story おはなし

温泉むすめ伝「指宿絵璃菜の章」

「へそってなんだ?」

 ある日の昼休みのことである。師範学校の屋上で指宿絵璃菜、鴨川茉凛、いわきあろはの三人が昼ご飯を食べていると、絵璃菜が言い出した。

 あまりにも唐突な質問に、箸を止めた茉凛がきょとんとして小首をかしげる。

「なにって。おへそはおへそでしょ?」

「んー、そうなんだけど……この前、地元の行事の時に正装着たんだ。んで、気づいた」

 絵璃菜は弁当を置き、袴のお腹の辺りに手を当てた。

「えりなの正装、へその部分が丸出しだって」

 真剣な様子の絵璃菜に、茉凛は頷き返した。

「確かに」

「なんかさー、その時から、みょーにへそのことが気になっちゃって……茉凛も正装へそ丸出しだよなー」

「だねー。なんてったって、うちら三人スーパーヘソ出し能天気ガールズって言われるくらいだし」

「なあなあ、何か知らないか? へそってなんなんだーー??」

 頭の上に疑問符を大量発生させながら絵璃菜が茉凛を揺さぶっていると、横からあろはの声が飛んでくる。

「へそは湯沸かし器だよ」

「ゆ、湯沸かし器だってーーー!?」

 絵璃菜は昭和の香り漂う、あまりにも大げさなリアクションで驚いた。あろはの回答が、それほど思いもよらなかったからである。

 あろはは眉間に皺をよせ、とっておきの秘密を語るかのような面持ちで続けた。

「へそで茶を沸かすって言うでしょ。あれはつまり、そういうことなんだよ」

「へそで、茶……? 知ってる? 絵璃菜ちゃん」

「いや、茉凛。えりなは初めて聞いたぞ。やっぱりあろはは物知りだな……!」

 絵璃菜は尊敬の眼差しをあろはに向けた。

 あろははいつも色んなことを教えてくれる。適当なことを言ってることも多々あるのだが、今回は真剣に答えてくれている気がした。口調がいつもと違ってキリッとしてるし、なによりあの顔つきは間違いないと絵璃菜の直感が訴えている。

 絵璃菜は着物の上着をはだけると、へそ剥き出しのインナー姿になった。

「切腹!?」

 茉凛は目を瞑って顔を歪めた。

「違うぞ、茉凛。弁当をあっためるんだ。湯たまらん丼はあっためたほうが美味しいからなー」

 絵璃菜はその場に寝転ぶと、いそいそと弁当を腹の上に乗せた。

「あー、お湯も沸かせるなら弁当もあっためられるだろってわけね~。えりなっぴは天才か」

 あろはの言葉に、絵璃菜は深く頷いた。

「ん。今、自分でもそう思ってた。えりなは恐るべき天才かもしれない」

「へー。それならわたしもやってみたいかも」

 茉凛もお腹の上に弁当を乗せると、絵璃菜の横に寝っ転がった。

「へそで弁当が温められたら、みんなにも教えてやらなくちゃなー、茉凛!」

「そうだね! これができたらお昼の大革命だよ!」

 絵璃菜と茉凛は、自分たちの起こす師範学校お昼革命を思い胸躍らせた。もしかすれば、師範学校だけではなく日本中の人が、お昼にはへそへお弁当を乗せるようになるかもしれない。

「お昼革命が成功したら、えりなは自分の銅像を建ててもらうんだー」

「じゃあ、わたしは教科書に載せてもらおー」

 ワクワクしながら話し合っている絵璃菜と茉凛の横で、考えをめぐらせるようにあろはが唸った。

「ふむ……」

 あろは弁当をどかすと、ふたりのお腹をゆっくりさすり始める。

 何事かと首をかしげる絵璃菜と茉凛に、あろはは言った。

「火力が足りない……お腹火力(おなかりょく)が!」

「おな……かりょく……?」

 未知の言葉と出会った衝撃に絵璃菜は震えた。あろはは流れるような語り口で続けた。

「お腹ってね、遠い昔は火を作り出す機能も有していたんだよ。お腹。音読みでは『ふく』って言うでしょ? あれは火を『ふく』からきてるんだ」

「ってことは、昔の人って火を吹いてたりしたのか!?」

 絵璃菜と茉凛の腹の真ん中あたりで、あろははピタリとさする手を止めた。

「へそからね」

「「へそからーーー!!?」」

 驚くふたりに、更に驚くべき真実をあろはは告げた。

「今を生きる人たちにもその名残はあるよ。へそのごまってあるでしょ、あれは炭」

「そ、そうだったのか……!」

 絵璃菜はへそから火を吹く人間の姿を想像してみた。

「へそからファイヤー……カッコいいなーーー!!!」

 同じく想像していたらしい茉凛も興奮気味に捲し立てる。

「へそから水流の方がカッコよくない!? サーフィンできるし!!!」

「だめだぞ茉凛。それじゃあ弁当があったまらない! それにへそからファイヤーは砂蒸し風呂にも応用できる!」

 絵璃菜は考えた。火を吹かないまでも、なんとかしてお腹火力を高められないか。さするだけでは物足りないし……――傍らに置いた弁当がふと目に入ると、絵璃菜の脳裏に閃光が走った。

「これだ!」

 絵璃菜は体を起こすと、箸を手に取ってかかげた。

「箸で火起こしみたいにへそをぐりぐりしたら、火力アップ間違いなしだな!」

「切腹!!?」

 茉凛は目を瞑って顔を歪めた。

「違うぞ、茉凛」

「違わないよ! へそに箸ぶっ挿したらさすがに死ぬよ! 切腹だよ!!」

「そうか?? いい案だと思ったんだけどなー。じゃあ」

 その時、絵璃菜の肩をあろはがぽんと叩いた。

「はいはい。そこまで。しゅ~りょ~で~~~す」

 振り返った絵璃菜が見たものは、とてもいい笑顔のあろはだった。

「わっはっは~。おつかれ、えりなっぴ。今までのは冗談なんだな~」

 先程までのもったいぶった言い回しはどこへいったのか、あろははなんとも気の抜けるような、いつもの喋り口になっていた。

 絵璃菜はまじまじとあろはを見つめた。

「冗談……」

「うん。冗談」

「全部か?」

「全部で~す」

「うわああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?!?!?」

 絵璃菜は絶叫した。

「じゃあ! じゃあ湯沸かし器も、お腹火力も、へそからファイヤーも、全部嘘かー!!?」

「へそからファイヤーはえりなっぴが勝手に言い出したんじゃないかね~」

「あろはー! 信じてたのにーーー!!」

 混乱を全身で表現するかのように絵璃菜はのたうち回った。それに釣られてか、茉凛も一緒になって床を転がり始めてわめく。

「うわーん! またあろはちゃんに騙されたーー!」

「いや~、ごめんごめん。なんか流れに任せて喋ってたら、へそからファイヤ~って感じだったねえ」

「振り出しに戻った……じゃあへそってなんなんだ? うぅ、もやもやするーー……」

 半べそで横たわる絵璃菜を慰めるように、あろはが愛用のウクレレをポロロンとつま弾いた。

「落ち着きなさい、乙女たちよ。しかたないから真実を教えてあげましょうかね~」

「ほんとかー? もう冗談はやだぞ」

「今度はマ~ジ。このへそっていうものはね、とある神秘につながってるんだな」

 絵璃菜は勢いよく体を起こした。

「神秘……!?」

「そう。へそと繋がるのはこの世界でもっとも謎に満ち、尊いものさ。その名も――」

「宇宙か!!?」

 あろはと茉凛は一瞬言葉を失った。絵璃菜の言葉を理解しきれないまま、ふたりはようやく呟くように言った。

「……へ? 宇宙?」

「いきなりどうしたの絵璃菜ちゃん」

 絵璃菜は答えた。確信を込めて。

「神秘って言ったら宇宙だぞ。えりな、宇宙にはちょっと詳しいんだ」

「……こう言っちゃごめんだけど、なんか意外」

「茉凛。甘く見ないで欲しい。なんてったってえりなは宇宙科学技術館へせっせと通い続けてるんだからな」

 指宿市は種子島へ繋がるフェリーが出ている。種子島には宇宙センター併設の宇宙科学技術館があり、絵璃菜は小さいころからこの施設の虜だった。

 絵璃菜は指を顎にあて、思索を深めた。

「もしや日本のへそ公園に宇宙関係の施設があるのも、へそと宇宙の関係を示しているからだったのか……?」

 名探偵の如き絵璃菜の風格に、茉凛が感嘆の声を上げた。

「おぉ……凄そう! なんか違う気もするけど!」

 あろはは少し考えるふうに目を細めると、頷いた。

「よろしい。つづけて」

「へそは宇宙と交信できるんだ。繋がるってのは、そういうことだ」

 絵璃菜はへそに手を当てた。へそはほんのりと温かい。もしかしたらこの温かさこそ、宇宙と繋がる『エネルギー』なのかもしれない。

「えりなっぴ……つまり、へその『お』はアンテナだと?」

「へその『お』なんてものがあるのかー!?」

 あろはは重々しく頷いた。

「まさか、へそから尻尾が生えてたなんて……えりなたちが前だと思ってたのは、実は後ろだったんだな」

 茉凛も驚きに目を見開いている。

「それもまた神秘だね……」

 絵璃菜は茉凛に背中を向けると、ブリッジの要領で体をアーチ状に仰け反っていった。背中が前なら本当の挨拶はこれである。絵璃菜の意図を察したらしい茉凛も同じように背中を向け、体を仰け反った。ふたりは揃って本当の挨拶をした。

「「こんにちは」」

 本当の挨拶は、なるほどどうして、あたまがくらくらするような感じがして宇宙を感じられた。

 絵璃菜は体を起こす。師範学校の屋上から見える空は晴れ渡っていた。今や疑問は消え去って、絵璃菜の心は清々しさに満たされていた。

「全部わかったぞ。へそも、えりなたちの衣装がへそ出しな理由も全部。へそは宇宙とつながる器官。ヘソ出しは神秘の象徴なんだ」

 乾いた音が鳴った。見ると、あろはが手を打っていた。それは段々と早く、音高くなり、蒼天に響き渡る拍手となった。あろはの後に茉凛も続き、気づけば絵璃菜は万雷の拍手に包まれていた。

「ありがとうな! ふたりとも、ありがとうなー!」

 絵璃菜はふたりに抱き着いた。ふたりからは青春の香りがする気がした。

 予鈴が鳴る。そろそろ昼休みの終わる時刻だ。

 立ち上がるとあろはが言った。

「ちなみにへそって、お腹の赤ちゃんと母親が繋がってた名残なんだって。ま、わたしたちには関係ないけどね~」

 絵璃菜は頷いた。

「なるへそー」

 茉凛はムムッと顔をしかめた。

「あれ、宇宙は?」

 

Fin.

written by Ryo Yamazaki

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