温泉むすめ伝「熱海初夏の章」
あたしには夢がある。
みんながドキドキワクワクするような、
わあーってびっくりして、ぱあーって笑顔になるような、
そんな素敵なショーをする夢が。
……そう。熱海の花火みたいに――。
「よしっ。こんなもんかなー!」
春休み、誰もいない『温泉むすめ師範学校』の正門前広場。
満開の桜のもと、掲示板に最後のポスターを貼り終えたあたし――熱海初夏は、ふうと息を吐いた。頭の上にいる銀鳩の大丸が「おつかれさま」とばかりにつついてくる。
「たくさんの子が入ってくれるといいね、大丸!」
そう言って、あたしは貼ったばかりの勧誘ポスターを見た。
奇術研究部 春の新入部員 大・大・大募集中!
未来のMs.マーリックはキミだ!
入部希望・質問・手品や宴会のご依頼は、部長の熱海初夏まで!
あと数日して新学期が始まると、師範学校は一気に慌ただしくなる。各部活の部員たちが一人でも多くの新入生をゲットしようとしのぎを削るのだ。部活動への入部は強制ではなく、地元の手伝いのために帰宅部の子が多いから、争奪戦はひっじょーに激しい。
しかし、我が奇術研究部も負けちゃいられない! なぜなら、去年の三年生が卒業したことで、部員があたし含めて二名になってしまったからだ!
あたしが春休みの師範学校に忍び込んだのはそのため。ちょっとズルいけど、フライングしてポスターを貼っておけば、きっと誰かが見てくれるはず!
「神さま仏さまスクナヒコさま。やる気のある新入生をよろしくお願いします!」
これがホントの神頼み! なーんて内心ツッコミを入れつつ、ポスターに柏手を打って帰ろうとすると――おかっぱ頭に丸い眼鏡をかけた女の子が、別の場所にも貼っておいたポスターを見ているのが目に飛び込んできた。
高等部では見ない顔だ。ということは……新入生!?
あたしはすぐさまダッシュで女の子のもとに駆けつけた!
「奇術研究部へようこそー!!」
「ひぃっ!?」
「奇術研究部部長、二年の熱海初夏です! この鳩は大丸!」
「あ……。ぎ、銀山心雪……。この春から高等部一年生です……」
そう言って、銀山心雪ちゃんと名乗った彼女は、驚いた拍子にズレた眼鏡をかけ直した。
「心雪ちゃん、手品とかマジックに興味あるの?」と、あたしは身を乗り出す。驚かせちゃったのは申し訳ないけど、このチャンスを逃す手はない!
「あたしたちの部活、新入部員を大・大・大募集中なんだ!」「はあ……」
「あなたなら未来のMs.マーリックになれるよ!」「……」
「だからね奇術研究部に」「ごめんなさい」
「……えーっと」「ちょっとポスター見てただけです。ごめんなさい」
そう言って、心雪ちゃんは深々と頭を下げた。
うっ。取り付く島もない……。でも仕方ない! 話を変えよう!
「そっかそっか! ごめんね! じゃあ、今日は何しに学校に来たの?」
「あ、はい……。えっと、下見に……」
「下見? 師範学校の?」
自信なさげな心雪ちゃんを見て、あたしは首を傾げた。師範学校は小中高一貫校だし、高等部に進学しても校舎が変わるだけだと思うけど……。
「あ、もしかして心雪ちゃん、他の中等部からの編入生?」
「いや、初等部から師範学校です……。でも私、新しい環境に慣れるのに時間がかかるタイプだもんで……緊張すると震えちゃうし……」
そういうことかー。確かに、心雪ちゃんは今もほっぺたを赤く染めてうつむいてるし、まずは緊張をほぐしてあげないと!
そう考えたあたしがとっておきの手品の仕込みを始めた――その時だった。
「熱海っ!! 何やってるんだ!!」
「!! ……せっ、先生!?」
生活指導の先生が鬼の形相で現れた! 怒ってるってことは――。
「部活動の勧誘ポスターはまだ貼っちゃダメだろうが!! 全部はがしなさい!!」
やっぱりポスターのことだったかーーっ!! 熱海初夏、絶体絶命の大ピンチ!!
しかーし! あたしはとっさに先生の後ろを指差してこう言った!
「先生っ! 後ろにスクナヒコさまが!」
「えっ!? お、お疲れ様ですスクナヒコさま――って、誰もいないじゃないか!」
「今だっ! 心雪ちゃん!」
「へっ?」
あたしは首を傾げている心雪ちゃんの手を取ると、鳥居に向かって走り出した!
「いざ熱海へ!! にーーげろーーっ!!」
「へえええぇぇぇっ!?!?」
♨ ♨ ♨
「ここがあの有名な熱海……。こっちはもうすっかり春なんだねぇ……」
黒潮の暖かな風を浴びて、心雪ちゃんが憂鬱そうに呟く。命からがら熱海までひとっ飛びしたあたしたちは、熱海サンビーチに腰を落ち着けていた。
「春ってことは、本当にもうすぐ新学期なんだよねぇ……。はぁ……」
先生とのドタバタ劇に巻き込まれたにもかかわらず、心雪ちゃんはいまだに新学期の方が気がかりのようだった。
よーし。今度こそとっておきの手品の出番だね!
「ねぇねぇ、心雪ちゃん。こっち見て!」
「えっ?」
「今はスッカラカンのあたしの左手ですが、こうしてハンカチをかけて魔法の呪文を唱えると……。イデヨ! ミラクルウイカ・チャッキリヨー!!」
――と飛び出したのは折り紙の鳩だ。心雪ちゃんはわあっと驚いて、「さすが奇術研究部だねえ」と拍手してくれたけど――ここで終わらないのが熱海初夏ショーなのだ!
「おやおや? 折り紙の鳩さんが、心雪ちゃんに何かを伝えたいみたいだよ?」
「何か……?」
心雪ちゃんはおそるおそる折り紙を手に取って、丁寧に開いていった。
あたしも一緒になってドキドキする。そこに書いてあるのは、あたしのお手製おみくじの結果――。
「……ぷっ。あはははっ。大吉だってぇ!」
それを見た心雪ちゃんは、ぱあーって笑顔になってくれたんだ。
それからあたしたちはしゃべって、しゃべり倒して、笑い転げ――太陽がすっかり沈んだあとに、鳥居の前で別れた。
「それじゃあドロンするねぇ」と言って鳥居をくぐった時の心雪ちゃんは、自然体で笑ってくれていた。こっちもつられて笑っちゃうくらいに!
「さーて、あたしたちも帰ろうか……って、大丸!?」
一息ついたあたしの頭上から、家の方角へ向かって大丸がぱっと飛び立つ。
まったくもう。せっかちな鳩なんだから!
「こらあー! まてーーーっ!」
大地を踏みしめ走り出す。熱海のやさしい風があたしの横を駆け抜けていく。
誰かをわあーってびっくりさせて、ぱあーって笑顔にさせる。そんなことが出来た日は、こんなにも嬉しい!
走れ走れ! 小さなあたし!
まだ小さくて、三号玉かもしれないけど。
走って走って、もっともっと大きくなって。二尺玉くらいになって。
いつか素敵なショーをする、そんなチャンスを手に入れたら――その時は!
「どっかーーーーーん!!!!!」
Fin.
written by Miyuki Kurosu