story おはなし

温泉むすめ伝「山中湖忍の章」

「いいですか桃花さん! 今回はと・く・べ・つに、あなたを山中湖にお連れしましたが! あなたは河口湖町在住なのですから、本来は富士山の撮影も河口湖ですべきだということを! ゆめゆめ! お忘れなく!」

「あ、あはは……。分かってます、多佳美さま」

 

 もう何度目かも分からない小言を聞いて、渡辺桃花は苦笑しながら頷いた。

 顔を上げ、隣を歩く横顔に目をやる。山中湖に到着してからこのかた、ひたすら面白くなさそうに口を尖らせている金髪ロールの彼女――河口湖多佳美は、白い息を吐き吐き小言を続けた。幸い氷点下ではないものの、夕暮れ時が迫る山中湖湖畔の風は冷たい。

 

「ほら、シャキッとなさい。これから山中湖の温泉むすめを紹介するのですから、いつものぽやっとした感じでは困ります。何度もお伝えしているように、わたくしたちは……」

「河口湖の人間として、山中湖の温泉むすめさまには堂々と接しなければならない、ですよね?」

「むぐ……! お、おほん! 分かっているのならいいのです」

 

 言葉を先取りされた多佳美が取り繕うように咳払いするのを見て、桃花は思わず笑ってしまった。

 河口湖町の中学校に通う桃花にとって、地元の温泉むすめである河口湖多佳美は、神さまでこそあれ、「少し年上のお姉さん」のような存在だ。誰にでも親切で、今回も「どうしても山中湖でやりたいことがある」という桃花の「事情」を汲んで、わざわざ現地までついてきてくれた。

 根はいい人なのだ。少々、言葉遣いが上から目線なだけで。

 

(……山中湖の温泉むすめさまは、どんな方なんだろう……)

 

 想いを馳せながら、目の前にそびえる富士山を見る。地元で見るのとはまた違う趣をたたえたその霊峰は、しかし、今日も変わらない雄大さで桃花たちを見守っていた。

 少し視線を下げると、富士五湖で最大の面積を誇る山中湖の湖面が、西日を反射してキラキラと輝いている。「大池浜」と呼ばれるこのあたりのエリアはハクチョウの給餌場になっているらしく、湖上だけでなく浜辺でも、雪のように白い羽毛を持つハクチョウたちが楽しげに戯れていて――

 

 ――そのハクチョウたちに囲まれて、妖精のような女性がぼんやりと佇んでいた。

 

「忍さん」

 

 一瞬、その透き通るような雰囲気に心を奪われていた桃花は、多佳美の声で我に返った。驚いて多佳美を見て、もう一度視線を戻した頃には――ハクチョウの女性は、その吸い込まれそうな瞳で桃花のことを見つめて微笑んでいた。

 

 

「はじめまして……。山中湖忍……です」

 

♨     ♨     ♨

 

「……というわけで桃花さんは、お姉さんのご結婚祝いに、ご自身で撮った『ダイヤモンド富士』の写真を贈りたいとのことで、やむをえず! やむをえず風景写真が得意な忍さんに声をかけたのです! ぜひお力を……忍さん、聞いてます!?」

「うん。おいしいわ……コーヒー……」

「聞いてなかったでしょう! まったく……! 桃花さん、この人に呆れたらいつでも言ってくださいね。帰りますから」

「い、いえ! とんでもないです!」

 

 撮影場所である「平野湖畔」に場所を移した桃花は、多佳美に突っかかられる忍のことをただ見つめていた。

 二人は幼い頃からの付き合いだが、年齢でいうと忍の方が少し上らしい。絹のような黒髪を浜風に揺らし、コーヒー片手に「ダイヤモンド富士」の時間を待つ忍の立ち姿はうっとりするほど大人っぽいのに、口を開けばとらえどころがない――そんな彼女のミステリアスな雰囲気に、桃花はすっかり魅入られていた。

 

「お姉さんかあ……」

 

 熱のこもった視線で彼女を見ていると、忍がそう言ってこちらを見る。桃花の鼓動が跳ね上がった。

 

「桃花ちゃん……。お姉さん、どんな人?」

「えっ、あっ、えっと、ふ、普通ですよ! おふたりとは全然違うタイプで……10コも上なのに大人げなくて、よくケンカもしますし、過保護だし……。今日だって秘密のお出かけって言ったのに、ついてくるって聞かなくて……」

 

 しどろもどろする桃花を優しげに見守って、忍は「そう……」と微笑む。

 

「お姉さんの結婚式、いっぱいお祝いしよう……。ほら、大切な……アレだもの」

「は、は、はいっ!」

「アレって何です!?」

 

 すっかり舞い上がってしまった桃花の耳には、「忍さんはどうにも語彙力がなくて……」と補足する多佳美の言葉は届かなかった。「ダイヤモンド富士を撮るコツはね……カメラをいい感じにアレして、シャッターを押すんだよ……」と、まるで要領を得ない説明をされても、桃花にはそれが女神の金言のように聞こえていた。

 

「ああ、忍さま……。もっと! もっと写真のこと教えてください!」

「ちょっと、桃花さん!? うわあ、目がトロンとして……。あれほど堂々となさいと言ったのに……!!」

「写真のこと……。言葉で教えるのは……難しい、かも。実践で、こう……アレすると、いいよ……」

「はい……! 心がけます!」

「だからアレって何です!? というか、写真くらいわたくしだって撮れますわ!! そんなに忍さんが好きなら、ツーショットを撮ってさしあげます!! ほら桃花さん、こちら!! こちらのレンズをご覧になって!!」

「ツーショッ……ええ!?」

 

 多佳美にスマホのカメラを向けられて、桃花はビクリと身を硬くした。ツーショット――つまり、忍と自分が一枚の写真に収まるということである。

 自分が? この、妖精のような女の人と一緒に? それは――。

 

「だめだめだめ! 恐れ多いです! 私なんかが忍さまのお隣に立つわけには!」

「桃花さんの中の忍さんの立ち位置どうなってますの!?」

「し、忍さまもきっと嫌ですよ! さっき風景写真を撮るのが専門だとおっしゃってましたし!」

 

 「ですよね、忍さま!」と桃花は忍に同意を求める。

 だが、当の本人は、真顔だった。

 

「いぇい、いぇい……。Foo……」

「忍さま!?」

 

 真顔で――グーに握った手を交互に突き上げながら、踊っていた。

 キレは悪くないが、片手に持ったコーヒーを庇いながら踊っているため、どうにも奇妙な動きになっている。桃花はしばらく呆気にとられたあと、ハッと思い直して尋ねた。

 

「え、あの、忍さま、何を……?」

「どうせなら……動画がいいと、思って……。いぇい、いぇい……」

「協力的ですね!?」

 

 桃花の中で、ミステリアスで妖精のようだった忍のイメージがガラガラと崩れていく音がした。

 とらえどころのない人だと思っていたのに、意外とノリがいい。かといって、真顔で踊られても困る。助けを求めて多佳美に目をやると、彼女はにんまりと笑顔を浮かべて桃花に言った。

 

「ようやく忍さんの本質に気付いたようですわね……。さあ、桃花さんもご一緒に!」

「えっ!? 私も踊るんですか!? この奇妙な踊りを!?」

「河口湖の子なのに忍さんに浮気しかけた罰です! さあ、バッチリ動画に記録してさしあげますわ!」

「そ、そんな……。で、でもでも、ツーショット自体は嬉しいし……。でも恥ずかしいし……!」

「桃花さ~ん♪ 録画始まってますわよ~♪」

「ええ!? うう……も~~っ!! 分かりました、やってやりますよ! せーの、いぇい――」

「……あっ。時間」

 

 桃花が覚悟を決めて片手を突き上げた時、忍は何かに気付いて踊るのをやめてしまった。

 「えええええ!?」と、桃花と多佳美が揃ってズッコケる。まるで気まぐれな猫のような忍の言動に、さすがの桃花も文句を言ってやろうと忍の方を見て――

 

 ――その向こうに輝く壮麗な光景に、言葉を失ってしまった。

 

「ダイヤモンド富士……!」

 

 多佳美の口から、感嘆とともに呟きがこぼれる。

 湖越しにそびえる富士の山頂に落ちゆく夕日がぴったりと重なって、白く、まばゆくきらめいていた。山中湖の湖面がその光を写し取り、富士山へと続く光の道を作り出している。神話に出てくる奇跡の一節のような「ダイヤモンド富士」が、今まさに、桃花の目の前に広がっていた。

 

「うわあ……!」

「そのまま見続けるのは、あまり目によくない……。桃花ちゃん、カメラ……」

「あ! そ、そうだった!」

 

 本来の目的を思い出した桃花は慌てて手袋を外し、ばたばたとカメラを構える。今日のために父から借りたコンパクトデジタル一眼の液晶越しに見ると、天辺の太陽がよりくっきりと映し出され、本当に一粒のダイヤモンドのように見えた。

 

「う、うまく撮らなきゃ……。えっと、えっと……」

 

 カメラを持つ手が震える。どんな画角にしてもダイヤモンド富士の美しさを表現できない気がして、シャッターのボタンを押す指が止まってしまう。そうこうしているうちに太陽はどんどん沈んでいって、富士山の後ろにその姿を隠していく。

 

「ま、待って……!」

 

 手の震えを止めようとしても止まらず、「どうしよう、どうしよう」と焦りばかりが募る――その時だった。

 

「だいじょうぶ……。だいじょうぶ……」

 

 彼女の両手を包むように、すらりとした指が重なった。

 

「し、忍さま……!?」

「どんな写真でも、桃花ちゃんの気持ち……きっと伝わるわ……」

 

 コーヒーで温められた忍の指からほのかな熱が移ってきて、桃花は、自分がやりたかったことを思い出した。

 ひとつ息を吐き、気持ちを落ち着かせ、改めて液晶を見る。富士山と、ダイヤモンド――永遠を象徴するその輝きのように、お姉ちゃんが、末永く幸せになりますように。

 その願いと共に、ずっと一緒だった姉の笑顔を思い浮かべた時――桃花の指は、自然とシャッターを切っていた。

 

♨     ♨     ♨

 

「わあ……! 見てください多佳美さま! ダイヤモンド富士、完璧なダイヤモンド富士ですよ!」

「はいはい、分かりましたから……」

「忍さまのおかげです……! 本当にありがとうございます!」

「ううん……。それは、桃花ちゃんが撮った写真、だから……」

 

 暖をとるために入った山中湖のカフェで、桃花は自分のカメラを見てはしゃいでいた。

 液晶には、夕日――ダイヤモンドが構図の中央で輝く、見事なダイヤモンド富士の写真が表示されている。有頂天の桃花と、彼女をにこにこと見つめる忍に対して、多佳美はひたすら面白くなさそうに口を尖らせていた。

 

「……そんなに忍さんが好きなら、山中湖の子になっちゃえばいいんです」

「えっ!?」

「ふふ。多佳美ちゃん……すねてる……」

「拗ねっ……!? そ、そんな幼稚な感情ではありません! 同じ富士五湖の温泉むすめとして、お隣の山中湖には何ひとつ! 絶対に負けたくないという気持ちが! わたくしを熱くさせているのです!」

「は、はあ……」

「身長だって、わたくしより忍さんの方が高いですし……!」

「は? 身長?」

 

 勢いのまま漏らした多佳美の一言に、桃花は思わず目をぱちくりさせた。

 

「そうです! 1cmだけ高いのです! 一体なぜ……!? わたくしと忍さん、何が違うというのですか……!」

「え、えーと、それは……」

 

 山中湖をライバルに思う多佳美の気持ちは分からないでもないが、身長まで比べ出してはキリがない。桃花が言葉に詰まっていると――突然、忍が拳を交互に突き上げる「例の踊り」をし始めた。

 

「いぇい、いぇい……いぇい、いぇい……。ふふ……」

「忍さま!?」

「忍さん!! わたくしは今、真剣に悩んで――ハッ!? まさか、その踊りで背骨が引き上げられて……!?」

「多佳美さま!?」

「負けてはいられません!! わたくしも踊ります!! いぇいいぇい、いぇいいぇい!!」

「ええーーっ!? ちょっ、お二人とも! お店の中ですから!」

 

 焦って止めに入る桃花だが、力強く腕を上げ下げする多佳美は聞く耳を持たない。

 一方の忍はといえば――奇妙な踊りは続けながら――桃花に向かって、悪戯っぽくウィンクを飛ばしてくる。

 

「え、えー……? どういう意味のウィンクですか……?」

 

 掌の上で多佳美を転がしているのか、それともただ楽しんでいるだけなのか――。

 やっぱり忍を形容する言葉は「ミステリアス」で合ってたなと痛感しつつ、桃花はとりあえず他人のフリをするためにお手洗いに立つのであった。

Fin.

written by Toshiaki Sato

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