story おはなし

温泉むすめ伝「阿蘇ほむらの章」

 とある土曜日の、ぽかぽかあったかなお昼過ぎ。

 学校での用事を終えたわたしが、校庭の隅にある大きな木の下でいつもどおり横になっていると、

 

「オーホッホッホ! ごきげんよう、阿蘇ほむらさん!」

 

 その意識を引き戻すかのように、甲高い笑い声が聞こえてきた。

 重たいまぶたをなんとか開けて体を起こす。すると、柔らかそうな髪をたっぷり巻いた、ピシッときれいな立ち姿の女の子がわたしを見下ろしていた。

 ……誰だろう? 知らない子だ。

 わたしがぼーっと見上げていると、その子はちっとも失礼とは思ってなさそうに「失礼!」と言って、やぶからぼうにわたしのマイ枕を取り上げ――まるで骨董品の鑑定をするかのように、まじまじと観察を始めた。

 

「ふーむ、何の変哲もない枕ですわね。これならわたくしの枕の方が、質・デザイン共にはるかに素晴らしい。

となると、やはり――わたくしが求める秘訣はほむらさん自身にあるということですわね!」

「……えっと、どちらさま?」

「なぁっ!?」

 

 強引に話を進めようとする女の子に尋ねると、彼女はピシャァン!と雷に打たれたように固まった。

 

「あ、あなた……! いずれ温泉むすめの頂点に君臨する、この河口湖多佳美のことをご存じないんですの!?」

 

 河口湖多佳美ちゃん……うーん、考えてみたけどわからない。こんな子、一回見たら忘れないと思うけど。

 まあ、知らないものは仕方ない。今から知ればいいだけで。だからわたしはごあいさつ。

 

「多佳美ちゃん、だね……。よろしく……Zzz……」

「ちょっ、まだ話は終わってませんわよ!?」

 

そして、ごあいさつしたらおやすみなさい――とはいかなかった。

 

「さ、さすが噂に違わぬ快眠むすめ……。それでこそ、このわたくしに教えを授けるにふさわしいというもの!」

 

 多佳美ちゃんは不敵に笑い、どうだとばかりに胸をそらして言った。

 

「阿蘇ほむらさん! 今すぐこの河口湖多佳美にお昼寝の秘訣をお教えなさい!」

「……お昼寝の……秘訣?」

 

 どういう意味だろう。わたしが首をかしげると、多佳美ちゃんはずいっと顔を寄せてまくしたてる。

 

「わたくしもあなたのようにお昼寝をしたいのです! スッと眠るにはどうすればいいのですか!?」

「えー……?」

 

 困った。わたしは眠いから寝ているだけで、お昼寝の達人というわけではないのだ。

 そんな戸惑いをよそに、多佳美ちゃんはきらきらと真っ直ぐな目でわたしを見つめてくる。歯切れのいい言葉づかいといい、裏表がなくて素直な子のようだった。

 なにか答えてあげたいけど……そうだなあ。

 

「お気に入りの場所を見つけるとか? わたしはこの木の下だよー……」

「どこで眠るかが大事ということですわね! そう来ると思いましたわ!」

 

 わたしの言葉を聞いた多佳美ちゃんは、すかさずスマホの画面を突きつけてきた。

 

「お昼寝の効率を上げる場所は完璧にリサーチ済! リラクゼーションスペースにハンモックカフェ、最先端の仮眠椅子を取りそろえた施設などがあるみたいですわ!」

 

「ほおー……」と、わたしは画面を見ながらうなる。いまはこんな施設があるんだね。

 

「さあ、ほむらさん。どちらへ参りましょう?」

「え、行くの?」

「当然でしょう。あなたが眠りにつくまでの一連のプロセスを知りたいのです」

「はあ……」

 

 わたしはさらに困った。思ったより本格的に学びに来ているみたい。

(どうしよっかなー……)と悩んでいると、木立の向こうの陽だまりで、ネコたちが固まって気持ちよさそうにごろ寝しているのが目に入って――わたしは枕を抱えて立ち上がった。

 

「よし。それじゃあ、わたしの家に行こー……」

 

♨     ♨     ♨

 

 そんなわけでやってきたわたしの部屋は、日当たりのいい和室である。

 部屋から阿蘇の大自然を見渡すことができるのがちょっとした自慢で、窓を開ければ、阿蘇五岳のエネルギーをいっぱいに吸った風が涼やかに吹き込む、お昼寝にはもってこいの場所だ。

 

「ふいー……。学校から帰って入る温泉は最高だねー……」

 

 多佳美ちゃんを連れて一風呂浴びてきたわたしは、彼女に「好きにくつろいでてね」と伝えると、太陽の光が差し込んでいて風通しもいい床――いちばん気持ちよく眠れる場所に布団をさっと二組敷いた。こんなわたしだけど、布団を引くスピードはなかなかのものだったりする。

 

「よしよし。それじゃ、寝てみよっかー……」

 

そう言って多佳美ちゃんを見ると――「あの」と、彼女は眉をハの字にして困っていた。

 

「ほむらさん、わたくしはお昼寝の秘訣を知りたいのですが」

「うん。だから、温泉につかって身体をリラックスさせてー……」

「違います! わたくしの求めているのは、空いたわずかな時間に効率よく睡眠をとる方法ですわ!」

「うんうん……。分かってる分かってる……」

「あ、こら! がっつり寝る体勢で布団に入らないでください! 全然分かってないですわよね!?」

 

 横になったわたしの頭上に膝をついて、多佳美ちゃんはきゃんきゃんとわめいている。でも、学校でのお昼寝を中断して、温泉で体をあっためて、さらに布団まで敷いてしまったら――わたしの眠気はもう限界。

 

「こうやってね、横になれば……すぐ、眠く、なるよー……」

「……な、なるほど! とにもかくにもまず横になる、それこそがお昼寝の秘訣ということですわね!」

「んー……」

 

 わたしがむにゃむにゃやっていると、多佳美ちゃんは勝手に納得して隣の布団に入ってくれた。

 二人そろって目を閉じると、すん、と部屋が静かになる。

 日差しの温もりと、爽やかな風に包まれて、わたしたちの意識は闇の底へ――

 

「だめですわーーーーっ!!!!」

 

 ――落ちなかった。

 

「まっっったくもって眠くなりませんわ! なぜ? なぜですの!?」

 

 がばりと身を起こして多佳美ちゃんは頭を抱えた。彼女の目は爛々と輝いていて、とても眠れそうな様子じゃない。目が冴えているなら無理して眠らなくてもいいと思うけど、なにが彼女を突き動かすんだろう。

 

「多佳美ちゃん、なんでそんなにお昼寝にこだわるの?」

「決まっていますわ! 睡眠の質を高めることで、毎日の時間を効率的に使えるようになるのです! これから始まる『温泉むすめ日本一決定戦』の頂点を極めるため、一分一秒たりとも無駄にしない覚悟ですわ!」

「あー……」

 

 なるほど。『温泉むすめ日本一決定戦』のことを聞いて火がついちゃったのか。

 

「ず、ずいぶん気の抜けた返事ですわね……。ほむらさんは興味がないんですの?」

 

 と、多佳美ちゃんが不思議そうにこちらを見る。わたしは目を閉じたまま、口だけで軽く微笑んだ。

 

「もちろん興味はあるけど、果報は寝て待てだからね……」

 

 アイドルになって自分の温泉地をPRしながら頂点を目指す――そんな内容の企画に興味がないわけがない。わたしも阿蘇のことは大好きだし、ここで働く人々のために何かしたいと思ってるし。

 ……でも、眠いときは寝た方がいいと思う。

 

「多佳美ちゃん、ぎゅー……」

「きゃっ!? なんですの急に!」

 

 わたしは多佳美ちゃんの布団に潜り込んで、彼女をぎゅっと抱きしめた。

 

「ふっふー……。この方があったかいし、よく眠れるんだよー……」

「え、えっ!? 秘訣!? それは秘訣ということですの!?」

「さあ……? どうかなー…………ぐう」

 

 多佳美ちゃんの体はふわふわで、わたしの眠気はとうとう限界を超えてしまった。抱きつかれた多佳美ちゃんが何か言っているけれど、もはやまったく頭に入ってこない。

 ぽかぽかの布団と、ふわふわの体に挟まれて――わたしは気持ちよく意識を手放した。

 

「……すぅ……すぅ……」

 

 ――わたしが目を覚ますと、多佳美ちゃんも穏やかな寝息を立てていた。

 なんとしても眠らねば、と気張っていたさっきまでとはうってかわって、彼女の寝顔は愛らしい。

 

「寝れたねー……」

 

 春風にゆったりとカーテンが揺れるのにあわせて、やわらかな日差しがなめらかにゆらめく。

 さあ、わたしももうひと眠り。多佳美ちゃんにぴったりと寄り添って――おやすみなさい。

 

Fin.

written by Toshiaki Sato

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