story おはなし

温泉むすめショートストーリー 「伊東椿月の塩対応について」編

※「莉華M」……莉華のモノローグ。

○伊東温泉・某所(公民館など)
莉華M「わ! いつの間にかボクの後ろにも結構人が並んでる。すごいなあ……。この人たちみーんな、椿月ちゃんのサイン会のために伊東温泉に来たんだ……!」

莉華「(くすっ、と笑い)椿月ちゃん、ボクが並んでるって知ったら驚くかな?」
椿月の声「次の方~、どうぞ~」
莉華M「これで前の人が行って……ボクの番は次だね! どれどれ~? 先頭になったことだし、椿月ちゃんのファンサービスを観察させてもらおっかな~?」

 

♨     ♨      ♨


  椿月、ずっと塩対応で――。

椿月「はい。こんにちは」
椿月「はあ、東京から。それはどうも……」
椿月「私のファン? プチコロの他のメンバーではなく? 物好きな人ですねえ……」
椿月「あ、差し入れは手渡しではなく、あちらのボックスにお願いします。
はい、次の方~」
莉華「(すかさず)塩対応すぎない!?」
椿月「わっ。莉華ちゃん? え、お客さんとして来たんですか?」
莉華「(ぷんすかと)椿月ちゃんが地元を盛り上げるためにアイドル始めた、って聞いたから様子を見にきたの!
(本気で心配し)ダメだよ~、あんな対応じゃお客さん怒っちゃう!」
椿月「はあ……」
莉華「もっとあるよね!? 『来てくれてありがと~♪』とか、『温泉であったまっていってくださいね~♪』とかさ!」
椿月「えーと、ひとり一分なんで……サインどうします?」
莉華「だから事務的~っ……! うう……! このCDに書いて……」
椿月「うわ、プチコロのCDだ」
莉華「今『うわ』って言った!? 自分たちのユニットなのに!?」
椿月「あ。サインの宛名どうします?」
莉華「(ヤケクソ)『莉華ちゃんへ』でお願いします!」
椿月「はーい」
莉華「あ、それとこれ、差し入れ。椿月ちゃんが好きな下田のマドレーヌ……」
椿月「あちらのボックスにお願いしまーす」
莉華「ボクもダメなの!?」

○同・差し入れボックス前
莉華M「むぅ……。あれで大丈夫なのかな? アイドルなのに……」
莉華「っと。差し入れボックス差し入れボックス(探し)……あった!ってうわあ!? プレゼントであふれてる!」
莉華「ウソウソ、すご~~い! お手紙もこんなにいっぱい! あれでちゃんと人気なんだ! へえ~~~~……!」
  莉華、ふと考え、楽しそうに、
莉華M「(木魚の音)ぽく、ぽく、ぽく、ぽく……ぴこーん!」
莉華「これは……秘密が気になっちゃいますな~♪」

○同・楽屋(サイン会終了後)
椿月「(関係者に)ええ、どうも。企画ありがとうございました。
私、ちょっと自分の楽屋で休んでから帰りますので。はい。お疲れさまでしたー」
  一瞬、間(関係者見送る)。
椿月「ふう……」
莉華「あ! 来た来た♪」
椿月「ああ、莉華ちゃん。ここにいたんですか」
莉華「お疲れ~、椿月ちゃん!
 ……というわけで、これ食べて♪」
椿月「え? これは……みかんまんじゅうですか。嬉しいですけど、なぜ?」
莉華「いいからいいから。はい、どうぞ♪」
椿月「はあ。では、いただきます。(食べて)もぐもぐ……」
莉華「はいっ! 食レポの時間です! お味の方はどうですか?」
椿月「甘くておいしいですねー」
莉華「ふむふむ。それで?」
椿月「え? 甘くておいしいですけど」
莉華「それだけ!?」
椿月「は、はい……。あの、さっきからなんなんですか?」
莉華「う~ん、好きなものにも塩対応か……。ますます気になるぅ~……」
椿月「莉華ちゃ~ん?」
莉華「(バッと)椿月ちゃん!」
椿月「はい」
莉華「ボクのポリシーは温故知新! 伝統を大事にしつつ、新しいことをいっぱい知りたいの!」
椿月「知ってますよ。莉華ちゃんが赤ちゃんの頃からの付き合いですし」
莉華「それでね? ボクは今、椿月ちゃんの人気の秘密をとっても知りたいのです!
 塩対応なのに、なんでなのかな? 新しいアイドルのカタチなのかな?」
椿月「なるほど」
莉華「教えて? 椿月ちゃん」
椿月「そうですね。それは……」
莉華「うん!(わくわく)」
椿月「私にも分かんないんですよねえ……」
莉華「え?」
椿月「私も悩んでるんですよ……。だって、愛想はいい方がいいし、会話は弾んだ方がいいに決まってるじゃないですか」
莉華「え? え?」
椿月「それがどうしてもうまくやれなくて。今日なんて『無』ですよ、無。ほっぺたの筋肉1ミリも動いてません。笑顔が作れなくて……」
莉華「(右のセリフに被せ)あわわわ……!椿月ちゃんの闇があふれ出しちゃった!
 で、でもでも、みんなはそんな椿月ちゃんが好きなんだと思うな!(励ます)」
椿月「そうですかね……」
莉華「うん! 絶対そう!」
椿月「ですがせめて、皆さんが振ってくれた話題は広げてあげたいんですよね……」
莉華「あー。確かに、さっきの食レポも全然広がらなかったもんね」
椿月「はい……」
莉華「なんでだろ? 苦手なの?」
椿月「なんでなんでしょうねえ」
莉華「……」
椿月「……」
莉華「あ! これだ!」
椿月「止まりましたね」
莉華「止まった~♪ あははははっ♪
 (笑いながら)言われてみれば、今までもよくあったかも! 全然気にしてなかったけど!」
椿月「そんなに笑わなくても……」
莉華「あ、じゃあさじゃあさ、今日みたいなイベントの時は、椿月ちゃんのことを知り尽くしてるボクが隣にいて、サポートしてあげよっか?」
椿月「サポート?」
莉華「そう! ボクがこっそり話題の広げ方をアドバイスするの!」
椿月「それはまあ、助かりますが……」
莉華「というわけでハイっ! 今お客さんが来ました!」
椿月「え? どこに?」
莉華「目の前に! 想像して!」
椿月「はあ……。えっと、こんにちは」
莉華「(囁き)目を見て! 大きい声で!」
椿月「こ、こんにちは!」
莉華「(囁き)今日はどちらからいらしたんですか?」
椿月「今日はどちらからいらしたんですか?」
莉華「(囁き)山梨県ですか!」
椿月「山梨県ですか!」
莉華「(囁き)富士山は静岡のものですからね!」
椿月「……ええと、富士山は静岡の」
莉華「(囁き)はっきり!」
椿月「例の謝罪会見じゃないですか!」
莉華「え?」
椿月「放送事故の動画で見たことありますよ。
 絶対炎上するやつですよ」
莉華「えー! 知らなかった……」
椿月「話題の広げ方も危険ですって。富士山ネタは……(客席に)山梨県民の方、本当にすみません」
莉華「ごめんなさーい♪」

○温泉旅館(椿月の住まい)・一室(夜)
莉華「ただいま~♪ は~……! いいお湯だった! 伊東のお湯はやさしいね~」
椿月「おかえりなさい。布団、それでいいですか?」
莉華「ん、ありがと♪ 何書いてるの?」
椿月「(ペンの音ここで止まる)ああ、今日のイベントの反省ノートです」
莉華「反省ノート!? え、気になる! 見てもいい? 見せて!」
椿月「いや、恥ずかしいので……ってこら。潜り込んでこないでください」
莉華「(読み上げ)『自分のファンだと言われたら、素直に喜ぶ』、『サインの催促は事務的にならないように』……」
椿月「読み上げないでほしいんですが……」
莉華「マジメだねえ~……。
あ、ここ!
『莉華ちゃんの質問……塩対応なのになぜ人気なのか? を考えておく』って書いてある! 覚えててくれたの!?」
椿月「まあ、答えられてなかったので……」
  SE:ズキュウウン! ときめく音。
莉華「つ、椿月ちゃんっ……!(感動)
 そっか、そういうことだったんだ……!」
椿月「莉華ちゃん?」
莉華「ボク、今日もいっぱい無茶振りしちゃったけど……椿月ちゃんはぜんぶ相手してくれたよね!」
椿月「そうでしたっけ?」
莉華「(聞いておらず、うっとりと)塩対応だけど、しょっぱいだけの塩じゃない。
しょっぱさの中に滲み出る、隠しきれない優しさ……。それこそが椿月ちゃんの人気の秘密なんじゃないかな!?
椿月ちゃん! どう思う!?」
椿月「いや、分かりませんけど」
莉華「はい! 塩対応いただきました~!」

(おわり)

written by Toshiaki Sato

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