「誕生!LUSH STAR☆」第3話 ガキんちょお姫様!?白浜帆南美
生あたたかい風が吹いて、あたしの頬を撫でる。
奇術研究部の部室は特別教室棟の三階にある。あたしはそのベランダに立って、ぼーっと中庭を眺めていた。
結局あれから一人も新入生をゲットできないまま、雅奈ちゃんのお勤めの時間が来てしまい、今日の部員集めはここで終わりにしようということになった。でも、あたしはなんだか帰る気にならず、一人で部室に戻ったのだ。
「はぁ。なんかモヤモヤする……」
モヤモヤの原因――それは部員集めの時に言われた雅奈ちゃんの言葉だ。
「……もし奇術研究部が同好会や愛好会になってしまっても、それは仕方のないことだと思います。だって私たちは学生である前に、温泉むすめなのですから」
内心、あたしはすごく驚いた。
雅奈ちゃんは奇術研究部が「部活」じゃなくなってもいいと思ってたんだ……って。
でも、あたしはちがう。奇術研究部を「部活」のまま存続させたい! そうしないと、先輩たちとの楽しい思い出が詰まった部室が取り上げられてしまう! そんなの絶対に嫌だ!
それは雅奈ちゃんも同じだと思ってたのに……。
どうしたものかと悩んでいると、いつのまに飛んで来たんだろう、銀鳩の大丸があたしの頭をつついた。
「お……。大丸ぅ~~……」
大丸は、あたしの手品のパートナーである七羽の銀鳩のうちの一羽だ。「大丸」という名前は熱海七湯から取っていて、ほかには河原丸、佐治郎、清左衛門、風呂水丸、平左衛門、野中丸がいる。みんな個性があってかわいいけど、人一倍(鳩一倍?)好奇心が強い大丸は、いつもあたしのあとをくっついてくる。
「あーあ。大丸たちが部員になってくれたらいいのに……」
そんなことをぼやいていると、突然、大丸がベランダの外へ飛び立った!
「あっ! 大丸?」
あたしは大丸を目で追う。
大丸は中庭へ下降していくと、地面に着地して、向かいに建つ教室棟のそばの桜の木の下をうろつき始めた。
「うう、大丸……! キミもあたしから離れていくのかい……?
……って、あっ。誰かいる」
大丸を眺めて大げさに黄昏れていると――あたしは、桜の木の陰に女の子が隠れていることに気付いた。
黒髪に白いリボンをつけた女の子が息を潜めて周囲を窺っている。大丸はその子に興味津々らしく、てくてくと近づいては彼女に手で追い払われていた。
あの子、あんなところで何をしてるんだろう?
あたしが不思議に思っていると、教室棟の方から何人かの女の人の声が聞こえてきた。
「帆南美さまー! どこに隠れてらっしゃるんですか!?」
「出てきてください! 帆南美さまー!!」
ホナミ? 知らない名前だけど、ここの生徒なのかな?
あたしがその声の方に気を取られていると――いつの間にか、さっきの女の子がいなくなっていた!
「あれっ!?」
彼女のそばにいた大丸の姿も見えなくて、あたしは思わずベランダから身を乗り出す。
中庭を見渡すと、大丸はすぐに見つかった。短い両脚をちょこちょこと動かして中庭を横切り、向かいの教室棟からこちら側へと歩いてくる。三階にいるあたしのところに戻るなら飛んでくるはずだけど、そうしないってことはまだ近くに気になるものがあるんだろう。
そう考えたあたしは、大丸の行き先だと思しきベランダのほぼ真下の植え込みを見下ろす。
すると――いたいた。
その植え込みの陰で、白いリボンがもぞもぞと動いている。さっきの女の子だ!
「すごい……。いつの間にあんなとこに……!」
その植え込みは、先ほどまで彼女が隠れていた桜の木から25メートルくらい離れている。それだけの距離を、あたしがちょっと目を離した隙に移動するなんて――!
これはマジックの王道、瞬間移動だ!
「あの子、新入生かな!?」
彼女にエンターテイナーとしての才能を感じたあたしは、スカウトをしようと部室を飛び出した!
バタバタと階段を駆け下りて、彼女が隠れている植え込みにそーっと近づく。
ただ声をかけるだけじゃつまらない。それでは歩くエンターテイナーの名がすたるってものだ。
あたしは息を殺して彼女に忍び寄り――背後から思いっきり「ワァ!」と叫んだ。
「ぎゃ~~~~~っ!!!」
師範学校じゅうに彼女の悲鳴が響き渡った。
びっくりして固まっていると、彼女はあたしのことをものすごい形相で睨んできた!
「がるるるる……!!」
「ご、ごめんごめん! びっくりさせちゃったよね! あたしは静岡県の熱海温泉の温泉むすめ、熱海初夏! 高等部二年生だよ! あなたは?」
「ウウーーッ……!! がう、がう!!」
「…………」
ダメだ!! なんか犬みたいにめちゃくちゃ怒ってて話が通じない!!
「え、ええーっと……」
こんな時は――そう、手品だ!
あたしが仕込みを始めようとしていると、頭上から「帆南美さま!」と声がして、女の子がビクッと体をこわばらせた。
「そこにいたんですか! 今日はこれからレセプションパーティーがあるんです!」
「いまお迎えにあがりますから、そこでお待ちくださいね!」
見れば、黒いサングラスにスーツ姿の怪しい女性が二人、特別教室棟のベランダから顔を出して女の子を見下ろしている。さっき聞こえたのと同じ声。つまりこの子が「ホナミ」ちゃんなのだろう。
「ったく、お前のせいでバレたやんか!! どーしてくれんねん!!」
「えっ? ご、ごめん……!」
「あいつらに捕まったらお前のせいやからな! 覚えとき!」
そう言って、彼女は行ってしまいそうになる。
あたしは慌てて彼女の腕を掴んだ!
「待って! あなた高等部一年生!?」
「はあ!? だったら何やねん!?」
「部活! どこに入るか決めてる!?」
「んな話しとる場合か!! うちパーティーなんか出たないんや!! もう行くで!!」
彼女は乱暴にあたしの手を振りほどくと一目散に走り出し――最後にこう言い残していった。
「おい! 熱海初夏ぁ!」
「はっ、はい!」
「うちの名前はなぁ! 白浜帆南美ちゃうからな!」
「へっ?」
「絶対ぜったい、白浜帆南美ちゃうからな~~!!」
そして、彼女の姿はあっという間に見えなくなった。
「……白浜帆南美ちゃんっていうんだ……」
自分の名前を隠したいのか明かしたいのか分からないその言葉を聞いて、あたしはなんだか笑えてきた。
なんとなく感じていた心のモヤモヤが晴れていくのを感じる。
ここには帆南美ちゃんのように、会ったことのない、面白い子がたくさんいるのだ。
――ということは! まだまだ新入部員をゲットするチャンスはあるということだ!
「よーし! 明日も頑張るぞーーーっ!!」
著:黒須美由記