story おはなし

「誕生!LUSH STAR☆」第5話 レトロな眼鏡っ子!?銀山心雪 -後編-

「いやー、心雪ちゃんってばいきなり気絶しちゃうんだもん! びっくりしたよー」
「あはは……。初夏ちゃんの手品におったまげちゃって……。面目ないねぇ」

 そう言って、心雪ちゃんはズズズ、とほうじ茶をすする。
 すっかり顔色が良くなった彼女は、おばあちゃんのように穏やかに過ごしている。その雰囲気にあてられて、部室に流れる時間ものんびりになったかのようだ。

「本当に安心しました。もう少しで救急車を呼ぶところでしたわ」
「ほんとほんと。雅奈ちゃんの言うとおりだよ」
「いやぁ……あはは。めんごめんご~」
「……めんご??」

 耳慣れない言葉にあたしが首を傾げると、雅奈ちゃんがそっと耳打ちしてくれた。
 「めんご」というのは「ごめん」をひっくり返した言葉で、今はほとんど使われていない昔の流行語――「死語」なんだそうだ(ちなみに、雅奈ちゃんの旅館の調理長は今でもよく使っているらしい)。心雪ちゃん、若いのによくそんな言葉知ってるなー。

 ……っと。いけない。完全に心雪ちゃんワールドに引き込まれてしまった。
 今は和んでいる場合じゃないのだ!

「ところで心雪ちゃん、いつ来たの? 全然気付かなかったよ!」

 あたしは心雪ちゃんにずいっと顔を近付けて訊ねる。もしかして、もしかしてだけど、一回断られちゃってるけど、彼女は入部するために来てくれたのでは……!?
 あたしが期待を隠せずにいる一方で、心雪ちゃんはあくまでマイペースに答えた。

「ああ……。私、来るのが遅くて、ここに来た時にはもう手品が始まっちゃってて……。邪魔しちゃ悪いと思ってこっそりドアの隙間から覗いてたら、雅奈ちゃんが気付いて中に通してくれたんだよぉ」
「ええ、そうでしたね」
「ま、“雅奈ちゃん”!?」

 あたしは再びどうでもいいことに引っかかってしまった。

「こ、心雪ちゃん……! 雅奈ちゃんのこともう下の名前で呼んでるの!?」
「……? うん」
「なんで!? 知り合いじゃないよね!?」
「ええ。先ほど初めてお目にかかりました。あ、心雪さん、お茶のおかわりどうぞ」
「ありがとぉ。このおまんじゅう美味しいねぇ。雅奈ちゃんの手作りだっけ?」
「うふふ。ありがとうございます♪」

 がーん!?
 ま、まさか、このわずかな時間で二人がこんなにも仲良くなっていたとは……。あたしが心雪ちゃんと知り合ったときはすっごく警戒されてたのに……。
 ――いや! 十分ありえることだ!
 なんてったって今日の雅奈ちゃんの差し入れは、味噌を練り込んだ生地で白あんを包んだおまんじゅうである! これまたあたしのお気に入りの一品なのだ! こんな美味しいおまんじゅう、誰だって一口食べれば雅奈ちゃんに心を開くに違いない!

「ハァ、ハァ……。うん、よし。そういうことにしよう」
「初夏さん? どうしました?」
「え!? あ、いや! おかしいなーって! あたしお客さんのことは常に見てるから、心雪ちゃんが途中で入ってきたのにも気付くはずなんだけどなーっ!?」
「……ああ、そういうことですか」

 雅奈ちゃんは意味深に笑ってあたしを見た。なんとなく全てを見透かされているような気がしたけど――そこは雅奈ちゃん。無粋な追及はせず、話題を逸らそうとしたあたしに乗っかってきてくれた。

「初めての体験入部希望者ですもの。初夏さんも少し緊張していたのでは? いつもより声がうわずっているように感じましたよ」
「そ、そーだった!?」
「ええ♪」
「うっ……。まだまだ修行が足りない……」

 頭を抱えるあたしに、心雪ちゃんが手をひらひら振りながら言う。

「初夏ちゃんのせいじゃないよぉ。私、黙ってるとよく『こけしみたい』とか『いつからそこにいたの?』って言われるから、きっとそのせいだよぉ。ふへへ……」
「こけし……?」
「あ、そうそう。こけしと言えばさぁ、今日折り紙でこけしを折って――」

 心雪ちゃんは笑顔でポケットから何かを取り出そうとして――みるみる顔色を変えると、突然叫びだした!

「あ……、ああーーっ!」
「えっ!?」
「すっかり忘れてたぁ! えっと、私が今日ここに来たのは……!」

 彼女は一人であたふたしていたかと思うと、やがてあたしに向き直り、赤い顔をしてこう言った。

「う、初夏ちゃん。この前やってくれた手品……わた、私も出来るようになりたいので……。
教えてくださいっ!

 思いがけない言葉にあたしは「えぇっ!?」と目を丸くする。心雪ちゃんは拝むように両手を合わせて続けた。

「何も載ってない手にハンカチをかけて、中から折り紙を出すやつ! 折り紙の仕込み方がどうしても分かんないんだよぉ……」
「あ、なるほど! それにはコツがあるんだよ!」
「コツ!? コツとは!?」
「ふっふっふ。それはね~……」

 そこまで言いかけて、あたしはハッとした。
 いかんいかん。タネ明かしはマジックのタブーだった!!
 心雪ちゃんがわざわざ質問に来るほど手品に興味を持ってくれたのは嬉しい。けど、手品は「なんで!?」や「どうやったの!?」を楽しんでもらうエンターテインメントなのだ。その核となるタネは、いわばあたしたちの魂。そう簡単に教えてあげることは出来ない。

「……秘密です」

 あたしは神妙に目を閉じて言った。

「ひ、秘密!?」
「はーい、秘密秘密。秘密でーす」

 ちょっと心が痛むけど、あたしはエンターテイナー。ここは譲れない。
 能面のような顔をして心雪ちゃんが諦めてくれるのを待っていると、彼女はポツリと呟いた。

「だよね。私が馬鹿だったよぉ……」
「……心雪ちゃん?」
「そんな簡単に教えられるわけないのにねぇ……。しかもタダでなんて、おこがましいことこの上ない……」
「えっ、そ、そんな落ち込まなくても」
「あー恥ずかしい……。どうして私ってこう他人の気持ちが分からないんだろう。オタクの性なのかねぇ。穴があったら入りたいとはこのことだよ……あははははははは」

 こっ、心雪ちゃんが……。壊れた……!!
 心雪ちゃんは自虐的な言葉を呟きながら死んだ魚のような目で虚空を見つめている。こ、この反応はさすがに想定外……!
 どうしたらいいか分からず、あたしもオロオロしていると――それまで黙っていた雅奈ちゃんが、突然口を開いた。

「初夏さん、伝統を継承しましょう」
「は?」

 伝統の継承……?
 あたしは困惑の眼差しで雅奈ちゃんを見る。彼女はなにやら自信ありげだった。

「どうでしょう、心雪さん。確かに、今の状態で手品のタネを教えてしまっては、初夏さんは心雪さんに手品を盗まれたも同然。ただの教え損です。
 しかし、心雪さんが奇術研究部に入部してくだされば話は別。あなたは初夏さんの弟子となり、奇術研究部に代々伝わるさまざまな手品のタネ――伝統を継承するにふさわしい立場となるのです!」

 き、詭弁だ……!!
 ――いやいや、雅奈ちゃん! それは通じないって! 確かに「伝統の継承」って響きは格好いいけど、それをエサに心雪ちゃんを入部させようとしてるだけだよねーーー!?

入部します。

 心雪ちゃんはまっすぐな目をして言った。

 入部するの!? いいの!? 心雪ちゃん!!
 もはや「は!?」とか「ええ!?」とか、そんな驚きの声も出ない。なんだか申し訳ないような嬉しいような、複雑な気持ちだ。
 だけど、雅奈ちゃんには元々勝算があったらしい。彼女はそっと近寄ってきて、あたしの耳元でこうささやいた。

「初夏さん。心雪さんなら大丈夫ですよ」
「で、でも……。こんなやり方だと、入部してもすぐ辞めちゃうんじゃ……」
「目は口ほどに物を言う……。初夏さんが体験入部の方々に手品を披露していたとき、ドアの隙間からそれを見つめる心雪さんの目は、真剣そのものでした。私は彼女の背中をほんの少し押しただけですわ」

 「ほら」と雅奈ちゃんに促されて、あたしは心雪ちゃんを見る。
 彼女はというと、早速新しいノートを取り出し、表紙に『奇術研究部』と書き込んでいて――。
 キラキラ輝くその目を見ていたら、あたしも彼女なら大丈夫だって思えた!

「……よーし!」

 すっかり嬉しくなって、あたしは心雪ちゃんに駆け寄る。そして彼女と同じ目線の高さにかがみ、その手を取って――歓迎の言葉を贈った!

「心雪ちゃん! これから一緒に頑張ろうね! 奇術とアイドル!」

 あたしが微笑みかけると、心雪ちゃんはちょっと恥ずかしそうにはにかむ。
 そして、おずおずと口を開くと、

「あ、ちょっとタンマ」

 と、言った。

「アイドルはちょっと……。ゆるしてチョンマゲ」
「……へっ?」
「アイドルって水着になったりするでしょぉ。ああいう格好恥ずかしいし……。知ってると思うけど、私って人前に出るの苦手なんだよねぇ」
「えっ。でもそれじゃあマジシャンは!? マジシャンだって舞台に立つよね!?」
「あ~無理無理。考えられないよぉ。だから私は裏方で!」
「裏方!?」
「うん、小道具担当とか。私、ものを作るの好きだし、手品を教えてもらえたらそれだけで大満足なんで……」
「あらあら。そういうことなら仕方ありませんよね、初夏さん」
「それでもOK牧場かねぇ? 初夏ちゃん」
「うう……」

 あたしの顔を二人が覗き込む。
 あたしはてっきり「奇術もアイドルも」一緒にやってくれる仲間が増えたと思ってたから、ちょっと肩すかしを食った気分だけど……。
 ――でも、やっぱり嬉しい! 心雪ちゃんは紛れもなく、初めての新入部員なのだ!

「よーし! あと二人、新入部員を見つけるぞーっ!!」

 あたしは気を取り直してかけ声をあげる。
 その声に返ってくる合いの手は、今日から二人分になったのだった。

<続く>

著:黒須美由記

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