story おはなし

温泉むすめ伝「玉名満美の章」

 玉名満美は激怒した。必ず、かの邪知暴虐の店を除かねばならぬと決意した。

 満美にはパンがわからぬ。満美は、熊本は玉名温泉の温泉むすめである。地元を誇り、湯に浸かり、パンとは関わりなく暮らしてきた。けれどもラーメンに対しては、人一倍敏感であった。地元の味、玉名ラーメンを愛するからだ。

 

DX玉名ラーメン揚げパン!! そんな邪道の食べ物、絶対に見過ごすわけにはいかないよ! ……じゅるり」

「食べる気満々だよね!?」

 

 箱根彩耶の鋭い返しに、満美はよだれを拭うとぶんぶん首を振った。

 

「わ、わたし怒ってるんだから! 玉名ラーメンは玉名温泉で食べてこその一品! それを勝手に東京で売り出すなんて! しかもしかも、ラーメンじゃなくて揚げパンの具材にしちゃうなんて! そんな不届き千番、ラーメン神が許してもこのわたしが許さないの~~! ……じゅるり」

「だからよだれ垂れてるよ!」

 

 昼休みの解放感に賑わう2年A組にあって、満美は彩耶を相手にけたたましく熱弁を振るっていた。曰く、東京にある小さなパン屋が販売している「DX玉名ラーメン揚げパン」なる逸品が気に食わないというのだ。

 

「満美がそのパンにご執心なのはわかったから、とりあえずお昼食べようよ」

 

 彩耶が鞄から弁当箱を取り出しながらなだめるように言った。しかし――。

 

「彩耶ちゃん」満美の瞳は燃えていた。力強く拳を握って勢いよく席から立ち上がり、言った。「わたし、買いに行く……! DX玉名ラーメン揚げパン、今から買いに行くよ!!」

「え……えぇぇ!? 今から!?」

「止めないで彩耶ちゃん! 期間限定だから今日でおしまいなんだよ! そんなごちそ――ゲフンゲフン! 邪道の食べ物にはひとこと文句をつけてやらないと! いざ~~~~っ!!」

 

 言うが早いか駆け出そうとした満美を「待って待って!」と彩耶が慌てて引き留める。

 

「落ち着きなよ満美! 5時限目までに帰ってこられるの?」

「大丈夫、事前調査はバッチリだよ! 師範学校からそのパン屋さんまでだいたい5キロってね!」

「5キロ!? お昼休みあと40分しかないよ!?」

 

 彩耶は教室にある壁時計を指差した。現在の時刻は12時30分。昼休みが始まって既に10分経っている。

 

「満美、この間陸上部で計った5キロ走のタイム30分くらいだったよね。40分じゃ間に合わないよ」

「? 言ってることがよくわからない」

「なんで!?」

「えっと、お店まで5キロ、残り時間は40分で、わたしの5キロ走のタイムが30分。ほら、間に合うじゃん!」

「往復! 行ったら帰ってこなきゃでしょ!?」

「おうふく……? あ、2軒目のラーメン屋さんってことか~! 確かに1軒30分じゃ間に合わないね!」

「そのたとえいる!?」

 

 満美は計算が苦手であり、満美を納得させるにはラーメン算が必要であった。

 

「でも、これさえあれば大丈夫!」と、彼女は鞄の中から何かを取り出す。「じゃーん、ランニング足袋~!!」

「え、足袋? ……おお、ちゃんとソールがついてる」

 

 驚く彩耶に向かって、満美は得意げに胸を張った。

 

「そう! これぞ玉名市名誉市民第一号、かの韋駄天・金栗四三さんの足袋をイメージして開発されたランニング足袋! これを履いた時のわたしのタイムは、なんと10キロ40分を切るの!!」

「速っ!?」

 

 満美はランニング足袋を履いた。心なしか身が引き締まったように感じるのは、漲る自信の賜物であろう。

 

「ふっふっふ! 待っててよ~、DX玉名ラーメン揚げパン……!!」

「な、なんて執念……わかった、もう止めない」そう言って彩耶は溜息を一つつくと、自分の弁当を満美に渡した。

「? これ、彩耶ちゃんのお弁当……」

「お昼持ってきてないんでしょ? 私は購買で済ませるから、もし揚げパンが手に入らなかったらこれ食べて」

「えっ! いいの!?」

「お腹減ってる満美なんて見てられないからさ! ほら、行った行った!」

 

 強く彩耶に背中を押され思わず満美は走り出した。満美は振り返らなかった。ただ、友の心意気に奮えた。

 

(彩耶ちゃんの優しさに誓って――DX玉名ラーメン揚げパンを、わたしは食べる!!)

 

 満美は風になった。

 校舎を走り抜け、正門前広場の噴水を横切り、正門の鳥居を駆け過ぎる。師範学校の外に出た満美は追い風を一身に受けてお台場を疾走する。順調だった。履き慣れた足袋は地面に無駄なく力を伝えてくれる。阻むものは何もない。

 しかし、事件は唐突に起こった。

 パン屋までまだ半分にも満たないところで満美の腹が鳴り出したのである。

 

「お……お腹が減って力が……」

 

 実はあまりにもDX玉名ラーメン揚げパンが楽しみで、満美は朝から何も食べていなかったのだ。

 

(が、頑張れわたし! DX玉名ラーメン揚げパンが、わたしを待ってるんだぁ~~~!)

 

 気力を振り絞る満美だったが、空腹の前では意志の力など無力であった。つぶさに満美の世界は霞み始め、そして彼女の脳裏に浮かんだのは、彩耶の言葉と弁当箱だった。

 

 ――もし無理だったら、これ食べていいからね。満美のために腕によりをかけて作ったから!

 

 ああ、なんたる甘美な響きであろうか。すり減った心と胃袋にこれ以上の悪魔的誘惑などあろうはずもない。だいぶ言葉が増えているような気もするが、そこはそれ。

 

「彩耶ちゃんのお弁当、きっと、と~っても美味しいんだろうなぁ…………へへ……」

 

 あまりの空腹に意識朦朧となった満美は、ついにお腹を抱えてうずくまってしまう――と、俯いた満美の目に足袋が映った。玉名市が世界に誇る日本初のオリンピックランナー、金栗四三をイメージして作られたランニング足袋だ。

 

(四三さん……)

 

 その瞬間、鳴り続けていた満美の腹の虫がぴたりと止まる。

 

(そうだよ、四三さんが言ってたじゃない! 体力、気力、努力って! 満美、あなたのDX玉名ラーメン揚げパンに対する思いはその程度!? 自分のお弁当まで差し出してくれた友達の心意気を無下にする気!!?)

 

 満美は顔を上げた。道は遥か続き、ゴールのパン屋は未だ見えない。

 だが、走り続ければいずれ必ず目的地へ着くことを満美は四三さんとマラソンから教わったのだ。

 

「応援してくれた彩耶ちゃんのためにも絶対に諦めない! どんなときでもしつこく絡みつく、これぞとんこつ魂! わたしの走りは玉名ラーメンみたいにこってりなんだから~~!」

 

 満美は、己に残された最後の力を振り絞り大地を蹴った。友との誓いを果たすために。

 走れ、満美!

 

「待っててDX玉名ラーメン揚げパン! うわあああ~~~!!」

 

♨    ♨    ♨

 

「あああああ~~~!! 彩耶ちゃんのお弁当、おいしぃ~~~~~~!!!」

 

 ダメでした。

 結局、空腹という強大な敵には太刀打ちすることができず、店にすらたどり着けなかった満美である。

 

「DX玉名ラーメン揚げパンは口惜しいけど、やっぱり運動して食べるお弁当も最高だよ~~!」

「なになに、DX玉名ラーメン揚げパンの話? やっぱり満美ちゃんも食べたことあったんだ!」

「えっ?」

 

 突然会話に割り込んできた第三者に、満美と彩耶は揃って顔を上げる。興味深げに満美の顔を覗き込んでいるのは2人のクラスメイトにしてアイドルグループSPRiNGSのセンター・草津結衣奈であった。

 

「満美ちゃん“も”って、まさか……」彩耶は愕然と結衣奈を見上げた。「結衣奈、食べたことあるの!?」

「うん」

 

 結衣奈はけろりと頷いた。

 

「ええ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?!?」

 

 満美は絶叫した。おいしかったはずの彩耶の弁当の味は消え、彼女の脳内を支配するのは疑問符のみである。

 

「なんでなんでなんで!? なんで食べたことがあるの、結衣奈ちゃん!?」

「え!? しょ、食レポだよ! あのお店パン種に温泉水を使ってるらしくて、アイドルの仕事で」

「それだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」

 

 満美の大声に、彩耶、結衣奈、そしてクラス中が彼女を見た。

 

「決めたよ、彩耶ちゃん、結衣奈ちゃん! わたしアイドルになる!!!」

「えっ!? ど、どうしたの満美!?」

「次にDX玉名ラーメン揚げパンが出る時、わたしも食レポさせてもらうの! それで次は絶対に食べる!」

「そんな理由!?」

「大事な理由だよ! 我こそは玉名ラーメンアイドル! 玉名ラーメンの食レポは全部わたしに持ってこ~~い!」

 

 玉名満美は諦めない。例え一度失敗しようとも、決してめげないのだ。

 今はダメでも、どれだけかかっても、いつか必ずやり遂げる。その粘り強さ、つまり彼女の言うところの『こってりさ』とは、まさに熊本が育んだ玉名ラーメン、そして金栗四三から学んだものなのであろう。

Fin.

written by Ryo Yamazaki

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