story おはなし

温泉むすめ伝「舘山寺萌湖の章」

 ドゥルルルル! ズガンズガン! バロロロロ! ギュイーン!

 心地良い音が耳の奥まで響く。ここは萌湖の研究室。ゴーグルをかけて白衣を着た萌湖は電動ドリルのスイッチを切り、製作中の『自立歩行型観音様ロボ』を見た。

「もうすぐ完成だ……! やっぱり萌湖って何でも出来る天才発明家♪」

 我ながら凛々しい観音様に仕上がっている。特に小指のあたりのディテールが。

 萌湖はディテールを見るため、観音様に近づこうと足を踏み出した。――が、そのとき!床に落ちてたスパナに気付かず、思いっきり踏んづけてしまった!

「あいたたたたっ!!」

 つんのめった萌湖は、なすすべもなく観音様の方にダイブして――

「あっ、ああっ……うわあああーーーっ!!!」

 ドンガラガッシャーーーン!!!

 ――勢いよく突っ込まれた観音様は、再び部品の山と化してしまった。

「ああ~……。夜の観音様~……」

 残骸を前に立ち尽くす。萌湖にはわかる。こんな日は何をやってもダメなのだ。

 こうなったら……大好きなあの場所に行って気分転換するしかない!

「よーし! ちょっとパルパルしてこよっと♪」

 

♨     ♨     ♨

 

「来たぞーーーーっ!! 遊園地ーーーーっ!!」

 浜名湖畔にある遊園地。そのエントランスを叫びながら駆け抜ける。

 一歩園内に踏み入ればそこはドキドキの国だ! ジェットコースター、ゴーカート、空中ブランコに観覧車。たくさんのアトラクションに萌湖の胸が躍る。

「どれから乗ろうかな……! ねー、『夜のリュックマさん』!」

 萌湖は首をひねって、背負っているリュック型高性能ロボを見た。

 これは最近完成したばかりの自信作! 見た目はかわいいクマのリュックだけど、二本の手が自由に動くから自撮りが出来るし、ドリンクホルダーにもなる優れものなのだ。

「むふふ。やっぱり萌湖って何でも出来る天才発明家~♪」

 今日は『夜のリュックマさん』のデビューパルパルということで、萌湖自身もクマさんの帽子をかぶってきた。お揃いのコーデで、さあ、存分にパルパルするぞーっ!

意気揚々と歩いていると、ピエロさんが風船を配っていた。――おおっ! クマさんの形をした風船もある!

「はいはーいっ! そのクマさんの風船、萌湖にちょうだい!」

 萌湖が駆け寄ると、ピエロさんは笑顔でクマさんの風船を差し出してくれた。だけど、ここで素直に受け取っちゃったら天才発明家の名が廃るってものだ。

「さあ、『夜のリュックマさん』! キミの出番だよ!」

 ちょちょいと操作すると、『夜のリュックマさん』の両手がぐんと伸びて、萌湖の代わりに風船を受け取った。

 それを見たピエロさんのびっくり顔ときたら傑作だった! 萌湖は調子に乗って、ロボの両腕をぶんぶん振り回したけど――それが悪かったのだろう。アームから“ブチッ”と嫌な音がしたかと思うと、両腕の操作がきかなくなり、ダランと地面に垂れてしまった。

「あ、あれれ……? 壊れちゃった……」

 どうやら中のコードが切れたみたいだ。耐久性……考えてなかったなー……。

 しょんぼりしている萌湖に、ピエロさんは『夜のリュックマさん』の手からクマさんの風船を取って、優しく渡してくれたのだった。

 

♨     ♨     ♨

 

 気を取り直して園内を歩いていると、何でもない浜辺に人が集まっているのを見つけた。

 みんな、カメラやスマホで何かの写真を撮っている。萌湖は「芸能人でもいるのかな?」と思って、人だかりに近付いてみたけど……。

「う~……。全然見えないよ~……」

 こういう時、身長が140㎝しかない萌湖はとっても不利だ。ちょっと大人が多い場所だとぴょんぴょん跳んでも全然見えない!

 萌湖は『夜の潜望鏡せんぼうきょう』でも持ってくればよかったな~とむくれながら、クマさんの風船を慎重に抱えて人混みの中に潜り込み、真ん中の芸能人を目指して進んでいった。

すると、周りの女の子たちの声が聞こえてきた。

「わあ……! やっぱりスタイルいいんだね……」

「さすがスーパーモデルって感じ。しかも温むすさまで、アイドルまで始めたんでしょ?」

「かっこいい~っ! あたし絶対応援する!」

 えっ、中にいる芸能人、温泉むすめなの!?

 しかも、スーパーモデルでアイドル……あっ、もしかして!!

奥飛騨五十鈴っ!?!?

 萌湖は思わず“その名前”を叫びながら、人混みを抜けて躍り出た。

 サイン攻めに応えていた“その子”が萌湖を見る――やっぱり奥飛騨五十鈴だ!

「あれ? あなた――」

「!……な、なんでもないでぇーーす!!」

 逃げろ! 回れ右! 五十鈴と目が合った萌湖は、一目散に逃げ出した。

 

 萌湖は奥飛騨五十鈴を知っている(一方的にだけど)。

 学年も違うし、話したこともないけど、彼女は身長が174㎝もあって、手も足も長くて……。彼女を師範学校で見かけるたびに思ってた。「萌湖もあんなふうに背が高かったらな~」って。

「五十鈴、アイドルでも人気出るんだろうなー……ひゃわっ!?」

 ため息をつきながら歩いていると“ガツン!”と段差に蹴つまづいて、萌湖は思いきりよろけてしまった。

 なんとか転ばずにはすんだけど、本当に今日は踏んだり蹴ったりで――。

「……って、あれっ!? クマさんの風船がないっ!!」

 そんな萌湖にトドメをさすように、気付けばクマさんの風船が萌湖の手から消えていた!

「ど、どこ!? ヘリウムバルーンだから……上っ!?」

 急いで空を見上げると――あった!

 まだ運が残っていたのか、風船は木の枝に引っかかっている。『夜のリュックマさん』の腕なら十分届く高さだけど、今は壊れちゃってるし……。萌湖がジャンプして取るしかない!

「えいっ! やあっ! たーーっ!!」

 うっ、ダメだ……。全然届かない……!

 萌湖は呆然と風船を見上げた。はぁ……。クマさんコーデで、風船ももらって、気分はすっかりパルパルだったのに……。やっぱり今日は何をやってもダメな日なのかな……。

 でも、その時。すらりとした手が伸びて、誰かがクマさんの風船を取ってくれたのだ。

「はい。もう離しちゃダメだよ!」

 笑顔で風船を渡してくれたのは――五十鈴だった。

「えっ、いすっ!? ずっ!?」と、萌湖の声が裏返る。

「その帽子! あなた、さっき目が合ったよね? 全身クマさんの子だ!」

「えっ?」

「あたしもクマ大好きなんだ! そのコーデすっごくかわいいね!」

 わああ!? い、五十鈴がほめてくれてる!?

 思わぬチャンスに萌湖のリミッターが外れた。今こそアレを聞く時だ!

「あ、あのっ! 萌湖ね、五十鈴みたいに背が高くなりたいな~って思ってて……!

 どうやったらそんなに大きくなれるの!?」

「えー?」と、五十鈴は首を傾げる。「そうだなー。うーん……」

 聞いた。聞いてしまった……! 萌湖はドキドキしながら五十鈴の言葉を待った。

 きっと五十鈴なら教えてくれるに違いない! 背が高くなる方法を――。

「大丈夫! 中学生になったらもっと大きくなるよ!

 ……。

 …………!?!?

 予想外の一言にフリーズした萌湖の頭をなでて、五十鈴はにこやかに去っていった。

クマさんの風船がするりと手を抜け、空の彼方へと飛んでいった。

「しょ……小学生だと思われた……!?」

 思い切って……思い切って聞いてみたのに……!!

「お、おのれ……! 何でも出来る天才発明家の、この萌湖に向かって……っ!!」

 その時決めた。五十鈴が「スーパーモデルでアイドル」なら――。

 萌湖は、萌湖は……「天才発明家でアイドル」としてデビューして、そして――!!

思いっきり有名になって、五十鈴を見返してやるんだから~~~!!!

Fin.

written by Miyuki Kurosu

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