「誕生!LUSH STAR☆」第7話 誕生!LUSH STAR☆
「誕生!LUSH STAR☆」第6話 お姫様をつかまえろ!はこちら
和歌山県・白浜町――。
観光スポットとして有名な白良浜に到着すると、眩しいくらいに真っ白な砂浜があたしを迎えてくれた。その向こうに広がるエメラルドグリーン色をした遠浅の海との対比も美しく、昔の人が“白い”“浜”と名付けたくなった気持ちがよく分かる。
ここが今日の――あたしと白浜帆南美ちゃんのダッシュ対決の舞台なんだ!
せっせと準備運動していると、「初夏さん」と声がした。和倉雅奈ちゃんと銀山心雪ちゃんが心配そうな顔であたしのもとにやって来る。
「今さらですが、本当にやるのですか……? いくらハンデをもらったとはいえ、この砂浜を帆南美さんより速く走れる保証はないのでは……」
「もし負けちゃったら、初夏ちゃんに手品を教えてもらうっていう私の夢がぁ……」
「あはは! 大丈夫! だって帆南美ちゃんはパンプスだよー? スニーカーのあたしが負けるわけないって!」
そう言って、あたしは帆南美ちゃんを見た。
帆南美ちゃんは制服から着替えて、いかにも“お姫様”な感じのドレスに身を包んでいる。そのロングスカートの足元からは、約束どおりに可愛らしいパンプスが覗いていた。
「お騒がせしてすみません。今日はひょんなことから熱海温泉の温泉むすめさまと徒競走で勝負することになってしまいまして。みなさん、どうぞ応援してくださいね」
“お姫様モード”の彼女は集まってきた地元の人たち一人ひとりに挨拶をして回っている。結構な数の人が来ているのを見ると、やっぱり帆南美ちゃんには人望があるみたいだ。
地元の人たちに上品に微笑みかける彼女の姿はまさに“パーフェクトお姫様”だけど――本当の彼女はいつ暴走するか分からない、やんちゃな“ガキんちょお姫様”なのだ!
その見事な演技に心雪ちゃんは相変わらずビビっているらしい。帆南美ちゃんがチラッとこっちを見た瞬間、雅奈ちゃんの後ろに隠れて警戒モードだ。
うーん。同級生同士、仲良くしてほしいんだけどなー。
なんて思っていると、遠くから指宿絵璃菜ちゃんの大声が聞こえてきた。
「おぉーい! まだ始めないのかー? 早くしないと日が暮れちゃうぞー!!」
砂浜の約200メートル先、ゴール地点で絵璃菜ちゃんがぶんぶんと大きく手を振っている。奇術研究部の部員ではない、いわば部外者の絵璃菜ちゃんだけど、なぜだかこの状況を一番楽しんでいるようで、審判役を買って出てくれたのだ。
あたしも「はいはーい! 今始めまーす!」と叫びながら手を振り返すと、雅奈ちゃんに向かって言った。
「それじゃー始めよっか♪ 雅奈ちゃん、合図よろしくね!」
まだ心配そうな雅奈ちゃんと心雪ちゃんに背を向けて、あたしは砂浜に引かれたスタートラインに向かう。そんなあたしを見て、二人も今さら中止にはできないと諦めたのだろう。スタートの号令をかけるべく、彼女たちも所定の位置に立った。
気付けば砂浜には地元の人たちが何十人も集まっている。みんな、あたしと帆南美ちゃんのダッシュ対決が気になって来たようだった。
そんなギャラリーの視線を受けて、あたしの胸が高鳴ってきた。
なんだかワクワクするような、でもちょっとだけ緊張するような――まるでマジックショーのステージに立つ前と同じような気持ちだ。
「おい、熱海初夏。覚悟はええか?」
隣に立った帆南美ちゃんが、見物客には見えない角度で悪い笑顔を見せる。
「もちろん。負けないよー!」
その挑戦を受け止めて、あたしもニヤリと笑い返した。
「準備はよろしいですか? ……それでは位置について」
雅奈ちゃんに促されて、あたしたちはそれぞれスタートの構えを取った。
あたしは短距離走の選手のごとくかがんで砂浜に手をつき、集中して合図を待つ。
あたしが勝ったら帆南美ちゃんが奇術研究部に入部する。帆南美ちゃんが勝ったらあたしが彼女の付き人になる。絶対に負けられない。いよいよ勝負の時……!
「よーい……ドン!」
あたしは勢いよく砂浜を蹴った!
狙いはスタートダッシュだ! 最初に帆南美ちゃんをぐんと引き離す! そしてそのままゴールイン!!
……と、そのはずだったんだけど――。
「ふべっ!?」
――次の瞬間。あたしはズルッと足を滑らせて砂の中に顔から突っ込んでいた。スタートラインから一歩も踏み出すことなく。
「ぎゃーっ! 初夏ちゃーーん!?」
絶叫にも似た心雪ちゃんの声が聞こえる。
あたしは慌てて立ち上がると、恥ずかしさで頭に血が上るのを感じながら仕切り直しで走り出した!
数メートル先に帆南美ちゃんが見える。白いパンプスを履いた彼女は時おり砂に足を取られながらも、スカートの裾をつまんで優雅に走っている。つややかな黒髪を風になびかせ、内股で白い砂浜を駆けていくその後ろ姿は、まるで清涼飲料水のCMみたいだ……。
――っと! 今はお姫様モードの帆南美ちゃんに見とれてる場合じゃない。早く彼女に追いつき、そして追い越さなければ!!
必死に帆南美ちゃんを追いかける。だけど――どうしたんだろう。なんだか辺りが騒がしくなってきた。
見物のお客さんたちが「早く戻れ」とばかりにあたしの後ろを指差している。
「熱海の温むすさま! 耳、落ちてるよ~!」
耳?
……耳!?
「どこどこ!? あたしの耳っ!!」
あたしは立ち止まると、がばっと両耳を押さえて振り返った。
そんなあたしを見て見物客が笑う。
「ワッハッハ! 自分の耳が落ちたと勘違いしてらっしゃる!」
「ちゃんと耳が聞こえてんのに、おもろい温むすさまやな~!」
「あれですわ、あれ!」
彼らの指差す方向を見ると、確かに作り物の大きな耳がデデンと砂浜に落ちていた。
あたしの手品のタネの一つだ。いつでもどこでもショーができるようにポケットに入れて持ち歩いていたタネを転んだ拍子に落としてしまったらしい。
慌てて取りに戻ると、小さな男の子が「はい!」と拾い上げてくれる。
「おっ、ありがとう!」
あたしは素直に受け取り――よし、お礼にびっくりさせちゃおう! と思った。
この熱海初夏、目の前にお客さんがいたらマジックを披露せずにはいられないのだ!
受け取った「耳」を素早く丸めて自分の耳の横に持っていく。そしてパッとそれを開くと同時に叫んだ!
「ワァ! 耳が大きくなっちゃったぁ~!」
男の子は一瞬目を丸くして、それから嬉しそうに笑った。
見物客のみなさんもどっと笑ってくれて、調子に乗ったあたしは次のネタを探してポケットに手を入れる。その時――。
「あの~! 初夏さん、どうしました~!?」
帆南美ちゃんがやってきて、あたしはダッシュ対決の最中だったことを思い出した。
「あっ! 帆南美ちゃん……!」
「わたくし、もうゴールしたんですけれど~……」
「ごっ、ごめん! あたし手品のタネ落としちゃって、それで……」
「……そうですか~。それじゃ、もう一度やり直しましょうか~?」
「はっ、はい! お願いします!」
「次はそういうことのないようにお願いしますね~~~!?」
帆南美ちゃんはそう言って、さっさとスタート地点に戻っていった。
まずい。帆南美ちゃんのあの笑顔、目が完全に据わってる……! 次はちゃんと走らないと……!
命の危機を感じたあたしは固く心に誓ってスタートラインまで戻った。
そして二回目のダッシュ対決――。
「よーい……ドン!」
雅奈ちゃんの合図とともに、あたしたちは走り出す。
今回はスタートで失敗することなく帆南美ちゃんと競り合っていると、彼女のパンプスのヒールが砂にハマって、わずかにあたしがリードする展開となった。
よし、この調子だ……!
「初夏さん! 頑張ってください!」
「初夏ちゃ~ん! ガンバルンバ~~~!」
雅奈ちゃんと心雪ちゃんの声援が聞こえる。
そうだ。泣いても笑ってもこれで奇術研究部の運命が決まる。一緒に頑張ってきた二人のためにもここは必ず勝って、帆南美ちゃんという新入部員を獲得せねば!
――ああ、それなのに!
「熱海の温むすさまも頑張れー!」
さっき耳を拾ってくれた男の子が、手品を見て笑ってくれた地元のみなさんが、賑やかに手を振って応援してくれていて、あたしのエンターテイメント精神がうずき出した!
さっきまでは帆南美ちゃんに勝つんだ、としか思っていなかった。でも手品のタネを落として、見物客のみなさんと触れあうことで気付いてしまったのだ。
彼らは見物客ではない。このショーの観客なのだ、と。
一度そう思ってしまったら、もうその気持ちを拭い去ることはできない。
だってあたしはアスリートじゃない。エンターテイナーなのだから!
あたしはポケットの中からタネを取り出す。そして走りながら仕込みを済ませ、「観客」のみなさんに向かって言った。
「みなさん、こちらにご注目! この通り何もない両手を組んで~、ハァッ! と気合いを入れると~……。
はいっ! 一枚、二枚、いやそれ以上! たくさんの万国旗の登場だ~!」
万国旗をたなびかせて走るあたしに観客がおおーっと歓声を上げる。さっきの男の子も目を輝かせてあたしを見ている!
う~ん。これこれ、この感じ……!
あたしは喜びをかみしめながら立ち止まって、次はスプーン曲げをしようとポケットに手を入れて――
「初夏さぁぁぁん!?」
でも、その手がスプーンを取り出すことはなかった。
戻ってきた帆南美ちゃんが、顔を引きつらせながらあたしの手首を握って止めたのだ!
「何をしているんですかぁ~!? そんなことしてる場合じゃないでしょぉ~!?」
「あ……。そ、そうでした……」
「や・り・な・お・し! いいですね!!」
帆南美ちゃんはそう言い放つと、あたしの返事も待たずに踵を返した。
う……。帆南美ちゃんの背中から凄まじいほどの怒りを感じる……。次こそちゃんと走らなくちゃ……!
そして三回目のダッシュ対決!
「よーい……ドン!!」
雅奈ちゃんの合図で、再びあたしたちは走り出した!
今回はちょっとだけ出遅れてしまい、必死に帆南美ちゃんの背中を追いかける。
「初夏さん、しっかり! 奇術研究部の今後がかかっているのですよ!」
「そうだよぉ! 頼むよ、お願いだよぉぉ!!」
後ろから雅奈ちゃんと心雪ちゃんの声援が聞こえる。
そうなのだ。この対決は奇術研究部の今後がかかった大一番! それはよーく分かっている……分かっているんだけれども!
「手品のお姉ちゃん、頑張れー!!」
……雅奈ちゃん。心雪ちゃん。アスリートになれないあたしを許して!
あたしはやっぱりエンターテイナーなのだ――!!
あたしはピタリと立ち止まる。そして今度こそポケットからスプーンを取り出すと、笑顔で観客に向かって言った!
「さあ、みなさん! ここに取り出しましたるは何の変哲もないスプーン!
ですが、こうして息を吹きかけると~……はい、ぐにゃり!
もっかい息を吹きかければ~……さらにぐにゃり!
ん? なに、遠すぎて見えないって? だったらもっと近くに寄っちゃって~!」
あたしは次から次へと手品を披露していく。
コイン、フラワーステッキ、空中に浮かぶボール……。
観客のみなさんも次第にあたしを中心に円を作り始めて、あたしはまるで海をバックにした舞台に立っているような気分になる。すっかりテンションの上がったあたしが大仕掛けの手品の仕込みを始め、「驚くのはまだ早い! お次はこちら――」と観客を煽っていると――その時、怒号が響いた。
「熱海初夏ァ!! お前っちゅーやつは二度ならず三度までも!! ほんまに勝負する気あんのかコラァ!?!?」
帆南美ちゃんだ!
彼女は肩を怒らせ、大股でズカズカとこちらへ歩いてくる。あたしはその迫力におされて、後ずさりながら弁解するほかなかった。
「ごっ、ごめん! あたしどーしてもギャラリーのことが気になっちゃって!!」
だけど、そんな言い訳が通用するはずもなく。
「問答無用や!! 待てコラァ!!」
そう叫ぶやいなや、帆南美ちゃんはあたしを食い殺すかのように走ってきた!
「ぎゃ~~っ!? ごめんなさ~~い!!」
あたしはそう叫んで逃げ出した!
白良浜の砂浜は真っ白で、サラサラで。何度走ってもスニーカーに足を取られてしまう。
あたしは何度も転びそうになりながら走って、帆南美ちゃんにつかまりそうになりながらギリギリで逃げて、そんなこんなで雅奈ちゃんたちや観客の前を何往復かしたあと、
「でえ~い! 熱海初夏! これでもくらえ~~!!」
帆南美ちゃんがガバッとパンプスを脱いで、それを思いっきり投げつけてきた!
「ぐふうっ!?」
パンプスはあたしの脳天にクリーンヒット!
あたしはべしゃっと砂浜に倒れ込み、ついに逃走劇は幕を閉じた。
帆南美ちゃんはあたしの背中に馬乗りになって高らかに笑う。
「いーっしっしっし! ええザマやな~。まいったか、熱海初夏!」
「ギブ、ギブ! まいりました! どいて~っ!」
「ダメや! 勝負を滅茶苦茶にした責任は取ってもらうで~!」
帆南美ちゃんの手があたしの首筋を上から押さえつけているせいで、こっちは満足に抵抗することもできない。彼女の得意げな声を聞きながら、一体どんなイタズラをされるんだろうと怯えていると――ふっと帆南美ちゃんの笑い声がやんだ。
あれ、どうしたんだろう?
あたしは不思議に思って体をひねり、上半身を持ち上げる。いつの間にか、帆南美ちゃんがあたしを押さえつける力はなくなっていた。
「帆南美さま……?」
「あ、いや、これはその……」
見ると――地元のみなさんに囲まれた帆南美ちゃんが、顔を引きつらせて固まっていた。
げげっ!? これは……まずい!
帆南美ちゃんは慌ててあたしの背中から立ち上がり、“お姫様モード”に戻って言い逃れをしようとしたけど、うまく言葉が出てこないのか、そのままうつむいてしまう。
彼女が守ろうと努力してきた、清楚でおしとやかな“白浜帆南美”のイメージ。あたしがダッシュ対決に集中できなかったせいで、帆南美ちゃんはそのイメージから程遠い姿を地元の人たちに見せてしまった――あたしのせいで!
なんとかしなきゃと思って、あたしは気付けばこんなことを口走っていた。
「はいっ! リハーサル大成功~♪」
「えっ!?」
観客がどよめく。
えーい! 嘘も方便だ! あたしは一気にまくし立てた!
「いや~みなさん、ご協力ありがとうございます!
実はあたしたち、『温泉むすめ師範学校』の奇術研究部なんです! 今度どこかでコントを取り入れたマジックショーをしたいなーと思っていて、みなさんをあっと驚かせる脚本を書いてみたんです! ねっ、雅奈ちゃん、心雪ちゃん!」
あたしは観客の中にいる雅奈ちゃんと心雪ちゃんに向かって笑顔で呼びかけた。
「そ、そうなんですよ~。帆南美さんには意外性のある役をやっていただきたくて!」
「きゃ、脚本は私、銀山心雪が書きましたぁっ!」
あたしの意図を察した二人は、それぞれ適当な一言を付け足してくれる。
よしよし、この調子だ! あたしはベラベラと話し始めた!
「そうなんです! 脚本ができたはいいものの、リハーサルの当てがなくて……。
ですがそんな時! 帆南美さまが『せっかくだから白良浜でリハーサルをやってみたらどうか』とご提案くださったんです! 帆南美さまをよく知る地元のみなさんを騙すことができれば、このショーは大成功間違いなしって――そうですよね、帆南美さま!」
「えっ? え、ええ……」
帆南美ちゃんが頷いたのを見て、地元のみなさんは一様にホッとした表情になった。
彼らは口々に「そうかあ、芝居だったのかあ」「帆南美さまは演技力もすごいんやねえ」などと言い始める。どこまで誤魔化せたのかは分からないけど、なんとかこのまま押し通せそうだと胸を撫で下ろしていると、ふと、こんな声が聞こえてきた。
「あのー、ショーのリハーサルなら砂浜で走らないほうがよかったんちゃいます? 普通はステージでやるもんでしょう?」
「えっ!?」
……そっ、その質問は想定外!
帆南美ちゃんにも困り顔で見つめられて、あたしは慌てて答えを探し始める。確かに、これほど横長なステージなんて普通は存在しないし……。
と、うろたえるあたしの代わりに答えを見つけてくれたのは、心雪ちゃんだった。
「こっ、このショーは! 熱海サンビーチでお披露目する予定だからですぅ!」
心雪ちゃんはそう叫ぶなり赤い顔をしてうつむく。そんな彼女の肩を抱いて、雅奈ちゃんが「そうなんですよ。ね、初夏さん」とあたしを見てきた。
そ、それだっ! 二人ともフォローありがとう!
あたしは雅奈ちゃんと心雪ちゃんの横に並んで言った!
「そーなんです! こちらのショー、熱海にて公開予定となっておりまーす!
……というわけで、あたしたち奇術研究部をこれからもよろしくお願いします! 本当に今日はどうもありがとうございましたーっ!」
これ以上の追及を許さぬよう、あたしたちは三人揃って一礼した。
そばにいた帆南美ちゃんも思い出したようにあたしたちの隣に並んで、可憐な“お姫様モード”で頭を下げる。それを受けて、地元のみなさんも暖かな拍手を送ってくれた。
「……お~……」
ふと見ると、一人蚊帳の外にしてしまった絵璃菜ちゃんが、そんなあたしたちのことをぽかんと眺めていた。
♨ ♨ ♨
「おい。」
地元の皆さんがまばらに散っていって、あたしたちの周りに誰もいなくなった頃。それまで“お姫様モード”だった帆南美ちゃんが突然低い声を出した。
いきなりの豹変に心雪ちゃんが「ひぃっ!?」と驚いて飛び上がり、素早く雅奈ちゃんの後ろに隠れる。
「な、なに? 帆南美ちゃん……」
あたしがおそるおそる訊ねると、帆南美ちゃんは眉間にシワを寄せて言った。
「言っとくけど、勝負はうちの勝ちやからな」
――うっ!
そ、そうだった。思えば今日、あたしは帆南美ちゃんとダッシュ対決をするためにここに来たんだった……!
ダッシュ対決の勝者は誰が見ても明らかに帆南美ちゃんである。なんと言ってもあたしは三回も負けているのだ。言い訳のしようもない。
ということはつまり、あたしはこれから帆南美ちゃんの付き人になって、放課後をずっと一緒に過ごさなきゃいけないわけで……!
どどど、どーしよー!? 奇術研究部は!?!?
「……まあ、でも」
今さらあたふたし始めたあたしに向かって、帆南美ちゃんはそう続けた。
「ええで。うち、奇術研究部に入ったるわ」
「……え?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
帆南美ちゃんは不本意そうに口を尖らせているし、雅奈ちゃんと心雪ちゃんもきょとんとしている。だって、帆南美ちゃんが奇術研究部に入ってくれる条件は、あたしがダッシュ対決で勝ったらという話だったはずで……。
つ、つまり……どういうこと?
状況に思考がついていけず、「えっと……なんで?」と訊き返すと、帆南美ちゃんはようやく白い歯を見せてニカッと笑った。
「熱海初夏、お前を付き人にしとくんはもったいないと思ったんや! お前となら、もっともっと楽しいことたーっくさんできそうやからな! いーっしっしっし!」
帆南美ちゃんの“その”笑い方は、嘘偽りのない心からのもので――。
「帆南美ちゃん……!」
あたしの心も、喜びでいっぱいになっていった!
事の成り行きを見守っていた雅奈ちゃんも安心したように吐息をこぼして、「帆南美さん、ありがとうございます」と頭を下げる。そして、彼女は呆れたようにあたしを見た。
「まったく……。初夏さんが勝負を放棄して手品を始めた時はどうなることかと心配していたのですよ」
「うぐ!? ご、ごめん!!」
「……ですが、そのエンターテイナー精神が帆南美さんの心を動かしたのも確かでしょうし、今回は不問にしておきます」
そう言って、雅奈ちゃんは優しく微笑む。
お、怒られなくてよかった……。雅奈ちゃん、心配かけてごめんなさい!
今回も雅奈ちゃんと心雪ちゃんには余計な気苦労をかけてしまった。改めて二人にお礼を言おうと向き直ると、実に複雑そうな表情で固まっている心雪ちゃんがいた。
心雪ちゃんの視線の先にいるのは帆南美ちゃんだ。そ、そういえば、心雪ちゃんは表と裏を使い分ける帆南美ちゃんのことが苦手そうだったけど――
「銀山心雪。さっきのフォローはナイスだったわ。礼を言うで!」
――大丈夫かな、とあたしが心配したのも束の間、帆南美ちゃんが屈託なく心雪ちゃんにサムズアップした。
さっきのフォローとは、熱海サンビーチのくだりのことだろう。心雪ちゃんは意外な一言にきょとんとしていたが、すぐにふわりとはにかんだ。
「ク、クラスメイトなんだし、当たり前田のクラッカー! ……だよ」
「は? なんやそれは」
「ひぃ!? こ、これはですね、私のおばあちゃん秘伝の昭和語録でございまして……」
うん。この二人なら仲良くやっていける気がする。
そう直感したあたしは帆南美ちゃんに駆け寄って、ギュッと抱きしめた!
「帆南美ちゃん、入部してくれてありがとう!」
帆南美ちゃんは「おい! ガキ扱いすな!」とじたばたするけれど、無理やりあたしの腕を振りほどこうはしなかった。そんなあたしたちを、雅奈ちゃんと心雪ちゃんが微笑ましげに見守ってくれる。
気付けば、太陽は海に沈もうとしていた。
西の水平線に広がる黄昏時の金色と、東の空から迫る夜の群青色が大空に鮮やかなグラデーションを作る。そのグラデーションが白良浜という真っ白なキャンバスに映し出されて、あたしは魔法の世界に来たような錯覚を覚えた。
一日のうちで空がいちばん美しい、幻想的な数十分――マジックアワー。
それはまるで、白良浜も帆南美ちゃんの入部を喜んでくれているような光景だった。
帆南美ちゃんが入部してくれるということは、これで部員は四人。
もうひとり入部してくれれば、奇術研究部はこれまで通り部活として存続できるんだ!
「うわああーーーーん! 青春だよおおーーーーっ!!」
――その時、誰かの泣き声が聞こえてきた。
あたしたちを遠巻きに眺めてむせび泣いているのは――絵璃菜ちゃんだ。
「なんやお前、まだおったんか」
「こらこら帆南美さん、そんな言い方はダメですよ」
率直な感想をこぼした帆南美ちゃんを雅奈ちゃんが諫める。
ご、ごめんなさい! あたしも絵璃菜ちゃんは帰っちゃったものだと思ってました!
だって、今の今まで絵璃菜ちゃんの声も聞こえなかったし……。
「うっ、うっ……! えりな、小さい頃から部活の合宿で指宿に来るお兄さんやお姉さんを見てきて、ずーーっと憧れてたんだ! 青春ができる部活!」
だけど、絵璃菜ちゃんはあたしたちのことをずっと見てくれていて――
「でも、やっと見つけたぞ! あんたたちだ! あんたたち、すっごく青春してる!
えりなも入部させてくれ! きじゅつ研究部に!!」
――よく分からないけど、あたしたちの姿を好意的に捉えてくれていたらしい。
「え、えぇーーっ!? 絵璃菜ちゃんも入部してくれるのぉ!?」
「あ、ありがたいのですが……。さすがに少し戸惑いますね……」
心雪ちゃんと雅奈ちゃんも困ったようにあたしを見る。これまであれだけ東奔西走しても見つからなかった新入部員が、なぜか今日だけで二人も増えてしまった……。
「初夏部長! よろしくなー!」
「よ、よろしく……」
絵璃菜ちゃんに引っ張られるように握手をする。あたしがいまだに信じられない気持ちでいると、彼女は満足げに胸を張って言った。
「おっし! そうと決まったら文房具屋さんに急がなきゃだなー! えりな不器用だから、家で練習する用の折り紙買って器用になるんだー!」
「へっ……? 折り紙?」
「だって、きじゅつ研究部って器用な人たちが集まって折り紙を折る部活だろー? 名前に『器用』の『き』も入ってるし!」
「え……?」
誤解しかない絵璃菜ちゃんのセリフに、あたしは雅奈ちゃんと心雪ちゃんと一緒に首を傾げる。すると、すかさず帆南美ちゃんがツッコミを入れた。
「なんでやねーん!!」
おお、お手本のようなボケとツッコミ!
そのやりとりを見てあたしは確信した。
心雪ちゃん、帆南美ちゃん、絵璃菜ちゃん――この三人と一緒なら、今年の奇術研究部は最高の部活になりそうだ!
あたしは雅奈ちゃんと心雪ちゃんに目くばせをする。そして三人で並んで、絵璃菜ちゃんと帆南美ちゃんに向かって両手を広げると、笑顔で言った。
「――ようこそ! 奇術研究部へ!」
<誕生!LUSH STAR☆・完>
著:黒須美由記