温泉むすめ伝「鳥羽亜矢海の章」
「かしこみ、かしこみー……むむっ! そこの岩陰の水たまりから手ぬぐいの気配を感じるよ、アヤッピー!」
「了解です晴ちゃん――って、違います! これ手ぬぐいじゃなくてイカです!」
みなさんこんにちは、鳥羽亜矢海です!
今、わたしは友達の龍神晴ちゃんと一緒に三重県鳥羽市の日向島――通称、イルカ島と呼ばれる小さな島にやってきています。でも、浜辺にお散歩に来たわけじゃないんですよ?
実は
、今日はわたしの大切な『魔除けの手ぬぐい』を探しに来たんです!
「でもイカって白いしひらひらしてるし、手ぬぐいに近づいている気がします! さすが晴ちゃんですね!」
わたしがイカを海に放しながら言うと、晴ちゃんは得意げに「むふふー」と笑います。
晴ちゃんは陰陽師の力を持っていて、なくしたものの気配を祈祷で感じることができるみたいなんです。なんでも地元の龍神温泉が有名なセイメイさん(?)っていう陰陽師とゆかりがあるとかなんとか。
「さあ晴ちゃん、次お願いします! バンバン行きましょう!」
目指せ魔除けの手ぬぐい! わたしがグッと気合を入れると、晴ちゃんが言いました。
「もうおしまいでいいんじゃないかな~」
「ズコーッ!? お、おしまい!?」
「『イルカが助けになる』……我の祈祷でそんなお告げが出たからここに来たわけだけど、他に手がかりもないし。
なので! 我が法力で新しい魔除けの手ぬぐいを作ってあげるよ! それでババーンと万事解決!」
晴ちゃんはいますぐ海で遊びたいのか、わたしをぐいぐいと海辺へ引っ張りっていきます。
「えっと、でも、あの手ぬぐいは代えが効かないっていうか……」
「いいでしょいいでしょ~? 遊ぼうよアヤッピ~!」
一歩、また一歩と海が近づいて来て――思わずぞわわっとなる背筋!
「ご、ごめんなさい晴ちゃーーん! 今だけは! 今だけは海はダメなんですーーー!!!」
「むふふ~、ウソだ~! アヤッピー海大好きなくせに!」
「そうですけど! 今はトモカヅキが! トモカヅキがわたしを海の底に引きずり込みに来るんです!!」
「……トモカヅキ?」
もちろん、いつものわたしならとってもハッピー! 今すぐ海で遊びましょう! と言うところなのですが、本当に今だけはそうもいかない事情があるんです。それが――地元の海女さんの間に伝わる妖怪、トモカヅキ!
「トモカヅキ……狙った海女そっくりそのままの姿に化け、相手を暗い場所へと誘ったり海産物を差し出したりして、その誘いに乗った者を水底に引きずり込んで殺してしまうおそろし~い妖怪なんです」
「え゛っっ!!?」
「トモカヅキから身を守るため、三重の海女さんはセーマンドーマンの文様が書かれた魔除けを持っていくんです。わたしがなくしちゃった手ぬぐいにもその魔除けが施されてて……。おばあちゃんから貰ったやつなんです」
恥ずかしながら、あの手ぬぐいがないと海に潜るのは怖いんですよね……。
おばあちゃんを長い間トモカヅキから守ってくれた手ぬぐいは、わたしにとっても海に入るときのかけがえのないお守りなんです。
「……手ぬぐい、そんな大事なものだったの?」
「スクナヒコさまが企画したアイドルの大会――面白そうだから挑戦したいんですけど、海に入れないままじゃ全然わたしらしくないアイドルです! だからこそ絶対に魔除けの手ぬぐいを見つけたいんですよ!」
「…………」
わたしは改めて海を眺めました。鳥羽の人たちと共にあり続ける、優しくて、でも時に恐ろしい、青い青い海。
アイドルとして地元の温泉地をPRするのなら、やっぱりこの海が似合う存在でありたいと、そう思うのです。
「でも安心です! 晴ちゃんが一緒なら見つけたも同然ですから! ね、晴ちゃん――ってあれ!?」
わたしが振り返ると、晴ちゃんは真剣な顔で、パン! と両手を重ねていました。そして、さっきとは比べ物にならないほど力強く祝詞を唱え出します。
「かしこみ、かしこみ……! お願い! アヤッピーの手ぬぐい出てこい~~!」
その瞬間です――ビュッと強く風が吹いたのは!
「わっ!」
わたしはとっさに目を細めました。一瞬のつむじ風が通り過ぎて、ゆっくり目を見開くと――空を飛んでいたのは、よく見慣れた白布の姿。わたしは慌てて指をさしました!
「晴ちゃん、あれ! あれです!! わたしの魔除けの手ぬぐい!!」
白地に藍色の糸で大きく五芒星と格子文様が縫い込まれた手ぬぐい、見間違えるはずがありません!
「う、うそーーーー!!? ホントに出てきた!?」
「晴ちゃんの祈祷、やっぱりすごいです~!!」
手ぬぐいは風に乗って空を飛び、みるみる遠ざかっていきます。あの方角だと、向かう先は海洋遊園地!
「待てーーーーーーっ!!」
手ぬぐいを追いかけて、わたしたちは浜と海洋遊園地を結ぶトンネルを大急ぎで走り抜けました。
トンネルから出てすぐに手ぬぐいの行方を探します。と、晴ちゃんが叫びました。
「あそこ! どんどん落ちてくよ!」
手ぬぐいはわたしたちの前に広がる「イルカ池」へと落ちていくところでした。しかし「池」とは名前だけ、イルカ池はイルカのショーをするエリアなので、要するに「海」に柵を設けただけの場所! そして海は、お守りを持たない今のわたしがもっとも怖い場所なのです!
――が、わたしは止まりません!!
全ては魔除けの手ぬぐいのため。大好きな海にもう一度入るため!
わたしと晴ちゃんは同時に人止め柵に飛び乗ると、落っこちてくる手ぬぐいに飛びかかりました!
「やったーーーー!! 取ったーーーーーー!!!」
わたしが叫んだ次の瞬間、どぼーん! と派手にしぶきを上げて、気づけばふたりそろって海の中でした。
ごぼぼぼ……と泡を吐きながら、ついついほっぺが緩んでしまいます。だって手ぬぐいを回収して即ダイブなんて、こんな幸せなことはありません!
「ぷはーーーーっ!」
海面から顔を出して吸い込む空気のなんて美味しいことでしょう! 気持ちよくぷかぷか浮かんでいると、すぐ隣に晴ちゃんも顔を出します。わたしは魔除けの手ぬぐいを晴ちゃんに向けて掲げました。
「ありがとうございます! 晴ちゃんのおかげで見つけられました!!」
「……うう……」
晴ちゃんは――もちろん喜んでくれてると思ったんですが――なぜか暗い顔をしていました。
そして、彼女はぽつりとこう呟きます。
「ごめん、アヤッピー。実は、あれウソだったのだ……」
「……ウソ?」
「『イルカが助けになる』ってウソなの!!」
突然の告白にわたしがポカンとしていると、晴ちゃんは続けます。
「我には予言の力なんてなくて……ほんのイタズラのつもりで適当な事ばっかり言ってたの! まさかその手ぬぐいがすっごく大事なものだったなんて知らなかったから! ほんとにごめんなさい!!」
「そうなんですか? でも予言どおり『イルカ島』の『イルカ池』で見つかりましたし……」
「偶然! ぜーんぶ偶然なのだーー!」
そう言って、晴ちゃんは唇を噛んで黙ってしまいました。
小声で「ごめんなさい、ごめんなさい……!」と繰り返しながら、晴ちゃんはぎゅっと小さくなって俯いています。わたしはきょとんと首を傾げて言いました。
「なんで謝るんですか?」
「え?」
こんどは晴ちゃんがポカンとする番でした。
「だって、わたし手ぬぐいを見つけられてハッピーなんです! 晴ちゃんには感謝しかないですよ!」
「で、でもウソついてたんだよ!?」
「いや、わたしには分かります! 晴ちゃんの陰陽師の力がパワーアップしてわたしを導いてくれたんです!」
「ええー……?」
晴ちゃんは困ったようにわたしを見ています。
わたしは彼女に笑い返して、魔除けの手ぬぐいの片側を差し出しました。
「さ! 遊びましょう!」
ふたりで魔除けの手ぬぐいの両端を握って、わたしたちは思いっきり海に潜りました。山奥に住んでいて海に慣れていない晴ちゃんをガイドしながら、わたしたちは肩を並べて鳥羽の海をめぐります。
おばあちゃんが言うには――トモカヅキとは方言で『共に潜る者』という意味なんだそうです。
妖怪のトモカヅキは怖いけど、こんなにかわいいトモカヅキなら大歓迎だなぁと思うわたしなのでした。
あ、ちなみにこの後、勝手に入った海洋遊園地の職員さんにすっごく怒られたのは内緒ですよ!!
Fin.
著:山崎 亮