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「誕生!LUSH STAR☆」第6話 お姫様をつかまえろ!

「誕生!LUSH STAR☆」第5話 レトロな眼鏡っ子!?銀山心雪 -後編-はこちら

「――それではっ! 第一回、奇術研究部ミーティングを始めます!」

 

 あたしが立ち上がりざまに言うと、部室で大福を食べていた二人の部員――和倉雅奈ちゃんと、昨日入部したばかりの銀山心雪ちゃんが揃って顔を上げた。

 今日の雅奈ちゃんの差し入れはスイカのクリームが入った大福だ。スイカ農家で育った心雪ちゃんを歓迎する気持ちを込めて、雅奈ちゃんがクリームから手作りしたらしい。

 おもてなしの心たっぷりの大福はとっても美味しいけれど――今のあたしたちはのんびりとしてばかりもいられないのだ!

 

「ミーティング? 手品を教えてくれるんじゃなくて?」

 

 目を丸くした心雪ちゃんが大福を飲み込み言う。

 

「そう! 手品も大事だけど、まずは部員集めについて話し合わなきゃ。少なくともあと二人は入部してもらわないと、部活として存続できないからねー!」

「そうですね。入部届の受付開始から日にちも経って、ほとんどの新入生が部活を決めてしまっているようですし……」

 

 思案する雅奈ちゃんに、あたしは笑顔で応える。

 

「ふっふっふ。実はもう目をつけてる子がいるんだよねー。一度話はしたんだけど、その時はその子がすごく急いでて、ゆっくり勧誘できなくて……」

「ああ、初夏さんがこの前おっしゃっていた方ですね。確か――」

「――そう! 一年の白浜帆南美ちゃん!」

 

 その時、心雪ちゃんが「えっ」と呟いた。

 

「ん? どしたの、心雪ちゃん?」

「えっと……。白浜さん、同じクラスなんだけど……」

「えぇーーっ! ホント!?」

 

 あたしは思いがけない接点に運命を感じた!

 実はこの前、帆南美ちゃんを怒らせたままサヨナラしちゃったから、誰かが間に入って取り持ってほしいなーなんて思ってたんだけど……まさかこんな近くに頼める人がいたなんて! これは心雪ちゃんにお願いするっきゃない!

 

「じゃーさ、心雪ちゃん、帆南美ちゃんに部活入るのか、入るならどこに入るつもりか聞いてみてくれない?」

「へっ? 私が?」

「うん! あたしより同じクラスの心雪ちゃんのほうがきっと――」

「いやぁ、ムリムリ無理の助だよぉ」

「無理の助!?」

「白浜さんとは同じクラスっていっても一度も話したことないし、“お姫様”だからいつも黒服の付き人を連れてて、私とは別世界の人って感じだし……」

 

 そう言って心雪ちゃんははにかむ。

 ああ……。そうだった……!

 今でこそ自然体でいてくれる心雪ちゃんだけど、本当はすごく人見知りで、初めて会った日はほっぺたを赤く染めてうつむいていたっけ……。

 

「そっかー。そうだよねー……」

 

 心雪ちゃんが嫌というなら無理強いはできない。あたしがガックリとうなだれていると、心雪ちゃんは興味深げに首を傾げた。

 

「ところでなんで白浜さんなの?」

「ああ、実はこの前あたしが部室のベランダでたそがれてたら、帆南美ちゃんが真下の植え込みのところにいてね……」

「――あら。今日もどなたかいらっしゃいますけど」

 

 説明しようとしたあたしの言葉を、雅奈ちゃんが遮った。

 雅奈ちゃんはいつの間にかベランダに立って、眼下を覗き込んでいる。

 あたしは「ええっ!?」と叫ぶなりベランダに走った。

 ベランダの欄干に飛びつくように身を乗り出して、雅奈ちゃんの視線の先を追う。

 すると――いたいた! 植え込みの隙間から、見覚えのある白いリボンが覗いている!

 

「ホントだ! またいる!」

「では初夏さん、あの方が……」

「うん。白浜帆南美ちゃん」

「確かに白浜さんだねぇ……。なんであんなところに一人で?」

 

 一緒にベランダに出てきた心雪ちゃんがあたしの隣で呟いた。

 見ると、帆南美ちゃんは周囲の人目を気にしながら一匹の猫とじゃれているようだった。ベランダからは帆南美ちゃんの表情は見えないものの、猫の方はすっかり彼女に懐いているようで、ゴロニャンと地面に寝そべって気持ちよさそうにお腹を撫でてもらっている。

 あの茶トラの猫ならあたしも何回か見かけたことがある――けど、呼んでもすぐ逃げてしまって一度も触らせてもらった試しがない。それなのに、帆南美ちゃんの前ではあんなに無防備な姿をさらしているなんて……。

 それなら、うちの大丸たちともすぐに仲良くなれるはず! やっぱり帆南美ちゃんにも奇術研究部に入ってほしい!

 

「帆南美ちゃん、うちに入ってくれないかなあ……」

「入ってくれるといいですね」

「私は……ちょっと緊張するけど、同級生がいるのは嬉しい……かな」

 

 誰にともなく呟いた言葉に、雅奈ちゃんと心雪ちゃんが優しく返事をしてくれた。

 まあ、帆南美ちゃんにその気がなければどうしようもないし、どう転ぶかなんて全然分からないけど、奇術研究部の心は一つ! それなら行動あるのみだ!

 あたしは帆南美ちゃんを指差して言った!

 

「よしっ! 三人で、帆南美ちゃんを――つかまえるよ!!」

 

 あたしたちは足の速い帆南美ちゃんに逃げられないよう作戦を立てた。

 前回はあたしが背後から声をかけたせいで帆南美ちゃんを驚かせてしまったので、今回は堂々と前から話しかけることにする。

 しかーし! 前から行くのはあたしのみ。

 雅奈ちゃんと心雪ちゃんには、あたしたち三人で三角形を結ぶようにそれぞれ別の場所で待機してもらい、あたしが帆南美ちゃんと話している間にゆっくり近付いてきてもらう。

 帆南美ちゃんが気付いた時には、あたしたち三人に囲まれていてもう逃げられない――名付けて「決死のトライアングル作戦」だ!

 

 あたしたちは三階の部室を出て一階まで降りると、中庭で三手に分かれた。

 帆南美ちゃんが隠れている植え込みのそばで息を潜めて待つ。すると程なくして、所定の場所に到着した雅奈ちゃんと心雪ちゃんが、それぞれ両手でマルを作っている姿が見えた。

 よーし! 準備は万端、作戦開始だ!

 あたしは植え込みに向かって優しく話しかけた!

 

「白浜帆南美ちゃーん。そこにいるんでしょー? ちょっとお話しようよー……」

 

 すると、すぐに呆れ顔の帆南美ちゃんがひょこっと顔を出した。

 

「なんや。熱海初夏、またお前か」

 

 おっ! 名前覚えてくれてる!?

 ――なんて、喜んだのもつかの間。

 

「お前と話してるとまた見つかりそうや。うち今日のレッスンは絶対出たくないねん。

 ほなまた!」

 

 帆南美ちゃんはあたしに背を向け、一目散に逃げ出してしまった!!

 

「えーーーーーっ!?」

 

 ――「決死のトライアングル作戦」、初手で破綻!!

 いやいや、一言で逃げ出されるとか、そんなことある!? うそでしょ!?

 あたしが時間を稼ぐ間もなく駆け出した帆南美ちゃんは、雅奈ちゃんと心雪ちゃんを置き去りにして颯爽と駆け抜けていく。

 仕方ない! あたしはポカンと口を開けている雅奈ちゃんたちに向かって、「作戦失敗! 帆南美ちゃんつかまえてくる!」と叫んで走り出した!

 

「待ってーーー!! 帆南美ちゃーーーん!!」

 

 帆南美ちゃんの背中を必死に追いかける。ところが、彼女は走りながらあたしを振り返ると――ニヤリと笑って一気に加速した!

 

「は、速っ!?」

 

 まさかこんなに足が速いとは思わず、あたしはうろたえた。

 走っても走っても、彼女との距離は縮まるどころか遠ざかっていくばかりで――。

 

 ――ああ、もう! 誰か帆南美ちゃんをつかまえて! 誰か……誰でもいいから!!

 

 あたしが半ばヤケクソになっていると――誰かに左肩をガシッとつかまれた。

 

「え!?」

 

 驚いて横を見ると、体操服の袖をまくり上げて小麦色に焼けた肩を出した知らない女の子があたしの隣を並走している。

 いや、誰っ!?

 戸惑うあたしをよそに、彼女は白い歯をのぞかせてニカッと笑った。

 

「おつかれさま! もー大丈夫だぞー!」

 

 彼女はあたしを置いてグングン加速していく。そしてあっという間に帆南美ちゃんに追いつくと、あたしにも聞こえるほどの大声で話しかけた。

 

「へー! 帆南美ちゃんって足速いんだなー!」

「わあっ! 何やねん急に――いっ!?」

 

 突然の乱入者に驚いたのは帆南美ちゃんも同じだった。ぬっと現れたその子を見て、飛び退こうとした帆南美ちゃんは――足をもつれさせて派手に転んでしまった!

 

「ほ、帆南美ちゃん! 大丈夫!?」

 

 あたしは息を切らして二人のもとに駆け寄る。

 帆南美ちゃんは転んだ拍子にヒザを擦りむいてしまったようで、不機嫌そうな顔で地面に座ったまま、血が滲むヒザを眺めていた。

 彼女を驚かせた女の子が「ごめん! 大丈夫かー?」と小麦色の手を差し伸べても、帆南美ちゃんがその手を取る気配はなかった。

 

 とにかく、こうなったのはあたしのせいだ。急いで保健室に連れて行かなくちゃ!

 そう思ってあたしが帆南美ちゃんを助け起こそうとした時、背後から「帆南美さま!」と女の人の声がした。

 

「見つけました! もう鬼ごっこは終わりですよ!」

「バイオリンのレッスンのお時間です!」

 

 そう言って、黒いサングラスにスーツ姿の女性が二人、こちらに向かって歩いてくる。帆南美ちゃんと初めて会った日にも見た人たちだ。きっと心雪ちゃんの言ってた「付き人」さんなのだろう。

 どうやら付き人さんたちは帆南美ちゃんのケガにまだ気付いていないようで、ずんずん向かってくる足取りからは「帆南美ちゃんを連れ帰るぞ!」という気迫が伝わってくる。

 

「……ちっ。またかいな……!」

 

 ど、ど、どーしよー! またあたしのせいで帆南美ちゃんが見つかっちゃった!?

 しかも今回はケガまでさせちゃったし! せ、せめて責任を取ってケガの手当てはしてあげないと……!

 あたしがあたふたしていると、ふと小麦色の肌の彼女と目が合った。

 その瞬間――なぜだかあたしはこう叫んでいた。

 

「逃げて!」

「お?」

「帆南美ちゃんを連れて逃げて! お願い!」

「……おー!」

 

 彼女はニカッと笑うと、帆南美ちゃんをおんぶして走り出した!

 

「なっ!? お前、何すんねん!?」

「わー! 帆南美ちゃんって軽いんだなー!」

「おろせ! おろせったら! このアホんだら~~~!!」

 

 そんな言い合いをする二人を、帆南美ちゃんの付き人さんたちが慌てて追いかけていく。

 帆南美ちゃんの大声がそこら中に響き渡り、通りすがりの生徒たちがその逃走劇に注目する。なんと教室棟の中からも「誰あれ?」「何してるの?」という声が聞こえてきた。

 見上げれば、校舎に残っていた生徒たちが続々とベランダに出てきている。部活中の生徒たちも、部活を中断してまで帆南美ちゃんたちを眺めているではないか!

 

 ま、マズい。なんか大ごとになってるーっ!?

 

 あたしは大慌てで帆南美ちゃんを見た。彼女は校門にそびえる鳥居のほうに連れて行かれながら、突然現れた謎の女の子にぎゃいぎゃいと喚きちらしていて――

 

 ――ん? 鳥居?

 

「と、鳥居って……!?」

 

 あたしは慌てて彼女たちを追いかけた。

 でも、時すでに遅し。小麦色の肌の彼女はまさしく「お社渡り」をするところで――

 

「まったなー!」

 

 ――爽やかな笑顔を残して、帆南美ちゃんをおんぶしたままどこかに消えてしまった。

 

「…………」

 

 いや、言ったけど! 確かに「帆南美ちゃんを連れて逃げて!」って言ったけど……!

 

「どこにーーーっ!?」

 

 あたしは叫んだ。

 そう、温泉むすめが持つ「鳥居と鳥居の間をワープする能力」、お社渡り! その行き先は本人しか分からないのだ!

 帆南美ちゃんの付き人さんたちはどこかに電話をかけながらてきぱきと去って行く。お社渡りで逃げられるのも慣れっこなようで、そこまで慌てている感じではない。

 

 むしろ頭が追いついていないのはあたしのほうで――。

 

 なすすべもなく鳥居の前に立ち尽くしていると、背後から「初夏さん」と声がした。

 振り向くと、雅奈ちゃんと心雪ちゃんが立っている。

 

「大丈夫ですよ、初夏さん。全ては予定通りです」

 

 そう言って、雅奈ちゃんはにっこりと微笑んだ――。

 

♨      ♨      ♨

 

「ケガはヒザの擦り傷だけみたいですね。ではお手当ていたします」

「ふん。はよしいや!」

 

 帆南美ちゃんが口を尖らせる。雅奈ちゃんは「はいはい」と受け流すように笑って、彼女のケガの手当てを始めた。

 あたしと心雪ちゃんはその光景をまったりと眺めている。でも、帆南美ちゃんは腹の虫がおさまらないといった様子で、突然あたしを指差して言った。

 

「熱海初夏! これは誘拐やぞ!」

「えっ? 誘拐?」

「せや! 話があるとか言ってうちを誘い出して、奇術研究部総出で連れ去ったんやからな。これはもう立派な誘拐……きゃんっ!」

「あら、すみません。傷口にしみちゃったみたいですね」

「~~~っ!!」

 

 まったく懲りずにわめく帆南美ちゃんを前にどうしたものかと頬をかく。雅奈ちゃんはなぜか楽しそうに手当てをしているし、心雪ちゃんはオロオロしているし、現場はカオスな雰囲気に包まれていた。

 その時、あぐらをかいて座っていた小麦色の肌の女の子――指宿絵璃菜ちゃんが豪快に笑い出した。

 

「あっはっは! にぎやかでいいなー! 指宿温泉にお似合いの雰囲気だぞ!」

 

 そう、彼女が帆南美ちゃんを連れてお社渡りしたのは、鹿児島県の指宿温泉だった。

 指宿温泉には部活の合宿や研修で大活躍の「休暇村」という保養施設があり、あたしたちは今、そこに住んでいる絵璃菜ちゃんの部屋にお邪魔しているのだ。

 

 行き先も分からないままお社渡りされた時はどーしよーかと思ったけど……絵璃菜ちゃんは帆南美ちゃんと同じく心雪ちゃんのクラスメイトで、別の運動部に体験入部している最中だったにもかかわらず、雅奈ちゃんと心雪ちゃんのお願いに応えて「決死のトライアングル作戦」に途中参加してくれたらしい。

 

 まさかあたしの知らないところで、雅奈ちゃんと心雪ちゃんがそんな手回しをしてくれていたなんて。大騒動にこそなっちゃったけど、帆南美ちゃんのケガも大したことはなかったみたいだし、結果的に今ならゆっくり話せそうだし――

 

 いざ! 話をしてみよう!

 あたしは思い切って帆南美ちゃんに言った!

 

「帆南美ちゃん! 奇術研究部に入部しない?」

 

 帆南美ちゃんはジロリとあたしを見て、「奇術研究部ぅ?」と凄む。

 うっ! なんと冷たい目! でも様々な困難を乗り越えてやっとつかんだこのチャンス。こちらも全力でいくしかない!

 あたしは押せ押せと続けた!

 

「うん、奇術研究部! っていってもね、ただの奇術じゃないよ! 奇術とアイドル――」

「やらん」

「!? き……奇術とアイ」

「やらん」

「きじゅ」

「だーっ! やらんゆうてるやろ! うちはおとんのせいで毎日習い事に大忙しなんや! そのうえ部活やて? めんどくさっ! やるわけないやろ!? うちはこれ以上縛られたくないんや! 誰にも何にも言われずに、自由気ままに楽しく生きたいんやっ!!」

 

 帆南美ちゃんは早口でまくしたてると、肩で息をしながらあたしを睨みつけてきた。

 うわー……。めちゃくちゃ怒ってるー……。

 助けを求めて雅奈ちゃんを見る。しかし、さすがの彼女も帆南美ちゃんに圧倒されているようだった。

 一気に静まり返った部屋の中、取り付く島もない帆南美ちゃんにかける言葉を探していると――あたしの隣から「カチカチ」という音が聞こえてきた。

 

「こ、心雪ちゃん!?」

 

 音の主は心雪ちゃんだった。

 彼女は目を見開き、恐怖からか歯をカチカチと鳴らして震えている。そして絞り出すような声でこう言った。

 

「ぜ……全然……! “お姫様”じゃ、ない……ッ!」

 

 絵璃菜ちゃんも「うんうん!」と興奮した様子で深く頷く。「えりなも思った! なんか帆南美ちゃん、教室にいる時と感じが違うなーって!」

 

「……? どういうことでしょう?」

「さあ……」

 

 あたしは雅奈ちゃんと顔を見合わせる。そういえば、心雪ちゃんは部室でも“お姫様”と帆南美ちゃんを呼んでいたけど……。教室にいる時と違うってどういうことだろう。

 あたしが二人にその意味を尋ねようとしたとき、部屋のドアがノックされた。

 

「絵璃菜! お茶持ってきたよ~!」

 

 おっ、絵璃菜ちゃんのお義母さんかな?

 絵璃菜ちゃんが「ほいほーい」と答えてのんびり立ち上がる――けれど、真っ先にドアを開けたのは帆南美ちゃんだった。

 

「まったくあんたって子は、お友達にお茶も出さないで……!?」

「ありがとうございます。頂戴いたします」

 

 帆南美ちゃんはお茶を載せたお盆を礼儀正しく受け取ると、透きとおるような声で続けた。

 

「絵璃菜さんのお義母様ですか?」

「は、はい……」

「はじめまして。わたくし白浜温泉の温泉むすめ、白浜帆南美と申します。絵璃菜さんとは同じクラスで、とても仲良くさせていただいております。どうぞこれから宜しくお願いいたしますね」

「も、もちろんですよ! この通りガサツな娘ですが、こちらこそ仲良くしてやってください! 宜しくお願いいたします!」

「うふふ……。はい♪」

 

 そう言って、帆南美ちゃんはちょこんと小首を傾げるように微笑む。彼女の滑らかな黒髪がふわりと揺れて、部屋の中を涼やかな風が通り過ぎていったような気がした。

 絵璃菜ちゃんのお義母さんがぽーっと頬を染めて去って行く。帆南美ちゃんはそれを最後まで見送ると、しゃなりと静かにドアを閉めた。

 その一連の動作は優雅で洗練されていて、まさに本物の“お姫様”だ!

 と、あたしは思ったんだけど――。

 

「はぁ~あ!! 銀山心雪に指宿絵璃菜……。高等部に編入してからひと月も経ってないっちゅーのに、同じクラスの奴ら二人に本性がバレるとはな!!」

 

 ……お盆をテーブルの上に置き、どすんと床に胡坐をかいた帆南美ちゃんは、やっぱり元の帆南美ちゃんなのだった。

 

「……帆南美ちゃん? あの……今のって……?」

 

 また怒らせてしまうんじゃないかとドキドキしながら訊ねてみる。

 すると、帆南美ちゃんはあたしを一瞥してすぐに目をそらし――小さな女の子みたいにぷうっと頬を膨らませて言った。

 

「ふん。おとんが『温泉の神さまである自覚を持って、清く正しく美しく過ごしなさい!』ってうるさいからな。白浜温泉の温泉むすめ白浜帆南美は、大声で叫んだりせーへん清楚でおしとやかなお姫様なんや」

「はあ……」

 

 あたしは帆南美ちゃんと初めて会った日のことを思い出した。

 別れ際、彼女は「うちの名前は白浜帆南美ちゃうからな!」と言っていたけれど――もしかしてあれは、自分の本性を見せてしまったあたしに対して、お義父さんが願う清楚でおしとやかな“白浜帆南美”とは別人だと思ってほしいという気持ちから出た言葉……だったのかな?

 

「でも、それもこれも今日で全部台無し。全部終わりや」

 

 帆南美ちゃんはそう呟くと、バッと立ち上がってあたしを指差した。

 

「熱海初夏! お前は部員の指宿絵璃菜を使ってうちをおんぶしてガキ扱いして! そのせいでうちは多くの生徒たちの前で醜態をさらす羽目になった! 白浜温泉の温泉むすめであるうちに恥をかかせた! そのうえ誘拐や! この罪は重いで!」

「ええっ!? ちょっと待って、いろいろ違うよ! 誘拐じゃないし、絵璃菜ちゃんは部員じゃないし!」

「え~い! 口答えすな! とにかくぜ~んぶお前のせいや! お前のせいなんや~!!」

 

 そう言って帆南美ちゃんは地団駄を踏み始めた。

 もはや完全に取り付く島もなく、雅奈ちゃんも「困りましたね……」と頬に手を当てる。心雪ちゃんは怯えを通り越して呆気にとられているのか、目を丸くして「こりゃインド人もびっくりだねぇ」なんて言ってるし……。

 こじれにこじれた帆南美ちゃんの誤解。一体どこから解いていけばいいんだろうと頭を悩ませていると、絵璃菜ちゃんがはじけるような笑顔で言った。

 

「これはさー、あれだよ。あれしかないよ!」

「あれ?」

「走ってどっちが速いか勝負する! そんで速いほうが勝ち! 簡単だろー?」

 

 ……絵璃菜ちゃん。

 それもう帆南美ちゃんが勝つに決まってるでしょ!?

 

「あの、絵璃菜さん。今は勝ち負けの話ではないと思うのですが……」

「そうだよー! 走って勝負したところで――」

 

 雅奈ちゃんとあたしが呆れてツッコもうとした時、帆南美ちゃんが興味深げに言った。

 

「ええんやないか?」

「……は?」

 

 思わず問い返したあたしに向かって、帆南美ちゃんはニヤリと笑う。絵璃菜ちゃんの提案を聞いて機嫌が直ったようだ。

 

「その方が話が早くてええ。熱海初夏、うちとダッシュで勝負しいや!」

「ええーっ!? いやいや、何のために……?」

「うちが勝ったら、せやなあ、お前には罰としてうち専属の付き人になってもらおか。ちょうどうちの言うこと何でも聞いてくれる便利な付き人が欲しかったところや。お前の放課後の時間は全て、うちの自由時間確保のために費やしてもらうわ!」

「ええっ!?」

 

 あたしは無茶苦茶な条件に震えあがった。

 

「もしそうなってしまったら部活どころじゃありませんね……。さすがに論外では?」

「初夏ちゃんに手品を教えてもらえなくなっちゃうよぉ……!」

 

 雅奈ちゃんと心雪ちゃんも顔をしかめている。

 心雪ちゃん風に表現するなら……そんなの想像しただけで「がびーん」だ!

 

「ああ、うち足速いからなあ~。別にハンデあげてもええで? 例えばそっちはスニーカー、うちはパンプスで走るとかなあ~」

 

 帆南美ちゃんは得意満面、勝ち誇った顔であたしを見る。

 これは……バカにされている! 「勝ったも同然」と思われている!!

 途端にあたしはやってやろうという気になった。だって――観客の予想を裏切るのがエンターテイナーなのだから!

 

「ほー……。言ったね?」

 

 あたしはニヤリと笑い返した。

 

「それじゃお言葉に甘えて、帆南美ちゃんにはパンプスで走ってもらおうかな!」

 

 あたしも立ち上がって帆南美ちゃんのまなざしを受け止める。

 まさに宣戦布告。あたしと帆南美ちゃんの視線がバチバチッ! と火花を散らした!

 

「え、ええっ!? 初夏さん!?」

「ひえぇ……。う、初夏ちゃん……」

「おー! いいぞ、いいぞー!」

 

 視界の端で驚く雅奈ちゃんと心雪ちゃん、なぜか興奮している絵璃菜ちゃんが見える。

 観客の反応をたっぷり味わって、帆南美ちゃんは鼻を鳴らして言った。

 

「ふん。それじゃ決まりやな!」

「――それともう一つ。帆南美ちゃん、さっき、あたしが負けたら自分の付き人になれって言ったよね?」

「せやな」

 

 あたしは帆南美ちゃんをまっすぐ見つめて言った。

 

「なら、あたしが勝ったら帆南美ちゃんには奇術研究部に入ってもらう!」

「!!」

 

 帆南美ちゃんは一瞬大きく目を見開いて――それからニタリと笑った。

 

「ほお~、ええで。覚悟しとき!」

 

 よーし、乗ってきてくれた!

 これで得られる物は五分と五分! あたしが帆南美ちゃんを手に入れるか、帆南美ちゃんがあたしを手に入れるかのサバイバルマッチだ!

 そうと決まれば今すぐ勝負。あたしはさっそく帆南美ちゃんに提案した。

 

「場所だけど、熱海はどうかな?」

「熱海?」

「うん。熱海サンビーチなら十分な距離があるし――」

「――いや」

 

 帆南美ちゃんはぴしゃりとあたしの言葉を遮ると、ドンと胸を叩いてこう言った。

 

「ビーチといったら白浜温泉の白良浜や」

「え……!?」

「白浜温泉はうちの地元やからな。パンプス履いて、地元の連中の前で“お姫様”を演じて、その上でお前に勝ってみせるわ。ついでに新しい付き人の紹介もできて一石二鳥や」

「……!!」

 

 な、なんたる自信……!

 あたしは思わず生唾を飲み込んでしまった。だけど、今さら後に引くわけにはいかない。あたしにだって、奇術研究部を存続させるという夢があるんだ!

 

 あたしがこくりと頷くと、帆南美ちゃんは意気揚々と歩き出した!

 

「――ほな行くで! 白良浜へ!」

 

<続く>

著:黒須美由記

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