story おはなし

温泉むすめ伝「玉造彗の章」

あわせて「温泉むすめ伝 鬼怒川日向の章」もぜひご覧ください。

 


 

 玉造温泉の湯神社では、参拝しながら「自分だけのお守り」を作ることができる。

 鳥居をくぐったら社務所で「叶い石」と呼ばれる小石を授かり、それを持って境内の「願い石」という大石に願い事をする。その願い事を籠めた「叶い石」を袋に入れて、世界でただひとつのお守りを作るのだ。

 

「子どもの頃は無邪気にお守り作りを楽しんでいましたが、いま改めてお参りしてみると考えさせられますわね」

 

 そう言って、道後泉海は「叶い石」を片手にくすりと笑った。

 

「団体旅行の時代から個人旅行の時代へ。それに伴って、“定番のツアー”ではなく“自分だけの体験”を求めるお客様が増えてきたと言われています。この“叶い石作り”は、それを先取りしていたということでしょうか」

「はあ……。泉海ちゃんはすごいね~。いつもそんなこと考えてるんだ」

 

 字面の上だけ泉海を褒めたのは別府環綺である。八方美人な彼女はたとえ退屈していようともにこやかにお世辞を述べることができるのだが、今日に限ってはその退屈を隠そうともしていなかった。

 

「久しぶりに“昔馴染み”三人でお守り作ってるのに、その感想はないと思うんだけど」と、環綺は泉海を睨む。

「ですが、わたくしたちは神の端くれ。そもそも願いを叶える側であって叶えてもらうのは違うのでは?」

「出た~っ……!」

 

 そもそも論を平気でかます泉海の言葉に、環綺はいよいよ口を尖らせた。

 

「昔の泉海ちゃんはもっとロマンティックで夢見る少女だったのに……。彗ちゃんも何とか言ってよ~!」

「いかにも今の泉海が言いそうなことでしょう。あなたがいちいち突っかかりすぎなのよ、環綺」

「はあ……。それまたいかにも今の彗ちゃんが言いそうな言葉ですこと」

 

 助けを求めた玉造彗にもあしらわれ、環綺は自分の味方がいないことを悟ったらしい。「分かりました。私、今回の願い事は“彗ちゃんと泉海ちゃんが私に合わせてくれますように”にさせてもらいます」と言ったきり、そっぽを向いて「願い石」のところに願掛けに行ってしまった。

 

「……少し驚きました。環綺さん、彗さんの前では感情を表に出してくれるんですね」

 

 泉海が苦笑しながら彗を見る。彗は肩をすくめて答えた。

 

「環綺とはAKATSUKIを組む時に色々あったのよ。もっとも、人目があるところでは相変わらずの八方美人だけど――今日は、あなたしかいないから」

「そうですか……」

 

 “色々と”の部分はあえて掘り下げずに、泉海はしみじみと頷いた。

 

 道後泉海、別府環綺、玉造彗の三人は幼い頃からの友人で、自分たちのことを“昔馴染み”と呼んでいる。客観的に見ればその意味は“幼馴染み”と大きく変わらないのだが、三人が三人ともややこしい性格に育ってしまったせいで、今はかつてのように無邪気な仲良しではなくなっていることから――自分たちの関係を表現するため、あえて“昔”という語を使いたがっていた。

 

 それでも、今なお彼女たち三人の間には特有の空気感がある。特に彗と環綺の関係は、『温泉むすめ日本一決定戦』に際してアイドルユニット“AKATSUKI”を結成したことで改善しつつあるらしい。

 

「わたくしとしてもホッとしてますわ。日本一決定戦の思わぬ副産物。さすがはスクナヒコ様です」

「“ホッとしてる”とは、またずいぶん上から来るのね」

 

 何気なくこぼしたらしい泉海の言葉に、彗はわずかに口の端を吊り上げた。

 

「私たちは地元を背負う一国一城の主よ。私の人間関係について、あなたに心配される筋合いはないわ」

「えっ。いや、そういうつもりでは……」

「うふふ、なに? またケンカしてるの~?」

 

 動揺する泉海をからかうように、完成したらしきお守り袋の口を結びながら環綺が戻ってくる。いつの間にか機嫌を直している彼女を見て、「……ずいぶん楽しそうね」と、彗は怪訝な顔をした。

 

「いや~、お札に願い事を書いてるときに気付いたんだけどね~」と、環綺は頷いた。「そういえば、日本一決定戦で優勝したらスクナヒコさまが願い事を叶えてくれるんでしょ? ってことは、私の願いは叶うんだな~って」

「は?」

 

 泉海はぽかんと口を開けた。

 その顔が面白かったのか、それとも「AKATSUKIが優勝して当然」と言わんばかりの環綺の口ぶりが面白かったのか、彗は「あはっ!」と珍しく声を上げて笑った。泉海はそんな彗を一睨みすると、引きつった笑みを浮かべて言う。

 

「……大層な自信ですわね、環綺さん」

「あ。泉海ちゃんも今からAKATSUKIに来る? 私は大歓迎だよ~♪」

「SPRiNGSでは勝てないとでも!?」

 

 こうなってはすっかり環綺のペースだった。彗は笑いを噛み殺しながら彼女を称賛する。

 

「よく言ったわ、環綺。それなら、私も何を願うか考えておかないといけないわね」

「え、彗ちゃんの願い事? 気になる~♪」

「おいそれと他人に話したりはしないわ」と言いながら、彗は環綺のお守り袋を指差す。「あなただって、その中には――さっき言ったのとは別の願い事を書いたのでしょう?」

「どうかな~。案外そのまま書いてあったりして♪」

 

 環綺は思わせぶりにお守り袋を掲げると、それを大切そうにバッグの内ポケットにしまった。

 ふたりのやりとりに怒りの行き場をなくしたのか、泉海は「帰ります」と面白くなさそうに踵を返した。まだ彼女を弄り足りないらしく、環綺も「泉海ちゃん、待って~♪」と追いかけていく。

 だが、鳥居をくぐる瞬間――環綺が泉海に何かを耳打ちして、彼女たちはチラリと彗を振り返った。

 

「……何かしら」

 

 ふたりはそのまま「お社渡り」でどこかへ去っていく。環綺が何を言ったのかは分からないが、おそらく、去り際にあえて彗に気を持たせたかったのだろう。

 それは“いかにも今の環綺のやりそうなこと”で――彗は溜息交じりに肩をすくめた。

 

♨      ♨      ♨

 

 湯神社の前には、温泉街を貫流する玉湯川が流れている。川幅2メートルもないその清流にかかっている小さな橋を渡り、神社から少し下流に歩いたところに、観光名所にもなっている一軒の東屋があった。

 「恋来井戸(こいのくるいど)」である。東屋の中にある小さな井戸で無人販売されている鯉の餌を玉湯川に投じて“鯉=恋”を招き寄せることができるかどうか試すという、こちらも体験型のパワースポットだ。

 

「考えておくとは言ったけれど……他人の力で叶えたい願い事なんて特にないわね」

 

 こぢんまりとした東屋の中で、彗は眼下の鯉に餌をやりながら先ほどのやりとりに思いを馳せていた。

 

 “今の玉造彗”は、充実していた。すぐに願い事が思い浮かばないほどに。

 現状に満足しているわけではない。だが、彼女の前には「アイドル」という新しい挑戦があり、しかもそれは「玉造温泉をPRする」という彼女の使命とがっちり連動している。神話の地である出雲を任され、クラスでは学級委員長を、日本舞踊部では部長を務め、玉造温泉の人々にも愛されている実感がある。

 人間関係にも不満はない。疎遠になっていた“昔馴染み”ふたりとの関わりも増えたし、なによりAKATSUKIには、自分の全てを伝授したい可愛い後輩がいる。

 

 ――鬼怒川日向。

 今年度から『温泉むすめ師範学校』に編入してきた、鬼怒川温泉の温泉むすめである。

 

 アイドルとして、温泉むすめとして、彗は日向に計り知れないポテンシャルを感じていた。常識にとらわれない発想力と、それを実現可能にする個人能力を兼ね備える――そんな彼女は、温泉旅行を取り巻く環境が激変するこの時代にあって、温泉むすめの新世代を担う存在になるかもしれない。

 まさに原石。その“玉”を“造”りあげるのが自分の使命だと、彗は心躍らせていた。

 彼女を一人前の温泉むすめに育てあげる自信はあった。温泉むすめとしての心構えや自立心など、今の彼女に足りないもののほとんどは自分と環綺が教えて、与えることができる。だが――

 

 ――だが、自分たちではかなわないものもある。

 

 それを考えているうちに、彗の口から自然と願い事がこぼれ出ていた。

 

「……日向に親友ができますように」

 

 その瞬間、東屋の裏からふたつの顔がにゅっと飛び出した。

 

「はは~ん……♪」

 

 泉海と環綺だった。泉海はほのかな感動に瞳を揺らして、環綺は特ダネを仕入れたかのようにニヤついて、彗を両側から挟むように井戸に降りてくる。

 

「あの彗さんが他人を想って願い事をするなんて……!」

「うふふ♪ 今のを日向が聞いたらどういう反応するかな。喜ぶかな? 逆にぽかーんとしちゃうかな?」

「あ、あなたたち……!?」

 

 盗み聞きを悪びれもしない“昔馴染みたち”に詰め寄られ、彗は言葉を失った。一計を案じたのは環綺なのだろう、彼女はしてやったりの笑みを浮かべて、からかうような上目遣いで彗に尋ねる。

 

「ちなみに、私たち三人は親友だと思う?」

 

 ――その質問に彗と泉海が何とも言えない表情をして環綺が機嫌を損ねたのは、また別の話である。

 

著:佐藤寿昭

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