温泉むすめ伝「飯坂真尋の章①」
その日、飯坂は朝から快晴だった。
「う~ん。いい朝だ……。さて、これから何すっかなー!」
あたしは旅館の前で日課の体操を終え、青空を見上げて大きく伸びをする。
今日は待ちに待った休日だ。ここのところはアイドル活動が忙しくてろくに休めておらず、まるっと一日なんの予定もない日なんて本当に久しぶりだった。
さあ、何をしよう? 好きなだけ和太鼓を叩くのもいいが、ちょうどシーズンのぶどう狩りに行くか。いや、たまには一人で美術館に行くってのもアリだな……!
あたしがあれこれプランを考えてワクワクしていると――突然、背後で声がした。
「定山渓奥義・スカートめくり!」
「むッ!?」
あたしはひらりと身をかわす。そして、スカートをめくろうとしてきた不届き者の手をつかんで捻り上げた!
「てめー! 何しやがる……って泉美!?」
あたしは驚くと同時に呆れた。その不届き者が――北海道・定山渓温泉の温泉むすめ、定山渓泉美だったからだ。
「痛い痛い! ごめんなさい! 許して、真尋ちゃん!!」
泉美は痛みに顔をゆがめ、涙目でそう訴える。あたしは泉美の手をぱっと離して言った。
「お前なあ……。挨拶もなしにいきなりスカートをめくろうなんて、相変わらずいい度胸してるじゃねーか」
「えへへっ♪ 実は最近、“飯坂真尋”に関する問い合わせが増えてきてね。これは真尋ちゃんのマル秘データを入手しないとって思って、北海道からひとっ飛びして来たってわけ!」
そう言って泉美はぺろりと舌を出す。全然懲りていないようだ。
「あたしのマル秘データ……? って、まさか!」
「ずばり! 真尋ちゃんのパンツの色は何色か!? あたし、今日はそれを知るまでぜーったい帰らないから!」
「なにィイ!?」
あたしは素っ頓狂な声をあげた。
泉美は温泉むすめたちのデータ収集とスカートめくりが趣味というイタズラ好きの温泉むすめだ。彼女が作成している『定山渓データベース』には全国各地の温泉むすめにまつわる様々なデータが記録されていて、本人曰く「スクナヒコさまも太鼓判を押すほどの出来栄え」らしいのだが(ホントか?)――困ったことにそこには『パンツの色』という項目もあるらしい。
しかも入浴前の着替えで見るのではダメで、スカートめくりで確認する必要があるという。なんだそれは。
そんなわけで、あたしのスカートも何度となく泉美に狙われてきたのだが、こっちだって甘んじて見せるつもりはない。あたしはその度に泉美を撃退し、さっきみたいに懲らしめてきた。
その甲斐あってここ最近は滅多に姿を見せなくなったのだが、よりによって待望の休日にやってくるとは……!
め、めんどくせえ……! つきまとわれるの確定かよ!
「まあまあ、そう難しい顔しないでさ! 今日は天気もいいしテニスでもやらない? ミニスカのテニスウェアで、もちろんアンダースコート禁止ね!」
「するか!!」
泉美と一緒に“OH YOU LADY?”というアイドルユニットをやってる温泉むすめで、あたしの同級生兼ご近所さん。きっとアイツなら、うまいこと泉美の相手をしてくれるに違いない。
「くくく……! パンツを見せるのはまっぴら御免だが、相手してやる分にはかまわないぜ」
「お?」
あたしはニヤリと泉美を見た。
「さあ、あたしについてきな! いわき湯本温泉に行くぞ!」
♨ ♨ ♨
いわき市内にあるゲーセンで、すでに“アイツ”は待っていた。
「お~っ! 急に電話してきたから何かと思ったら、真尋っぴがいずみっぴを連れてくるとは! こりゃまたレアな二人組だね~!」
いわきあろは。いわき湯本温泉の温泉むすめである。
「「それな~!」」
泉美とあろはが互いに相手を指差してけらけら笑う。何がおかしいのか今ひとつ分からないが――あたしは仲の良さそうな彼女たちを見て、しめしめと思った。「泉美をあろはに押しつける作戦」は無事に成功しそうだ。
――ってことであろは! 泉美の相手は頼んだぜ!
あたしは無言のアイコンタクトであろはにそう伝える。
すると、あろはは力強く頷いて――こう言った。
「わかった! 三人で遊ぼうってことだね! 歓喜のダンス~♪」
「いえ~い!!」
あろはは泉美と手を取り合って、妙ちくりんなダンスをし始めた。
「……は?」
ま、まったくアイコンタクトの意味が伝わってねえ! 何だコイツ!?
あたしが呆気に取られていると、あろはは能天気な笑顔を浮かべて手招きする。
「ほらほら~、真尋っぴも一緒に踊ろうよ~♪ ゆ~らりゆらゆら、ゆ~らゆら~♪」
そのアホ面を見てあたしは思い出す。
そうだった! コイツ、こういうヤツだった――!
とにもかくにもひたすら楽天家で、賑やかなのが大好きな女子。難しいことを考えるより体を動かす方が好きってところはあたしとも似ているが、こういう時にはとことん役に立たないのだ!
「くっ……! あろはを頼ったあたしがバカだった!」
これではスカートめくりの脅威からは逃れられない。あたしは歯噛みをして、最後の手段に出た。
こうなったらコイツらを置いて逃げるしかない!!
フラダンス風にゆらゆら腰を振っている二人の目を盗み、あたしはそっと逃げ出した。
ゲーセンの中には大きなゲーム機が並んでいて、一直線に出口へとはいかない。あたしはまるでスパイ映画の主役にでもなった気分で息を潜め、あろはと泉美の様子を窺いながら、物陰から物陰へと伝って出口の近くまでやってきた。
「……よし。ここまで来りゃあ……!」
あとは自動ドアをくぐり抜け、店の外に出たら近くの鳥居まで一直線に走るだけ――。
だが――その時だった。あたしの目の前に、あのゲームが姿を現したのは!
「こっ、これは……! 『太鼓のカリスマ』だぁーーーっ!?!?」
『太鼓のカリスマ』。和太鼓をバチで叩いてプレイする、あたしが大好きなリズムゲーム――。
「し、しかも! いつのまにか最新曲が追加されてやがる!」
これはやるっきゃない!! あたしは『太鼓のカリスマ』に駆け寄り、ガッとバチを握って料金を入れた!!
ダカダカダカダカ! と勢いよく太鼓を叩いてメニューを操作する。選ぶのは新曲、もちろん難易度は最高の「鬼のカリスマ」に決まっている。
――ズドン!!
はやる気持ちそのままに「決定」のバチを打つと、すぐに新曲のイントロが流れ始めた。
軽く腰を落として画面に集中する。飯坂真尋・和太鼓渾身の構え――。
「真尋っぴ、ここにいたのか~。探しちゃったよ~!」
とかやっていると、あろはが突然顔を出した。
「げっ!?」
渾身の構えが崩れる。あろはがここにいるってことは、あたしの後ろには――!!
「定山渓奥義・スカートめくりッ!!」
――ふわりと、あたしのケツに涼やかな風が流れ込んだ。
「うわあああぁぁぁーーーーーーっ!?!?」
あたしは絶叫する。だが、叫んだのは泉美も同じだった。
「も、股引むすめだァーーーーーッ!?!?」
それもそのはず、あたしが履いているのは祭り用の短めの股引――半だこなのだ!!
「え、ウソ!? パンツじゃなくて股引!? 年頃の女の子が!?」
「うるせー! あたしはいつでも祭りに乱入できるように休みの日はこれ履いてるんだよ!!」
スカートを押さえて泉美を睨む。驚きに目をぱちくりさせていた彼女だったが、すぐにニマァと笑った。
「股引むすめ……! これはかっこいいし貴重なデータだよ! ナイス真尋ちゃん!」
「ナイス!?」
「いや、待って!? 『休みの日は』ってことは……平日は普通にパンツ履いてるってこと!?」
「うっ!? あ、あのなあ、お前……」
泉美の切り替えが早すぎて思考が追いつかない。というかあたし、さっきまで確か――
「うひょ~~~~っ!! なにこれ、真尋っぴが選んだ譜面めっちゃむずい~♪」
「うおお!? あろはっ!?」
振り返ると、いつのまにかあたしからバチを奪ったあろはが『太鼓のカリスマ』をプレイしていた!
あろはは最高難易度の譜面にまるで手が追いつかないのか、「アハハハハ!!」と笑いながらハチャメチャに太鼓を叩いている。これではゲームオーバーになるのも時間の問題だろう。
「……あーもう! ちょっと貸せ!」
あたしはあろはからバチをひったくった。
「泉美をあろはに押しつける作戦」は大失敗だ。
結局スカートはめくられたし、余計なデータまで泉美に与えてしまったから、これからは平日も彼女につきまとわれることになるかもしれない。『太鼓のカリスマ』もあろはのせいでゲームオーバー目前だ。せっかくの休みだっていうのに散々な一日になってしまった。
――だが、まだまだこれからだ!! もう失うものはないんだから、今日という日を存分に楽しんでやるぜ!!
あたしはバチを握り直して、あろはと泉美に向かって言った。
「今から手本を見せてやる。よーく見とけ! 今日は御祭り騒ぎだ!!」
著:黒須美由記