story おはなし

温泉むすめ伝「人吉青井の章」

メイド服の袖が、今にも千切れそうだ。

 おくんち祭りも近づいてきた九月の午後である。青井阿蘇神社の拝殿前で、人吉青井は、メイド服の右腕を舘山寺萌湖、左腕をあしずり星にぐいぐい引っ張られながら、ただただ困っていた。

「我の実験が先だ! 盟約を守ってもらうぞ、青井!」

「おーねーがーいー! 萌湖の実験を先にして! さっき完成したばかりのやつ早く試したいの!」

 青井は優しく控えめな性格のせいか、頼まれ事をされることが多い。今日も星から自作の発明品の実験台を頼まれてバイト終わりに人吉に集まったのだが――いざ実験を始めようとした時、萌湖が現れた。天才発明家を名乗る彼女の目的もまた、実験。想定外のダブルブッキングである。

「ふ、二人とも落ち着いて~。まずは約束しとった星ちゃんの方から。萌湖ちゃんはちょっと待っとって? ね?」

 青井が微笑みかけると、萌湖はぱっと青井の腕を離して口をとがらせた。

「やだやだ! やーだー!! 萌湖の実験は炊き立てご飯使うんだもん! 萌湖、この実験のためにわざわざ炊いて持ってきたんだよ!? 早くしないとほかほかご飯がべちょべちょご飯になっちゃうよ!」

「さほど時間は取らせぬ。我が魂のソウルメイツ、青井の言葉に従い待つがよい」

「ソウルメイツぅ~~~~!?」

 萌湖は目を吊り上げると、青井にキュッと抱き着き、続ける。

「それを言うなら萌湖と青井ちゃんもちょ~仲良しなんだから! ね、青井ちゃんは萌湖の方が好きだよね!?」

「へっ?」

「ほう……。魂で結ばれている我と青井よりも絆が強い、と。どうなのだ青井?」

「へぇっ? え、えっと……う~んと~……」

 青井はますます困ってしまった。目の前では萌湖と星が、何かを訴えるような目で青井の言葉を待っている。早く何か言わなくてはと思うが、二人とも大好きな友人だ。どっちが好きかなんて決められない。青井はどう答えたらいいのか分からなくなって――悩んだ末に、ポツリと呟いた。

「そぎゃんと選べんばい……。うち、二人ともたいぎゃ好いとるもん……」

「「はうっ!?」」

 いじらしく二人を見つめる青井の姿に萌湖と星はハートを射抜かれた。

「えへへ……。そっかあ、大好きかあ……」

「くっ……。許せ青井、我には孤独な使命があるのだ。貴様と一生を共にすることはできん。だが今だけは……」

 萌湖と星はしばしの間、幸福感に満たされた。

 が、それも束の間。二人は当初の目的を思い出した。ここにやってきた目的、それは実験である。

 先手を打ったのは星だった。星はボストンバッグを開けると、素早く何かを取り出しながら叫んだ。

「青井! 盟約通り、こいつの実験台になってもらうぞ――『双翼のいかずち』!!」

「そ、双翼の雷!?」

 物々しい名前に萌湖は身構えた。双翼の雷とは何か。一見ただの中二病にしか見えないこの眼帯むすめが、一体どんな優れた発明品を作ったというのか。

 だが、星が手に持っていたのは――二枚の黒い下敷きだった。

「へっ? 下敷き……?」

 困惑する萌湖をよそに、星は眼帯で覆われていない右目を爛々と輝かせて言った。

「さあ、この下敷きで両側頭部を挟み込むように擦り、『轟け、天地を揺るがす黒き翼よ! 霹靂一閃!』と唱えながら高く掲げるのだ! さすれば、我が開発した特殊なコーティング――超電動樹脂の力により、貴様の内なるダークマターが可視化されるだろう!!」

「……はあ?」

 萌湖は溜息をついた。どんな発明品かと思えば、まさかの下敷きとは。これではただの静電気の実験だし、呪文を唱えるというのも中二病丸出しで、見ているこっちが恥ずかしいとさえ思った。

「あのねえ。そんな実験、青井ちゃんがやるわけな――」

「轟け、天地を揺るがす黒き翼よ! 霹靂一閃!」

「やるの!?」

 ためらいもなく呪文を唱えた青井を見て、萌湖はたまげた。

 艶やかにケアされた黒髪が帯電するのを恐れることもなく、青井は静電気の力で自らの髪を逆立てている。普通の静電気と違うのは、その髪の周囲にバチッ、バチッ、と青白い雷光が弾けているところで――どうやらそれが、今回の星の発明のようだった。

 青井は星が用意した鏡に頭を映しながら、楽しそうに笑う。

「わあ~! 前にアステルちゃんが貸してくれた漫画ん主人公みたい! かっこよか~!」

「そうだろう、素晴らしいだろう! フ……フフッ……フフッフフフ……!」

「あ、青井ちゃん……。なんで……!?」

 萌湖はニコニコ笑っている青井を見て一瞬よろけたが、必死に踏ん張って体勢を立て直した。天才発明家たるものここで引き下がるわけにはいかない。萌湖は気合いを入れると、大きなリュックの中から新作の発明品を取り出し、青井のもとへ向かった。

「はい! はい! 今度は萌湖の番! 萌湖は……じゃじゃーん! 『夜のうなぎ子ちゃん』!」

「なんだ? そのファンシーな被り物は」

 デフォルメしたうなぎの顔――「うなぎ子ちゃん」があしらわれたヘルメットを見て、星が顔をしかめる。

「これはね、かぶってご飯を食べるだけでうなぎの蒲焼を食べてる気分になれるヘルメットなの! 内部にはうなぎの蒲焼の匂いがするクッションを内蔵してて、付属のゴーグルを装着すれば目の前にうなぎの蒲焼映像が流れるんだよ! はい、青井ちゃん、炊き立てのご飯をどうぞ!」

「ハ! そんな実験、青井がやるわけないだろう」

 星は鼻で笑った。幼稚な実験に付き合うぐらいなら、いっそこの世界線から消えた方がましだと星は思った。

「わぁ~! うなぎん蒲焼だ~!」

「やるのか!?」

 いつのまにか夜のうなぎ子ちゃんをかぶり、ゴーグルを装着し、炊き立てご飯をかき込み始めている青井を見て、星はたまげた。参拝客も二度見するほどおかしな格好だが、青井自身は全く気にしていないらしい。

「うまか~! これならどこでもうなぎん蒲焼気分ば味わゆる! ほんなこつ萌湖ちゃんは天才発明家やね~」

「でしょでしょ! これは萌湖の集大成と言ってもいい作品だと思ってるんだよね~!」

 青井に褒められて、萌湖はますます上機嫌になった。

「そうだ! うなぎの蒲焼につきものの山椒だって、ちゃーんと用意してあるんだから!」

 調子に乗った萌湖が「うなぎ子ちゃん」の額についたリボンを押す。リボンはスイッチになっていて、ヘルメットの内部に仕込まれた山椒をご飯にかける仕組み――なのだが、分量の調整機能に不具合があったのか、大量の山椒が噴出して、今にも青井が口に入れようとしていたご飯の上にどっさりとかかってしまった。

「はにゃーーーーーーーーっ!?!?!?」

「青井ちゃーん!?」

 一口でそれをほおばった青井が絶叫する。萌湖は慌てて彼女に駆け寄り、ゴーグルを上げつつ水を差しだした。

「ご、ごめん! ごめんね!? 大丈夫!?」

「げほっ! ごほ、ごほっ……!! う、うん。よかばい、よかばい~」

 涙目になりながらも笑って許す青井を見て、萌湖が安心したように「よかった~!」と青井に抱き着いた。

 面白くないのは実験を強制終了させられた星である。星は萌湖のもとへ歩み寄って、言った。

「山椒の調整もできないくせに天才発明家とは聞いて呆れるな。貴様に見せてやろう、真の科学というものを!」

「はぁ~っ!? 言ったね! 萌湖こそ見せてあげるよ、真の発明というものを!」

 萌湖も負けじと言い返す。星は不敵な笑みを浮かべた。

「ふっ。その言葉、覚えておけよ! あしずり星とは仮初めの名。我が真名はアステル! 数多のプラズマ世界線を股にかける、白衣を纏いし温泉むすめ界のマッドサイエンティストなのである!」

「きゃ~! アステルちゃん、むしゃんよか~!」

 青井の声援に気を良くしたのか、星は新たな発明品を取り出し、言う。

「いざ勝負だ! 『漆黒のバンデージ』!!」

「わ~! 真っ黒な包帯! これば巻いたらダークマターがたくさん集めらるるとじゃろうな~!」

「むむっ。だったら萌湖はこれ! 『夜のムキムキマッチョさん』!!」

「おぉ~! しっかした作りんアームカバーばい! 紫外線から二ん腕ば完全にカバーしてくれそう!」

「ほう……。ならばこれはどうだ! 『鰹のたたきポーション』!!」

「ひゃ!? すごか色した飲み物だねえ。飲んだら魔法でん使えそうばい!」

「飲み物ならこれ! 疲れた体を安眠に導いてくれる『夜の安眠ドーフドリンク』!!」

「へ~、安眠と杏仁ばかけとる~! 面白かねえ~!」

「まだまだ! 次は――」

 星と萌湖は息つく間もなく、それぞれ自慢の発明品を繰り出していった。こうして青井を実験台とした、二人の発明品対決が始まったのだった――。

♨     ♨     ♨


 一時間後――。発明品を出し尽くした萌湖と星は疲れ果て、ともに仰向けになって空を眺めていた。息を整え終わった萌湖が、ぽつりと言う。

「萌湖と互角なんて、やるじゃん……」

「ふん。貴様こそ……」

 そう言う星の口元には笑みがこぼれていた。萌湖も笑った。もはや勝ち負けなどどうでもよかった。残暑漂う秋の生ぬるい空気も今だけは気持ちがいい。二人は深呼吸をして――ふと、多くの参拝客に囲まれていることに気付いた。不思議に思って体を起こすと――

「「あッ!!」」

 二人の目の前に、変わり果てた姿の青井がいた。青井は夜のうなぎ子ちゃんをかぶり、両手足に夜のムキムキマッチョさん、その上から漆黒のバンデージや数々の発明品を装着し、手には鰹のたたきポーションと安眠ドーフドリンクを持っていた。全身には鰹のような縦縞が浮かび上がり、さらに言えば、なぜだか30センチほど宙に浮かんでいた。まるで人型ロボット兵器だ。さっきから参拝客の注目を浴びていたのは、青井だったのだ。

「萌湖ちゃ~ん、アステルちゃ~ん、もう実験は終わりと~? うち、まだ時間あるけん協力するばい~」

 ニコニコしている青井を見て、萌湖と星は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「あ……青井ちゃん! 早く脱いで、それ全部っ!」

「へ? なんで?」

「いいから脱ぐのだ! 貴様は今、とんでもない姿を晒しているのだぞ!」

「え~~?」

 萌湖と星が脱がせようとしたその時――どちらかの手が誤ってスイッチに触れてしまったのだろう、青井の靴底に搭載されたジェット噴射が作動し、彼女の体が地上3メートルまで上昇した。もう萌湖と星の手には届かない。

 唖然としている二人を、青井はきょとんとした顔で見て、それからふんわりと微笑んだ。

(おわり)

written by Miyuki Kurosu

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