温泉むすめショートストーリー 「探せハンカチ! 伊乃里とかがみ、雲仙温泉での出会い」
○雲仙温泉・温泉(うんぜん)神社の境内
姫楽「いい風……」
伊乃里の声「(遠くから)姫楽さ~ん! お待たせしました~!」
伊乃里「はぁ……はぁ……すみません~!来る途中におじいちゃんとおばあちゃんとおじさんとおばさんとお兄さんとお姉さんと観光客の方とわんちゃんをーー」
姫楽「助けてたら遅くなったんでしょう? あなたらしいわ」
伊乃里「はぅ……面目ないです……」
姫楽「気にしないで、私も着いたばかりよ」
姫楽「さすが歴史ある避暑地、雲仙温泉といったところかしら。七月なのに涼しくて過ごしやすいわね」
伊乃里「いえいえ! それは黒川温泉も同じじゃないですか! この前お邪魔した時は川のせせらぎに癒されて、暑さなんてすっかりーーはっ! そういえばあの時もお待たせしましたよね!? すみませぇ~ん!」
姫楽「だから気にする必要はないわ。自然に包まれて待ち人の事を想う。乙なものよ」
伊乃里「姫楽さぁん……しゅてき(素敵)」
姫楽「それに、あの子には少し遅めに来るように伝えておいたから安心なさい」
伊乃里「あ! 私に紹介したいっていう子ですよね! どんな方なんでしょう?」
姫楽「きっと仲良くなれると思うわ。あなたと似ているから……」
姫楽「ん、来たわね。かがみさん、こっちよ!」
かがみ「姫楽さーん」
姫楽「迷わず来られた?」
かがみ「こ、来られた……! 折角だからね、ちょっと早く来て雲仙地獄を回ってみたんだ。湯気がもわもわ~ってしてて凄かったよ……!」
姫楽「(優しく)そう。確かに素敵よね」
かがみ「(はにかみ)うん……!(と、急に落ち込み)あ、でも……」
※大切なハンカチを盗まれた件。
姫楽「? どうしたの?」
かがみ「(わざと明るく)あ、ううん! 何でもない!」
姫楽「そう……? じゃ、紹介するわね。この子が前に話した雲仙伊乃里さん」
伊乃里「は、はいっ!」
かがみ「(緊張)あ……お、奥津かがみ……です。はじめまーー(気づき)はっ!」
伊乃里「は、始めまして! 雲仙伊乃里と申しますぅ。今日はわざわざーー」
かがみ「(遮って)ドっ、ドドドドっ!」
姫楽・伊乃里「ド?」
かがみ「ドロボー!!!」
姫楽「(伊乃里と同時に)ええ?!」
伊乃里「(同時に)ええーーっ!? わ、私のことでしゅか!? そんな!? え? どろぼッ、どろぼぼぼぼぼ」
姫楽「伊乃里さん、落ち着いて」
かがみ「き、姫楽さぁん! この人、どろ、どろぼ、どろぼぼぼぼぼ」
姫楽「かがみさんも」
伊乃里「ふえぇ!! 私、泥棒なんて神に誓ってやってませーーん!」
姫楽「落ち着きなさい!」
伊乃里・かがみ「ふぁい!」
姫楽「(なだめるように)かがみさん。泥棒って、あなたが何かを盗まれたのね?」
かがみ「う、うん……」
姫楽「盗んだのは本当に彼女だった? よく見てみて」
かがみ「よ、よく見る……見る~……」
伊乃里「人違い、ですよねぇ……?」
かがみ「(確信あり)どろぼーです……」
伊乃里「ふえぇ……! なんでぇ~~?」
姫楽「伊乃里さん。もちろんあなたには心当たりがないのよね?」
伊乃里「はいぃ……。で、でも、それで争いが収まるなら、私がどろぼーさんでOKですぅ……」
姫楽「ダメに決まってるでしょう」
伊乃里「ぴえっ」
姫楽「かがみさん。話を聞かせて」
かがみ「うん……」
♨ ♨ ♨
姫楽「なるほど。かがみさんが地獄めぐりの最中に落としたハンカチを、伊乃里さんが持って行ってしまったと。それが泥棒に見えたわけね」
かがみ「ほんとに泥棒したんだよ……拾うときキョロキョロ~ってしてて、すっごく怪しかったし……」
伊乃里「そ、それは! 持ち主がいないか探してたんですぅ~……!」
かがみ「でも……誰にも話しかけないで、ささっと懐にしまっちゃったし……」
伊乃里「声をかけてくれたらすぐにお渡ししたのにぃ~……!」
かがみ「し、しかもね、だだーって、慌てて逃げてっちゃったんだよ……!」
伊乃里「今朝は教会のお勤めがあったので急いでてぇ……!」
姫楽「(ふむ、と)……」
かがみ「あう……あぅぅ……えっとぉ……か! かがみちゃんサーーーチ!」
伊乃里「ひっ! 今度はなんですか!?」
姫楽「説明しましょう」
伊乃里「姫楽さん!?」
姫楽「かがみちゃんサーチとは真実を見通す曇りなき眼。相手が嘘をついているかどうか一瞬で見分ける、かがみさんの秘奥義なのよ!」
伊乃里「姫楽さんって時々ノリがいいですよねぇ……」
かがみ「じぃーっ……」
伊乃里「はっ!? すごい見られてる!」
かがみ「じぃーーーーっ……!」
伊乃里「ううぅ~……か、神よ~! 我が疑いを晴らしたまえぇ~!」
かがみ「泥棒じゃ……ない……!」
伊乃里「通じた!?」
かがみ「う、うん。そんな人じゃない!」
姫楽「さすがかがみちゃんサーチ、確かな眼力ね」
かがみ「伊乃里さん……透き通った目……裏表のない言葉……。うぅ……ぐすっ」
泣き出し、しゃくりあげるかがみ。
伊乃里「か、かがみさん……?」
かがみ「(泣きながら)う、疑って、ごめんなさいっ……うええ~~ん!」
伊乃里、焦りつつ自責の念を感じて、
伊乃里「そんな……! 私こそ、そもそも拾った時にちゃんと持ち主を探してればこんなことには……!」
かがみ「(泣きながら)伊乃里さんは悪くないよぉ……」
伊乃里「いいえっ! 持って帰った時点で私は泥棒同然だったんですぅ!」
かがみ「(泣き)わたしが悪いの……!」
伊乃里「私のせいですぅ~~!」
姫楽「ちょっと、あなたたち」
かがみ「(ぐずり)姫楽さん、こんなダメダメで悪い子なわたしを叱って……」
伊乃里「姫楽さん、我が罪の告白をどうかお聞きくださいぃ~……」
姫楽「こ・ら。いい加減になさい」
伊乃里・かがみ「ぴっ」
姫楽「伊乃里さん。ハンカチはあなたの家にあるのね?」
伊乃里「はい……」
姫楽「なら、今から行きましょう。大事なのは、あるべきものがあるべき人の手にあることだもの。ね?」
かがみ・伊乃里「姫楽しゃぁん……!」
♨ ♨ ♨
姫楽「(気持ちよさそうに)ふう……。風にそよぐ風鈴……風流ね。
(やや溜めて)……それに引き換え……」
伊乃里「ふぇぇぇぇ~~~っ! ごめんなさいぃ~~~っ!!」
かがみ「こ、このハンカチの山、ぜ~んぶ落とし物なの……?」
伊乃里「うぅ……見つけたらつい拾っちゃって……今やこんな量に……」
伊乃里「罪人どころじゃ済まされません!私は地獄に落ちるべき大罪人です!」
姫楽「はいはい。かがみさん、どんなハンカチだったか覚えてる?」
かがみ「カジカガエルの刺繍が入った紺色のハンカチ。砂和ねえと美彩ねえからのプレゼントなの……」
伊乃里「そ、そんな大事なハンカチだったんですか!? ……大罪人でも生ぬるい……! 私は、悪魔……!」
姫楽「手分けして探しましょうか」
かがみ「うん……!」
三人「う~ん、う~ん」と唸り、
かがみ「ない……みたい……」
伊乃里「そ、そんな……! わ、私、なくしちゃった……!? 罪人を超え、悪魔を超え……魔王のごとき悪行ですぅ……!(ぐずる)」
かがみ「な、泣かないで伊乃里さん……!落としたのはわたし……わたしも一緒に地獄に連れてって……!」
伊乃里「か、かがみしゃん……!」
かがみ「伊乃里さん……!」
伊乃里・かがみ「うわ~ん」
姫楽「あなたたち、泣いてばかりね……。ほら、拭いてあげるから」
かがみ「あ……姫楽さんのハンカチ……」
姫楽「伊乃里さんも」
伊乃里「ありがとうございますぅ~……。うう……。優しい姫楽さん……」
伊乃里が涙を拭いてもらっていると、
姫楽「根を詰めすぎてもよくないし、少し外の空気でも吸いに行きましょうか」
伊乃里「(違和感でぽつり)外?」
かがみ「(姫楽に)うん。姫楽さん」
伊乃里「外……。あーーーーっ!」
姫楽・かがみ「わっ!?」
伊乃里「ちょっと待っててください! すぐ、すぐ戻ってきますぅ!」
伊乃里「ありましたーーーっ!!」
姫楽・かがみ「えっ!?」
伊乃里「お天気がいいからお洗濯したんでしたぁ! これ……!」
かがみ「カジカガエルの刺繍……!」
伊乃里「(大緊張)かがみさんのハンカチで間違い、ありませんよね……??」
かがみ「……うん!」
伊乃里「(安堵のため息)はぁ~~~~~」
姫楽「一件落着、ね」
伊乃里「うう……。よかったですぅ……」
かがみ「……すりすり……さらさら……」
姫楽「あら、どうしたのかがみさん。ハンカチに頬ずりして」
かがみ「手触りがいいなぁって思って……お洗濯、上手なんだね」
伊乃里「い、いえ、それほどでも! ……持ち主さんに返す時は、きれいな方がいいかと思って……」
かがみ「(微笑)素敵な考え、だと思う」
伊乃里「そ、そうですか? えへへ……」
かがみ「あの……伊乃里さん」
伊乃里「はい?」
かがみ「よければ、姫楽さんのハンカチ、一緒にお洗濯しませんか?」
姫楽「私の?」
かがみ「さっき拭いてくれたやつ……。お詫びと、感謝を込めてお洗濯です」
伊乃里「(感動)……! ぜ、ぜひ! 一緒に洗いましょう!」
かがみ「うん。一緒に……!」
姫楽「ふふっ。あなたたちを引き合わせて正解だったわ」
伊乃里「えへへ……!」
かがみ「伊乃里さん! 姫楽さんのハンカチ、いっぱいふみふみしてきれいにしようね!」
伊乃里「はい! い~っぱいふみふみしてー……ふみふみ!?」
かがみ「足踏み洗濯です!」
伊乃里「き、姫楽さんのハンカチを……足で踏んづけるのですか!?!? そんなこと絶対にダメぇ!」
かがみ「(裏で戸惑い)え? え??」
かがみ「(以降、表で)えっと、足踏み洗濯っていうのは、奥津温泉の伝統的なーー」
伊乃里「(涙がてらに)姫楽さんのハンカチを足で踏みにじるだなんて……! そんな酷い事をするだなんて……! かがみさん! 針山地獄で串刺しになっちゃいますよぉ~~!」
かがみ「ひいっ! 怖い……! 姫楽さん……っ!」
姫楽「(微笑ましく)はいはい……。もう、仕方ない子たちね」
Fin.
written by Ryo Yamazaki