ピィーーーーーッ！

　ストーブの上のやかんが鳴って、わたしはマフラーを編む手を止めた。

　慌てて「はいはーい！」とコタツから飛び出し、やかんのお湯を急須に注ぐ。ふと見れば、窓の外はすっかり暗くなっていて、あたり一面に降り積もった雪も夜の色に染められていた。

 

「もうこんな時間だべか。わたしたち随分長いこと編み物してたんだねえ、小町ちゃ――ん゛っ！？」

 

　一緒のコタツに入っていた女の子を振り返って、わたしは変な声をあげた。

　さっきまで編み物をしていたその子――小野川小町ちゃんが、編みかけの赤いマフラーを胸に抱いたまま、茹でだこのような顔で倒れていたからだ！

 

「小町ちゃん！　死んじゃ……死んじゃダメだべさーーーっ！！」

 

　慌てて小町ちゃんの両肩を揺すると――。

　彼女はぱっと目を開けて、「なぁんだ。那菜子ちゃんかあ……」と呟いた。

　な……なぁんだ？？

　呆気に取られるわたしをよそに、小町ちゃんはため息まじりに身を起こす。

 

「私ったらいつのまにか寝ていたのね。ついに素敵な殿方が私をさらいに来てくれたと思ったのに……」

「す、素敵な殿方が？　さらいに来た？？」

「ええ。そうしたらこの襟巻を差し上げて……。きっと、きっと……！　大恋愛のはじまりよーっ！」

 

　小町ちゃんは両手を頬に当てて、きゃーきゃーと身をよじらせている。

　わたしはそこでようやく気付いた。

　はっはーん……。さては始まったな！？　いつものやつが……！

　こう見えて、普段の小町ちゃんは物静かな大和撫子だ。そんな彼女がこんな風にはしゃぐ理由は一つだけ。

　そう、恋の妄想である！

　かく言うわたしにも妄想癖があって、それがきっかけで小町ちゃんと仲良くなれた。山形在住の小町ちゃんと宮城在住のわたし。雪深い東北の冬といえば妄想の季節！

　なんにせよ、話の続きが気になる……！

　わたしはいそいそとコタツに入りながら言った。

 

「大恋愛かあ～。素敵だべ！　それで、マフラーをあげたあとどうなるべさ？」

「彼は手編みの襟巻を気に入ってくれて、二人で出かけるの……」

「おおっ、それデートだべ！　どこに？　どこに行くべか！？」

 

　わたしが思わず前のめりになると、小町ちゃんは頬を赤らめ、「かまくら……」と言った。

「か、かまくら？」と、わたしは首を傾げる。

 

「ええ。外には雪が降っていて、かまくらを照らすのはかすかな蝋燭の灯りだけ……。私たちはその中で……」

 

　そこまで言うと、小町ちゃんはぽっと顔を赤らめてもじもじし始めた。

　そ、その色っぽい表情は何なんだべ！？

　わたしはごくりと唾を飲み込み、「そ、その中で……？」と聞き返す。

　すると――小町ちゃんは赤い毛糸を自分の指に巻き付けながら、うっとりと話し始めた。

 

「二人で上着を脱いで、ぴったり寄り添って……」

「脱いで寄り添う！？」

「汗だくになりながら……」

「汗だくに！？」

「はあはあと……」

「はあはあ？！？」

「……きゃーっ！　那菜子ちゃんったら！　これ以上は恥ずかしくて言えないわ！」

「！？！？」

 

　この反応……。こっ、これはなんか……。なんかオトナな感じだ……！！

 

「……ささささすが小町ちゃんだべ！！　すんごいべさーーー！！！」

 

　なんだかこっちまで恥ずかしくなってきて、わたしはせっせと編み物を再開した。

　小野小町にゆかりのある小野川温泉の温泉むすめなだけあって、やっぱり小町ちゃんの恋愛妄想は本格的だ。わたしも自分のマフラーを編みながら色々と考えているけれど、彼女の発想には到底及ばない――

 

「ところで、那菜子ちゃんが編んでいる襟巻……一人で巻くには長すぎないかしら？」

「えっ！？」

 

　――と思っていたのに、小町ちゃんはニヤリと笑ってそう言った。

 

「ずっと不思議に思っていたの。それ七尺はあるわよね？」

「あ、これは……その……」

「うふふ。次は那菜子ちゃんの番よ。さあ、その襟巻で何をするの？」

 

　小町ちゃんは優しく微笑んでわたしを促してくる。うぅ……。そうだよね……！

　妄想の師匠の小町ちゃんには最初からお見通しだったんだ――っ！！

　わたしは覚悟を決め、思い切って口を開いた！

 

「そっ、そうだべ！　わたし、いつかこのマフラーを伊達政宗公と一緒に巻いて……！

伊達政宗公と“ラブラブ♡愛の螺旋巻き”しながら秋保温泉を歩くんだべさぁーーーっ！！」

 

　…………。

　目をつぶって言い切ったわたしは、そのまま小町ちゃんの言葉を待つ。

　だけど、小町ちゃんは何も言ってくれなくて――しびれを切らしたわたしは、おそるおそる目を開けた。

 

「って、泣いてるーーー！？」

 

　小町ちゃんは祈るように両手を組んでわたしを見ていた。なぜか涙を流しながら。

 

「“ラブラブ♡愛の螺旋巻き”……！　素敵……！」

「そ、そうだべか？　わたし、子どもっぽいかなと思って恥ずかしくて……」

「そんなことないわ！　私はてっきり、長い襟巻の端っこを余らせることでぷらぷらと揺らして、猫じゃらしのように殿方を惹きつけようとしているのだと思っていたけれど……。その数倍、いえ数百倍、素敵だわ……！」

「小町ちゃん……！」

「それで、具体的にはどんな計画なの？　ぜひ聞かせてほしいわ！」

 

　褒められて有頂天になったわたしは、長年あたためていた妄想を包み隠さず打ち明けた！

 

「あのねあのね！　まず設定からいくとね、ある日、伊達政宗公が秋保温泉にタイムスリップしてきて、わたしが家でかくまうことになるの！　それでドキドキの同居生活が始まるんだけど、政くんは残してきた家臣たちが心配で元気がなくて、わたしはそんな政くんのためにマフラーをプレゼントするの！　そしたら政くんは『かたじけない。だがこれではお主が寒いだろう』って言ってわたしにもマフラーを巻いてくれて、“ラブラブ♡愛の螺旋巻き”をしながら“覗橋♡ハート”に行くんだぁ～♡♡♡」

「えっ！？“覗橋♡ハート”って秋保温泉にある恋人の聖地の……！？」

「でっへへ～！　そしたら妙に懐いてくる猫がいてね、わたしたちはその子と遊んだり追いかけっこしたりするの！

でも、わたしたちって二人でひとつのマフラーを巻いてるでしょ？　だから動き回っているうちにマフラーが絡まっちゃって……！」

「不可抗力！！　いいわね、いいわよその感じ！　そしてそして！？」

「ほどこうとしても逆効果で、お互いにどんどん近づいちゃって、わたしたちは見つめ合うの……。そして……」

「……ごくり」

「二人はキ……はっ！？」

 

　そう言いかけたところで、わたしは我に返った。

 

「……ま、まあそんなところだべさ！」

「えーっ！？」

 

　小町ちゃんは物足りなさそうに口を尖らせているけれど、これ以上は話せない。だって、さっき聞かせてもらったオトナな話に比べたら、キスなんて子どもっぽすぎるからだ。

「残念。全部聞きたかったのにな……」と笑って、小町ちゃんはわたしの両手を包むように握手してきた。

 

「でも、さすが那菜子ちゃんね！　淡い初恋と思わせてからの急展開。オトナって感じだわ……！」

「オトナ！？　そ、そんなことないべさ！　小町ちゃんの、か、かまくらでナントカって話に比べたら……！」

「え？　かまくらの中で出前のラーメンを食べるのってオトナかしら？」

「へっ？」

 

　あっけらかんとした小町ちゃんの言葉を聞いて、わたしの声が裏返った。

　そ、そういえば聞いたことがある……。小野川温泉では冬の間、かまくらの中からラーメンの出前を注文することができるらしい、と……。

 

「……」

「すんごいことってどんなこと？　那菜子ちゃんが言うなら素敵なことにちがいないわ！　ねえ、聞かせて！」

 

　小町ちゃんは目をらんらんと輝かせてにじり寄ってくる。

 

「い、いや！　何でもないべさ！　何でもないから迫ってこないで……助けて！　伊達政宗公～～～っ！！」

 

（おわり）

written by Miyuki Kurosu