温泉むすめ伝「下諏訪綿音の章」
「なあお前ら、血液型性格診断って信じるか?」
注文を終えた二人がそんな話をしながら席に着くのを、あたしはなんとなく聞いていた。
あ、「注文」というのは「ドリンクの注文」のことで、「二人」というのは白骨朋依さんと姉貴の雫音のことだ。で、さっきの質問をしたのは朋依さんのほう。
ついでに、「席」というのは「あたしたちの地元・諏訪湖が一望できるカフェのテラス席」のことである。
四月の陽光が湖面に反射してきらきらと輝いている。いやぁ、実にキレイだな~……。
――っと、何の話だっけ。
「信じないよ、そんなの」
「えー、信じないのかよ。それじゃ話が広がらないだろうが」
にべもなく断言する姉貴にブーたれる朋依さんを見て、あたしは思い出した。そうそう、血液型の話だったね。
「さすがA型の姉貴! 普段はAB型っぽく斜に構えてるくせに、根がマジメなんだよな~」
隣に座っている姉貴の頬を突っつきながら、あたしも会話に混じる。「こういう話にはテキトーに乗っとけばいいんだよ~」と余計な一言も付け足したせいで、姉貴はうざったそうにあたしを押しのけてきた。
「ははっ。言われてみれば几帳面な雫音はA型っぽいよな。で、綿音はその真逆」と、朋依さんが笑う。
「そーそー。細かいことは気にしない。いわゆるB型だね~」
「おっ、マジ? やっぱりか! お前は絶対B型だと思ったわー!」
「でしょ~?」
朋依さんが身を乗り出して話に食いついてくれたので、あたしも自然と楽しくなってきた。「あはははっ!」と口を開けて大笑いしているところに――ためらいなく、姉貴がツッコミを入れてくる。
「いや、綿音もA型だけど」
「A型かよ!?」
そう、あたしの血液型もA型なのである。
や、まあそうなんだけど。話が盛り上がればその辺はテキトーでいいじゃんか。メンドくさい姉貴だな~。
「『自分B型です』みたいな今の口ぶりは何だったんだよ! 完全にそうだと思ったじゃねーか!」
「あはは~。ごめんごめん!」
「テキトー言ってごめん」と「姉貴が面倒でごめん」の二つの意味をこめて、あたしは朋依さんに二回謝った。
姉貴の雫音は今みたいに思ったことをズバズバと言っちゃう性格だ。そのくせ斜に構えるタイプでもあり、血液型性格診断の話題のような「お手軽な釣り針」には安易に食いつかない。
悪く言えば空気を読めない、良く言えば他人に流されない。そんな感じ?
「あ、そうだ。朋依さん、Adharaのライブの演出で懐中時計とか使わない? いいのが入ったんだよね~」
と、あたしが話を変えようとすると、
「いや、今は血液型の話だよね」
と、話を本題に戻してくるところなんかまさに姉貴である。う~ん、メンドくさい!
(……ま、ここは姉貴に任せますか)
相変わらずの姉貴がどこかおかしくて、あたしはしばらく二人の会話に口を挟まないことにした。
「雑談なら他の話題でもいいよね。なんで血液型の話なの? なにかきっかけでもあった?」
「ちょっ、めっちゃ聞いてくんなお前」
姉貴は朋依さんが血液型性格診断の話を持ち出した理由が気になっていたようで、事細かに問い詰めている。タジタジと目を泳がせる朋依さんを見ていると、変わってないところもあるんだな、と思えて微笑ましい。
同じ長野県の温泉むすめ同士、朋依さんのことは昔から知っているけれど――なんか最近雰囲気が変わったような気がする。あんなドクロみたいなアクセとかつけてなかったし。
「えーと、なんだっけな。……あ、そうそう! Adharaでもその話で盛り上がったんだよ」
その秘密は、朋依さんが最近加入したアイドルユニット“Adhara”にあるのかもしれないけど……。
(まあ、あえて詮索することでもないよなー、別に)
と、あたしは考えるのをやめた。
「うちらは『Adharaは家族』ってのを合い言葉にやっててさ。その流れで血液型の話になったんだ。んで、その時に『そういや近所に双子の温泉むすめがいたな』って思ったわけ」
「ふむふむ。なるほどね」
おっ、そうこうしているうちに話が終わったみたいだ。
ちょうどいいタイミングで飲み物も届いたし、そろそろあたしも雑談に戻って……。
「まあ、朋依さんは知ってると思うけど、私たち――正確には双子じゃないからね」
――って、まだ続けるんかい! 姉貴~~っ!!
「いや~、双子ってことでいいと思うけどな~。同じ日の同じ時刻に目覚めたんだから、誕生日は一緒だし」
そう言ってあたしが話を終わらせにかかったのに、姉貴にはそれも逆効果だったみたいで。
「いや、同じ時刻じゃないでしょ。私のほうがちょっとだけ早くて、それでこっちが姉をやってるんだから」
「うへえ……。出た! 時間にうるさい繊細むすめ!」
「大事なことでしょ。むしろあんたが時間にルーズすぎなの」
ぐぬぬ……。姉貴め、今日は手強いな。
そりゃ、姉貴の言っていることは正しい。あたしたち温泉むすめは赤ちゃんの状態でポコッと現れるんだけど、そのままじゃ成長しなくて――誰かに「温泉に入れてもらって」目を覚ます必要がある。つまり、温泉むすめの「誕生日」とは、この世に現れた日のことではなく、目を覚ました日のことだ。
諏訪大社があるおかげか、姉貴の上諏訪温泉もあたしの下諏訪温泉もその辺はきっちりしていて、姉貴とあたしは同じ日に隣同士で「産湯」に入れてもらい、目を覚ました。その時の録画もばっちり残っている。
そう、残ってしまっていたのだ……。コンマ数秒早く、姉貴が産声をあげる動画が――!!
「ま、まあまあ。落ち着けよお前ら」
話の流れがメンドくさくなってきたのを察したのか、朋依さんが焦ったようにそう言った。
「雫音の言い分も分かるけど……、アイドル的には双子で売り出した方がキャラ立つと思うぞ」
「アイドル?」
と、あたしは首を傾げる。
「あれ? お前ら参加しないの? 日本一決定戦。地元の温泉地を有名にするチャンスなのに」
「あー……」
『温泉むすめ日本一決定戦』。
確か、温泉むすめがアイドルになって地元をPRしようとか……そんな感じの企画だった気がする。
「そんなのあったね~。参加するかどうか全然考えてなかった。姉貴は?」
「うーん……。上諏訪温泉をPRしたい気持ちはあるけど、この辺は諏訪大社とか花火大会とか、あとワカサギ釣りとかで十分有名だし。ね、綿音」
すました顔でコーヒーをすすっていた姉貴は、そう言ってチラリとあたしを見た。
(……あっ)
その口ぶりを聞き、その視線を見て、あたしは直感で分かった。姉貴、いま斜に構えたな。
あっさり“やる”と言うとミーハーっぽくてダサいから、わざと渋ってる。め、メンドくせぇ~~!!
メンドくさい姉貴だけど……まあ、うん。
テキトーに乗っとけばいっか~!
「そうそう。下諏訪は職人の町だから、あたしは機械いじりできれば十分幸せだし~。な、姉貴」
あたしは自分のコーヒーを飲み干しながら含み笑いを返す。すると、朋依さんはしみじみ頷いて「そっかー。雫音も綿音も、今の自分に満足してるんだな」と、納得したように言った。
「じゃあ、アイドル始める理由はねーかもな。お前らと対バンしてみたかったけど、諦めた方がよさそう――」
「「いや、やるよ」」
と、姉貴とあたしの声がハモった。
「は!? アイドルやるの!?」
「「うん」」
「なんでだよ! 今のはやらない流れだろ!」
朋依さんが渾身のツッコミを入れてくれる。いやー、メンドくさくて本当に申し訳ない。
でも、これがあたしたちの日常なんです。
「だって、私がやるって言えば、綿音はとりあえずやってみるでしょ?」
「そういう姉貴こそ、斜に構えてやる気がないフリしてただけだよね?」
そう言って、あたしたちはニヤリと笑い合った。
「お前ら、やっぱり双子だわ……」
――そんなあたしたちに、朋依さんは呆れて言ったのだった。
Fin.
written by Toshiaki Sato