story おはなし

温泉むすめショートストーリー 「恐怖! 下田温泉の悪魔」編

※「椿月N」……椿月のナレーション

椿月N「これは、『私』こと伊東椿月が出会った、恐るべき悪魔との接触の記録である」

○伊豆急下田駅・駅前(夕方)
椿月N「3月のその日。私は、下田莉華ちゃんとのお泊まり会のため、伊豆急下田駅にやってきた。『なまこ壁』で有名な時計台が夕焼けで真っ赤に染まっていて、なんとも異国情緒を感じさせる駅前である」

椿月「ええと、莉華ちゃんは……」
莉華「(遠くから)椿月ちゃ~ん!」
莉華「はあ、はあ、時間ギリギリ~! 夕方に待ち合わせなんて初めてだから、家出るタイミング遅れちゃったよ~……!」
椿月「ああ、なんかすいませんね。本当は昼間から遊びたかったんですけど、プチコロの集まりがあって」
莉華「いいのいいの! お泊まりに来てくれただけでも嬉しいもん! というか、椿月ちゃんが下田に来るのっていつぶり?!」
椿月「んー……一年ぶり?」
莉華「そんなに~!? そっかあ……。昔はよく来てくれたのにね~……」

椿月N「少し寂しそうに笑う莉華ちゃんは、温泉むすめ師範学校の中等部一年生。私は高等部一年だから、彼女の方が三つ年下ということになる。
 伊豆急沿線の温泉むすめ同士ということもあって、彼女が小さい頃は、こうしてよく下田にお泊まりにきたものだった」

莉華「はー。走ったらノド乾いちゃった。ね~椿月ちゃん、ボクジュース飲みたい♪」
椿月「……それは、おごれって意味ですか」
莉華「えへへ~♪」
椿月「はあ……。仕方ないですね」
莉華「やた!ありがと!」

椿月N「そんな関係なものだから、どうにも私は莉華ちゃんに甘いらしく……こうしておねだりされるとつい応えてしまう。
 自販機に小銭を入れ、ボタンを押す。出てきたジュースを取ろうとして……私は、重大なことに気付いてしまった。
 それは……!」

椿月「(独り言)これ……いつまでも甘やかしていてはいけないのでは……!?」

椿月N「莉華ちゃんはもう中等部。そろそろ自分のことは自分でできるようにならなければいけないはずだ……! 万が一、私のせいでそれが遅れてしまったら……」

椿月「よくない……。実によくないですね」
莉華「椿月ちゃ~ん?」
椿月「……決めました。今日は、絶対に莉華ちゃんを甘やかさないようにしましょう」
莉華「さっきからどうしたの? お~い!」
椿月「(クールに)いえ。なんでもないです」
莉華「え~? 変な椿月ちゃん」

椿月N「こうして、『絶対に甘やかしてはいけないお泊まり会』が始まったのだった」

○温泉街の定食屋(少し後)
莉華「わー来た来た! 干物定食! なにをおいてもまずは夕ご飯だよね~! いただきま~す!」
椿月「干物とは珍しいですね。いつもは海鮮丼なのに」
莉華「(ドヤッ)ふっふーん! 最近目覚めたの! うまみがギュッと詰まってて、ごはんが進むんだ~♪」
椿月「へー。渋いですね」

椿月N「そう言いつつも、私は微笑ましく感じていた。干物とは……心配しなくても、彼女は大人になってきているようだ」

莉華「んしょ、んしょ……あれ~?」
椿月「どうしました?」
莉華「う~……うまく骨が取れな~い!」
椿月「骨? あ! そ、そんなに力入れたら危ないですよ(ハラハラ)」
莉華「こっち押さえて、こっちをこう……」
椿月「ああ……! 干物が無残な姿に……!
 り、莉華ちゃん! 私がやります!」
莉華「え? いいの?!」
椿月「あ」

椿月N「しまった、と思ったときには、もう遅かった」

莉華「うれしい! お願いしますっ♪」

椿月N「そう……私は、早くも莉華ちゃんを甘やかしてしまったのだ。私とて骨を取るのは苦手なのに……」

莉華「えへへ♪ 椿月ちゃんにやってもらうと、もっとおいしくなる気がする~♪」
椿月「またそんなことを……」
莉華「えー? ホントだけどなー?」
椿月「(咳払いで誤魔化して)ん、んんっ!
 ……次は負けませんから」

○温泉旅館・大浴場(さらに後)
椿月N「……二時間後。そんな私の決意は、早くも揺らいでいた」

莉華「えーっ!? 髪の毛洗ってくれないのー!?」
椿月「と、当然です」
莉華「そんなあ……。せっかく椿月ちゃんと温泉なのに……うう……」
椿月「うっ……そ、そんな目で見てもダメですよ。ほら、早く体洗いましょう」
莉華「む~……。そうだ! じゃあ、ボクが椿月ちゃんの背中洗ってあげる!」
椿月「は?」
莉華「(おずおず)えと、それもダメ?」
椿月「い、いえ。ちょっと、そのパターンは想定外だったので」
莉華「よかった! ほら、座って座って!」
椿月「はあ……」

椿月N「言われるがままに座り、莉華ちゃんに背中を向ける。小さな手で、」

莉華「んしょ、んしょ……」

椿月N「と、一生懸命に洗ってもらっていると……私の中に、ムクムクと罪悪感が芽生えてきた」

椿月「……あの、莉華ちゃん」
莉華「(洗いながら)ん? なに?」
椿月「えーと……。やっぱり、莉華ちゃんの髪、私が洗いますよ」
莉華「ホント!? やったー!」
椿月「まあ、お礼に……。というか、そんなに嬉しそうにしなくても……自分で言ったんじゃないですか」
莉華「(楽しげに)だって、背中流したお礼なら、そっちも背中でいいのに~♪」
椿月「え? そういうものなんですか?」
莉華「(猫なで声)じゃあ~、髪の毛と~……せっかくだから背中もお願い♪」
椿月「増えてるじゃないですか!」
莉華「ひとつもふたつも一緒だよ~♪ さ、椿月ちゃん! ばっちこーい!」
椿月「て、手強い……!」

椿月N「すとんと自分の椅子に座り、無防備に背中を向けてくる莉華ちゃんを見て、私はまたしても敗北を悟った」

莉華「んふ~♪ 気持ちいい~♪」

椿月N「そんな声を出されては、今さらやめようと言い出せるはずもない。私は自分で自分に呆れながら、次こそは……次こそは我慢するぞ、と心に誓うのだった」

○温泉旅館(莉華の住まい)・一室(夜)
莉華「は~……。お布団あったか~い……」
椿月「ありがとうございます。わざわざツインの部屋を……ふあ(小さくあくび)」
莉華「ふふ。椿月ちゃん、寝ることにはこだわりあるもんね」
椿月「(眠い)そうですねえ……」
莉華「……ねえ、そっち行っていい?」
椿月「(眠い)何言ってるんですか。さすがにダメですよ」
莉華「ちぇ~っ。だよねえ……ふあ。ボク、もう中等部だもんね(苦笑い、眠い)」
椿月「え?」
莉華「ん? なに~?(眠い)」
椿月「ああ、いや……なんだ、ちゃんと分かってるじゃないですか」
莉華「えー……? 何の話……?(眠い)」
椿月「(笑い)くすっ。何でもないです。……おやすみなさい」
莉華「ん、おやすみー……」

椿月N「……どうやら、私の考えすぎだったらしい。まだまだ甘えん坊だけれど、莉華ちゃんは莉華ちゃんなりに大人になろうとしていて……。それを知った私は、安心して、眠気に身を委ねたのだった」

 

♨     ♨     ♨

椿月N「ところが、である」

椿月「んぅ……。寒っ。何……?(眠い)」
莉華「(寝ぼけ)ひゃ~、あったか~い……」
椿月「んん……? ん!?(覚醒)」

椿月N「深夜、もぞもぞとする感覚に目を覚ますと、なんと……私の布団に莉華ちゃんが潜り込んでくるところだった! いつもは寝覚めの悪い私も、さすがに一気に覚醒してしまう」

椿月「(小声)な、な……! 莉華ちゃん?」
莉華「むにゃ……。開国……」
椿月「(小声)ちょっ、布団引っぺがそうとしないでください! 完全に寝ぼけて……トイレ帰り? とにかく、自分の布団に帰してあげないと……。
 あのー。莉華ちゃ~ん……?」
莉華「ん~……。すやすや……」
椿月「(小声)て、天使みたいな寝顔……!
 い、いえ。負けてはダメです。こういう無意識の甘えこそ、私が直してあげなければ……! い、いきますよ! 莉華ちゃ」
莉華「(割り込み、寝言)椿月ちゃん……」
椿月「んんっ!?」
莉華「(寝言)だいすき~……♪」
椿月「(声もなく悶え)っっっっっっっ!!」

椿月N「ここで、私の記憶は途切れている。次に目を覚ましたとき、外はとうに明るくなっていて……先に起きていた莉華ちゃんが、いつもと変わらない笑顔で私を迎えてくれたのだった」

○同旅館・バイキング会場(翌朝)
莉華「ん! このサラダシャキシャキでおいし~っ! なんかすっごくよく眠れたし、朝のビュッフェも当たりだし、今日はいい日になりそ~う!」
椿月「はあ……。そうですか……」
莉華「どしたの? まだ眠い?」
椿月「いえ……。昨晩のアレは、夢……?」
莉華「ふーん? よく分かんないけど、食べれば元気出るよ!(はむっ、と食べて)ん~! この干物もおいし~っ!」
椿月「まったく、人の気も知らないで……。(ふと)は? 干物?」
莉華「(もぐもぐしつつ)椿月ちゃん?」
椿月「(呆然と莉華見て)……え~……。ウソでしょ……」
莉華「何が?」
椿月「干物。自分で骨取ったんですか?」
莉華「え? あ! あああ! ち、違うの! これはえっと(棒読み)ヤッパリいい干物は骨取りやすいナー。あは、あはは……」
椿月「じぃ~~っ……」
莉華「ボ、ボクぅ、どうしても椿月ちゃんにやってもらいたくてぇ……(誘惑)」
椿月「じぃ~~~~~~っ……」
莉華「うわ~~ん! ごめんなさ~~い!」

椿月N「……私が出会った恐るべき悪魔との接触の記録は、以上である。だが、皆さんも気をつけてほしい。この悪魔は、今日も下田の街のどこかで、あなたを骨抜きにしようと目を光らせているのだから……」

(おわり)

written by Toshiaki Sato

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