaは家族』ってのを合い言葉にやっててさ。その流れで血液型の話になったんだ。んで、その時に『そういや近所に双子の温泉むすめがいたな』って思ったわけ」

「ふむふむ。なるほどね」

 そういう話なら、まあ一応の納得はできる。

 ちょうど話に一区切りがついたタイミングで、店員さんがドリンクを持ってきてくれた。私は自分のカプチーノに角砂糖を二つ入れ、スプーンでほぐせるくらい溶けるまでのんびりと諏訪湖を眺めて待つ。

 

 言っておくけれど――私だって、何でもかんでも話を仕切ろうとするわけではない。ただ、血液型の話は温泉むすめにとって少しだけナイーブな話題だから、きっちり掘り下げたかったのだ。

「まあ、朋依さんは知ってると思うけど」

 ほどよく柔らかくなった角砂糖をスプーンでぐるぐる溶かして、私は話を再開した。

「私たち――正確には双子じゃないからね」

 私と綿音の間には「血のつながり」はない。そもそも、血のつながりのある温泉むすめ自体が存在しないはずだ。

 先ほどから話題に上がっているとおり――温泉むすめの肉体は人間と同じで、私たちにも血液型はある。

 だけど、それは「両親から受け継ぐもの」ではない。温泉むすめが「それぞれの源泉から産まれる」以上、私たちには血縁的な意味での“親”は存在しないのだ。ゆえに、血縁的な意味での“姉妹”も存在しない。

 以上、証明終了。

「いや~、双子ってことでいいと思うけどな~」

「こら」

 私が筋道をたてて論証していたのに、綿音がまたしても大ざっぱなことを言いだした。

「同じ日の同じ時刻に目覚めたんだから、誕生日は一緒だし~」

「いや、同じ時刻じゃないでしょ。私のほうがちょっとだけ早くて、それでこっちが姉をやってるんだから」

「うへえ……。出た! 時間にうるさい繊細むすめ!」

「大事なことでしょ。むしろあんたが時間にルーズすぎなの」

「ま、まあまあ。落ち着けよお前ら」

 私たちがやり合っていると、朋依さんが焦ったように言った。

「雫音の言い分も分かるけど……、アイドル的には双子で売り出した方がキャラ立つと思うぞ」

「アイドル?」

 綿音がきょとんと首を傾げる。

 だが、朋依さんにはむしろその反応が意外だったようで、彼女は不思議そうに目を丸くした。

「あれ? お前ら参加しないの? 日本一決定戦。地元の温泉地を有名にするチャンスなのに」

「あー……」

 ――『温泉むすめ日本一決定戦』。

 アイドルになった温泉むすめたちが地元をPRするついでに、日本一の温泉むすめを決めようという企画。朋依さんが“Adhara”の一員としてアイドル活動を始めたのも、この大会に参加するためだ。

「そんなのあったね~。参加するかどうか全然考えてなかった。姉貴は?」

 綿音が私を見て言った。

「うーん……。上諏訪温泉をPRしたい気持ちはあるけど」と、私はカプチーノをすすりながら答える。

「この辺は諏訪大社とか花火大会とか、あとワカサギ釣りとかで十分有名だし。ね、綿音」

「そうそう。下諏訪は職人の町だから、あたしは機械いじりできれば十分幸せだし~。な、姉貴」

 と、綿音はエスプレッソを飲み干して笑った。

 私の視線は、自然と諏訪湖のほうへ吸い寄せられていった。なみなみと水が満ちた諏訪湖の湖面を見ていると、私はいつも懐かしい気持ちになる。水は、原初の記憶として全ての生命の魂に刻まれているのかもしれない。

「そっかー。雫音も綿音も、今の自分に満足してるんだな」

 私たちの話を聞いた朋依さんは、しみじみと頷きながらそう言った。

「じゃあ、アイドル始める理由はねーかもな。お前らと対バンしてみたかったけど、諦めた方がよさそう――」

「「いや、やるよ」」

 と、私と綿音の声がハモった。

「は!? アイドルやるの!?」

「「うん」」

「なんでだよ! 今のはやらない流れだろ!」

 朋依さんが渾身のツッコミを入れてくれる。今日は引っかき回してばかりで申し訳ないけれど、私たちはこういう感じで育ってきたのだ。

 きっと私たちは、自分のこと以上に相手のことを分かっている。

「だって、私がやるって言えば、綿音はとりあえずやってみるでしょ?」

「そういう姉貴こそ、斜に構えてやる気がないフリしてただけだよね?」

 そう言って、私たちはニヤリと笑い合った。

「お前ら、やっぱり双子だわ……」

 ――そんな私たちに、朋依さんは呆れて言ったのだった。

Fin.

written by Toshiaki Sato

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