story おはなし

温泉むすめ伝「南知多まゆのの章」

額を流れる汗が気持ちいい。やっぱり夏は最高だなー、なんて思いながら、あたしは南知多の山海海水浴場にあるバーベキュー場でバイトしていた。お客さんとお客さんの間をくぐり抜けて大学生グループの席まで辿り着くと、テーブルに料理を並べて言う。

 

「ほいほーい、おまたせっすー。牛カルビ盛り合わせと焼きそばセット4人前っすねー。あ、焼きそばのソースはそこに置いてあるんで、お好みでー。よろしくおなしゃーっす」

 

 伊勢湾を臨むテラス席は満席だ。真っ昼間からバーベキューを楽しむ海水浴客で賑わっている。中には酔っ払って、日間賀島の東西港にいるタコの『がっしー』と『にっしー』ぐらい顔が赤くなっちゃってるお客さんもいる。

 

「あれっ? まゆのじゃん」

 

 ふいに声をかけられて、あたしは振り返った。「今日もバイトかー?」とサーフボードを抱えて立っているのはマサ兄だ。うちらは家が近くて、家族ぐるみの付き合いをしている。

 

「マサ兄じゃないっすかー。バイトっすよー。自分これでも温泉むすめなんで、まー社会貢献的な?」

「社会貢献て。つーか温泉むすめってアイドルになって競い合うんだろ? アイドルがこんなところでバイトしてていいのか~?」

「アイドル? ないない! あたしはやんないっすよー。歌とかダンスとか、ちょーだるいし」

「ははっ。だよな~! それでこそまゆのだよ。なんか安心したわー」

 

 じゃーな、と芸能人ばりの白い歯を見せて沖へ向かっていくマサ兄を見送って、あたしも厨房に戻った。洗い物をしていると店長が休憩に入っていいと言うので、さっそくビーチに出ることにした。

 おやつのポン菓子をつまみながら店の裏口に向かう。そして、裏口のドアを開けた瞬間――「へ?」と、あたしは思わず間抜けな声を上げた。

 おかっぱ頭の女の子がしゃがんで、ぶるぶる震えている。

 それも、真夏のビーチだというのに、バスタオルをきっちり体に巻き付けて。

 

「えーっと……。どしたー? 大丈夫ー?」

 

 とりあえず声をかけてみると、彼女は上目遣いにあたしを見て言った。

 

「大丈夫……じゃないかも、です……」

「あはは。だよね~」

 

 あたしは彼女の隣に腰を下ろし、話を聞くことにした。そして分かったのは――彼女、銀山心雪ちゃんがあたしと同じく『温泉むすめ師範学校』に通う高等部の一年生であること、ここには奇術研究部の熱海初夏センパイと和倉雅奈センパイと三人で遊びに来たということ。

 ただ――彼女は人前で水着になるのが苦手で、ただでさえ気持ちに余裕がなかったところに、センパイたちがSNS用の写真を撮ろうと言い出し、パニックになって思わず逃げてきてしまったんだそうだ。

 

「一応覚悟はしてたつもりなんだぁ。私もアイドルになったし、いつかは水着姿で撮影とかしなきゃいけないんだろうなぁって。でもそれが今日になるとは思わなんだ……」

「アイドル? あー、温泉むすめの? エントリーしたんだ?」

「えっ? うん……。あっ、もしかしてまゆのちゃんも温泉むすめなの?」

「そー。ま、あたしはアイドルやんないけどねー」

 

 四月に『温泉むすめ日本一決定戦』の開催が決まってから、たくさんの温泉むすめたちがアイドル活動を始めた。アイドルになれば地元のPRもできるし、温泉むすめ日本一決定戦で優勝すれば願い事をなんでもひとつ叶えてもらえる。でも、アイドルになったら歌やダンスのレッスンをしなくちゃいけないし、そのせいでバイトしたり遊んだりする時間が減ってしまう。だから、マサ兄にも言ったとおり――あたしはいまだにエントリーしていないのだった。

 

「まーあたしのことはおいといて、今は心雪のことっしょ」

「あ、そ、そうだね……。えっ? 今、心雪って……呼び捨て?」

「これからどーすんの? 二人とも今頃めっちゃ探してんじゃね?」

 

 あたしが言うと、心雪は苦い顔になって、ため息交じりに「そうだよねぇ……」と呟く。

 

「二人には悪いことしちゃったなぁ……。でもでも、もうちょっとだけ心の準備をする時間が欲しくてさぁ……」

 

 思いつめた顔をしている心雪を見て、あたしはぴょいっと軽やかに立ち上がった。

 

「じゃーちょっと時間稼ぎしよっか。二人に見つからないように、ビーチをブラブラすんの!」

「え……。あ……ありがとう、まゆのちゃん……!」

 

 ホッとしたように笑う心雪を見て、あたしもニッと笑い返した。これもご縁というものだ。それに、南知多に来てくれた人には楽しい思い出を作って帰ってもらいたいし。

 

「んじゃ、質問! 初夏センパイと雅奈センパイの見た目を教えてくーださい!」

「えっとぉ、初夏ちゃんは私と同じくらいの長さのおかっぱ……おかっぱ? でぇ~……」

「ほいほい」

「赤の花柄の水着着ててぇ~……」

「ほいほい」

「鳩を連れててぇ~……」

「ほいほ……鳩ォ!?」

 

 あたしは思わず聞き返した。鳩。……鳩? ペットってこと?

 首を傾げるあたしを見て、心雪がおかしそうに笑う。

 

「ちがうちがう。鳩っていっても公園でよく見る鳩じゃないよぉ? 銀鳩っていう種類の鳩でねぇ、白くてぇ、うちのスガコさんみたいに小さくて、かわいいんだぁ~……」

「待てし待てし。情報が多い。スガコさん? それは鳥? 別の生き物? センパイの鳩の話は?」

「スガコさんの話はあとで。えっと、初夏ちゃんの鳩は……あっ。あれ! あんな感じの鳩で――」

 

 と、心雪は空を指差して――突然「ひぃっ!!」と叫んだ。あたしの陰にさっと隠れて、震える声で言う。

 

「お……お……大丸がっ……! あ……あああ、あそこに……っ!」

 

 見ると、彼女の視線の先に1羽の鳩がいた。体が真っ白で小さな鳩。「大丸」というのは恐らくあの子の名前で、ということは、初夏センパイの鳩ってことで――初夏センパイたち、近くまで来てる!

 

「心雪、こっち!」

 

 あたしは心雪を連れて、鳩がいる方とは反対方向へ歩き出したのだった。

 

♨     ♨     ♨

 

 十分後。あたしと心雪は海水浴客で賑わう浜辺にいた。“人の多い場所にいた方が目立たない”というあたしの読みが当たり、今のところ初夏センパイたちに見つかることなく過ごせているんだけど、ただ……。

 

「特にスガコさんはね、私が小さい頃におばあちゃんからもらったこけしだから、ず~っと肌身離さず持ち歩いてるんだぁ……。宝物っていうか、一緒にいないと落ち着かない相棒っていうか……」

 

 ――心雪が重度のこけしオタクというのは想定外だった。

 海にも入らず、砂浜でスガコさんを掲げて熱弁を振るう心雪は目立つ。それはもう目立つので、さっきから周りの視線を痛いほど感じる。でも、楽しそうに語る心雪を制止するというのもなんだか気が引けた。

 しかし、それだけ耳目を集めれば、どういうオチになるかは分かり切っていて――

 

「心雪ちゃん!! やっと見つけたー!!」

「でねでね、スガコさんはぁってぇえええ!?!? う、初夏ちゃん! 雅奈ちゃん!」

 

 そう、初夏センパイたちが現れたのだった。

 心雪に聞いた通り、赤い花柄の水着の初夏センパイ。紫のビキニでパレオを巻いてるのが雅奈センパイだろう。

 

「心配したんだよー!? 電話しても全然出ないし!」

「無事でよかったです……。もう少しで迷子のアナウンスをしてもらうところだったんですよ?」

「あうぅ……」

 

 二人に詰め寄られ、心雪はうろたえている。ここはあたしが間に入って、心雪のフォローをしてあげなければ。

 と、思ったんだけど――。

 

アイムソーリーひげソーリーーー!!!

「ひげ剃り!?」

 

 突然の心雪の謝罪(?)に、あたしはズッコケた。今日話してて思ったけど、心雪ってたまに言葉選びのセンスが古臭くて、どことなくおばあちゃんっぽい。

 だが、彼女はあたしの動揺に気付くことなく、バスタオルの裾をぎゅっと握りしめて続ける。

 

「わ、私、心の準備ができてなくて、つい逃げちゃったけど……。も、もう余裕のよっちゃんだぁ! 私、変わる! 変わらなきゃいけないんだ! 初夏ちゃん、雅奈ちゃん! 私を好きなだけ撮ってちょんまげーー!!」

 

 そう言うなり、心雪は立ち上がってバスタオルを脱ぎ捨てた。ピンクの花柄の水着姿になった彼女は、初夏センパイたちの前で「うふ~ん」とか言いながら上目遣いに腰をかがめ、アイドルというかグラビアアイドルっぽいポーズをとっている。

 これには二人も困惑して、「写真のことならもう撮らなくていいから!」とか「いったん落ち着きましょう?」となだめにかかったのだが――心雪は引き下がらず、しまいには早く撮ってくれと二人に詰め寄り始める。

 

「二人とも、なんで私を撮ってくれないのぉ!? おニューの心雪、早く撮ってよぉ!!」

「そんなこと言われましても……。心雪さん、目が据わってますよ?」

「いいから私を撮ってよぉ! さあ! さあさあさあ!!」

「うわ……ヤバい、心雪ちゃんがじりじりと迫ってきてる! 雅奈ちゃん、ここはいったん逃げよう!」

「はい! 心雪さん、ごめんなさいね~!」

「あっ!? ちょっとぉ! 待ってぇー! 初夏ちゃーん! 雅奈ちゃーん!!」

 

 初夏センパイたちを追いかけ、心雪が走り出した。さっきと逆だ。なんだか変なことになったなー、と思いながら、あたしはぼんやりと三人を見て――目をみはった。

 薄紫色の空は、わずかに金を帯びていた。波打ち際を走る彼女たちのシルエットは、まるで映画のワンシーンみたいに綺麗だった。心雪が二人を追いかけながら、叫んだ。

 

「私はぁー! 変わりたいんだぁー!!」

 

 そこには、今ここにしかない風景が、確かに存在していた。

 

「……エモいじゃん」

 

 あたしは気付けば夢中で彼女たちの姿を写真に収めていたのだった――。

 

♨     ♨     ♨

 

「うわー! これ、まゆのちゃんが撮ったのー!? すっごーい!!」

 

 走り疲れて一時休戦している初夏センパイたちに写真を見せると、三人ともすごく気に入ってくれて、彼女たちのアイドルユニット『LUSH STAR☆』のSNSに使ってもらえることになった。

 

「シルエットなら心雪さんが気にしていた水着姿もよく分からないし、いいですね」

「うん! これ絶対バズるよ! まゆのちゃんセンスありすぎー!!」

「こんなんフツーっすよー。つーかこれくらいでセンスいいとか、逆に今までどんな写真アップしてたんすかー?」

「うぐ!? ……い、言うねえ……」

 

 あたしが訊ねると、初夏センパイが変な顔をして言葉を詰まらせた。それを見た雅奈センパイと心雪が呟く。

 

「あらあら。年上を前にしても全く動じないこの感じ、大物ですね……」

「あはは……。おニューの私よりまゆのちゃんの方がアイドルに向いてるかも……」

「……へー。アイドルってこんな感じでいいんだー……」

 

 あたしはそう呟いて、初夏センパイたちをまじまじと見た。

 今までアイドルってすごく大変なものだと思っていたけど、彼女たちみたいにラフなスタイルでやるのがアリなら、あたしはもっともっと上に行けるかもしれない。それなら――。

「自分もアイドルやってみようかなー。センパイ方がやってるなら、まーできないこともないと思うんで☆」

 

(おわり)

written by Miyuki Kurosu

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