story おはなし

温泉むすめ伝「雪・キャニオン・層雲峡の章」

「さあ着いたよ! ほら、のんのも降りて降りて!」

 

 運転席から声をかけられ、洞爺湖のんのは眠気で重い瞼をなんとかこじ開けた。

 車窓から見えるのは抜けるような青い空と、夏の強い日差しを弾いて眩く輝く清流――ここは北海道上川町層雲峡を流れる日本三大河川のひとつ、石狩川である。

 黒く武骨な大型4駆の後部座席からのっそりと降りる。先程の声の主である雪・キャニオン・層雲峡はとうに車外に飛び出していて、石狩川で川遊びを楽しむ人々を見渡しながら気持ちよさそうに伸びをしていた。

 

「んー! 風がとっても気持ちいい! 今日は最高にspecialなholidayになりそうね、ぴりか!」

「おう!」雪のその呼びかけに、同じく車から降りていた阿寒湖ぴりかが威勢よく答えた。「――夏があたしを真っ赤に燃やす! サマータイムバーーーニングソォォォウル! 阿寒湖ぴりか、今日は石狩川に見参ッ!!」

「…………あの、もうちょっと静かにしてくださいふたりとも。余計に暑くなりますから。特にぴりか」

「なんだよ~、ノリ悪いな、のんの! 今日は雪のお祝いだぜ?」

「そうそう! せっかくぴりかとのんのが集まってくれたんだし、楽しみましょ!」

「それですよ」雪とぴりかの言葉にのんのは眉を顰めた。「今日って雪さんのアイドルデビューのお祝いで集まったんですよね。で、そのお祝いがなんでラフティングなんですか……」

 

 そう、3人はラフティングをするために石狩川へとやってきたのだ。

 のんのだって雪のアイドルデビューを祝うこと自体はやぶさかではない。だが、その内容がこんなにもアクティブなイベントとなると話は別である。

 

「お祝いなら普通ご飯とかお茶とかですよね。わたしは涼しい屋内でまったりパーティのつもりで来たんですが……正直ラフティングはめんどくささしかないです」

「Oh! のんのらしいcommentね~! でも、そんなこと言ってついてきてくれたじゃない!」

「それは、まぁ……雪さんのお祝いですし」

「ありがと、のんの! I love you~!!」

 

 感激したように体をくねらせて、雪はいきなりのんのに抱きついてきた。

 突飛な行動だが、こういう素直さと大胆さ――つまりフィーリングこそが彼女の良さである。その反面、このフィーリングこそが毎回毎回めんどくさいイベントを運んでくる原因だということものんのは知っていた。

 

「何にせよ、せっかくのお祝いだからやったことがないことをしてみたいと思ってね!」

 

 抱きつかれたのんのが難しい顔をしていることも知らず、雪はにこやかに言った。

 

「ラフティングって要は川下りだろ? アウトドア好きの雪がやったことないのは意外だな」

 

 見ると、ぴりかがそわそわと辺りに首をめぐらせている。よほどラフティングが楽しみで仕方ないらしい。

 

「で? 肝心のボートはどこにあるんだよ」

「フッフッフ……。The Boat is here!! ボートはここよ!!」

 

 のんのから離れ、ビシッと川縁を指差す雪。その方向を見たぴりかが「こ、これはッッ!?」と仰天した。

 雪が指し示したのは――――ただの倒木であった。それも、異様に巨大な。

 

「丸太じゃねーか!!」とずっこけるぴりかに代わり、ため息交じりでのんのがツッコむ。

「冗談はいいので早く見せて下さい」

「I’m not joking! 冗談じゃないわ! やったことがないことをしてみたいって言ったじゃない!」

「……は?」

「今日はこのおっきな木をくりぬいて、一からボートを手作りするのよ!」

 

 まさかの雪の発言に、のんのとぴりかは絶句した。

 

♨    ♨    ♨

 

「よいしょー! こらしょー!」「One two, one two!!」

 

 カーン! コーン! カーン! コーン! と、夏の川辺に場違いな掛け声と乾いた音が響き渡る。

 斧を手に汗だくで倒木へと挑んでいるのは雪とぴりかだ。そんなふたりをのんのは川に足を浸しながら見ていた。

 

「だーー! 硬すぎるんだよ、木!」

 

 遂に限界を迎えたぴりかが斧を放り出し倒れ込んでくる。のんのはねぎらいを込めてぴりかの頭を撫でてやった。

 鉈と斧で倒木を削り始めて早1時間。未だに倒木の表面の大半は樹皮に覆われ、船の形はまるで見えない。

 雪は素直だし大胆、細かいことも気にしないが、裏を返せばおおざっぱでもある。今日のボート作りもまさにそれで、ノリと勢いだけで計画されたものなのだろう。フィーリング型の弱点だ。

 

「本当に適当というかなんというか……いつも思いますけど、雪さんは行き当たりばったりにも程があります」

「それはおおらかでgood personってことね! ありがと、のんの!」

「別に褒めてませんけど……」

 

 そう呆れながら、そろそろ止め時かな、とのんのは思った。ぴりかはへとへとだし、言葉では元気な雪も斧を振るうペースが落ち始めている。ここまで疲れていれば、情熱型のふたりも素直に言うことを聞いてくれるだろう。

 

「このままじゃラフティングどころじゃありませんね。日が暮れてしまいます」

「う~ん。確かにそうね」と雪は腕を組む。狙い通りの反応に、のんのは更に畳みかける。

「ボート作りはもう無理。ということで、もうあきらめて今から喫茶店にでも――」

 

 しかし突然、ぱん! とのんのの提案を遮るように雪が手を叩いた。

 

「よし! ふたりともちょっと待ってて! ――おーい!」

 

 言うが早いか駆け出した雪は手をふりふり、川遊びしていたグループの方へ駆け寄っていく。そして、そのグループの面々となにやら親しげに話し込んだかと思うと、雪はその一同を引き連れて戻ってきた。

 

「お待たせ、ふたりとも! ボート作りを手伝ってくれる大学ボート部の友達を連れて来たよ!」

 

 筋骨隆々、小麦色に焼けた肌の男女数人は「雪ちゃんの友達?」「よろしく!」などと挨拶をして、工具を手に手に各々倒木へと向かい始める。思わぬ助っ人の登場に、ぴりかが感嘆の声を上げた。

 

「マジか。たまたま顔見知りがいたってことか? やっぱ雪って友達多いんだな!」

「いや? そこで友達になったのよ」

「…………へ?」

 

 あっけらかんとした雪の一言に、のんのとぴりかは目を点にした。

 

「お! あっちのみんなとも友達になれそう! ――おーい!」

 

 呆然とするのんのとぴりかを置いて、雪は更なる助っ人を求めに――いや、友達を作りに駆けて行く。

 そういえば、と、のんのは思い出した。雪は間違い電話をかけてきた相手と友達になったこともある、と聞いた記憶がある。だが、こうして目の前でそのフレンドリーさを見せつけられるとさすがに度肝を抜かれざるをえない。

 1組助っ人が増え、2組助っ人が増え――気づけば、ボート作りは総勢20人を越える大所帯になっていた。

 船を作る者、食事を提供する者、応援する者などなど、この川岸にいた人々が総出となって、雪のボート作りはいよいよお祭りの様相を呈し始める。

 

「みんな、斧の準備はいい? せーのっ!」

 

 雪の合図にあわせ、小気味いい音を立てて斧が次々と倒木に打ち込まれた。

 

「ま、負けてられねー! あたしもやるぞ、雪!」

 

 皆の熱気に触発されたのか、疲れ果てていたぴりかも復活し――気づけばのんのも作業の輪に巻き込まれていく。そうして、3人だけではあれほど手ごわかった倒木が沢山の人の力を借りて見る間にボートへ形を変えていった。

 

「さあ、最後の大仕上げよ! Ready――set, go!」

 

 遂に完成した手作りボートは雪の掛け声にあわせて押され、歓声とともに見事な安定感で川に浮かんだ。

 

「うおおおーーーーっ!! 完成だーーーーっ!!」

「Gotcha! やったわ! 手伝ってくれてありがとーっ、ありがとーっ!!」

 

 雪がひとりひとりに感謝を伝えながらハグして回ると、助っ人達は「こっちも楽しかった!」と笑顔を返す。

 

「あ、そうそう! この度、私、雪・キャニオン・層雲峡はアイドルとしてデビューします!

 

 皆、今度はライブで遊びましょうね! 皆と一緒なら、今日以上にhappyでexcitingなライブ間違いなしよ!」

 

 最後にそう言って、雪は新しい“友達”の応援を背に颯爽と手作りボートへ飛び乗った。

 のんのもぴりかとともにボートに乗り込む。パドルで岩を突くと、水面を滑るようにボートが走り出した。

 

「アハハ!! Awesome!! 最高ね!!」

「うおーーっ! 超涼しい! これがラフティングなのか!」

 

 川面を引き裂きぐんぐんと勢いを増す手作りボートに大はしゃぎの雪とぴりかの後ろで、のんのも風を楽しむ。

 ボートの先頭で舵を取る雪を見る。そして思った。人を巻き込み人を沸かせ、彼女はどんなピンチをもそれと感じず、楽しんで乗り越えていくのだろう、と。

 ピンチを乗りこなし、楽しむ。今日のラフティングはこれから雪が進むアイドルの道と似ているのかもしれない。

 

「……まぁ、そこまで考えてるとは思えませんけど」

 

 ふっと笑って人知れず呟くと、のんのは改めて雪に訊いた。一つ疑問があったからだ。

 

「ねえ雪さん。ちなみにこれ、帰りってどうするんですか?」

 

 雪はしばらく黙った。そして言った。

 

「ヒッチハイク!」

 

 ――やっぱりフィーリング型はめんどくさい。そう顔をしかめるのんのであった。

Fin.

written by Ryo Yamazaki

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