「誕生!LUSH STAR☆」第2話 スーパー女将!和倉雅奈
第1話「第1話 歩くエンターテイナー、熱海初夏! -後編-」はこちら
新学期が始まって一週間。
高等部二年生に進学したあたしは、放課後の奇術研究部部室で和倉雅奈ちゃんとティータイムをしていた。
今日の雅奈ちゃんの差し入れは手作りのマドレーヌだ!
「ん~~~! ほいひい! ほれ、ほんほひほいひいほ~~!!」
「初夏さんったら、ゆっくり噛んで食べないとノドに詰まってしまいますよ。あら、口元に食べかすが……」
そう言って、雅奈ちゃんはあたしの口元をハンカチで優しく拭ってくれる。
いつも微笑みを絶やさない彼女は、あたしより一つ年上の高等部三年生。料理上手でよく差し入れを持ってきてくれるんだけど、それが毎回毎回ちょー美味しい!
特にこのマドレーヌはあたしのお気に入り。一口食べればバターの香りが口いっぱいに広がって、他のことは何も考えられなくなっちゃうくらい、あたしを幸せな気分にしてくれるのだ!
……ん? そう言えばあたし、何か大事なことを忘れているような……?
首をひねっていると、雅奈ちゃんが「どうぞ」と紙パックの牛乳を差し出す。
「おおっ、ありがとー! こういう洋菓子と牛乳ってホント相性抜群だよねー!」
「はい。以前、初夏さんがそうおっしゃっていたので用意しておいたんです」
「えっ? あたし、そんなこと言ったっけ?」
「うふふ」
「よく覚えてたね! さすが奇術研究部のスーパー女将!」
「あら、ありがとうございます♪」
あたしは毎度のことながら脱帽した。言った本人ですら忘れていたようなことをしっかり覚えていて、なおかつ周到に準備していてくれたなんて、さすがは雅奈ちゃんだ。
彼女は石川県の和倉温泉の温泉むすめ。極上のおもてなしで有名な老舗高級旅館で育ったためか、常にあたしを気遣い、先回りして、何かあればすぐに助けてくれる。きっと旅館のみんなからも頼りにされてるんだろうなー。
牛乳を飲みながらしみじみ感心していると、ふいに雅奈ちゃんが言った。
「ところで初夏さん。大事な話って何ですか?」
「へっ?」
「もう。今日は私に大事な話があるってメッセージをくださったじゃないですか」
「大事な話? ……あーーーっ!!!」
そうだった!
あたしってば今朝ひらめいたばかりのアイデアを雅奈ちゃんに話そうと思ってたはずなのに!
マドレーヌの甘い誘惑に負けてすっぽり忘れてしまったーーっ!!
「? 初夏さん?」
「そ……そうだったよね! それじゃ、気を取り直して……」
あたしはコホンと咳払いをして雅奈ちゃんを見た。
「あのね。今朝のスクナヒコさまの言葉、雅奈ちゃんも聞いてたでしょ?」
「ええ……。突然のことなので驚きました。アイドルの件ですよね?」
「そう! あたしたち奇術研究部で、アイドル! やろう!!」
「え? ……ええ~っ!?」
♨ ♨ ♨
それは朝礼での出来事だった。
体育館に一同に集められたあたしたち温泉むすめ師範学校生は、校長先生であるスクナヒコさまの訓示をいつものように聞いていた。スクナヒコさまは日本中の温泉を司る神さまで、ちょっと変人なところもあるけど、温泉文化を盛り上げるためにいろんな企画を打ち出してくれる面白い校長先生なのだ。
でも、今朝のあたしはスクナヒコさまの話を聞くどころじゃなくて――。
奇術研究部を「部活」として存続させるために出来ることは何かを、ずっと考えていた。
どうすれば新入部員が入ってくれるのか? それも一人だけじゃない、あたしと雅奈ちゃんのほかにあと三人も集めなければ「部活」としては認められない。
何かいいアイデアはないか? 新入生のみんながドキドキワクワクするような、こぞって入部したくなるようなアイデアが――。
そんなとき、スクナヒコさまの言葉が耳に入ってきた。
“温泉むすめ日本一決定戦を開催する。
その種目は、アイドルじゃ!”
その瞬間。目の前で、どっかーん! と熱海の花火が上がった!
「それだーーーーーーーっ!!!!!」
♨ ♨ ♨
「――でね、その時ひらめいたんだ! アイドルと奇術。この組み合わせって相性抜群、絶対いけるなって!」
「そ、そうでしょうか……?」
奇術研究部でアイドルもやる! そうすれば興味を持ってくれる新入生がいるはず!
そのアイデアを伝えたくて、あたしは雅奈ちゃんを呼び出したのだった。
「うん! だってさ。アイドルって歌やダンスで観客を楽しませるでしょ? それって奇術で観客を楽しませるマジシャンと根っこは同じ。どっちもエンターテイナーだと思うんだ!」
「え、ええ。それはその通りだと思います」
「でしょでしょ! だから、この際きっかけは『アイドルになりたい』でもいいっ! 両方やってるうちに奇術も好きになって楽しんでくれたら、あたしも楽しいし! アイドルも奇術もどっちも楽しんじゃう! ねぇねぇ、これどう? 雅奈ちゃん!」
あたしは自信満々に言った。
雅奈ちゃんならきっといつものように微笑んで、「いいと思います」って言ってくれる!
――そう、思ってたんだけど。
「…………」
「あれ?」
どうしたんだろう?
雅奈ちゃんは困ったような表情を浮かべていて――やがてポツリとこう言った。
「アイドルも奇術も……。そのようなこと、できるのでしょうか……」
「えっ?」
「確かにアイドルもマジシャンもエンターテイナーだと思います。でも、入学したばかりで授業についていくのも大変な新入生が、アイドルも部活も、なんてできるのでしょうか?」
「ぜ、絶対いるよ! たぶん……」
「それに、私たち温泉むすめにとって一番大切なのは地元でのお勤め――自分が暮らす温泉地のために働き、皆さまのために貢献することです。師範学校の部活があまり活発でないのは、放課後をお勤めの時間にあてる生徒が多いからですわ。ですから、部活に加えてアイドルまでやるとなると……」
「うっ……!?」
「あっ、誤解しないでくださいね。私個人としては、別にアイドルをやりたくないわけではないんです。初夏さんがやるなら私もやりますわ。ただ、新入部員集めについては、そのやり方では難しいのではと……」
「…………」
ま、まさかそうくるとは……!!
思わぬ切り返しに二の句が継げずにいると、雅奈ちゃんは気遣うように微笑んで言った。
「でも、そうですね、もしかしたらアイドルにも興味のある方がいらっしゃるかもしれませんし、まずは新入生のみなさんにお話をしてみましょうか」
「えっ! ホントに!?」
「はい。まずは顧客の要望に耳を傾けること。それは、おもてなしにも繋がる大切な考え方ですもの」
「やった、ありがとー! それじゃ早速行こう!」
そういうわけで、あたしたちは正門前広場に向かった。
心雪ちゃんと出会った頃とは違い、そこにはいろんな部活の勧誘ポスターが所狭しと掲示されている。部活に入りたい新入生はここに集まってどの部活に入部しようかと悩む――それが、師範学校の毎年恒例の光景なのだ。
あたしたちはそんな新入生たちを片っ端から捕まえて、「ぜひ!! 奇術研究部に入りませんか!?」って声をかけまくったんだけど……なんと、軒並み断られてしまった。
いや、最初はみんなあたしの手品を喜んでくれるのだ。だけど、奇術研究部でアイドルをするという話を始めた途端に口数が減っていき、しまいには、
「あたしっ、お勤めもあるのに勉強も部活もアイドルもやるなんて無理ですぅ~~!!」
と、半泣き状態で走り去ってしまうのだった。
要するに、雅奈ちゃんの言うとおりになってしまったというわけで……。
アイドルもやれることをアピールして新入部員を集めようという作戦は、空振りに終わってしまったのだ。
「はあ……。素直に雅奈ちゃんの言うとおりにしとけばよかった……」
「う、初夏さん。まだ入部届の期限までには時間がありますから。大丈夫ですよ」
肩を落とすあたしを励ますように、雅奈ちゃんはふわりと笑う。
「それにですね」
「……?」
「私は……もし奇術研究部が同好会や愛好会になってしまっても、それは仕方のないことだと思います。だって私たちは学生である前に、温泉むすめなのですから」
「雅奈ちゃん……」
「ですから元気を出してください。初夏さん」
「う、うん……」
空はどんよりとした雲に覆われている。
そんな雲を見ていたら、あたしの心に少しずつ、不安が広がっていった――。
著:黒須美由記